第六話 豊穣神の力

 私とタロウ、そしてアマテラスは街から少し離れた山の麓へと来ていた。

 この世界はどうやら島のようになっていて、海に囲まれた島の中央は、なだらかな山となっている。

 街はその麓に位置しており、そこから直ぐに海へと出れる。

 そのうちに、この島の大きさを図らなければならないだろう。


 道中アマテラスは、目的地にて田んぼを作りたいと言っていた。

 一切の耕具を持ち合わせていないのだけど、大丈夫かしら。



「ウラク、ここらが良いじゃろう。街からも近い。雨量がどれほどかはわからぬが、近くには川があるからのう、引いてくるとよかろう。牛馬を飼育するにも良いじゃろうな」

「川も整備しないとね……まぁ一先ずスキルを見せて頂戴」

「ふふん、よかろう」



 アマテラスはそう言いながら、手を前に翳す。

 すると、一瞬で目の前の地がめくれ上がり、100平方メートル程の田んぼが出来上がる。

 そして田んぼの中央から、じわじわと水が溢れてくる。土魔法や水魔法を扱っているわけではなく、彼女の特殊スキルだろう。



「凄いね、何もしてないのに田んぼが出来ちゃった」

「ほほほ、この様な事なら朝飯前じゃ。まぁ、妾でなくとも魔術を扱える物がおればこの程度誰でも出来ようぞ」

「たしかにそうだけど、こんな手際よく出来る人は早々いないわよ?」



 先程言った水、土魔法が扱えれば似たような事は出来るが、正確な田んぼの大きさや水の量は知識無しでは難しいだろう。

 そう言っている内にどんどんと出来上がっていく。



「うん、ここなら移動の手間がないわ。牛と馬は一緒に育てるの?」

「そうじゃな、妾がおらぬとも田を耕す労力を減らせる。収穫物を運ぶ足ともなり、し尿は肥料となる」



 てっきり食用に育てるのかと思ってたけど違うのね。

 確かに人も少ないし、かなり助かる。



「竜たちにはやらせないんだ?」

「奴らの仕事ではあるまい。図体がデカいから田植えも収穫も向かぬ向かぬ。竜共は戦時に兵士として使えば良い」



 アマテラスはそう言うと、ぴょんぴょんと跳ねる。

 すると、十二単の中から沢山の種籾が落ちてくる。どこからそんなに出てくるのだろうか。



「わぁ~! いっぱいあるね! 全部稲かい?」

「まずは稲が鉄板じゃろう! 妾、お米食べたい」

「私も食べたいわ。この世界、魚と海獣のお肉しか無いものね……」



 先日行われた宴では、前記の二つを煮たり、焼いたりした物が大半であった。

 山から取れた木の実などもあったが、タロウや、人間達は固くて食べられたものではなかったそうだ。

 竜たちは美味しそうにバリボリ食べていた。私も食べては見たが、顎が頑丈じゃなければ食べづらいものだ。ゴリゴリ食べていた私にタラスクが若干引いていた。失礼な亀だ。

 


「本来は小麦の方が難度が低いのじゃがな。そこはまた後日、ゆっくりと栽培していけばよかろう」

「僕、おまめさん食べたい!」

「うむ、ここなら豆も育てやすいじゃろうな。気温も高く土も丁度良い。本来この環境であれば種を撒く時期が難しいであろうが、葉が出るまで妾で管理してやれば問題ないじゃろう……よし、こんなもんで良いかのう」



 アマテラスは跳ねるのをやめる。辺りは種籾だらけだ。



「随分と出てきたわね。これを全て植えていくのかしら?」

「このまま植えても問題ないが、収穫量が極端に減る。種籾を発芽させて、ある程度育った段階で田に移す。育苗と言ってな、他の穀物、野菜を育てる時も有用じゃな」



 今後、国民たちに農業を普及させるに当たって、教育することも当然必要になるだろう。

 アマテラスには地盤を作ってもらうのだから、それを私たちで教育し、発展させて行かねばならない。



「アマテラス、先生みたいだね!」

「ほほほ、なんでも聞くが良いぞ。では、この種籾を……ぽいぽーいっと」

「あれ? 育苗するんじゃないの?」

「妾、待つの嫌い」



 アマテラスはそう言うと、種籾を田んぼへと投げていく。そして、両手を前に出して掬うような動作をすると、その掌から光が溢れてくる。

 以前海底の戦いでも見せたあの光と同じだ。



「ほほほ、豊沃天牆ほうよくてんしょうとはまた別の業じゃ。今回は豊穣を与える事のみに重点を置く。ゆくぞ――豊沃抜天過式ほうよくばってんかしき!」



 アマテラスは手を掲げて、光の球体を太陽へと放つ。

 すると、早くも田んぼに変化が現れる。

 なんと、蒔いた種籾が、直ぐに苗へとなっていた。まるで早送りの様にすくすくと育っていく。

 苗はどんどん大きくなり、穂をつけ始める。みるみるうちに花が開いて、穂が成熟してしまった。

 それと同時に、田んぼに敷いてあった水が引いて、田んぼが乾いている。あっという間の出来事だった。



「これは……驚いたわ。ここまで強力な能力だとは思わなかった。まさか一分も立たずに収穫まで出来るなんて……」

「ほほほ、豊穣神の凄さが理解できたかの? ちいと、と言うやつじゃな。まぁ、この速度は流石に妾が直接力を与えてるときのみで、豊沃抜天過式のみの効果じゃと流石に1週間はかかるのう」

「いやいやいや!? 1週間でも大分早いわよ!?」



 更に、一つの稲に対して穂の量が多い。ふさふさしすぎてはたから見れば茎が折れてしまいそうだが、茎も通常より太く、力強く穂を実らせている。

 この量なら、縦と横10M程の田んぼでも大量に収穫が出来る。これが一反……1000平方センチメートルだとすると、とてつもない量が収穫できるだろう。



「後は、収穫するだけじゃが……妾、そこまでの能力は備わっておらぬでな。タロウ、頼んだぞ。」

「はーい、それーっと!」



 タロウは釣り竿で器用に稲を刈っていく。釣り竿で農作業をするのはいかがなものか……。

 みるみるうちに稲が刈られて、ドサドサと目の前に置かれていく。



「全部稲刈りできたよ! 後はどうするの?」

「本来であれば、乾燥させる必要がある。じゃが妾、待つの嫌いなのでそこら辺はやっておいた。後は脱穀して、もみを摺れば良い。白い米が食べたくば、更に精米しなければならぬぞ」



 ううむ、3つの工程があるのか……。けっこう大変なのね。

 農作業には結構な人数を当てなければならないかも。



「とりあえず今回は、ヤスノリさん達にやってもらえないかしら」

「そうだね! これからは必要になる事だし、やってもらおう!」

「料理をするのとはまた別の技術なんじゃがのう。まぁとりあえずは、この稲を城まで運ばせるかの」



 アマテラスはそう言うと、自身の髪を一本、二本と抜く。

 そしてそれをふぅっと吹くと、髪の毛が光りだした。そして、その光の中から牛が二頭現れた。



「では、この牛に運んでもらうとするかのう。荷車が無いので、木板で引きずってもらうしか無いがの。今後は荷車も用意しないといかんのう」

「板じゃ全部落ちてしまいそうだからね、シオンやシュトロムに何か無いか後で聞いてみよう」

「さらっと牛出してたけど、そこは説明がないのね……」

「うむ、時を見て適当に出すから、民たちに飼育させると良い。……そうか、餌がないのう。やはり麦と豆は同時に育てるかの」



 アマテラスは、次々に田を耕し、稲、麦、豆などの穀物を植えていく。

 あまりにも淡々と作っていく……現役の農民たちが見たら卒倒しそうな光景だ。

 ある程度の下準備を終えたら、民たちを呼びに街へと戻ろう。人間の代表達を数名呼んで、ここの管理を任せるためだ。

 余りにも短期間収穫なので、人手が多い方が良いのだが分担は民たちに任せることにする。

 地盤を作り、知識を授ける。それ以降は民たちに試行錯誤して頑張ってもらう。

 いきなりポンと渡してもスムーズに行くわけがないので、最初は見ていくつもりだが、将来的には自分たちで農地を管理をしてもらうつもりだ。

 


「アマテラス、牛や馬が出せるんなら亀も出してみてよ」

「出せるかっ! 妾が生み出せるのは五穀と牛馬、蚕のみじゃ……。で、どうかのうウラク。妾のすきるとやらは。まだ力の一端しか出してはおらぬがの、ほほほ」



 今までのだけでも凄いのに、まだ何か出来るという。

 頼もしい限りね。これで食料の心配は無い。アマテラス様々だ。



「想像以上ね。素晴らしいわアマテラス!」



 私はアマテラスをぎゅっと抱いて、頭を撫でる。

 アマテラスは少し驚くように身を固めたが、直ぐに力を抜く。



「うぎゅう……お主の挙動は未だに掴めぬのう」

「はっはっは、ウラクはクールに見えて結構感情豊かだからね。人間よりも人間らしいよ」



 そうなのかしら。あまり意識したことは無いけれど。

 私が離れた後、アマテラスは眠そうにあくびをする。



「ふわぁぁぁ……、結構頑張ったのう妾。今日の営業はここまでじゃな。妾は新・天岩戸に帰るぞ」

「ええ、ありがとうアマテラス。じゃあ一旦城へと戻りましょうか」



 アマテラスには今後も力を借りる事になるだろう。できれば無理をしてほしくない。

 街へ行く前に、私たちは稲とアマテラスを届けるべく城へと戻った。

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