第七話 海の統一

 ウラクがアマテラスと共に田んぼを作っている間、タラスク、シュトロム、アスピドケローネは海の底に出向いていた。

 なんでもタラスクと戦ったあのレモラが、未だ消えずに海を彷徨っているらしい。海で魚を獲っていた海竜からの報告だ。



「しまったなぁ。召喚者がいなくなれば勝手に消えると思ってたけどそうじゃねえのか」

「そのようですね。強制的に消えるのは悪魔と王のみで、他の召喚者や国民たちは残るのかもしれません」



 今後は、異界から召喚されたと思われる者は全て捕虜として捕えて置かないといけない。

 戦後処理も含めて、シュトロムは今後必要な情報を頭に入れる。

 それをよそに、アスピドケローネは楽しそうに泳いでいる。先程人魚になってからそのままの状態だ。



「うっはー! すっごい素敵な海ね♪ とても気持ちいいわぁ」

「ケローネちゃん、気をつけろよ? ここにいる魚共はまだ敵の可能性があるんだからな」

「はーい! あっみてみて! おっきいサメさん! おーい!」



 ケローネが指差す先には以前倒した巨大鮫……レモラがいた。

 土煙をあげ、這うように泳いで此方へと向かってくる。



「ちょ……あれはレモラじゃねえか!」



 レモラは以前の事など何も覚えていないかのように、戦闘態勢に入る。

 

 

「どうやら、このまま仕掛けてくるようですね」

「あのバカ、俺に一発でやられたのも覚えてないのか。仕方ねえ、ここは俺が……」



 タラスクが前に出ようする前に、ケローネがずいっと前に出る。

 右手を前にかざし、何やらレモラへと狙いを定めている。



「おりゃー! チャームブロー♪」

「ケローネちゃん!?」



 ケローネはいきなり魔法をぶっ放した。ピンク色の波動がレモラに向かう。

 レモラは避ける様子もなく突っ込んでくる。そして、ピンクの波動がレモラを包み込んだ。



「おいおい、そのまま突っ込んでくるぞ! ここは俺が……!」

「いや、お待ち下さいタラスク殿。レモラの様子がおかしいです」



 レモラのスピードが段々と落ちていく。

 しばらくすると、レモラが突進をやめて、大人しくなってしまった。

 そして、ケローネの前まで来るとゆっくり旋回し、周りを大人しく泳いでいる。



「今のは魅了術ですか。しかもあの遠距離から……魅了術と投擲術が合っての魔法ですね」

「そうなのかな? 私の気持ちを乗せてどばーん! と飛ばしてるだけなんだけどね!」

「という事は……レモラはもう襲ってこないのか?」

「うん! あの子に、私たちが仲間だって言う事を直接伝えたからね♪」



 魅了術。催眠とはまた違うようで、相手の心に直接語りかけるような魔法らしい。

 タラスクの話を一向に聞かなかったレモラだが、ケローネの問いかけには答えたようだ。



「俺の話は一向に聞かなかったのに……やっぱカワイコチャンじゃなきゃ心に響かないのかねぇ」

「うん? そうじゃないと思うよ?」

「でもよー、俺の時は話の途中だってのに魔法をぶっ放してきたぜ?」



 タラスクは苦笑いしながら応える。

 以前、会話を試みたものの土魔法をいきなり撃たれている。タラスクは魚だから通じないのかと考えていたが、他に理由があったのだろうか。



「この子、まだ生まれて間もないのよ。たぶん、タラスクくんは遊び相手と思われてたんじゃないかなぁ?」

「その大きさで生まれたばかりだったのか……んで、話を聞いていないんじゃなくてまだ言葉の意味がわからなかっただけってか?」

「うん! そういう事ね♪」



 全長2メートルはある巨大な鮫だが、どうやら生まれたばかりだったようだ。

 いきなり召喚で喚び出されたあげく、こうして良い様に使われてしまっていたレモラに、少し同情してしまう。



「よーし! この子は私で面倒見るよ!」

「大丈夫かケロ―ネちゃん。コイツかなり危ないぞ? いきなり針飛ばしてくるし……」

「大丈夫大丈夫! おねーさんにまっかせなさい♪ 他のお魚さん達も見つけて、まとめて面倒見てあげましょう!」



 ケローネは以前いた次元でも、度々こうして魚類にお願いしていたらしい。

 現状、ケートスがいなくなってから巨大な魚も何処に行ったのかわからなくなっている。

 いきなり襲ってくる可能性もあるし、早急に調べる必要があった。

 それ故に、ケローネの能力はとても心強い。



「そんな事まで出来るとは……流石ケローネちゃんだぜ」

「こんな素敵な海に招いてくれたんですもの、これくらい当然です! 海の管理は、私に任せてね♪」

「ケローネ殿、私や他の竜たちにも出来ることがあればどうぞ遠慮なく仰ってください。一人では回らぬ事もあるでしょう」

「うん、ありがとねシュトロムさん♪」



 今後はケローネの管轄にして、海を統治してもらう。

 そして、ケローネはこのまま海に滞在し、魚たちを探すと言う。



「何かあったら直ぐに知らせるよ! 頑張れば人間みたいに足も生やせるからね♪ 直接龍宮城に行けるよ!」

「おおう、マジか。じゃあ最初から人間になってれば水はいらなかったんじゃ……」

「それは気分の問題です!!」



 ケローネはレモラを撫でながら、グッと親指を立てる。

 人間にもなれるとはいえ、やはり水の中が落ち着くのだろう。



「私はしばらく、この海を探検するね! タラスクくんとシュトロムさんは先に戻っていいよ! ある程度纏まったら、私から連絡するね♪」

「おう、わかったぜ! だけどあんまり無茶すんなよ! なんかあったらすぐ上に戻ってこいよ!」

「ケローネ殿、貴方だけに任せてしまい申し訳ない。よろしくお願いしますね」

「オッケー♪ 任せといて!」



 ケローネはレモラと一緒に更に奥へと潜っていった。

 最初こそユニークでインパクトが強い魚であったが、その実、しっかりしている。

 彼女に任せても大丈夫だろう。タラスクとシュトロムは両者ともそう思い、竜宮城へと戻るべく来た道を引き返す。



「とりあえずはこれで様子見って所か? ケローネちゃんの負担が大きい気もするが」

「私は、海……と言ってもさほど広くは無いと見ています。せいぜい私たちが住む島と同じ程度の大きさでしょう。今はまだ、大きな湖といった方がしっくり来るかもしれませんね。ですので、ある程度は大丈夫だと思います」

「海流も妙に落ち着いてるしなぁ。その割に波はあったり不思議な所だぜ」

 


 この空間事態が不思議な場所なので今更驚く事もなかった。

 今はただ国として機能させるために出来ることをする。その為にも、まずは現状把握を徹底的に行う。

 島の大きさもそうだが、海もどれくらい広さがあるのか追々調べていかなければならない。

 管理する為でもあるし、また戦争になった時、何処が主戦場になるかわからないのだ。出来得る限りで、調査をしておきたいとウラクは言っていた。



「まっ、大変だろうとそうじゃなかろうと、俺は手伝うけどな! ケローネちゃんとは今後共よろしくしたいし! シュトロムだってそう思うだろ?」

「ええ、とても誠実で良い子ですからね。とはいえまだ来たばかりで不安もあるでしょうし、タラスク殿がいれば心強い事でしょう。ケローネ殿もそうですが、ウラク殿も心配です。王と違い完璧主義な所がありますからね……無理をしていなければいいのですが」

「……」



 タラスクはとても微妙そうな顔でシュトロムを見る。

 シュトロムは何か悪いことでも言ったかな? と少し不安そうにタラスクに尋ねる。



「あの……タラスク殿。どうなされましたか?」

「いや、なんというかお前、所々面倒見が良すぎるというか、なんかおっさん臭いなぁって」

「お、おっさん……」



 シュトロムは、少しばかりショックを受けているようだった。年齢なんて気にしないものだと思っていたが、意外と繊細なのかもしれない。

 タラスクは今後気をつけつつ、適度に誂ってやろうと心の中で悪い事を考えているのだった。






 ケローネはレモラを引き連れて、以前タロウ達が来た海底洞窟の周りに来ている。

 途中途中で以前タロウ達を襲ってきた魚達がいたが、ケローネによって次々に沈静化し、現在統率の取れた魚群となってケローネに付いて来ている。



「こんな沢山いたのねぇ。海獣達に襲われない様に海の下の方へと逃げていたんだね!」



 ケローネは魚達に事情を聞きつつ、他にはぐれた魚達がいないか探している。

 どうやら同じ海でも上層、中層、下層と居着いている生物が異なるようで、海獣達は主に中層から上層にかけて生息している。

 下層に向かうと水温が下がっていき、海獣が居着くことが出来ない環境になっている。

 


「元々この次元にいた子達が上層、中層に生息していて、貴方達は下層から次元を連結して入りこんだのね。それなら問題ないかな♪ 餌を取り合う心配も無さそうね!」



 上層にいる魚達は主にプランクトン、甲殻類などを餌としている。その魚たちを主食にしているのが海獣類。

 下層にも同じような食性の魚はいるが、基本的にケートスが呼んだ魚は肉食性であった。

 物騒な印象だが、主に海獣の死骸などで済ませているようだ。

 腐肉でも十分な栄養が取れるようで、海獣の死骸が1匹でもあれば数日は持つらしい。

 それでも足りない場合は、中層に行って海獣を襲うこともあるそうだ。



「タローちゃんに行って、あんまり海獣さん達を獲らないように言わないとね! 貴方達のごはんがなくなっちゃうし」

「エサ、エサ」

「私は餌じゃないよ!」



 以前街に攻め込んできたウツボも、ケートスがいなくなってから彷徨っていたようだ。

 彼等が上層に迷い込んで魚を食い荒らしていたら大惨事であった。たまたま下層にあった餌で事足りているようだった。

 巨大ウツボと言ってもそこまで量は食べないが、1日に3~5回ほどの食事が必要なので結局は食糧難になっていただろう。

 正直、少し食べてエネルギーさえ使わなければ1日1食で問題ないのだが、貪欲な彼等には難しいようだ。



「エサ」

「うんうん、死骸だけじゃなくて他の物も食べたいんだね。上層に行って少しだけごはんを分けて貰おっか!」

「エサ!」



 エサとしか言えないみたいだが、ケローネにはちゃんと伝わっており、ウツボ達と話している。

 どうやら同じ物ばかり食べて飽きているようだ。意外とより好みするタイプらしい。



「シャアアアアアア!!!」

「レモラちゃんもお魚食べたい? あっ、此処にいる子達はダメだよ。人と同じでちゃんとした意志があるからね! 上にいる子達は本能のまま泳いでいたけれど、やっぱり場所によって違うのかなぁ?」



 上層にいる魚と下層にいる魚とでは根本的に違うようで、下の魚はちゃんと1匹1匹に意思があるようだ。

 ウツボの様に言葉を発することが出来る魚もいる。ケローネ自身も話せる魚なので、妙に親近感がわいていた。



「そっか! レモラちゃんも声を出せるみたいだし、練習すればもしかしたらお話出来るようになるかも!」

「エサ?」

「君達だって、頑張ればそれ以外も話せるようになるかもね♪」



 ケローネはタロウ達とだけでなく、海で魚達とも楽しく話がしたいと思った。

 自分も何百年かけて練習し、会得できたのだから生まれたばかりで声を出す事ができるレモラなら、きっと早く習得出来ると考えていた。



「その為にも、まずはきっちり仕事をこなさないとね♪ よーし、やる気が出てきたぞう!」



 まずは魚達を全て見つけて、元々の海を食い荒らさないように纏め上げる。

 その上でケローネはレモラや他の魚達に言葉を教えていく。話せるようになれば自分も嬉しいし、何より他の生物と会話が出来る。

 また海に異変があった時、万が一ケローネや、どんな生物とも意思疎通が出来るタロウがいなくても他に話せる魚がいれば直ぐに事態を伝えることが出来るだろう。


 そんなコミュニケーションを取れるのが楽しい。

 ケローネはこの世界に呼ばれ、自分に役割が出来たことがとても嬉しかった。

 以前はただ怠惰に過ごし、人に見つかり捕まりそうになっては逃げて、逃げた先の魚達にお願いして隠れてを繰り返していた。

 中には見逃してくれる優しい人間がいる事も知っていたが、殆どは言葉が話せる魚なんて貴重だ、きっと高額で売れるだろうとこぞってケローネを捕獲しに来る。


 召喚された時は魔法か何かで捕まってしまったのかと思い、つい普通の魚の振りをしてしまった。

 だが実際は、本当の意味でケローネを必要としてくれる人達が自分を喚んでくれた。

 タロウ達も昨日ここへと来たばかりと言っていた。彼等も分からない事だらけだろう。

 だからこそケローネは、いち早くこの海の事を理解しタロウ達の力になりたかった。

 今日中に全ての魚と話をつけるつもりで、ケローネは更にスピードを上げ、元気よくルストの海を泳いでいた。

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