第十三話 ケロちゃんとの戦い

 ケローネの様子を見に行くだけだったのだが、いきなり手合わせする事になった。

 最初は少し戸惑ったが、いい運動になるしケローネの実力も確認できるのだ。前向きに考えよう。

 私は足が着く所まで降りていく。海の中なので勝手は違うが、やはり足場はあった方が良い。

 


「うん、やっぱり構えた方が良いわね。なんというか、しっくり来る」

「おーーい! もう始めて良いかなーー!」



 ケローネはやる気満々だ。余程私が言ったことを気にしているみたい。悪気があったわけじゃないのだけど……。

 私はケローネに頷いてみせる。久々の戦闘だ、気合を入れ直そう。フォルネウス? あれは一瞬で終わったしノーカンね。

 まずは深呼吸……出来ないので、した気持ちになって整える。



「ふふふ、じゃあいっくぞー!! ぶくぶくぶく」



 ケローネはそう言うと口から泡を放出し始める。私と同じくらいの大きさだ。

 何をするつもりだろうか。確かケローネのスキルは……。



「ごぼぼぼ……ぶはーっ!」



 ケローネが吐き出した沢山の泡が此方へ向かってくる。

 ただの泡……な訳がない。このまま素通しするのはよろしくないだろう。それほど速さは無く、直進。よし。

 私は鞘に手を置き、刀を抜き放つ。

 

 横に一閃。そして足を踏み出し直線に突き出す。

 横薙ぎの剣撃が海中を突き進む。このまま泡を霧散させれば良し、尚も向かってくるのであれば突き放った剣撃で勢いを削ぎ落とす。


 泡と剣撃が接触する。接触したと同時に泡は破裂し、剣撃が次々と泡を散らしていく。



「よーっし、バブルスラッシュ発動! やっちゃえ!」



 泡が破裂した後、その中から無数の斬撃が四方に放たれた。

 風魔法か。まさか海の中で風に襲われるとは。

 二撃目に突いた剣撃を避けるように、左右から風の斬撃が襲ってくる。海の中で動きづらい上に速さもそこそこある。

 斬撃は無数に展開されている。それで1発でも貰えば負け。うん、いきなりピンチである。



「凄いわね、海中戦に持ち込めばケローネ1人で大群を相手に出来そうだわ」

「言うてる場合か! 逃げろ逃げろ!」



 タラスクがそう叫ぶが、既に斬撃は迫ってきている。逃げることはもう出来ないだろう。

 だが、避ける事は出来る。

 私は膝を折って座り、左右、前方、上方を注視する。



 初撃は上。続いて左下方と前上方



 私は斬撃を受け流すように刀を斬り上げ、直ぐ様振り下ろす。風の斬撃は真横を通り地へと激突する。

 続けて剣先を左前方へと向け、風を擦るように左下方を受ける。そのまま刀を右上に上げ上の斬撃を瞬時に受け流し、再度刀を収める。



 左方二撃を避けて、右方と上方



 柄に手をかけつつ右を向く。頭を下げて後方から来た斬撃を回避、続けて左膝を軸に体を右へ向けて二撃目を避ける。

 刀を突き出し、斬撃が重なった瞬間に刀を振り下げて右へと受け流す。

 続けて刀を横向きに上に上げ、そのまま斬撃を掠らせて流す。



 斬撃の量は多くても同時ではないので一つ一つ対処していけば問題ない。

 だが、少し間違えると弾けずに巻き込まれたり、剣先がブレて次の対処が遅れる。

 文字通りしのぎを削る立合だ。いや、黒姫の鎬はこれくらいじゃ削れないけども。


 数十秒程で全て受けきり、私は一息ついた。ぶくぶく。

 ケローネは既に次の攻撃態勢に移っている様だ。こんなのが続くとしたら大変ね。



「もうちょっとお手柔らかにお願いしたいわね」

「さっすが悪魔ね! バブルスラッシュをあんな風に受け止めるなんて!」

「小手先が器用なのだけが取り柄だからね」

「あはは♪ 私も器用だよ! 今は手、無いけどね!」




 そんな冗談を交えつつ、ケローネは上へと向かって泳いでいる。

 近づくに連れてケローネの姿が大きく……いや、あれは遠近でそう見えるだけじゃない。巨大化を使っている。



「じゃあ、どっちが器用か勝負だ! けろけろけろ……」



 あの謎めいた呪文は、最初に人魚へ変身した時の物に似ている。

 ここからなら此方からの攻撃は届くので防ぐことは出来そうだが……どうも最初に詠唱したものと違う。どうなるのか一度見ておいた方が良いだろう。



「けろりらけろりら大変身――どりゃぁーー!!」


 

 ケローネが詠唱をし終えると、まばゆい光の包まれる。

 体がどんどん変化し、魚の形状だったものが丸く球状へと変わっていく。

 そして、そこから触手状の物が幾つも生えてくる。うーん、凄い嫌な予感が……。

 次第に光が消え、私の目の前に現れたのは――



「ゲソーーーーーー!!」

「いやその姿はタコだろ!!」



 タラスクが空かさずツッコミを入れる。ゲソーっと叫んでいるが、見た目はどう見ても蛸だ。

 巨大タコに変身したケローネは、8本の腕をうねうねさせながら此方へと向かってくる。

 ふにゃふにゃな蛸と言えど流石に黒姫で斬ったら切断してしまう。腕を落とすのは気が引けるし……どうしたものか。



「イカァーーーーーー!!」



 ケローネは叫ぶと同時に、腕の先から黒い液を放出した。

 あれは墨と言うやつだ。あれって口から吐き出すんじゃなかったんだ。知らなかった……。


 もくもくと黒い靄が辺りを包んでいき、次第に視界が取れなくなっていく。

 流石に見えなくなるのはマズい。私はケローネを注視しながら、墨の届かない所まで離れようと後方へ下がる。

 だが、ケローネも簡単にそうはさせてくれない。



「カルマァーーーーーール!!」

「っ! ふっ!」


 

 8本の腕が、暴れ狂うように叩きつけられる。私を狙うと言うよりは、無差別に叩きつけている。

 厄介ね……実際避けるのが精一杯だ。このままでは捕まってしまう。動きが読みづらいし、こんなに暴れられると水の勢いで上手くバランスが取れない。

 目の前に腕が落ちる。その衝撃で上向きに姿勢が崩れてしまった。同時に、頭上へ2本の腕が迫ってくる。

 然すれば――



畢生ひっせい須臾しゅゆなげうてば」



 刀を抜き、空かさず一太刀を入れる。すべらせるようにケローネの腕を一つ弾く。

 もう片方のケローネの腕が迫るが、冷静に刀を前へ出し動かず。もっと引き付け、二機を待つ。水の勢いに体が動くも、ケローネの腕からは目を離さず。

 腕が刀に触れる。瞬間、私は刀を引き抜いた。



玉簾ぎょくれん



 右足と刀を持つ右腕を同時に引く。

 巨大な腕は引きずり込まれるように私の横を滑っていく。



「クぁう!!」



 ケローネは驚き声を上げる。水中に浮いていたので体ごと下に引っ張られる形で体勢が崩れる。

 私は流れるように上げた刀をそのままケローネの胴体に向け振り下ろす。



不断ふだん



 振り下ろした直後、滝のような激しさの水流が発生し、ケローネを押し飛ばす。

 その後、轟音激流と共にケローネは遠くへと吹き飛ばされていった。



 私は刀を納め、ケローネの方へと向かう。

 たぶん、無事……なはず。直接触れてないし。結構な勢いで吹っ飛んでいったがあれだけ腕を強く叩きつけていたのだから大丈夫だろう。

 というか暴れ過ぎじゃない? ここら一帯地形が変わってるんですけど……。

 


「全くもう、あの子は……もう少し女の子らしく出来ないのかしら」

「お嬢がそれを言うのか」

「何か言った?」

「いやいや何も!」



 タラスク遠くで何かを呟いていた。存外冷静ね。

 ケローネの方からは反応がないけど……やりすぎたかしら。

 姿が見えてきた。どうやら無事なようで、腕をうねうねさせて立ち上がっている。



「ケローネ! 大丈夫かしら? 返事を……っ!?」



 突如、遠方から桃色の光線がこちらへと奔る。

 咄嗟に抜刀し、弾くように刀を振るう。キィンと激しい音を出しながら、光線を鎬で弾く。

 何よ今の……。蛸が出していい物じゃないわね。



「ショッキングピィィーーンク!!!」



 遠くからケローネの声。無事な所かまだまだ力が有り余っているみたいだ。

 幾つもの桃色光線が遠くから放たれる。どうやら触手の先から連撃しているようだ。

 何のスキルかしらこれ……。魅了術? ぽいけど。


 私は片っ端から光線を弾いていく。

 近づくのも難しいわね。だけど、さっきから連発で魔法を使ってるしそろそろ息切れしてもいい頃で……。



「ケェエエエエエエロォオオオオオオ」



 攻撃の手がゆるんだと思ったら、遠くから不気味な声が聴こえる。同時に、ケローネの方角から淡い、桃色の光が発光し始めた。

 腕を4本地面にペッタリと貼り付け、残りの4本で前方に円を作るよう重ねている。その中心に先程の光が見える。

 どうやら量より質で来るらしい。光がどんどんと膨れ上がり、また眩くなっていく。

 

 私は迎え撃つべく体を真っ直ぐにし、鞘に手を添える。

 ここからでもわかるほどの魔力量だ。あの子、また地形を変えるつもりかしら。



「イィィィィクゥゥゥゥゾォォォォ!!」



 女の子らしからぬ声を発しながら、4本の腕で光を囲い発射口の様に伸ばす。

 光は更に濃く、眩く光り海中を強く照らしていく。



「オクトパルス―――!!」



 光が勢い良く射出され、私に向かって一直線に突き進んでくる。

 先程の光線とは比べ物にならないほど大きく、勢いもある。これ、そのまま受けたら蒸発するのでは……。


 余り考えている時間はない。

 この大きさでは普通に斬った所で勢いは削げない。かと言って海中では避けることも難しい。

 あんなの弾こうにも大きすぎて結局巻き込まれてしまう。はね返すことも出来ないだろう。

 でも、私は刀しか扱えない。結局斬ることしか出来ない。

 然らば、斬る。先手を取られても尚、先にかえす。



先々さきざき



 私は、刀を抜く。斬撃を飛ばすが如く抜刀する。その瞬間、グォンという異音と共に光線に向かって空間に切れ目が入る。

 その切れ目は光線を裂き、海をも裂いていく。けたたましい轟音が鳴り、海中だと言うのに荒波が起きているかの如く荒れ、ケローネの放った光線は二つに分かたれていく。

 二つに裂けきった光線は、私の横を通り過ぎていく。だが荒波は収まらず、そのまま直線状にいたケローネに襲いかかる。



「ケロォォォォォォ!?」



 雄叫びとともに、ケローネはまたも遠くへと吹き飛んでいった。

 うん、やりすぎたわ。でも大丈夫よね、あれだけ元気だったのだから。

 それにあっちも大分やりすぎてたし。うんうん、制裁ね。

 そんな言い訳をしつつ、私は荒波に飲まれ吹き飛んだケローネの方へと向かうのだった。

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