番外 テュポーン 其のニ

 無常の果実。それを口にした時、その者の望みが叶わなくなる呪いがかけられる。

 テュポーンはその事実を知り、絶望していた。だが、サタンならこの呪いをどうにか出来ると言う。



「それは本当か? サタン」



 声が震える。サタンの腕を掴み、見上げるようにサタンの顔を見る。



「ああ、完全に呪いを打ち消すのは無理だが、発動を極力抑える事は出来るぞ」

「頼む、やってくれ。消さなくても良い、この呪いが抑えられるのならば」


 

 私はサタンに懇願した。

 情けない事だが、最早サタンに縋る他無かった。



「良いだろう。呼び出したのは私だし、それくらいはしないとね。でも、ちゃんと仕事はしてくれよ?」

「ああ、約束する」



 悪魔王サタンならば、強力、堅固な契約で私を縛る事も出来るだろう。

 それをしないのはサタン自身に甘さがあるのか。それとも、いつでも何とか出来ると言う自信の表れか。

 だが、今はどちらでも良い。早く、今すぐにでもこの呪いを解きたかった。


 それから、私はサタンの目の前に座って待機している。

 下には魔法陣が浮き出ており、サタンはその陣に魔力を流し続けている。

 サタンは時折詠唱を重ねつつも、雑談を続けていた。話し好きな奴だ。



「うへーきっつ……君の呪いは強力すぎんよー」



 きついと言いながらも、笑って済ませる辺りまだ余裕があるのだろう。

 サタンが魔力を流し続けて30分程経過した時、私が座っている魔法陣が光りだす。



「認識を淘汰し、ここ空漠くうばくたる可能性を――アンサトゥンティ」



 最後の詠唱を終え、サタンは魔力の供給を止めた。

 魔法陣は光とともに消える。これで終わったのだろうか……実感がわかない。



「サタン、成功したのか? あんまり変わった様には思えぬが」

「ばっちり成功しているさ! 自分で見てごらん? 目を瞑って、意識を集中させてステータスを出すように念じれば良い」



 疑いつつも、私は目を瞑って能力を確認する。



   名前;テュポーン

   種族;神

  スキル;暴風タイフーン 大地激憤ガイアツォルン 恐慌パニック  神を縛る洞コーリュキオン 混沌領域カオスフィールド  奈落の底タルタロス 【不確定】 【無常の果実】

アビリティ;神 怪物 獣 竜 憤怒 殺戮 宇宙 混沌 【不確定】 【無常】



 相変わらず忌々しい【無常】の呪いはあるが、【不確定】のスキル……いや、表記としては呪いだろう。それが新しく表記されている。

 私は、恐る恐るサタンに聞く。

 


「サタン、この【不確定】の呪いは一体どんな効果がある?」

「お、見れた? その呪いは摂理を弄るから結構強力でね、大分時間がかかってしまったよ」



 摂理を弄る? そんな事を1時間足らずでやってのけたというのか。

 平然と言い放っているが、この悪魔はやはり常軌を逸している。

 サタンは、続けて説明する。



「君が持っている無常……それは言わば不幸の呪いだ。その不幸の線引を曖昧にするのが【不確定】の呪いさ。分かりやすく言うと、呪いの対象にとってこの結果は不幸であり、対象の願いが叶わなくなる。と言う世界の認識を曖昧にし疑わせ、無常の未来を不確定にするのさ」



 つまり、無常の効果を打ち消し、呪いに縛られない新たな未来を得ることが出来る、と言うことだ。

 無常を騙くらかすという所は好みだ。奴らを出し抜いたみたいな感じがして良い。

 私は自然と顔が綻んでしまう。



「素晴らしいぞサタン。これならばきっと……」

「手伝ってもらう身としては、その呪いは困るからね。少し頑張ってしまったよ。だが注意しろよ? 本来それはデメリットのある呪いだ。不幸だけでなく、幸の線引も曖昧にするからね。つまり運が良いやつを貶めるための呪いだったんだが、君は不幸すぎて逆にメリットになったと言うだけだ。絶対超絶不幸少女からただの不幸少女になったという事だね」

「……少女って言うな」



 多少の不運が何だと言うのか。其の程度は力尽くで押し通るまでだ。

 こうして私は呪いを緩和し、サタンの手伝いをしてやる事にした。








「あーあー、……皆お疲れさま! どうだ? ちゃんと召喚できてるかな! なんか数人ほど念話が届かないものがいるね?召喚に失敗してやられてしまったかな?」



 それから三日後、サタンは悪魔どもに念話をしている。

 まずサタンは、悪魔から召喚された者に召喚権を移し、更に2回の召喚をさせている。

 私が「二人で国が作れるわけ無いだろ」と言ったら「じゃあ増やすか」と、突拍子も無く追加したルールだ。コイツ……力はあるがどこか抜けている。大丈夫なのか?


 その後すぐに、サタンが突然「ちょっと行ってくる」と行って姿を消した。

 アイツ、扉が無くても移動できるのか。何故今まであの扉を潜って……いや、考えるのはやめよう。

 私は、サタンから貰った水晶で悪魔どもを観察する。なんでも、この水晶はサタンと魔力のパスが繋がっており、悪魔どもの監視が出来るそうなのだ。色々おかしいがもう突っ込まない。

 悪魔どもは人間や獣、中には神を召喚しているものもいる。



「本当に色んなのがいるな。私が見たこともない生物まで……ん、あれは」


 

 私は一人の悪魔に注目する。

 銀色の髪に天使の様な羽根を持つ悪魔。こいつはサタンから名前を聞いている。確か……ルシファーと言ったか。

 そいつの近くに控えている奴も、白い羽根を有している。まさか天使か?

 サタンは前に天使共と敵対し、隔離していたと言っていたが……この悪魔、それを呼び寄せたというのか。

 まぁ、私には関係のないことだ。別にルールを破っているわけでもない。後で一言いっておけばいいだろう。


 とか思っていたら、ルシファーが此方を向いてニッコリと笑いかけてきた。コイツ、自分が覗かれているのがわかっているのか。

 ……爽やかな笑顔がなんかムカつく。後で文句を言いに行こう。

 その後、水晶を通して他の悪魔を見ているとサタンが戻ってきた。



「ただいまーっと。どう? 皆は滞りなく召喚できてるかい?」

「ああ、脱落者も無く順調のようだな。だが――」



 私はサタンに、ルシファーの事を言った。

 サタンは聞き終えると「ククク、フハハハ、ハァーハッハッハッハ!!」と笑いだした。うるさい。



「面白い! 確かに不可侵の契約を結んで入るが、別にその次元に攻め込んでいるわけでも無し、問題ないだろう!」



 それでいいのか。物は言いようである。

 悪魔というのは契約に従順だと聞くが、大体がまともな契約内容では無いのだろう。

 それでも、契約は破るためにあるとか吐かしている神々に比べればマシだ。



「まぁ、お前が良いと言うならいいのだが。で、何故いきなり姿を消したのだ」

「色々と特殊な子が召喚されてきてね。面白そうだったから召喚を見学していたんだ」



 天使とか他の神とかは特殊ではないのか……。基準がわからない。

 こうして準備も整い、悪魔の戦争は幕を開けたのだった。









「お! おいテュポーン見てみろよ! 早速どんぱちやり合うみたいだ!」



 しばらくして、サタンは興奮気味に私を呼ぶ。

 ああもう、ただでさえ悪魔たちの監視で手一杯なのにコイツはなんでこんなに余裕なのだ。



「早いな。まだ始まって数時間程ではないか。準備も出来ぬまま攻め入るとは何処の愚か者だ」

「それ、君が言う?」



 確かに私は生まれてすぐに暴れたが……それは昔の話だ。今の私は新生ニュー・テュポーンとして生まれ変わったのだ。

 ただ力でねじ伏せるだけではない、知的で策士な怪物なのだ。

 私はサタンの言葉を無視し、攻め込んだという悪魔と王を確認する。



「む、あれは……ケートスではないか。召喚されていたのか」



 あいつめ、猪突猛進にも程があろう。怪物われらの沽券に関わるだろうが。

 神々のしがらみから開放されて色めき立つのは分からぬでもないが。


 

「まさかこんな早く始まるなんてな。あ、やばっ、まだ褒美の事考えてなかったよ。どうしようかな」

「お前は問題を後ろ倒しにしすぎだ……」



 サタンに呆れつつも、私はもう一方の悪魔と王を水晶で確認する。

 水晶には黒髪、黒衣の女が映っている。雰囲気からして悪魔の方か。先程の魚顔よりは出来そうだな。

 その傍らに、私も見たことがない黒い生物が映っている。コイツが王なのか?



「見たこともない生物だな……サタン、あれはなんなんだ?」

「うん? ああ、ウラクの隣にいる子か。私もよくわかんないんだよねー。ただめっちゃ良い子だったよ」

「そうか……」



 そんな事は聞いていないのだが……。

 先程急に出ていった先は、このウラクという悪魔の所らしい。



「それでねー、あれがその特殊な子なんだけど……」



 私はサタンが指で示す所を見る。

 ウラクの正面にいる、白髪のチビがどうやらソイツらしい。



「この人間が一体――ッ!?」



 この雰囲気は。

 白髪チビの内側から、あの憎き女神共モイライの気配を感じる。

 一体コイツとなんの関係がある? 今すぐにでも会って問いただしたい。場合によっては……。



「どうしたテュポーン、ブルブル震えて。トイレに行きたいのか? だったらあっち方向に真っ直ぐ歩いた後左に曲がって……」

「……違う」



 落ち着け。私はもうただ怒り狂うだけの怪物ではないのだ。

 今すぐに向かってもサタンに止められてしまう。サタンは抜けてるところがあるから、スキができるのを待つのだ。

 こうして私は、戦争の様子を観察するのだった。



 あれから30分ほど経った。ウラクと白髪チビは順調にケートスの配下を倒して先に進んでいる。

 このまま進めばケートスと一戦交えるのは間違いないだろう。

 ……よく考えれば、このチビが死んだら謎が謎のまま終わってしまうのではないか?

 ケートスも決して弱くはない。下手すると初手の一撃で終わってしまう事だってありえる。

 このチビには聞きたいことがあるのだ。それは避けたい所だが……。

 仕方ない、強引だがここは……。



「サタン」

「ん? どうしたテュポーン」

「トイレ」



 私はそもそも飲食はしないので、当然排泄もしないのだが。サタンが納得してるなら問題ないだろう。

 サタンの姿が見えなくなった所で、私はあの白髪チビの元に向かった。










 あの後、私はあの白髪チビ……浦島太郎に出会った。

 クソチビめ、私を彼処まで愚弄するとは……もはや女神共とか関係無しに許さん。



「ふう、頭は冷えたか? テュポーン」

「――サタン」



 私はあれからパンデモニウムに強制送還され、紐でぐるぐるに縛られて逆さ吊りにされていた。

 血が頭に登るので全く頭は冷えないが、いつまでもこうしているわけにはいかないので大人しく従う。



「ああ、すまん。熱くなりすぎたようだ。勝手な行動はしないから降ろしてくれ」

「よしっ、いいだろう。君と彼にどんな因縁があるか知らないが、主催側から喧嘩を売るのはやめてくれ。私のメンツにも関わるしね」



 私は拘束を解いてもらった。

 くそ、私自ら出向けないなんて……。やはり【無常】は打ち消しきれていないという事か。

 なんとかして奴を、あのチビに報復を……。

 


「さて、私はウラクの褒美を考えなければいけない。それに他の悪魔も少々厄介な事が起こっているみたいだ。私が出向かなければいけないようだから、ここを任せたいのだが」



 サタンがそう話す。

 そうだな、今の役割をこなしつつ復讐計画を練ろう。腹が立つ事に、あのチビは中々強い。悪魔ウラクも、飄々としている癖に想像以上の化物であった。

 だからこそ、彼奴等はこの戦争を勝ち抜いていくだろう。時間はまだまだある。



「わかった。私は悪魔どもの監視をする。何かあれば念話で連絡を取る」

「よろしく頼む。今度は私の念話を無視しないでくれよ?」



 実は何度かサタンの念話が届いていたのだが、全て無視していた。

 今後は、取り合ってやることにする。呪いを緩和してくれた件もあるからな。

 そしてサタンはまた姿を消した。もう扉の演出は飽きたのか。


 さて、まずは真っ当に悪魔どもの監視をしつつ、使えそうな悪魔の品定めをするか。

 私自ら手を下せない以上、こいつらを利用する。あの魚顔のように、馬鹿で扱いやすい悪魔もいるはずだ。

 いくらこのチビでも、同時に何体もの悪魔に攻められれば為す術もあるまい。奴の焦る顔が目に浮かぶ。

 タロウ、楽しみにしていろよ。必ず、必ず貴様を……! くひ、くひひ、クハハハハハ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る