第五話 君主の在る国

 アマテラスのスキルを見る前に、街へ寄り改めて挨拶をしたいとタロウが言った。

 確かに初日はゴタゴタしすぎて何も出来なかった……宴含めて。

 あんな状態で民達が比較的冷静だったのは凄いと思う。竜はまだしも人間は半狂乱するんじゃないかと思っていたが、むしろ人のほうが冷静だった。

 強靭な肉体と強靭な精神力を持っている竜はむしろ興奮していたな。楽しそうに。

 

 何はともあれ、私とタロウ、アマテラスは城の前にある街へと来ている。

 ここも追々名前を付けなければならない。名前が無いとわかりづらいし。

 


「相も変わらず不思議な光景じゃのう」

「そうだねぇ。僕達の世界じゃちょっと考えられないよね」



 不思議な光景と言うのは、竜と人とが共存していると言う所だろう。

 次元によっては神と同等、それ以上に崇められるような存在、ドラゴンだ。

 タロウたちがいた次元もそうだったのかもしれない。私も竜というのは荘厳で威圧感のあるものだと思っていた。

 実際見た目は威圧感がある。だが、実際中身はと言うと



「おっ、ちんまい王さんじゃねえか! うーっす!」

「コラコラ、失礼だぞ。申し訳ありません、ルスト王」

「ウラク様、今日もかっこいー!」

「アマ様ー!」



 と、こんな感じで気さくに話しかけてくれた。人が竜を嗜める始末だ。

 さり気にメイドと同じ感性を持つ竜がいるな……同じ世界で暮らしてたんじゃなかろうか。



「ごきげんよう、皆、よろしくねー! 後、僕はチビではない」

「ほほほ、太陽の如く雄健な民よのう。後、妾はアマ様ではない」



 タロウもアマテラスも満更ではない様だ。

 私にも声をかけてくれるなんてびっくりね。悪魔なんてそうそう良い印象無いでしょうに。

 と言うかかっこいいって……。



「随分人気ねぇ、昨日の今日なのに。嬉しい半面、何か怖いわ」

「そうじゃのう、本来こんな簡単に信用を得るものではないからの。少し話を聞いてみても良いかもしれぬ」

「そうだね。じゃあ……」



 タロウはキョロキョロと辺りを見回す。

 そして、先程最初に声をかけてくれた竜に視線を合わせると、とことこそちらへ向かっていく。



「やぁ、竜のおじさん。ちょっといいかな?」

「おじさんじゃねーぞ! 俺はトリケってんだ。こう見えても竜からすれば若い方だぞ! それに実質昨日生まれたんだし、俺は赤ん坊みたいなもんだ!」

「お前みたいな赤ん坊がいるか! と言うか少しは言葉を慎め!」



 気さくな地竜と人間の若い男のコンビだ。人間の方は竜……トリケを嗜めながらも楽しそうにしている。

 


「はっはっは、愉快で楽しい人達だね! お兄さんは何て言うんだい?」

「はい、私はシュテカと申します。栄えあるルストに導かれて光栄の至りに存じますです」

「ハハッ、シュテカ、お前言葉がおかしいぞ。使い慣れない敬語じゃ逆に無礼なんじゃないか?」

「うっせ!」


 

 二人は事ある毎にじゃれ合っている。

 活力に溢れてるなぁ。皆こんな感じなのだろうか。



「楽に話して大丈夫だよ! 僕もこんな感じだしね。気にしないでおくれよ」

「ええと、しかしですね……」

「こまい事気にするなよシュテカ! 王さんがこう言ってるんだから。そんなんじゃ女にモテねえぞ」

「気にするわちっこくても王なんだから! つーか大きなお世話だ!」



 シュテカ、思いっきり無礼な事言ってるわよ。ちっこいはNGね、タロウ的に。

 ほら、タロウがむすっとしてジト目で睨んでいるじゃない。

 


「シュテカ……僕は年相応。年相応なんだ。決してチビではないんだよ」

「も、申し訳ありませんでした! ついつられて……」



 シュテカがペコペコと謝っている。

 テュポーンと喧嘩してからチビ……それ関連の言葉に対し過敏になっているようだ。

 少しばかり不憫だったのでフォローを入れる。



「大丈夫よシュテカ。タロウだって本気で怒ってるわけじゃないんだから。ね? タロウ」

「勿論さ。トリケもシュテカもそんな気にしないで!」

「はい、ご厚情痛み入りますです!」

「だから話し方が硬えんだよお前は! ハハハ!」

「いだっ!」



 トリケがシュテカの背中を尻尾でバシバシと叩く。勿論かなり弱めに。

 傍から見てると攻撃されてるみたいで怖いわね……。

 気を取り直し、タロウは竜人コンビに尋ねる。



「ところで、少し聞きたいことがあるんだ」

「いつつ……、はい、何でしょうか?」



 尻尾で攻撃……もとい、ちょっかいを出されていたシュテカがタロウに反応する。



「僕たちは昨日ここへと来たわけなんだけど……その、なんていうか。 正直に言って欲しいんだけど、いきなり来た僕達を疑わないのかな~って。不満や文句もあるんじゃないのかい?」

「とんでもない! あの演説、そして戦から帰ったお姿を見てから、私たちはルスト王と同じ地に導かれて良かったと思っていますよ! なぁトリケ」

「うーん……俺はよくわからんな。なにせ昨日の今日だしな。あっ、宴は良かったぞ!」

「全くお前は……」



 トリケはまたやりてえなぁと満足そうに頷いてから、少し真面目な顔をして語る。



「だがまぁ……最初ちっこい坊主が出てきた時は若干不安だったがな」

「やっぱり? 私も最初不安だったし、そりゃそうよねぇ」

「酷いなぁ! ウラクはそんな事を思っていたのかい?」



 ぷんぷんと怒っているタロウの頭をよしよしと撫でながら、トリケの言っている事に安心感を覚える。

 人間も竜もそれぞれ個体によって個性がある。やっぱり誰もかれも同じじゃ怖いからね。シュテカの純粋さも大事だし、トリケの様な捉え方も当然必要だし。

 


「でもな、俺も戦から帰ってきた王さんを見て『ああ、この人なら信用してもいいかなぁ』と思ったクチだ」

「それは戦に勝ったからかい?」



 トリケはいや……と首を振る。

 


「王さんが帰ってきた後に言ってたろ? 楽しくやりたいって。竜っつーもんは結構単純でな、小難しい事延々語られるよりこう有りたい! ってはっきり言ってくれた方が良いんだ」

「そうだねぇ、今は僕も難しい事はわからないや。でも、きっと今後はそんな難しい事を覚えなければならないけどね」

「ルスト王ならきっと出来ますよ!」



 私も、どうせなら楽しくやれたらなぁとタロウの言葉を聞いてそう思った。

 戦争ゲームだなんて物騒な物とかけ離れているのはわかっているけれど。命の奪い合いの最中になんてあまい奴だなんて思われるかもしれない。

 それでも、私はタロウ達と一緒に楽しくやっていきたい。その為にも……



「もっと屈強な、楽しく有る国にしなきゃね」

「そうさなぁ。楽しいなんてのは人それぞれ竜それぞれで漠然としているもんだがよ、王さんと嬢ちゃんならきっとそんな国が出来そうな気がするぜ。頑張んな!」

「ルスト王、私たちに出来ることがあればなんでも言って下さい!」

「あはは。ありがとう、トリケ、シュテカ。君達の期待に添えるよう頑張るよ」


 

 それから私たちは竜人コンビと別れ、再び街の中を歩く。

 話を聞いて良かった。やっぱり直に聞かないと分からないこともある。

 他の人にも話を聞いてみよう。それに、生活水準や環境もじっくり見なければならない。

 今はどのようにして、どんな暮らしを敷こうとしているのか。現状大きな問題はないか。食料はどうしているのか、住む場所はどうなっているのか。問題はきっと沢山出てくる。

 一つずつ、確実に解決できるように、まずは現状を把握しなければ。民たちの期待に応える為にも……。



「ほほほ、初々しいのうウラク」

「さっきから大人しいと思ったら……いきなり何よアマテラス」



 アマテラスはにやにやと私を見てなにか含みの有る言い方をする。

 神様らしいといえばらしいけれど、よく奇声あげたりするし威厳というものはないわねぇ。



「む、今何か失礼なことを考えたかのう?」

「いや、そんな事ないわよ」

「むむむ……まぁ良いじゃろう」



 こほんと咳払いをするアマテラス。そして優しい、物柔らかな表情で話を続ける。



「タロウとあの者達の会話を聞いていて、色々考えておったのじゃろう? 小難しい顔をしておるぞ」

「そうね。期待に応えられるように、頑張らなきゃなって」

「結果を焦るでないぞ。誰しも全て完璧にこなせる者などおらぬでな。焦らずじっくりやれば良い。民は待ってくれるじゃろうて」

「ん、わかってる。ありがとうね、アマテラス。心配させちゃったかしら」



 そうね、自分のできる範囲でやろう。空回りして暴走しちゃったらそれこそ皆に申し訳ない。

 タロウが王様なんだ。私はタロウをサポートするべく動く様にすればいい。



「ほほほ、お主は聡明だからのう、きっと上手くやれる。すこーし真面目過ぎる気もするがの。時間が出来たら、タロウみたいにゆるーく、能天気に一日を過ごしてみるのもよかろう」

「はっはっは、能天気だなんて酷いなぁ。気楽に、楽しくがモットーなだけなのに」

「気楽で自由奔放すぎるのう、お主は……まったく、先が思いやられるわ」



 ため息混じりに言うアマテラスに、タロウは笑って返す。

 まぁ、時間が作れればそんな自由な日があってもいいけれど、それはまだまだ先の話。

 タロウにもある程度釣りを禁止してもらわないと……。



「ウラク、今……変なこと考えてるでしょ」



 ……もしかして私って、分かりやすいのかしら。




「いえ、そんな事無いわ。タロウの趣味をしばらく禁止してもらおうと考えてただけよ」

「うえええ……もしかして釣りの事かい? 勘弁しておくれよ。僕から釣り竿を取り上げたらただの男の子だよ? ねぇ、お願い」



 くっ、そんな顔をされると罪悪感が……。だが、ここは心を鬼にして……。



「大丈夫よ、私も素振りは1時間に抑えるから」

「そんなグッとガッツポーズされてもね! しかも微妙に抑えられて無いじゃないか!」

「これは日課だからね……趣味じゃないから」

「ずるいずるい! そんなの対して変わらないよ! 僕のも日課にする! 」



 タロウが必死に懇願してくる。うーん、可愛い。じゃなくて、うーん、困った。

 別に一日禁止にしようとしているわけではないけれど、タロウの場合なし崩し的に1日遊んでそうでね……でも、仕方ない。



「じゃあ、タロウも1日1時間ね。きっちり守るのよ?」

「うん! 守るさ! こんな素敵な海で釣りをしないだなんて釣りの神様に申し訳ないよ!」

「釣りの神様なんているのかしら?」



 こうして私とタロウは、しばしの間自身の日課を制限する事にした。

 私も辛い。刀を振るのをやめるだけで? と思うかもしれないが、私にとっては刀と一心同体になれているような気がして、馴染み深く神聖な行いなのだ。

 嗚呼、【黒姫】……。辛いでしょうけど我慢してね? 私も死ぬ程辛いのよ。



「ウラクがまた刀に頬ずりしてる」

「ほんに、悪魔というものはわからぬのう……」



  そして、私たちは街を回りつつ、山の方へと向かうのだった。









「中々話しやすい人達だったな、トリケ」



 タロウ達が去った後、シュテカが自身で取ってきた木の実の分別をしている。

 狩猟は専ら竜が行っているが、こういった食料の取り分けや木の実の採取など細かい作業は人の方が向いている。

 二日目にして、既にそこまでの役割が確立していた。人間も竜も知能が高いので、自分たちが何をすべきか理に適った行動を取っている。



 

「ああ、一回直に話してみたいと思ってたが……まさか向こうから出向いてくれるなんてな。気が利く王さんだよ」



 灰色も体色をした地竜、トリケは既に一仕事終えており、休憩がてらシュテカと話をしていた所だ。

 翼は生えておらず、通常の竜よりも頑強な体が特徴である地竜。

 ルストでは主に海の狩猟が多いので、彼は飛竜や海竜達が仕留めた獲物を運ぶ事が仕事だ。

 早朝に何往復かして人間達に引き渡している。そこから人が解体作業を始め、食料を分配している。


 

 竜も人も協力的な理由は両者の便益も当然ある。

 竜は自分たちが取ってきた獲物を、食べれる部位だけを切り取って貰えるし、人間たちが採取してくる木の実も貰える。

 人間は竜たちが狩猟してくる海獣の肉にありつける。仮に凶悪な生物が襲ってきても竜がいれば心強い。

 他にも細かい所で両者の得になる部分はあるが、やはり竜も人も関係なく気が合い、意気投合する事が無ければここまで円滑にコミュニティを作れないだろう。



「いきなり戦争が始まって不安だったけど、それも杞憂だったな。まさかあんな早く終わっちまうなんて」

「不安って言う割には全員ノリノリだったじゃねえか。かく言う俺もそうだったが」

「そうなんだがな。人っつーのは臆病な生き物なんだよ、恐怖や不安をひた隠す為にああやって騒ぐこともある」



 知能が高いからこそ、自身の身の程を知っており、恐怖を覚える。不安を抱く。

 武器も防具もなく、戦う力も持ち合わせていない人間からすれば、いきなり戦争だなんて言われれば当然恐怖し、不安になる。



「だが、ルスト王はいとも簡単に勝利してきた。それに善政を敷こうとする意思も見える。突然喚び出されて不安になっている人間が信頼するには十分な理由さ」

「そうだな、住みやすい国にしてもらいたいもんだなぁ。あの王さんには逆らえねえし」

「うん? 逆らうつもりでいたのか?」



 トリケの言葉に違和感を覚えたシュテカが問う。



「ハハハ、違う違う、そういう意味じゃねえさ。あの王さんの考え方は好きだぜ? ただ……そうだな。シュテカ、お前戦争から帰ってきた王さんを見たか?」

「ああ、戦ってきたとは思えないほど軽やかに話されていたな」



 ニコニコと楽しげに話しているタロウは、まるで遊びに行ってきたかのような雰囲気だった。

 国民たちを怖がらせないように陽気に振る舞っていたということもあるのかもしれない。



「ああ、最初に宣言した時と同じ様に、流暢に話していたな。だがよ、一瞬だけ……」



 トリケは視線を上にして、その時を思い出すかの様に語る。



「この国を守ると宣言した時に一瞬、あの王さんの雰囲気が変わった。あれは人間じゃない、神……いや、もっと別の、異質な物だ」

「ううん、俺には何も感じなかったが……」



 シュテカは首を捻る。

 そんなシュテカを見て、トリケは笑いながら言葉を返す。



「ま、善人なのは確かだ。ユーモアもあるしな、これから楽しみだぜ、ガハハハ!」

「全く意味ありげな事言ったと思ったら……まぁ、俺も楽しみだよ。というわけでお前も手伝え」

「どういう訳だ、それに俺じゃその木の実を潰しちまうよ!」


 トリケだけでなく、他の竜も感じていたことだった。

 『これ』に逆らってはいけない。絶対的な上位の存在だと、本能で理解させられていた。

 彼が敵でなくて良かった、善良な者で良かったと、トリケは心の底からそう思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る