第九話 二日目を終えて

 竜宮城初の食事をした後、各々部屋へと戻っていく。

 その時、入れ替わりに使用人の人達が入ってきた。今から食事なのかもしれない。

 少し緊張混じりに頭を下げてきたので、一人ひとりに声をかけた。

 そういえば、全員にまだ挨拶終えてない……。



「ぐむむ……今日は遅いし、明日にでも回ろう」

「どうかなさいましたか?」



 私は今、自分の部屋(なんか既に決まっていた)にいる。

 タロウの部屋の隣だ。妥当ではあるのだけれど。

 私はベッドの上に座りながら、明日の予定をどうするか考えていた。

 その少し離れた場所で、シオンが立ち控えている。



「シオン、ここで働いてる人達はどれくらいいるの?」

「私含め使用人が20名、料理人が8名でございます」



 この大きさでは少ない気もするが、人自体そこまで多くないから仕方ない。

 そもそも、どういう経緯があってここで働いているのかすらわからないのだけど。



「シオンはここに来た経緯を知っているかしら? と言っても、急に喚び出されたわけだから殆ど分からないと思うけれど」

「そうですね、気がついたらベッドの上で寝ている状態でした。そしてどういう訳か、現状や私の呼ばれた理由が最初から理解しておりました」

「なんか怖いわねそれ……」



 この現象は恐らく全てサタン様の魔力で補っている。元々転生しようとしていた魂をベースにし、無理やりねじ込んでここで転生させている。その際に情報を刷り込んでいるのだろう。

 私たちだけでなく、他の悪魔たちにも同じことをしているはずだ。サタン様の魔力は本当に無尽蔵なのかもしれない。



「ですが、何故だか不思議と落ち着いていました。皆も同じようで、起きるなり自身の目的を理解していたようです」



 目的と言うのはここで働くと言う事だろうか。もしかしてその辺の思考を弄られている? 洗脳とか強制はしたくないのだけれど……。

 私はシオンに質問してみる。



「シオンはどうしてここで働く気になったの? 喚んだ側が言うのもあれだけど、いきなり喚ばれて知らない人に仕えるなんて普通は嫌だと思うの」



 うーん、我ながらどの口が言うのか……。私もいきなり喚び出されて流れで悪魔になった身だし。

 私の場合は意識が朦朧として記憶も無く、先代から色々教えてもらったから信用していたのだけれど。

 シオンはしっかりとした意識もある。人によってだが、ここに転生する前の記憶も少しながらある。

 いわば人として多少の常識は持っているのだ。現状に疑問を抱く人も少なからずいるだろう。



「私は……。そうですね、実際にご主人様を見て判断をしようかと思いまして。失礼ながら、しばらく観察しておりました」

「してたわね。なんか凄い手慣れて驚いたけど」

「生前でも、ずっと似たような事をしていたのですね、きっと」



 シオンはそう言って笑みを浮かべる。

 いやいや、身を潜めるのが必要な環境ってあんまり笑えないから!



「それで、観察しているうちに一つの結論が出まして」

「結論?」

「ええ、それは……」



 シオンの目つきが変わる。

 真剣に私の質問に答えてくれるのだろう。私も気を引き締めて聞く。



「ウラク様、めちゃんこ可愛いなぁ……と」

「ハァ?」



 思わずマジな「ハァ?」が出るくらい気が抜けた。そんな事を真面目な顔で言わないで……。



「一見クールに見えてアツい部分もあり、、深く考えているように見えて行き当たりばったりだったりとギャップ萌えが凄いですね」

「えっ、なにこれ怖い怖い、凄いバカにされてる感じがする」

「いえ、決してそのような事はありません! むしろもっとやれ! って感じです」

「従者に命令されてる!?」

 


 ギャップ萌えって……自分が言われると凄い恥ずかしいからやめて欲しい。

 しかも真面目な顔でいうんだからなぁ。これなら、思考を弄られている訳ではないと思う。

 そして、シオンは続けて話す。



「私としてはですね、完璧なご主人様よりも少し抜けたご主人様の方が嬉しいのです」

「それってつまり私が少し抜けてるってことじゃない。うう……」



 確かにそうなんだけど! 仕方ないじゃない、色々あって気持ちの整理出来てなかったんだから。

 でも、シオンからそういう風に見られていると言う事は他も同じなんだろうな。やっぱり、頼りないよね。



「ごめんね……」

「いえ、本当にそう言う意味で言った訳では無いのですが。むしろ、安堵しておりますよ。タロウ様はともかく、ウラク様は悪魔だと聞いておりましたので、失礼ながらもっと恐ろしい存在かと思っていました」



 確かに見た目が恐ろしい悪魔はいっぱいいる。私の様に人間の様な悪魔も少なからずいるけれど。

 悪魔はベースになる生物が容姿に影響する。あくまで参考程度だが。あっ、これはダジャレではない。

 そんな下らないことを考えていると、今度はシオンが私に聞いてきた。



「それでは、ウラク様は……なぜこのようなゲームを受けられたのですか?」



 このゲームの内容や目的は知っていても、参加する理由までは知らないようだ。

 全員、サタン様に参加させられていると言ったほうが正しい。



「サタン様が全員強制参加させているからね。言わば格付けゲームみたいなものかしら……命懸けの」

「では、そのサタン様が参加自由型にしていたら、ウラク様は挑戦していなかったのですか?」

「それは……」



 たぶん、受けてた。もっと過酷で、もっと悪条件なゲームだったとしても。

 結局私は悪魔になって何もしてない。と言うか、何をすれば良いかも分からない。もしかしたら、他の悪魔も一緒かもしれない。

 昔は天使と戦争をしていたみたいだけれど、今は悪魔自身何を目標にしていいいかわからないのだろう。

 そんな中で、私はただ周りに認められたかった。いや、別に認められなくても良い。グレモリーだけじゃなく、他の悪魔と対等に話してみたかっただけなのかもしれない。

 でも、その方法が分からない。不器用だったし、私の評判もよろしくないし。

 だから……



「もしこのゲームが強制じゃなかったとしても、私は参加していたわね。私は元々、他に比べて評判が悪いの。それこそ、他の悪魔からバカにされてね。だから、私の実力を認めてもらう為に絶対挑戦していたわ。認めてもらった上で、普通に楽しく話せたら良いな、なんてそんな理由よ。他からしたら下らない事だと一笑に付すのかもしれないけれど」

「いいえ、そんな事はありません。純粋で納得の行く理由ですわ」

「それと……」



 シオンは肯定してくれた。そんな事の為に喚び出されてと、怒られるかもしれないと思ったけど素直に言ってよかった。

 でも、これだけが全てじゃない。結局は、もう片方の理由が大きい、いや、大きくなった。

 私は、シオンに続けて話す。



「もう一つはね、その……ここの人達が、ルストの国民達が気に入っちゃってね」



 まだ2日間しかいないけど、とても居心地がよかった。

 こうしてシオンと話している時間も楽しい。うーん、本当に悪魔なのかしら私……。



「だから後付けになっちゃうけど、ルストを発展させて民達を楽させてあげたい、ゲームに勝ち続けて安心させてあげたい。それが一番の理由かなぁ」



 ベースが人間だからなのか、それとも私がおかしいだけなのか。普通悪魔がそこまで入れ込まない……と思う。

 でも楽しいのよ、本当に。今までで一番楽しい。単純な理由だ。だから、全力で守ってあげたい。

 シオンは今までで一番の笑顔を見せてくれた。納得の行く理由だったようだ。

 そんな期待に答えなくてはならない。その為にも……。



「でも、それだけで国は回らないわよね。だから、もっと考えた上で行動する。シオン、心配させてごめんなさい」

「ふふ、ですから、そういう意味で言った訳では無いのですよ? でも、気持ちが整理出来たのであれば良かったです」



 色々考えすぎて、目の前の事が疎かになっていたかもしれない。

 こうして人と話すだけで、色々気付かされる。もっと積極的に話しかけた方が良いのかもしれない。



「うん、シオンが来てくれて良かったわ。物怖じせずに話してくれてとても助かる」

「私も、ウラク様に来ていただいて良かったです。先程シャワーを覗いた時もそう実感しました」

「貴方ねえ……」



 くっ、気づかなかった……。二度も悪魔を欺くとはやはりただのメイドではない。

 ちなみにこの龍宮城はシャワーがある。この城だけ何故か文明が先進的だ。恐らくタロウがいた龍宮城をベースにしているのだろう。

 まぁそれはそれとして、なんで女が女を覗くの。



「シオン、貴方もしかして」

「ご安心下さい。流石に節度は弁えていますわ。それに、他の方々はタロウ様にご熱心な様で、頭を撫でたい、抱きしめたい等、楽しげにきゃぴきゃぴと話していましたね。だから、ウラク様は私がずっと担当を引き受けますので」

「うわーすっごい。質問に対して回答がまるで噛み合わない。後の方とか誰も何も聞いてないですよ?」

「ふふ、言葉を裏を読んで頂ければ……」



 成程ね。なるほどなるほど。貞操の危機か。悪魔なので貞操観念はないけれど。

 一番身近な人物に狙われているのはなんとも恐ろしい。

 とりあえず一言申すならば。



「今後は覗き禁止ね」

「畏まりました。では堂々と……」

「やめい!」



 だめだ、反省という言葉は彼女と無縁なのだろう……。

 まぁ、こんな感じで召喚された者より癖の強いメイドだが、なんだかんだ話しやすい。

 こうやって何気なく話せるだけでも楽になるし、そういった意味でとても助かっている。セクハラが無ければ完璧なのだが。

 と、そんな話をしていたら急に眠気が……。



「ふわあ……」

「お疲れのようですね。悪魔でも睡眠はとられるのでしょうか」 

「それも悪魔次第だけど、私は3日おきくらいね。頑張れば一週間はいけるわ」

「そうなのですか。ですが、睡眠不足は美容の敵なので注意してくださいね」



 美容より健康の方が大事だと思うけど……。シオン的にはそっちの方が大事なのだろう。

 それにしても、昨日今日と沢山動いたから疲れた。因みに昨日は寝ていない。宴の途中でばったばったと人が寝始める中、明日はどうしようと考えていたのだ。

 因みに、サタン様がパンデモニウムで集会した日から全く寝ていない。人間風に言うなら今日で6徹目だ。



「うう、意識しちゃうとダメね。途端に眠くなる……」

「ウラク様、何か他の方に言伝をした方がよろしいでしょうか?」

「うーん、何かあるかな。大体前もって伝えてると思うけど……」



 タロウにはギーがついている。そもそもタロウが寝込みを襲われて窮地に陥る想像が出来ないけど。まぁ念には念を、と言う奴ね。

 タラスクもまぁ……大丈夫だろう。窓側の部屋が気に入ったようで、そのままそこで寝ているそうだ。日向ぼっこするのに最適らしい。竜じゃなくてやっぱり亀よねそれ。

 アマテラスも大丈夫……と言うか神様って寝るのかしら。あ、でも二日酔いにはなってたっけ。幼い見た目だから違和感があるけど。

 シュトロムも竜たちの家……といっても海岸沿いにある大きな洞だが、そこで休んでいるそうだ。

 問題はケローネかしら。あんまり無理していなきゃ良いけれど……。明日、様子を見に行ってみようかな。あっ、でもその前にここの人達に挨拶したり……農民達のフォローもして……後は……。



「ウラク様?」

「……すぅ」

「ふふ、ごゆっくりお休み下さい」



 正直今までで一番頭を使い、体を動かしたので疲労が溜まっていたのだろう。

 明日はちゃんと予定を立てなきゃな、なんて考えながら自然と意識が薄れ、そのまま私はぐっすりと眠ってしまった。

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