番外 テュポーン 其の一

 深き暗き奈落の底で幾百、幾千、幾万年とテュポーンは此処に。

 かつて怒り狂った怪物は自身を産んだ大地を炎で埋め尽くし、それを産んだ宇宙そらを掌握し、全てを混沌カオスで埋め尽くした。

 数多の戦を重ね神々に追い込まれた私は、女神から力を奪う。



 勝利を得るはずだった。だが、得たものは常に叶わぬ無為なる嚮後きょうこう

 激高するも返報叶わぬ。瞋怒しんぬ戦慄わななくも報復能わぬ。

 何が起こったかわからぬまま追い詰められた私は、奈落の底へ突き落とされた。

 何も出来ない、何も叶わない、いかる事さえも出来ない。

 このまま何も出来ずに一生を過ごすのか。憤怒から生まれた私に安寧をもたらすか。



 冗談じゃない。冗談じゃない! あのクズ女神め……許してなるものか。

 激憤げきふんを忘れるな。忿懣ふんまんに身を投じろ。

 叶わぬ夢を忘れようとも。この怒りだけは生き続けてみせる。



















――我が其の能才を通し、召喚に応じよ。コントラクトサモン!!




 なんだこの声は。誰が私を呼んでいる。

 何処の誰だか知らないが、今の声のせいで怒りを忘れそうになっただろ。全く腹立たしい。

 世界が光に包まれる。その光が、私の体を包み込んでいく。

 神とは違う、巨人とも違う。ただ単純で強大な力が私を取り囲む。


 ここから出れるのであれば好都合だ。多少力を失おうと、神々を相手にしないのであれば問題ない。

 とは言っても……これだけの力。私を呼ぶだけの力が在る者は油断ならない。


 ただ力を振るうだけではダメだ、敵を多く作りすぎる。

 以前はそれで失敗したのだ。同じ失敗は繰り返すものか、私は賢いのだ。

 それに、前よりもひどく落ち着いている。怒りを忘れたわけではない、それが当たり前になってしまっているのだ。嗤うことだって出来よう。

 光が濃くなっていく。そろそろ転移が始まる。

 いいだろう、奈落に光を齎す者。少しばかり興味が湧いた。

 待っていろ女神共……殺すなんてなまっちょろい報復なぞしてやるものか。残忍に、無慈悲に、陰惨に、残酷に、ありとあらゆる無道を以て復讐してやる。

 くひひ……待っていろよ……くひっ、くひひひひ……











「――貴様が私を呼んだか。……ふん、なるほど、異常なまでの力だな」



 ――何だこれは。これほどの魔力は今まで感じたことがない。

 馬鹿な……以前の私よりも遥か上を行っているではないか。

 ふざけている。腹立たしい、気に入らない、ムカつく。



「私はサタン、悪魔の王だよ。君の名前は?」

「我が名は……テュポーン」



 サタン……少しだけ聞いたことがある。

 この世界の何処かにいるとされる悪魔……その中で最も魔力が強く、世界そのものを揺るがす程の力を有する悪魔がいたらしい。

 その悪魔こそ……サタン。憤怒の悪魔と言われ、その圧倒的な魔力で敵を屠ると聞く。

 そいつが、その目の前にいる……。見てくれはただのチビだが。



「これまた凄いのが来たなぁ。今回は君に戦争の風紀委員でもやってもらおうかな。」



 ふふん、私の凄さは異界にも伝わっているようだ。当然だな、くひひ。

 それはそれとして、風紀委員とはなんだ?



「風紀……委員?」

「まぁ、私が言ったことをやってくれればいいよ」



 どうやらこのサタンという悪魔は、見本として私を召喚したようだ。

 気に入らない、私を誰と心得る。チビの癖に。





 

 そして、サタンと同じくらいのチビ悪魔がはしゃいだ後、悪魔どもは解散し、各々離脱していく。

 その後、私はサタンから事情を説明された。

 ゲームだと? 全く下らない。下らな過ぎて怒りも出来ぬな。

 サタンは寝っ転がりながら、リラックスした状態で話していく。



「それでねー、君には私と一緒に悪魔たちの監視をお願いしたいんだ」



 ……何がそれでねー、だ。なぜこのテュポーンがそんな雑用を……。



「君って結構プライド高い? 顔に出ちゃってるよ? まぁ、私としては力技でご理解頂くのもやぶさかではないが……」


 

 チッ、勝手に呼び出しといて力技もなにもないだろ。

 非常に腹立たしいが今の私では戦いにならない。私は渋々承諾する。



「ふん、いいだろう。だが一つ……いや、二つ程良いか?」

「うん、何かな?」



 私はサタンを睨みつける。

 これだけはなんとしても聞かなくてはいけない。絶対に。



「何故……何故私の体が縮んでいるッ!!!!!」



 この悪魔め、私がこんな矮小な姿に……。惨めにも程がある。

 くそ、何故私がこんな目に。これも全部あのクソ女神が……。



「あーそれね。君の体は元々巨大だったのは知ってるんだけど、こっちに呼ぶときに何故か変化しちゃったんだよねぇ。……ちょっと頭貸して」

「はぁ? 一体何を」



 サタンがよっこいしょと起き上がり、私の頭に手を置く。

 ぐぎぎ……こんなチビでも私の頭に手が届くのか……。

 そんな事を思っていると、私の頭のなかに文字が浮かぶ。



   名前;テュポーン

   種族;神

  スキル;暴風タイフーン 大地激憤ガイアツォルン 恐慌パニック  神を縛る洞コーリュキオン 混沌領域カオスフィールド  奈落の底タルタロス 【無常の果実】

アビリティ;神 怪物 獣 竜 憤怒 宇宙 混沌 【無常】



「なるほどねぇ。テュポーン、君は随分とややこしいスキルを持っているね」

「何? どういう事だ?」



 こいつ、一体何をした。私の情報が頭のなかに流れてくる。

 スキル、アビリティとは何だ。それに、ややこしいとは一体何のことだ。

 わからないことだらけでムカつく。全て説明してもらうぞ。

 私はサタンへと近づいて、説明を求めた。



「君のスキルは全て固有の物だね。どんな効果かは分からないが、名前からしてやばそうだ。けど、この【無常の果実】。これが厄介だ」

「それは……」



 それは恐らく女神からぶんどった、力を得る果実……と思って食べた別の果実だ。

 あれを取り入れてから私はおかしくなったのだ。



「これは極めて強力な呪いだ。他のスキルと表記が違うだろう? 無常の果実。コイツはね、絶対に望みが叶わなくなるとされる果実だ。君が勝ちたいと思えば思うほど、勝利が遠ざかって行く。力を求めれば求めるほど、力を失っていく」

「ッ……!」

「君が召喚される時、どんな事を思った? どんな事を感じた? 力を求め、誰かに勝ちたいと強く願わなかったかい?」




 ああ、思った。想ったさ。何千年も、何万年も。途方もない時間を使ってな。

 ずっと暗い底で気づかなかったのか。私は、既に――



「神でも無ければ怪物でも無くなっていたというのか。ああ、そうか。あの時、全てが、決まって――」



 脱力感を感じる。望みが叶わぬ呪い。これ程までにどうしようもない呪いがこの世に存在するのか。

 万物は目的を持っているから存在できるのだ。神も例外ではない。必ず何かをするために存在している。それが創造だろうと破壊だろうと同じ事だ。

 どうすれば。何をすれば。全てが否定される。悔しい。苦しい。私はただ、彼の方の憤怒を真っ当しただけだと言うのに。

 ああ、あああああ、あの怒りも、屈辱、屈辱も、全部全部全部茶番に成り果てていたと。いたというのか。

 ああ、もう、何も考えられなくなって……。



「その強く思う力が逆に働いて、今の小さい姿になってしまったのかもね……って、おっと。……落ち着け。私がなんとかしてやるよ」

 


 私は、気がつけばサタンに体を預けていた。

 体に力が入らない。今はただ、サタンの話を大人しく聞くぐらいしか出来なかった。



「全く。君は早合点が過ぎるね。前の世界で良く言われなかったか? この呪い、厄介とは言ったがなんとか出来ないことも無いぞ?」

「え……?」



 自分でもびっくりするぐらいの、か細い声が出る。

 こんな不条理な呪いを、なんとか出来るというのか。私がそう願えば願うほど、呪いは強くなると言うのに。

 頭ではそう考えつつも、私はサタンの言葉に耳を傾けるのだった。

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