第十二話 巨大魚

 城から海へと移動し、私はケローネと会うべく海中を進んでいる。

 以前入った時よりも穏やかな雰囲気だ。まぁ戦争やっていたのだから殺気立っているのは当然だけど。

 本来はこのように美しい海だったのだろう。タロウの言うとおり、こんなにも綺麗な景色は汚されたくない。



「そういえばお嬢、ケローネちゃんの居場所知ってるのか?」

「知らないわよ? 海の中を進んでいけば会えるんじゃないかしら」

「行き当たりばったりかよ!?」



 ここに来る途中、タラスクを見つけたのでそのまま連行して来た。ふわふわと浮いているのでわかりやすいのよね。

 朝から何処に行ったのかと思ったら、街中で甲羅干しの場所を探していたらしい。

 ……やっぱり竜じゃなくって亀じゃないのかしら。



「仕方ないじゃない。サタン様みたいに念話出来ないんだから。離れてても意思疎通が出来るって便利よねぇ」

「便利だけどいつでも話せるって結構困るぞ? 忙しいから話せないが通じないからな」

「それって困るのかしら?」

「俺にとっては困るの!」



 どうやら凄い困るようだ。何故だろうか。

 そういえば前に乙姫さまがどうのこうの言っていたが、それが関係しているのかな?

 兎も角、ケローネとの連絡手段が無いので私はタラスクに乗って海の中を探し回っているのだった。



 海の中を探して数十分が経った頃、前方から何やら異様な気配を感じた。

 海獣の類……では無いみたいだが、巨大で、荘厳な威圧感だ。



「お嬢、何やらヤバいのがいそうだぞ? 前に来た時は感じなかったんだが」

「そうね、フォルネウスの所にまだ強力な兵士がいたのかしら? それか、最初からいたのかもしれないわね……」



 そう話している間にもどんどん近づき、あちらも近づいてくる。

 海の流れが変わっていく。どうやら、海流すら変えるほどの……



―――ズオオオオオオオオオ



 水が唸る音が海中に響き渡る。

 先程までの落ち着いた雰囲気は既に無く、周りを見れば、他の生物はいない。

 この海には元々統括する主でもいたののだろうか? だとしたら、迂闊に手を出すと生態系が崩れるかも。



「出来れば野生の生物にちょっかいを出したくないのだけれど……場合によっては手を出す必要がありそうね」

「余裕だなぁお嬢。気配からして結構強そうだぞ? 悪魔っつっても無敵で最強ってわけじゃないんだろ?」

「そうね、喚び出されてそのまま倒される悪魔もいたみたいだし。このまま進んであっさり殺されちゃう事もあるかもしれないわね」

「おいおい……」



 実際、先代が似たような経歴だし。

 だがあれは少し特殊というか何というか……。

 タラスクは、スピードを緩めて話を続ける。



「じゃあ引き返そうぜ! ケローネちゃんだってこんな奴いたらすぐに逃げてるって! こっちからつつかなきゃ大丈夫だろ」

「そんな保証ないでしょ。そのまま海を荒らされたらたまったもんじゃないわ。タロウを呼ぶにしても時間が掛かるし、このまま行くわよ」

「うう……勇敢なこって……」



 確かに危険ではあるが、流石に見逃せない。ケローネも心配だ。

 海中だと動きづらいし、抜刀するにも少し違和感があるが……、仕方ない。まずは相手の姿を確認してから考えよう。

 黒姫……少し動きづらいと思うけど、ごめんね。



「おいお嬢、あれ……!」

「う……、あれは」



 音の正体が段々と見えてきた。近づくに連れてはっきりと輪郭が見えてくる。

 光が余り届いていないので見えづらいが、とてつもなく大きい。ケートスとは比べ物にならない程の巨大な魚だ。



「大きいだけならなんとかなるんだけど、当然そんな事ないわよねぇ。タラスク、逃げちゃダメよ」

「亀使いが荒すぎる! っておいお嬢!」



 自分で亀って言って良いのか。と、そんな事考えてる場合じゃなかった。

 私はタラスクから降りる。地に足が付かないけど、あれを相手するには下まで降りると却ってやり辛い。

 真正面から迎え撃ったほうが良いだろう。と言うか、それしか出来ることがない。私、魔法使えないし。

 座っていたほうがやりやすいのだが仕方ない。私は、黒姫を構える。



「魚を卸すのはヤスノリさんの方が得意だろうけど、このまま海を横行闊歩される訳にはいかないの。ごめんなさいね」



 このまま一刀の元に斬り伏せたいが、巨大魚なんて相手したこと無かったから全然動きが読めないわね……。人型相手なら大体わかるのだけど。

 どんどん近づいてくる巨大魚をギリギリまで観察する。まだ、もっと近くまで。

 姿が見えてきた。う、魚ってじっくり正面から見ると怖い顔してるのね。くりくりとした大きな目にまるで八重歯のようなギザ歯が生えている。

 その巨大な体は桃色に包まれ、こんな状況でも綺麗だと見惚れてしまった。うん? 桃色?



「まさか……」

「ウーーラーークーーちゃーーん!!」



 目の前の巨大魚が轟音とも言うべき大きな声で私の名前を呼んだ。

 もしかして、いやもしかしなくてもこの子……。



「えっと、ケローネなのかしら?」

「うーーん! そーだーよー!!」



 どうしてこんなに大きいのか。というか声デカい。

 色々と聞きたいことはあるが、まずは……。



「耳が痛いから元に戻りなさい!」

「はーーい!」



 返事をした途端、みゅんみゅんと目の前の魚が小さくなっていく。

 スキルの【巨大化】を使っていたのだろう。まさかここまで大きくなるとは。危うくなます切りにする所だった……。

 元の大きさに戻ったケローネは、すいすいと私の方へと寄ってくる。



「ハァーイ♪ おはよう! ウラクちゃん」

「おはよう。全く、朝から驚かせないで頂戴。斬りつける所だったわ」

「ごめんごめん、大きい方が便利なのよ。実際こうやってウラクちゃんに会えたしね♪」



 確かにそうだけど、もうちょっと早めに声をかけて欲しかった。

 おや、そういえばタラスクは何処に……。



「おおーい! ケローネちゃーん!」

「タラスクくんも来てたのね!」



 すっごい遠くにいた。って遠い遠い! あの数十秒でどれだけ遠くに移動したの?

 タラスクがケローネを呼びながら此方へと戻ってきた。



「どれだけ離れてたのよ……逃げるなって言ったのに」

「無茶言うな! あんなん逃げるに決まってるだろ!」

「あはは、ごめんねタラスクくん」

「あっ、大丈夫大丈夫! 少し驚いただけであれぐらいへっちゃらだぜ!」



 言ってることが全然違うのですが。調子の良い亀だ。

 まぁなんにせよ、見つかって良かった。



「でも、無事でよかったわ。もし仮に襲われてたら大変だったもの」

「ふふん、ケローネちゃんは強いから問題ナシ! ちゃんと魚達みんなも纏めてきたしね♪」

「もう収拾ついたのか!?」



 どうやら既に仕事が片付いていたようだ。仕事が早くて助かるわ。

 例の召喚魚、レモラにも話をしておきたかったし早速呼んでほしいけれど、他の魚達の姿が見えないわね。



「ケローネ、それで魚達は何処にいるのかしら?」

「あれ? さっきまで後ろから付いて来てたんだけど……置いてきちゃったのかな?」

「いきなりでかくなったからビビって離れちゃったんじゃないか?」

「そんなタラスクじゃあるまいし」

「俺は別にビビっとらんわ!」



 そんなぎゃいぎゃいと騒がなくても。実際すっごいスピードで離れていたじゃない。



「少ししたら皆追いつくよ! それよりも……ウラクちゃん!」

「うん? 何かしら」



 ずいっと私に近づいてくるケローネ。人姿だと良いんだけど、魚だとちょっと怖い。

 色が桃色だからまだ可愛げがあるけど……ギリギリね。



「さっきのあれ! 凄かったわ♪」

「え? さっきのって……何かしら」

「あの鬼気迫る表情と威圧感! 私の居た世界では今迄あんなの感じたこと無かったよ」



 じっと構えてただけなのだけど。そんな表情してたのかしら。

 嫌だなぁ。怖い女だなんて思われたくないわ。



「という訳で……私と力競べしましょ♪」

「はい?」



 急展開すぎる……。今までの流れをぶった切っていきなりそれですか。

 大体、私はケローネと今後の話をしに……。



「ちょっとまってケローネ、いきなり過ぎるし、そもそも私は」

「まぁまぁ、善は急げって言うでしょ! それに、ウラクちゃんだって私や他の子達の戦闘力を見ておいた方がいいんじゃない?」

「それはまぁ……そうなのかもしれないけど。私そういうのやったこと無いし、加減とか出来ないわ」



 そもそも加減も何もない。相手の命を奪う気でいくなら兎も角、酔狂で黒姫を抜く訳にはいかない。

 抜けば必ずケローネに怪我させてしまう。いや、怪我だけで済まないはずだ。

 そんな心配を他所に、ケローネは催促してくる。



「えー、大丈夫だって! 決闘決闘! やろーよやろーよー!」

「そのくらいやってやれよお嬢。何が出来るかわかった方が戦術も立てやすいだろ?」

「タラスクまで、全くもう」



 どうしたものかな、ケローネがこんなに戦闘に対して血気盛んだとは。

 確かにスキルを見ただけじゃ戦い方は全然わからない。昨日少し魅了術の話は聞いたけど。

 しかし、スキルを見るにしてもこちらから手を出すのは……あ、そうか。



「じゃあ、私はケローネの攻撃を全部受けるから、私に攻撃を一発でも当てられたらケローネの勝ち、と言うのはどうかしら?」

「むぅ、それじゃあウラクちゃんに手を抜かれてるみたいじゃん!」

「妥協できるのはここまでよ。それに、ケローネ自身に攻撃さえしなければ私だって本気でやれるわ。魔法なら全て斬り伏せればいいし、直接来るなら全て弾けばいいもの」

「むむむぅ……!」

「さらっと凄い事言うよなお嬢は……」



 うん、これなら問題なし。思えば、鍛錬も全然出来てなかったからちょうどいいのかもしれない。

 ケローネのお願いも聞けて一石二鳥ね。なにやら凄い頬を膨らませているけど。



「わかったわ! ウラクちゃんに私の実力を見せて、認識を改めてさせてやるんだから!」

「え、なんでそんなに怒ってるの?」

「怒ってないもん!」



 ぷんぷんと怒りながら指でビシっと私を指して宣言するケローネ。私、何かしたかしら。

 グレモリーも偶にこういう事があるのよね。何故なのか。

 タラスクがこそこそと小さい声で私に囁く。



「お嬢、自信家なケローネちゃんにあんなハンディマッチ提案したらそりゃ怒るぜ」

「そういうものなの?」

「そういうもんだ。お嬢はそういう所が抜けてるよな、サバサバしてるというよりは豪胆で無神経というか……実は男だったりしないか?」

「……タラスクは今日夕飯抜きね」

「うそうそ! 今のぜーんぶウーソ! 後生だ! 勘弁してくれ!」



 亀の処遇は一先ず置いといて、私はケローネと力競べをする事になった。

 他の魚達も少ししたら来るみたいだし、それまでケローネの実力を見せてもらおうかしら。

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