第三話 メイドとコックと

 ケローネを召喚して各々の能力を確認した後、私とタロウは城の中を見て回る。

 最初に来た時から思っていたがとても派手だ。城内だというのに珊瑚や植物がそこかしこに生えている。

 生えているというよりは、一つ一つの箱庭に生けてあるようだ。まるで四季を同時に詰め込んだかのような世界が此処にはある。

 外は南国の様に燦々と太陽が照っているにも関わらず、竜宮内の温度はそこまで高くない。助かるけどどういう魔法なのか……。

 私とタロウは、一つ一つ部屋を確かめながら歩く。現在、壺が並んでいる廊下を歩いていた。

 大きくて派手な色の壺だ。中には虹色に光る物もある。

 誰の趣味よ……。私とタロウの魔力で出来た城じゃないの? あっ、そうかサタン様か……。



「なんだか派手な色ばかりで落ち着かないわね……。そのうち慣れるかしら」

「ウラクは真っ黒な悪魔だからね」

「その言い方は悪意があるわね」

「はっはっは、そんなつもりはないさ」



 真っ黒だなんて失礼な。確かに黒いんだけど。

 私はただ先代の意向を尊重しているだけだ。でも、やっぱりというかずっと身にまとっていると愛着がわくのよね。

 そもそも黒が悪いわけではないのだ。うんうん、黒、黒は落ち着く。



「浦島太郎様、ウラク様」

「うん?」



 どこからか私たちを呼ぶ声が聞こえる。

 振り返っても声の主はいない。やだ怖い。



「タロウ、聞こえた?」

「うん、きっと素敵な女性だよ。声でわかる」

「いや、そうじゃなくてね……」



 タロウは呑気に答える。この子は危機感がないわね……。

 うーん、まさか敵襲? それなら態々声を掛ける意味はわからないけど。

 とりあえず気味が悪いのでさっさと出てきて欲しい。



「何処にいるの? 姿を現しなさい!」

「畏まりました」

「ウヒャア!!!」



 目の前の壺から突然ニョキッと女の人が出てきた。私は思わず変な声を上げてしまう。

 びっくりした。悪魔だからってびっくりしないわけじゃないんだからね。

 女性は壺からジャンプしてシュタッと目の前に着地する。アクティブな人ね……。



「申し訳ありません。驚かせるつもりはさほどありませんでした」

「さほどって事は少しはあるんじゃないの……」

「はっはっは、やっぱり美人さんじゃないか。君は一体何者だい?」



 その女性は黒いワンピースにフリルが着いたエプロンを着けている。

 黒髪ショートな頭にもフリルが付いたカチューシャを着けておりよく似合っている。



わたくしはエスタシオン。竜宮城のハウスキーパー兼、浦島太郎様、ウラク様の身の回りのお世話をさせて頂く使用人メイドです」



 そう言ってエスタシオンと名乗る女性はお辞儀をする。

 これがメイド……先代から聞いてたのと少し違うわね。メイドは壺の中から出てくるなんて聞いていないもの。



「ウラクー、メイドって何? 死後の世界?」

「冥土じゃないわ。うーん、簡単に言えば女中さんと同じ意味かしら? 住む世界や次元によって呼び方は違うけれど、要は使用人ね」

「そうなんだ! よろしくね、エスタシオン!」

「はい、浦島太郎様」



 再度、深々とお辞儀をするエスタシオン。最初の登場からは想像できない程の淑女っぷりである。



「ハウスキーパーって事は、貴方がここで働いてる女中のトップって事でいいのかしら?」

「はい、その通りです。浦島太郎様が御出でになる迄の間、私達が竜宮城の管理をしてきました。いきなりの戦争でご挨拶が遅れまして申し訳ありません」

「気にしなくてもいいよ! 後、タロウでいいよエスタシオン」

「ありがとうございます。私の事もシオンと呼んで頂けると嬉しいです。ウラク様は『シオンたん』と呼んで頂ければ……」

「シオンでお願いするわ……」



 この人、真面目なのかふざけてるのかわからないわ……。

 何にせよ、シオンがここの使用人を取り仕切るメイドらしい。言わばメイド長だ。



「本来であれば部下に指示を与えて、竜宮城全体の管理を全うするのが仕事でありますが、私はパーフェクトなメイドなので兼務が可能なのです」



 自分でパーフェクトって言っちゃったよこの人。

 自信がある事は良いことだと思うのだけど……少しズレている感は否めない。



「まぁぶっちゃけますとウラク様をでしたいだけなんですけどね。フフッ」



 私が間違っていたわ。少しズレてるんじゃなくて大分ズレているわね。

 フフッじゃないわよ。愛で愛でなんて言葉初めて聞いたわ……。



「シオンはウラクが好きなのかい? だったら僕じゃなくてウラクに付いてあげると良いよ!」

「え゙っ……、いやいや、タロウが王なんだからタロウ優先でいいわよ?」

「ご安心を、私だけでは無く、数人のローテーションでお付きさせて頂きますわ」



 凄い、凄いほっとした。ずっと近くにいると危なそうでね……。

 残念美人ってこの事をいうのね。見た目は真面目そうなんだけどな。



「どうやらこの城を見て回っているご様子だったので、視姦……もとい、こっそりと覗いていたのです」

「それは気づかなかったなぁ。こんなに気配を隠せるなんてシオンは凄いんだね!」

「今この人視姦って言わなかった?」



 ストーカー疑惑は置いといて、私も全く気が付かなかった。まだまだ修行が足りないな。

 まぁ、あんまり他人に見られる事が無かったし……。



「宜しければ、私が案内しますが……ありがとうございます。では此方へ」

「まだ何も言ってないわよ……まぁ案内して欲しいけど」

「メイド流時短魔法です。案内をしながら、竜宮城の説明をさせて頂きますね」

「はっはっは、愉快な人だね」



 話してて疲れる……。良い人ではあるけど。

 こうして、私とタロウは竜宮城のメイド長、エスタシオンに案内をしてもらった。









「ここが調理場になります。近くでご覧になりますか?」

「調理場って清潔にしないとダメでしょう? 汚れるとマズいし、ここで大丈夫よ」

「畏まりました」



 最初に向かったのは竜宮城の調理場だ。調理場には数名の人間が昨日の宴で使った皿などを片付けている。




「やっと主様の為に料理が作れると昨日は皆張り切っていましたね」

「やっととは言うけど、昨日出来たばかりの国よ? 貴方も昨日ここに来たばかりでしょう?」

「それはそうなのですが。なんとなく、ずっと前から此処にいたような気持ちになるのです。この体も違和感がありません」

「シュトロムもそんな事を言っていたね。ここに転生してきた人達は皆そんな気持ちなのかもしれないね」



 もしかしたら、私たちの魔力が導かれた魂に干渉しているのかもしれない。

 稀に、人……生物は前世の記憶を朧気に覚えて生まれてくることがある。

 余程特殊な前世だったか、または意図的に転生して生まれ変わるかだ。

 恐らく、シュトロムもエスタシオンも前世の姿をそのままにして転生してきている。魂に刻まれている記憶からそれを形どっているのだろう。



「私とタロウの魔力が、シオン達にも干渉しているのね」

「つまり、私はウラク様の子供という事に……」

「ならないわね。というか一々茶化すな!」

「私は至って真剣でございます。母上」

「うん、もういいや……」



 シオンは表情を変えず、だが楽しそうに話している。

 だれかこのメイド長に礼儀作法を基礎から叩き込んでくれないかしら……。

 ある意味この国らしいと言えばらしいのだけれど。



「はっはっは、シオンの話は楽しいなぁ! ウラクもこれくらいユーモアが欲しいね」

「タロウ様、褒めて頂くのは嬉しいのですが、ウラク様は真面目だからこそ良いのですよ」



 タロウには好印象のようだ。楽しそうに話をしている。

 確かに気は合いそうね。本題から逸れまくって話が進まなそうだけど。


 そんな話をしていると、片付けていた一人がこちらに気づいたようだ。

 竜宮内は女の人しか働いてないと思っていたが、見たところ彼は男性だ。

 


「おや、エスタシオンじゃないか。それとその二人は」

「ヤスノリさん、お忙しいところ申し訳ありません。この方々は……」

「シオン、僕から言うよ」



 タロウは前に出ると、話しかけてきた男性……ヤスノリに笑顔で対応する。



「僕は浦島太郎、一応この国の王をやらせて貰っているよ」

「おお、やはり王様でしたか。私はたから 康典やすのりと申します。料理人としてここで働かせて貰っています」



 宝康典。名前の雰囲気がタロウ似ているし、同じ次元の人間かしら? 妙におっとりしているところも似ている。

 どうやら昨日のタロウの演説は聞いていないようだ。ずっとここで準備をしていたのかもしれないわね。



「私はウラク、悪魔だけど悪いことはしないから心配しないでね」

「ご丁寧にありがとうございますウラク様。悪魔さんって人間とそう変わらないんですね」

「いや、私が偶々人間ベースなだけで色々といるわよ? 例えば半魚人とか……」

「それは美味しそうですねー」



 ヤスノリさんはそういって爽やかに笑う。

 この国の民は冗談が大好きらしい。全然美味しそうじゃないし、あんなの食えないわよ……。




「まぁ、料理人と言っても大した仕事はまだしてないんですがね。ここの調理器具全然揃って無くて! 調味料も全然無いし……塩は沢山あるんですがねぇ」

「はっはっは、ごめんね。落ち着いたらそっちの方もちゃんと考えるよ」

「いえいえ、タロウ様が大変なのは重々承知してますよ。昨日は即興で焼く、煮る料理しか出来ませんでしたが、今後は出来る限りできっちり考えていきたいと思いますよー」



 ヤスノリさんはやる気満々だ。穏やかではあるが、料理に対して強い情熱があるのかもしれない。

 私も今後、ここを使うかもしれないし調理器具の事も頭に入れておかなくちゃいけない。



「私も料理をするから気持ちはわかるわ。なるべく早く取り揃えたいわね」

「ウラク様が料理をなされるとは……是非一度口にしてみたいものです」

「手料理……ウラク様の手料理……」



 シオンが顔を赤らめる。こらメイド長。

 でも、国が安定してきたらそれも良いかもしれない。二人にも機会があったら作ってあげよう。



「今は難しいけど、時間が作れる様になったら良いわよ」

「はい、楽しみにしていますよ」

「はっはっは……まぁ、その、しばらく時間は取れそうにないし、仕事の邪魔しちゃ悪いから、無理を言ったらダメだからねウラク」

「ん? まぁ、確かにそうね。気をつけるわ」



 タロウが何故か汗を流しながら嗜めてくる。

 確かに、皆この環境に慣れるまで時間がいるだろう。

 方針や規則も早く決めないと。食事だったら一日何食とか食べる時間とか。

 最低限決めなければ行けないことだけ今決めてしまうか。



「シオン、ヤスノリさん。他の人間も集めて貰えないかしら。ざっくりだけど、最低限必要な決め事だけ考えておきたいの」

「あ、それならとりあえず私だけで聞いて、後で皆に伝えておきますよー。一応、僕がリーダーなので」



 なるほど、ヤスノリさんはリーダーだったのね。

 私たちがいない間に、彼等は彼等できっちり考えて行動していたみたいだ。普通は混乱するものだと思っていたが、案外気楽にやっている。

 そういう人間ばかり集まった。ということかもしれないが。だとしたらなんとも危機感に乏しい……。



「わかったわ。忙しい所ごめんなさいね」

「いえいえ、ルールは大事ですからね。しっかり決めましょー」

「うんうん、ヤスノリはしっかり者だね!」



 今後ヤスノリさんには無理を言うかもしれない。今後仲間が増えて食事量が急に増えたり、戦時などの緊急時にも対応したりしなければならない。

 彼の負担を極力減らすためにも、調理器具の充実や人数の調整も必要ね。後は単純に食材の調達か。

 こうして、私たちはヤスノリさんと一緒にルールを決めていった。



「ヤスノリさんがリーダーだったんですね。知りませんでした」

「エスタシオン、君以外の使用人は全員知ってるよ。と言うか君にも言ったはずだけど?」

「ウラク様のご勇姿を脳裏に刻んだ時に、記憶から抜け落ちたのだと思います」



 大丈夫かなこのメイド……。

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