第八話 やっぱりお肉にはお米

 タラスクとシュトロムは、ケローネに海を任せると街に戻ってきた。シュトロムはそのまま国民達に海の現状を伝えるべく、街に残っている。

 辺りはすっかり暗くなっており、タラスクはそのまま竜宮城へと戻ると、私とタロウに報告をしてもらった。



「うん、わかったよ。海のことは魚さんに任せたほうがいいよね。でも、海で釣りしていいか聞かないと……」

「下手すると国民を食べることになりかねないわ……。難しい線引ね」

「そういや、そっちの方はどうなんだ? 穀物はちゃんと取れるのか?」



 私は今日やった事をタラスク達に説明する。

 アマテラスが戻った後、私とタロウは民たちに農作業を教えた。教えたと言ってもアマテラスの言ってたのを復唱しただけだが……。

 元々農民だった者もいたようで、予想以上に早く教えることが出来た。

 そして、稲が一週間で成熟する事に驚いていた。

 それはそうだろう。そんなペースで稲が出来たらまず食糧で困ることはない。収穫するだけで手一杯になりそうだ。


 また、牛の餌に必要な麦や豆の栽培も同時に行う。今後慣れるまでは大人数での作業となるだろう。

 今後は更にやる事が増えるので、とにかく人手が足りない。人手不足の解消も頭に入れておかねばならないだろう。



「一週間か……ぶっとんでるなあいつは。相当ここが気に入ったみたいだな。なんか部屋作って住み着いとるし」

「新・天岩戸だったかしら、結構私物を持ってきてたようだけど。そういえばそろそろ運び終える頃合いかな」

「はい、ウラク様。たった今全ての荷物が運び終えました」



 ちょうどいいタイミングでシオンが報告に来た。

 アマテラスの荷物を配置しているにも関わらず、帰ってきた時もすぐ出迎えてくれた。何か特別なスキルでも備わっているのだろうか。

 シオンはメイドの嗜みですと言っていたが……。まぁ詮索する程の事でも無い。



「ありがとうシオン! いきなり手伝ってもらって悪かったね。アマテラスは拘りが強いから物の配置も苦労しただろう?」

「いえ、タロウ様。タヂカラオ様のお陰でスムーズに出来ました」



 もう少し長くかかると思っていたが、どうやら恙無つつがなく終えたようだ。

 どんな部屋になっているのかな? 後で様子を見に行こう。



「タロウ、この美しい女性は何者だ?」



 タラスクは目を輝かせながらタロウに聞いている。

 そういえば私とタロウ、アマテラス以外にはまだ紹介していなかった。



「彼女はエスタシオン、ここのメイド長だよ。僕達が来る前からこの龍宮城を管理してたんだって!」

「ほへえぇぇぇ……」



 タラスクはじーっとシオンを見ている。見惚れているのだろう、分かりやすい亀だな……。

 大体、竜が人間に見惚れる事なんてあるのだろうか。いや、実際にそうなっているのだけれど。



「ご紹介にあずかりましたエスタシオンでございます」



 シオンは姿勢を正しタラスクにお辞儀をする。

 やはり流石というべきか、お辞儀一つ取っても違和感がなく、まるで長年勤めてきたかのような洗練された動作だ。

 中身に若干の難ありだが、見た目も相当な美人。使用人としては、極めて高スペックである。



「あ、ああ、俺はタラスクだ。よろしく頼むぜ、エスタシオン」

「はい、よろしくお願いします。長くて呼びづらいと思いますので、私の事はシオンとお呼び下さい、タラスク様」

「う、うっす!」



 なんとなく歯切れが悪いタラスク。普段から女の子をナンパしているらしいのになんで今さらこんな反応なのかしら……。

 タロウは特に気にせず、シオンに先程の話を続ける。



「アマテラスの部屋はどんな感じなんだい?」

「指示通り配置した所、何故かシャトルランの如く行ったり来たりしないといけない物の配置だったり、思い切り持ち上げないと布が上がらない炬燵だったりと、引きこもっていても筋力、体力が衰えないよう工夫なされていましたね。とても参考になりました」



 へぇ~、タヂカラオも色々考えているのね。運動の事だけを。とりあえずそれは参考にされたら困るからやめる様に言っておかないと。

 シオンは続けて、内装の事を話していく。



「大きめの炬燵に布団、長めのソファにベッドと非常に寛ぎやすい空間をお作りになられていました」

「全部寝具じゃない……他には?」

「大きな弓をお持ちになられていましたね。タヂカラオ様もそれだけは丁寧に運んでいました」



 大きな弓。そういえば、竜宮城には武器となる物が無かった。

 ここにいる人間達にも、もしかしたら戦ってもらうかもしれない。竜と違って素手でなんか戦えないし、武器と防具は当然必要になるだろう。

 そこも早急に考えなければ……。



「弓かぁ。前にアマテラスが使ってたのを見たことがあるけど」

「へぇ、あれが得物を使うなんて珍しいな。上手いのか?」

「いや? 全然飛ばないし、的に当たらないしですぐ飽きてたよ」



 あ、もしかして私たちに武器を作る見本として持ってきたのかな。

 弓の扱いは難しいけれど、剣や槍よりも生存性はある。

 当然安全というわけではないが、遠距離の手段があると無いとでは全然違うだろう。



「まぁ、この部屋を妾色に染め上げるとか言ってたし持ってきた物に深い考えはないんだろ。元の場所から色々持ち出してくるだろうから、定期的に見た方がいいな」

「一体何を持ってくるのかしら……」



 アマテラスは今後もルストには欠かせない存在になるだろう。

 出来れば彼女の自由にしてあげたいので、極力口は出さない。

 余りにもやばそうなものを持ち込んできたら、流石に考えるが。だが、良識のある彼女なのでそこまで心配はしていない。



「何にせよ、一度見てみる必要はあるかしら」

「そうだね。でもまずは……」



 タロウが言いかけた時、ぐぅぅ~と音が鳴る。



「えへへ、お腹空いちゃったな。ごはん食べようよ」

「はい、ヤスノリさんには既に手配しています。臨時ですが、場所もご用意出来ていますよ」

「流石ね。他の皆も呼びたいのだけれど」



 アマテラスは部屋にいるだろう。ギーもそろそろ帰ってくるはずだ。

 シュトロムはそのまま街で一夜を過ごすと言っていた。ケローネは……。



「ケローネちゃんはこのまま海を探索するって言ってたから、今日は帰らないと思うぞ」

「そう、わかったわ。いきなり1日中労働だなんて申し訳ないわね」

「すげー楽しそうにしてたし、大丈夫じゃないか?」



 それでも、出来れば最初くらい自由にしてあげたかった。

 落ち着いたら彼女にも自由な時間をあげたいな。



「それじゃあ早速行こうか! ぎーくんは影からなら何処でも出てこれるから入り口で待つ必要はないし……よっと!」

「うおっ、急に乗るなっての!」

「それじゃあシオン、案内をお願いできるかしら」

「畏まりました」



 シオンを先頭に、私とタロウ、タラスクは食堂へと向かった。

 アマテラスに稲から脱穀、籾摺りをしてヤスノリさんに渡すのを任せていたが、果たしてどうなっているか、楽しみね。

 






 着いたと同時に、タロウとタラスクが食堂の大きさに驚いていた。

 食堂は私たちだけで食べるのは勿体無いくらいに広かった。100人くらいなら軽く入るんじゃないかしら。



「こんなに広いと落ち着かないわね」

「申し訳ありません。本来であれば王専用のお部屋を用意する所なのですが、如何せんまだ整備が滞っておりまして」

「いいよいいよ。僕は皆で食べたほうが好きだし。これからもここで大丈夫さ」



 どうやらここは城内の使用人も利用するみたいだ。

 ここからなら調理場も近いし、私たちがここに来ればいい話である。



「そうね。そんなにタロウや私の部屋から遠くないし。今後もここで良いんじゃないかしら」

「妾、自室に運んでほしいのう」



 食堂に来る途中で、アマテラスを拾って来た。

 タヂカラオも既に帰ったようだ。明日まで大丈夫らしいのだが、現界している間アマテラスの力を消費するらしい。なので、無理にいる必要は無いと戻ったそうだ。



「ダメだよ。そんな事したらアマテラスは一生出て来なくなるでしょ」

「そんな事は無いがのう。最低でもこの城内までは行き来して……ん?」



 アマテラスが気の抜けた声を出した。目の前の影がいきなり大きく広がったのだ。

 そこから、黒く大きな手がニョキッと飛び出してきた。



「ふぎゃあ!」

「あらギー、おかえりなさい。一人で周ってもらって悪かったわね」

「ギュルルルルル」



 影の中から、ギーが出てくる。

 確かに少し驚いてしまう。影から出てくると言うのは知っているのだけどね……。



「ふひぃ、びっくりしたのう。もう少し自然に、心臓に負担のかけないような登場をして欲しいものじゃ」

「ギュロロロ……」



 ギーは頭に手をやって申し訳なさそうにペコペコと頭を下げている。

 相変わらず動きに愛嬌がある。



「ぎーくんも来たことだし早く食べようよ!」

「あーこらこら食堂の中を走るな!」



 タロウはタラスクの上から降りて食堂の中央へと走って行ってしまう。

 タラスクもタロウを宥めつつ、ふわふわ浮きながら行ってしまった。



「仕方のない奴らよのう。ほれ、ゆくぞギーよ」

「ギュロロロロ」



 アマテラスとギーもゆっくりとタロウ達の後を追う。

 ギーから見ると道の幅が結構ギリギリね……。机をもう少し寄せないと。



「後で、通路の幅を広くいたします」

「うん、お願いねシオン」



 シオンも当然のように気づいていた。本当に、頼りになるメイドね。

 私とシオンも、タロウ達が座った場所へと向かった。

 席に座るとシオンは私とタロウに控えるような形で後ろに立つ。



「シオン、君は食べないのかい?」

「はい。使用人の私めが主人、ましてや王と一緒に食事は無礼かと思いまして。それに、何かあった際直ぐに対応出来るようにしたいのです」

「うーん気にしないけどなぁ。シオンもお腹減ったでしょ?」

「ええ、ですが私だけという訳にも参りません。他の女中達も職務を全うしているのです。私は自身の休憩時間に食事を摂らせて頂きますわ。申し訳ありません、タロウ様」

「シオンはしっかり者だね。僕も軽率だったよ。また今度、一緒に食べよう!」



 それもそうではあるが、やっぱりシオンと食事もしてみたい……女性として。

 今まで女の子同士だとグレモリーとしか一緒に食事なんてしたこと無かったから……。

 そういえばグレモリー、上手くやっているかしら。力はあるんだけどこういう事はからっきしだから心配ね。



「ウラク様、ウラク様」

「ん? なにかしら?」



 シオンは小さい声で私を呼ぶ。どうしたのだろうか。



「一緒に食事は出来ませんが、メイド長特別メニュー『あーん』なら出来ますよ!」

「さっきキリッと発言していた貴方は何処に行ったの……」



 帰ってきてからかっこいいシオンしか見てなかったから不意打ちを食らってしまった。

 というかなぜ私……タロウにしてあげればいいのに。



「はっはっは、シオンはウラクのメイドさんだからね。存分にしてあげると良いよ!」

「いや、自分で食べれるし。却下よ却下。」

「そんな恥ずかしがらずに!」



 いや普通に恥ずかしいわ! そんなぐいぐい来られても困る。

 タラスクは羨ましそうにこっちを見ている。椅子に座れないから、下から上目遣いだ。こっち見んな!

 そうこうしているうちに、女中さんが料理を運んできてくれた。



 今日はアマテラスの力で実った稲穂から、玄米を炊いてもらった。どうやら時間の関係で白米は難しかったようだ。

 まだこの国が出来てから2日しか立っていないが、主食が用意できたのは素晴らしい。

 そしてこの国の、正真正銘の国産品である魚や海獣の肉ととても合う。



「やっぱり焼き魚や肉には、お米が必須よね……」

「妾も米は好きじゃぞ。妾、肉は余り食べられない」



 白いお米に焼き魚、焼いて塩で味付けした肉。これだけでも十分過ぎるくらいだ。

 今度、ケローネにも食べてもらおう。魚が食べられるかわからないが……。

 という訳で、早速ご飯を頂く。お茶碗に箸と、私が使い慣れている食器だった。



「うーん、おいしい! 久々に美味しい米を食べた気がするよ!」

「そうね。料理が面倒で最近は食草ばかり食べていたから新鮮ね」

「とてもおなごの食事情とは思えぬのう……もぐもぐ」



 お米は程よい弾力で噛めば噛むほど甘く、ついパクパクと口に入れてしまう。

 海獣の肉も塩のみいうシンプルな味付けだが、硬すぎず食べやすい。そして、肉の味がよく出ている。ご飯と合わせるといくらでも食べれてしまいそうだ。

 今後は、麦や豆なども加わる。調味料だって、五穀と塩さえあれば醤油やお酢が作れる。

 ヤスノリさんも色々バリエーションがほしいと言っていたし、食に関しては積極的にチャレンジしていこう。



「ギー、別に箸で食べんでも手で食って構わねえぞ?」

「ギッ……ギッ……ギュルルル」



 ギュルギュアは器用に箸を持って食べていたが、やはり難しかったのか途中で手を使って食べ始める。

 手だと熱いし、人間以外が扱える食器も考えないといけない。



「スプーンやフォークも持ちづらいでしょうから、少し考えなければなりませんね。ヤスノリさんにも手伝ってもらいましょう」

「ありがとう、シオン。素手じゃ熱くて可哀想だものね」

「では、今回は私が口へとお運び致します。よろしいでしょうか?」

「ギュルルルルル」



 ギーはシオンにペコペコと頭を下げている。

 シオンは箸を持つと、ギーに食べさせている。

 最初ギーを見た人は大体怖がってしまうのだが、シオンは平気なようだった。肝が座ってるのね……。


 そして、各々満足するまで食事を楽しんだ。二日目にしてここまで順調なのは全てアマテラスのお陰だ。

 今後、アマテラスが求めるものがあればお礼として取り寄せたい所だが……。



「重ね重ね、ありがとうねアマテラス。貴方のお陰で、美味しいものが今後沢山食べられるわ。何か欲しいものがあったら言って頂戴。出来うる限りで協力するわ」

「ふむ、妾はこの国が安泰ならそれでいいんじゃがの。だがまぁ、そういうのなら……何か新・天岩戸で暇つぶしになるような物があったら、持ってきてほしいのう。石投や、銭打ちはもう飽きたのじゃ」

「わかったわ、今後別の次元でも探してみるわね」

「まぁ、無理はせぬようにな。ふぃー、満腹じゃ。やっぱり妾のお米はひのもと……いや、次元一じゃな」



 アマテラスは満足そうに言う。

 今度はシュトロムやケローネも一緒に食べたい。今日手伝ってくれた民達にもお礼としていつか呼びたいな。

 まさか、このゲームが始まる前はこんな楽しくご飯が食べられるなんて思っても見なかった。

 初めて悪魔やってて良かったと思う。と言うより、今までが酷かっただけかもしれない。

 これからは、ただ只管に上がって上り詰めていくだけだ。明日からも頑張ろう。

 私はこの国の人々、仲間たちに心から感謝した。

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