番外 浦島太郎が召喚されて二日目

 僕は浦島太郎。いつもの様に釣りをしていたら、ウラクという悪魔に召喚されて、次元の狭間というところに来ている。

 そして、僕に王様になって欲しいと言い始めた。急展開すぎてさすがの僕も戸惑ったね。

 だけど、同時に面白そうでもあったので引き受けることにした。


 そして、僕が呼ばれてから一日が経った。

 ウラクは何処から持ってきたのか幾つもの本を読みつつ、刀を振っている。

 彼女は昨日もずっと刀を振っていた。きっと好きなんだろうな。

 だが、たまに刀を拭きながら話しかけるのは少し驚いた。面白い主人だ。



「うーん、いきなり国を作ると言っても何から手を付けていいかわからないわね……」



 今もそう言いながら刀を振っている。

 その後ろで僕はウラクを見守っている。正確にはウラクの尻を見守っている。

 うんうん、形も完璧でいいおしりだ。黒衣の服を着ているウラクはピチピチとはいかないまでも尻の形がわかる服を身に着けているので眼福であった。

 


 ぐぅぅぅぅぅぅぅ



 そんなウラクを見守っていると、不意に僕のお腹が鳴る。

 そういえば昨日から何も食べてないや。お腹すいた……。

 僕のお腹の音が聞こえたのか、ウラクは僕に話しかけてくる。



「お腹が空いたの?」 

「うん、思えば昨日から何も食べてないや……ウラクは平気なの?」

「そうね、私も小腹がすいたかも……」



 聞けば、ウラクは基本三日に一食ほどしか食事をとらないらしい。

 悪魔によっては何も食べなかったり、逆に摂取が多い悪魔もいるそうだ。

 ウラクは少しうーんと考えた後、僕に言った。



「よしっ、ここは親睦を深めるために私が料理を作ってあげるわ」

「えっ、本当かい? ウラクって料理出来るんだ」

「当たり前じゃない、何年一人で暮らしてると思っているの?」



 悪魔だと言うからポンっと出すのかと思ったら、どうやら普通に料理をするらしい。

 女の子の手料理……これは頂かない訳にはいかないね。



「やった、まさか異次元に来て女の子の手料理が食べられるなんて夢にも思わなかったよ」

「大げさね……じゃあ、近くの次元に料理する時に使う小屋があるから、そこに向かうわよ」

「はーい」



 こうして、僕はウラクの料理を頂くため近くの次元へと移動した。

 現在、目の前にはクラゲの様な物がふわふわと漂っている。

 これが次元というものだろうか。中を覗けば、沢山の木々が一面に広がっている。

 そんな光景を見ていると、ウラクが口を開く。



「さて、今から次元内に入るけど……一つだけお願いがあるの」

「うん? なんだい?」



 主人なのにお願いだなんて謙虚な悪魔だ。こういうのって普通命令される物だと思っていたけど。

 一体なんだろうか?



「どこでもいいから、必ず私の体に触れていてほしいの。そうしないと、次元に入る時空間の歪に体が耐えきれず捻れてしまうの。悪魔に触れてさえ入れば、自由に出入り出来るのだけど」



 怖いなぁ。そんな事言ったら、絶対に離れられないじゃないか。

 これはしっかりべったりと、くっつく必要があるね。



「なるほど、次元移動って随分と物騒なんだね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかなぁ……とぅ!」

「ヒャァッ!?」



 僕はウラクの後ろから思い切り抱きついた。

 いつも刀を振るっていると聞いていたから引き締まっているかと思いきや、柔らかくて弾力がある身体だ。

 手を回すと丁度お腹辺りに触れる。うん、スレンダーでありながらとてもやわやわだ。触れているととても幸せな気持ちになれる……。

 ウラクは困ったようにため息を着き、僕に話しかけてくる。



「まったくもう……別に抱きつくのは良いけれど、もうちょっと力を緩めてくれないかしら。歩き難いわ」

「ふふ、ごめんね、ふふふ」

「邪な気を感じるわね……」



 そして、僕とウラクはとある次元へと入った。

 悪魔は、念じればその次元の好きな位置へと移動できるらしい。

 そして移動は一瞬だ。浮遊物に触れたと思ったらそのまま沈み込むように中へと進入できた。



「さ、着いたわよ」

「一瞬だったね……もう少しこうしていたかったなぁ」

「やれやれ……」


 

 外から見ていた通り、次元の中は辺り一面森になっている。

 目の前には、そこに似つかわしくない建屋があった。小じんまりとしていて全体的に黒く、四角い建屋だ。明らかに森のなかでひときわ浮いている。

 僕はウラクに話しかける。



「この黒いのが君の家かい? 玉手箱みたいだねぇ」

「住んでないから家……というのかはわからないけれど、私の所有物ではあるわね。先代から貰ったものだけど……全く、森の中にこんな真っ黒い建物作ったら景観破壊で訴えられるわ」

「ウラクは偶に、良く解らないことを言うねぇ」

「こっちの話よ、気にしないで」



 僕たちは話しながら、黒い家へと入った。

 中は、外とは対照的に白く落ち着いた雰囲気だ。それに、竜宮城で見たことのある物もある。

 例えば……



「これは……ガスコンロに、フライパン、だね。久々に見たよ」

「そうよ、先代は料理が好きだから、良い調理器具を持っているのよね」



 竜宮城は見たこともないような物が沢山置いてあった。

 初めて見た時は興奮したなぁ。ツマミを撚るだけでいきなり火が出てくるんだもの。 

 今では慣れて、余程の物じゃないかぎりは驚かないけどね!


 ウラクは、奥にあった押し入れを開けて、食材を吟味している。

 僕も覗いてみると、そこには見たことも無いような野菜やお肉など、いろいろな食材が入っていた。



「随分と溜め込んであるねぇ」

「私が取ってきたものもあるけれど、大体は前々から先代が溜め込んでいたものね」

「お肉まで入ってるけど、腐らないのかな」

「平気よ。保存の魔法が効かせてあるからね。保存や維持の魔法は、先代ウラクの得意魔法だったから」

「便利だねぇ魔法って」



 そう言いながら、ウラクはエプロンなる物を着けていた。黒い。黒い服に黒い前掛けはどうなのだろうか。

 そんな事を思っていると、ウラクの方から僕へと話しかけてくる。



「タロウは好きな食べ物とかあるのかしら?」

「そうだね、熊のお肉は好きだよ。煮ると美味しいよね。鮎の干物も好きだなぁ」

「鮎……魚かしら? それと熊肉ね、さて、あったかしら……」



 ウラクはゴソゴソと中を探っている。

 そしてウラクは食材を選び出し、ちょっと待っててねと調理を始めた。

 どうやら熊肉も魚の干物もあったようだ……先代ウラクは一体何者なのだろうか。

 料理をただ待っているのも何だし、僕は聞いてみた。



「ねえねえ、先代ってどんな人だったんだい?」

「先代? そうねぇ……黒尽くめの男で胡散臭い、一日の半分以上はニヤついてて得体が知れない、意味ありげな事ばかり言ってその実何も考えていない、かと思ったらいきなり大事なことを言って全くアイツは……」

「はっはっは、手厳しい評価だね」



 どうやらその先代に振り回されていたようだ。ウラクは真面目そうだからね。

 ウラクは肉を一口大に切っている。慣れた手つきだ。

 結構料理をして長いのかもしれない。これは期待できそうだ。



「でもね、悪いやつじゃなかったわ、悪魔なのにね。それに、大事なことを沢山教えてくれた。今の私が在るのは、先代のお陰ね」

「良い人だったんだね。親子のような関係だったのかな?」

「親……か。確かにアイツはそんな目で見ていた気もするけど、私は……」



 ウラクは料理の腕を止める。

 まさかこれは……ウラクにも甘酸っぱい青春が……。



「私は兄妹きょうだいみたいに感じてたわね。見た目もそんな歳いってなかったからアイツ」



 ウラクは料理を再開する。

 彼女も青春を謳歌していたのかと思っていたら、そんな事はなかったようだ。



「なんだぁ、言葉に詰まってたからてっきり恋人として好きなんだと思ったよ」

「恋人ぉ~? アイツがねえ……うん、ないない、それだけは有り得ないわね」



 ウラクは笑いながら否定した。

 やっぱり悪魔っていうのはそういう感情はないのだろうか。見た目は普通の女の子なのに……。

 肉や野菜を全て一口大に切り終えたウラクは、鍋を取り出し、その中へダシを入れる。



「おお、熊鍋かな? 美味しそうだ」

「フフフ、熊だけじゃないわよ。それに鍋に入れるだけじゃ料理にならないし、せっかくだから色々試してみようかと思ってね」



 おやおや? 何やら不穏な空気が……いや、きっと大丈夫だろう。調味料や味付けに少し拘りがあるだけだ。

 ウラクは野菜……白菜や大根のような物から順に入れていく。

 うんうん、入れる順番もちゃんと考えているようだ。これならきっと……。



「ふふん、ここで干物ね」

「ほ、ほほう……」



 ウラクが、魚の干物を鍋へダイレクトインさせた。

 まぁ、無いことも無い。お出汁が出るし、身は解れて美味しいかもしれない。



「次はパイナップルね」

「うん?」



 刺々しい木の実を容易く切断したウラクが、中身の果実を鍋に入れていく。

 ウラク、僕は信じているからね……。



「次に熊肉を入れて……よし、良い感じになってきたわ」

「ほっ」



 ウラクは先程切った肉を中に入れていく。

 やはり一工夫するだけだったんだ。うんうん、やっぱりウラクは真面目だね。



「肉が少し足りないかしら? せっかくだからヒトデもいれましょうか」

「ファッ!?」



 あろうことかヒトデを鍋に突っ込んでしまった。しかもうねうね動いてた。何処から取り出したのだろうか……。

 あれは食べられるヒトデなのかな……不安になってきた。



「先代ウラクがヒトデは苦いからきっちり味を濃くしておけって言ってたのよね……。ジンジャーとシナモンとカレーリーフと……」

「……」



 それから、ウラクは見たことも無いような物を次々にいれていく。

 おかしい、最初は順調だったはずなのに……。



 少しして、出来上がったものをウラクが持ってくる。

 鍋の中身は緑色になっており、ドロドロとして、ゴボゴボと音を発している。これから食べるものとは思えない。

 これが黄泉國よもつくに……か。まさか生きて目にすることができようとは。



「よし、じゃあ早速食べましょう。タロウ、お腹すいたでしょ? 沢山食べていいのよ」

「あ、うん、えーっと……ウラク、先に食べていいよ!」



 ウラクを疑いたくはない、疑いたくはないんだけどねぇ……。

 流石に鍋のお汁に緑色の液体は初めて見たから、ちょっぴり抵抗があるというか。

 そして、ウラクが鍋から緑の液体を小皿に取る。

 その中にはあの熊肉っぽい何かやヒトデっぽい何かも入っている。



「遠慮しなくて良いのに、せっかくタロウのために作ったんだから」



 そう言って、ウラクが箸で物体Xを持つと、それをパクっと口に入れる。

 なんと、本当に食べるとは……大丈夫なのだろうか。



「もぐもぐ……うんうん、我ながら良く出来てるわ。タロウも早く食べないと冷めてしまうわよ?」



 ウラクはもぐもぐと美味しそうに食べている。

 見た目はあれだが、ちゃんと美味しいのかもしれない。

 僕も男だ。覚悟を決めよう。僕はオタマで緑の液体を掬い、自分の小皿へと入れる。

 中に入っていたのは……干物の破片らしき物体だ。干物なら味も染み込んでるだろうし、大丈夫だろう……。



「じゃあ、……いただきます!」



 僕は思い切ってそれを口に入れる。




 ……





 うん、わかってた。知っていたさ。最初からね。

 最初に少し甘い味がして、それから少し酸っぱくなって、更に強烈な苦味が舌を襲い、そこから香ばしさとジューシーさが口いっぱいに広がって……。 

 体全体から血の気が引いていくのが感じられる。あ、やば、出そう……。

 僕はなんとか耐えると、それを頑張って飲み込んだ。

 ウラクは僕の感想をほしそうにじっと顔を見てくる。うう、そんな目で見ないで……。



「はふぅ……これは中々……刺激的だね。刺激的な美味しさだ。過激すぎて食べるのに時間がかかるかもしれない」

「刺激的……それって褒められてるのかしら」

「う、うん。お、美味しいよ……」



 男には無理を通さなければ行けない時があるんだ。

 そんな不安そうな目で見られたら、不味いだなんて言えないよ。

 僕のご主人だからね。お姉さんのためならこれくらい……。



「良かったぁ。先代ウラクとグレモリー以外に食べてもらったこと無かったから少し不安だったの。沢山あるから、いっぱい食べてね」

「うぐぐ……うん、がんば……味わって食べさせてもらうよ」



 それから僕は、少しずつ……確実に鍋の中身を減らしていった。

 半分まで行った所で天の迎えが来そうになったので、お腹いっぱいで食べられないと言うと、ウラクは残りを全て平らげてしまった。

 ウラクの顔は満足そうだ。悪魔の味覚はどうやらだいぶ前衛的らしい。



「ふう……ご馳走様。ありがとうウラク。中々奇抜で……独創的な料理だったよ」



 料理と言うか闇鍋だけど……。



「どういたしまして。もし良ければ、明日も作るけど?」

「いやいや! そこまでお世話になるわけにもいかないし! 明日は僕が自分で作るよ!」


 

 まさかこの僕が終始圧倒されるとは……余程のことがなければ驚かないとは言ったが、これにはまいったね。

 これはしばらく食事は自分で調達するなり作るなりしないと……戦争が始まる前に死んでしまうね。

 僕は新たな決意を胸にし、膨れたお腹を擦るのだった。






 ちなみに、それから戦争が始まるまで、僕は何も食べることは無かった。

 腹が全く空かなかったのである。ウラクの料理って一体……。

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