第十話 十人十色な使用人

 体が温かい。心地よい温かさでいつまでもこのままでいたくなる。

 どうやらいつの間にか眠ってしまったようだ。意識が徐々に覚醒し、私はゆっくりと目を開く。



「んん……」



 いつの間にか布団がかかっている。妙に温かかったのはそれのお陰か。

 どうやらシオンがかけてくれたのだろう。ぐぅーっと腕を上に伸ばし体をほぐす。

 うーん、良い目覚めだ。普段はベッドで寝ないし、そもそもこんな柔らかいベッドは初めてだ。癖になりそうね……。

 私がベッドの心地よさをしみじみ味わっていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。



「ウラク様、シオンでございます」



 シオンの声だ。本当にタイミングがピッタリね。



「ええ、起きているわ。入っても大丈夫よ」

「失礼します」



 シオンは丁寧にドアを開け、頭を下げて挨拶をする。



「おはようございます、ウラク様。昨晩はよく眠れましたでしょうか?」

「ええ、快眠だったわ。話の途中で眠っちゃってごめんなさいね」

「いいえ、お疲れの所無理をさせてしまい申し訳ありません」



 少しの間だったけど正直楽しかったし、申し訳ない所なんか全然無いのに。

 だが、仕事柄そう言う対応になるのは仕方ないのだろう。



「いやいや、むしろありがとうね。シオンがかけてくれたんでしょう? この布団」

「はい、城内は過ごしやすい室温になっているとはいえ、お体に障るといけませんので」



 シオンの言うとおり、現在城の中は外よりも温度が低めだ。湿度もそこまで高くはない。

 掛け布団も必要ない室温なのだが、使えばぬくぬく、不思議と布団から出たくなくなる。

 私が今まで極力ベッドを使わなかったのも、日課の素振りに支障をきたしそうだったからだ。主に寝坊的な意味で。

 まぁ、特にしなければダメというわけでは無いのだけど。



「それに……ウラク様の寝顔をこの目に焼き付ける事が出来たので、礼を言うのは私の方ですわ。くふぅ」



 満足気に笑うシオン。全くこのメイドは……これからは余り無防備な姿を晒さないようにしよう。

 気を取り直し、まずは顔を洗いに洗面所へ。これだけ広いので、しばらくは逐一聞かないとダメね。



「シオン、洗面所はどこかしら? 顔を洗いたいのだけど」

「洗面所なら1階ですね。案内致します」



 実はこのお城、7階まである。タロウから聞いた話だと6つの屋根に7段の床で6重7階と呼ぶそうだ。内装はお城と言うよりホテルだけど。

 そして、私が今いるここが7階。降りるのに5分ほどかかる。



「そのうち水道を上に引っ張り上げたいわね……第一優先は街への展開だけど」

「便利ですからね。衛生面で見てもそちらの方が安全でしょう」



 この城と違い、街には水道が通っていない。

 シュトロムの様に水魔法を扱える者で補っているようだが、個人の負担も大きいし、魔力の限界もある。

 足りない分は川から汲んでいるようだ。アマテラス曰く毒の類はなく、そのまま飲めるほど澄んでいると断言していたけど、水回りは出来るだけ整えてあげたい。

 なので、しばらくはあちらから城に来てもらい、水を提供しよう。幸いこの城内には何故か壺が沢山ある。入れ物には困らないだろう。









 その後、顔を洗った私は食堂へと向かう。

 何か食べるわけではないけれど7階に戻るのも面倒だったので、とりあえず座れる場所へと向かった。

 話し声が聞こえる。何やら賑やかだ。誰か朝食を食べているのかな。



「それでね、竹で編んだ籠を作るんだけど……」

「タロウ様は器用なんですね!」



 中に入ると、タロウとその周りに数人の使用人でお喋りしていた。

 タロウは得意げに話し、それに使用人が相槌を打つ。妙に手慣れている……あの子、あの成りでどんな人生を送ってるのかしら。



「楽しそうね……」

「タロウ様は好色家なのですね。最初見た時はとてもそのようには見えませんでしたが」



 タロウの見た目が中性的なのでそんなイメージがしづらくはある。

 そもそも、まだ子供なのだが……。

 


「あ、ウラクとシオン、おはよー! 良い朝だね!」

「おはようタロウ。朝から元気ね」

「おはようございます、タロウ様」



 こちらに気づいたようで、タロウは挨拶をしてくる。

 近くにいた使用人達も、立ち上がってこちらに挨拶をする。



「おはようございます、ウラク様」

「ちょりーっす」

「あ、う、うん、おはよう」



 一斉にお辞儀してきたので少し気後れしてしまった。慣れないわね……やっぱりこういうの苦手だわ。

 ……と言うか一人変なのいない?



「ウラク様を驚かせてはいけませんよ。もう少し物腰柔らかに、お辞儀もそこまで傾ける必要はありません」

「はい、シオン様!」



 おお、凄い。シオンが普通に纏めている。

 まだ始まって三日目だよね? 統率術でも持っているのだろうか……。



「申し訳ありませんでした、ウラク様」

「いやいや、いきなりだったから面食らっただけよ。むしろ、こっちこそ申し訳ないわ。私たちが後から来たのに挨拶も無しで……」

「はっはっは、謝り合うのはそこまでにしよう。皆、気疲れしてしまうよ。ウラクは食べないのかい?」



 タロウが食べているのは魚を塩焼きしたものと、米を塩で握って焼いた、焼きおにぎりだ。

 食べるつもりはなかったけれど……うん、美味しそうね。



「そうね、少し頂けるかしら?」

「ウラク様、確か朝食はいらないと仰っていたような」

「ウフフ、言ったかしらそんな事」



 まぁおにぎりだし。魚の塩焼きも胴体の一部だけだし。

 食べなくても良いとは言ったが食べれないとは言っていない!



「うんうん、太刀魚の塩焼きは是非食べて貰いたいね。香ばしくて、他の魚より身が柔らかく、ほくほくしてとても美味しいよ」

「タチウオ? 魚の種類かしら。この世界にも色々な種類がいそうね」

「そうだね。目指せ全種完食コンプリート! はっはっは!」



 余り生態系を荒らさないでね……。まぁ、元より釣りが好きなタロウなら大丈夫だろうけど。

 タロウはそう言いながら、あむあむとおにぎりを頬張っている。朝からよく食べるわね。育ち盛りかしら?



「それでは、料理長に頼んで持って参ります」

「ありがとうシオン。お願いね」

「畏まりました」



 シオンは調理場へと向かう。バラバラで朝食を頼むのも申し訳ないわね……もう少し早めに起きれば全員で食べれたんでしょうけど。

 ちなみに、他の皆は既に起きて各自朝食を取っているそうだ。皆早起きね。



「そういえば、貴方達にまだちゃんとした挨拶をしてなかったわね」

「ん、そういえばそうだったね。僕は昨日、ウラクと別れた後で会ったからね」



 確か使用人は全部で20人だったかしら。ここにいる6人とシオンを抜いて後13人か。

 今日はまず全員会って顔を覚える。流石に同じ城に住む者同士で顔を知らないなんて嫌だし。



「それじゃあ改めて、私がウラクよ。タロウから聞いていると思うけど、私はこのゲームのプレイヤーである悪魔なの。ややこしいから細かいことは気にせず、タロウが王で私はその付き人みたいなものだと思ってくれていいわ」

「はい! よろしくお願いしますウラク様!」

「凛々しいお方ですね、よろしくお願いします」

「よろしくおねしゃーす」



 使用人一人一人に個性があるのは良い事だけど、やっぱり一人変なのがいる……。

 元気で直向きそうな子に、おしとやかな女性、謎の言語を使う子と個性豊かだ。私は全員の名前を聞き、話を聞く。

 タロウはその間もさっきの話を続けている。



「それで、その竹籠で海を渡るんだけど……」

「竹籠で、ですか!?」

「すげーな、ありえんてぃー」

「流石タロウ様ですね!」



 気になる! 話の内容よりもさっきから1人だけ明らかに友達感覚で話してるあの少女が凄い気になる!

 変に気を使われるよりいいけど! 1人だけ凄い浮いてるから気になってしまう。



「ウラク様、朝食の用意が出来ました。前を失礼します」

「ありがとうシオン。あ、ナフキンは大丈夫よ」

「畏まりました」



 シオンが料理を持ってきてくれた。タロウの言うとおり、とても香ばしい匂いがして食欲を唆る。



「美味しそうだねウラク!」

「いやいや、タロウはもう食べたでしょう。まだ食べる気なの?」

「文字通り、腹が減っては戦はできぬ、からね! いつ始まっても良いようにしっかり食べないとね!」

「そうです! ウラク様も是非召し上がって下さい!」

「もぐもぐ、うーん、うまし!」



 1人勝手に食べてるけどいいの!? 何か会話する度に突っ込んでる気がするけど!

 緑髪でジト目の少女……名前はスタービレ、だったわね。よし覚えた。絶対後で話を聞いてやるわ。

 おっと、何はともあれ冷めないうちに食べよう。



「それじゃあ頂きます。……んっ!」



 料理こそするものの、余り味に拘りがない私でもこれは美味しいとわかる。

 白身の魚を口にしただけで香りが口に広がる。とても良い焼き加減ね。焼きすぎるともっとパサパサしてるもの。

 同じ魚でも私にはここまで出来ない。下ごしらえや焼き方にコツがあるのかしら? 後でヤスノリさんに聞いてみよう。



「むぐむぐ……これから毎日こんなに美味しいものが食べられるなんて素晴らしいわね」

「食材を集めればもっと色んな料理が食べられるってヤスノリさんが言ってたよ!」

「そのうちに麦と豆は確保できるから、その他に何かないか山を探索しないとダメね」



 ここだけでなく、街の人達の食料も重要だ。

 なるべく加工しなくて済むようなのが好ましいが、まずは安全に食べれるものが優先だ。

 戦うための準備も必要だが、まずは生きる為に必要な事をしないと。



「ウラク様、私共でよろしければ何かお手伝い致します。2~3人程なら手すきの間に外出も出来ますし、武術の心得がある方も数名おります」



 シオンからそんな提案が出てきた。

 まだ城内にそこまで人がいないから、余裕があるのかもしれない。



「そうね、食材に目利きがある人の方が良いわね。私も山の様子を見に行きたいし、今日の午後にでも出ようかしら」

「ではキアロ、ソフリア、スタービレ。午前の仕事が終わったら、ウラク様のお付きをお願い出来ますか?」

「はい! このキアロにおまかせ下さいシオン様! ウラク様!」

「ふふ、食材の事ならわたくしに聞いてくださいね」

「よっしゃ、スター、ガチめに頑張る。ウラク様に私が出来るとこアピって、副メイド長に推薦してもらうぜ」



 最初に話した3人が付いて来てくれるようだ。例の子もいる。

 元気で直向きな子がキアロ。お淑やかでスタイル抜群なのがソフリア。ジト目少女の謎言語がスタービレ。

 朝は海の方へ出てケローネの様子を見に行き、午後からは彼女たちと一緒に山の方へ行こう。

 食材の話が出たし、ヤスノリさんにも一声かけていこう。昨日も急に稲を渡して大変だったそうだし。

 そんな話をしてる間に、朝食が終えた。美味しいのでぱくぱくとお腹の中に入り、すぐ食べ終えてしまった。



「ご馳走様。とても美味しかったわ」

「うんうん、ヤスノリさんもきっと喜ぶよ」

「タロウ、私はこの後ケローネの所に向かうけど、タロウも来る?」

「いや、僕はシュトロムと一緒に兵士たちを纏めてくるよ」



 戦争開始時に即席で編成した竜の部隊。即席とは言え、戦闘に長けた竜達はとても心強く、これからルストを大いに支えてくれるはずだ。

 タロウは勿論、シュトロムも慕われているようなので、彼らに任せて心配いらないだろう。



「わかったわ。よろしくお願いね、タロウ」

「ああ、任せておくれよ! ウラクはいくら頑丈だからって無理しちゃダメだよ!」

「無理、ダメ、絶対」

「ええ、わかっているわ」



 タロウとスタービレが私に念を押す。

 戦闘ならともかく、この程度なら心配されるほど軟ではない……けど、急ぎすぎるのも良くない。

 昨日シオンと話したことを思い出す。焦らず、まずは目の前のことをしっかりとやらなきゃ。

 私は調理場へ向かうため席を立つ。



「ヤスノリさんに話があるから調理場へ行きましょう、そのついでに食器を持っていくわよ?」

「ウラク様、身の回りの世話は私におまかせ下さい。私の仕事がなくなってしまいますわ」

「うん……そうね、じゃあ任せるわ」



 やっぱり慣れないわね、ぼっちの経験が長すぎて……。

 私とシオンは調理場へと向かった。

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