第十七話 ルスト

 私たちは再度街へ戻り、中央の広場へと向かう。

 タロウはシュトロムの頭に乗っかって、国民達に声をかけている。。

 私はその後ろから付いていきながら、アマテラスに事のあらましを説明していた。

 アマテラスは歩かずに、ふわふわと浮きながら進んでいる。スキルだろうか……。


「ふむ、国と言うよりは村じゃな。先程戦った者の領土である海の底も領地になるとしても、まだまだ国とは言えないのう。先は長いぞ、ウラク。ほほほ。」

「うん、わかっているわ。でも今は、戦いに勝てた事を祝福しましょう。何事もコツコツと積み上げていく事が大事なんだから」



 アマテラスの言うとおり国とは程遠い一村だ。

 だが、人々、竜たちの活気は凄まじい。頼もしい限りだ。



「ああ、タラスク帝国の繁栄は毎日の努力が糧となるんだ」

「却下よ」

「過程をすっ飛ばされて否定された……」

「ギュルル……」



 その名前はないわーと言いたそうな面持ちでギュルギュアはタラスクを宥めている。

 そういえば、国の名前も必要ね。まず最初に決めなければ。

 アマテラスもギュルギュアに慣れたのか、ほほほと笑ってやり取りを見ている。



 毎日の努力か……確かに、戦争だけやってればいいってわけじゃない。

 今はまだ領土が小さいし、人や竜達も少ないから良いものの、今後は金銭の流通や食物の問題、水路など土地の管理に生計を立てるための職も充実させなければならない。

 他にもやることは沢山有る。彼等だけで回せれば一番良いのだけど……現状任せられるのはシュトロムくらいだろう。

 タロウにその手の人材を召喚してもらうのも手だが……そういった事は国民の中から選んでやってもらった方が良いだろう。

 今はまず基本的な事を整備し、安定させる事が大事だ。



「ウラクよ。難しい顔をしておるな。考え事かの?」

「ん……。ごめんなさい。これから色んな事を整備しなくちゃならないなと思って。この事を聞いた時から少しは勉強していたのだけど、たかだか3日程度の付け焼き刃じゃね……」

「そうか、タロウやタラスクもその手の知識は無いからのう。妾もまつりごとには疎くてな、其儀そぎは力添えできぬ、すまぬな」

「ありがとうアマテラス。その気持ちだけでも嬉しいわ」



 成り行きで召喚され、しかもだいぶ乱暴に扱われていたにも関わらずアマテラスは親切だ。

 根っから善人なのだろう。帰りたいと言いつつもここまで付き合ってくれている。

 アマテラスは、話を続ける。



「代わりと言っては何だが、後日、妾の力でこの国に豊穣の恵みをもたらそうぞ。楽しみにしておれ、ほほほ」

「それはとても助かるわ。でもここは海に囲まれた島のような場所よ。穀物を育てるのは難しいんじゃないかしら」

「ほっほ。妾は豊穣の神ぞ。その程度で、我が力は衰えはせぬよ」



 それが本当だとしたら凄い事だ。

 稲や麦などのイネ科は塩が苦手だ。海水など、少しでも塩が含まれていると稲が弱って収穫どころではない。

 海に近いこともあって土や水、風から多少なり塩分が入り込んでしまうので、ここで穀物を育てるのは基本向かない。

 だがその悪環境を無視して穀物を育てられるのであれば、職と食、両方充実させることが出来る。

 私はアマテラスに感謝して、その豊穣の恵みとやらを受けることにした。




「アマテラスはこう見えても高位の神だからな。引きこもりだけど」

「引きこもりで何が悪いか、妾、荒事は好かぬのじゃ。あと一つ言っておくが、妾に戦闘は期待するなよ? てか今回だけでも絶対筋肉痛じゃよこれ。どうしてくれる」

「お前そんな事言ってるけど前に確か……」

「100年より前の事は覚えていない」



 何か気になる事を言っているが、極力本人の意向を尊重し、戦闘員としては数えないようにしよう。

 先の戦闘でもそうだが、彼女は防衛、助成に特化している。実際はどうなのかわからないが、その点だけでも十分に私達の助けになってくれるだろう。



 中央の広場へと辿り着く。先程よりも人や竜達が集まっているように見える。

 人々は既に完勝している事を知っている。シュトロムが上手く話してくれたのだろう、凄まじい熱気と興奮だ。

 タロウは戦争前に宣誓した場所へと移る。私たちはその少し後方で待機、シュトロムは跪いて頭を下げている。



「皆、ただいま! この度の戦は、誰一人欠けること無く、それどころか誰一人怪我なく勝利をおさめる事ができたよ。だけど少しばかり戦が長引いてしまい、皆を不安にさせてしまったね。皆も知っていると思うけど、海面の上昇は既に止まって、水位も元に戻っているから安心しておくれ」



 タロウの話に、人々は食い入るように聞いている。

 あるものは相槌をうち、あるものは賞賛し、あるものは感嘆している。



「さて、僕も皆もなんでここにいるか、それはわかっていると思うんだけど、僕がここにいる理由を言っていなかったね。別に悪魔たちの遊びに興味があるわけじゃないんだ。僕はね、君たちと楽しく暮らせれば、それで良いかなと思ってる。僕の主には悪いけど、自分から攻める気はあんまりないかな。でも、この國に手を出す不埒な輩には容赦しない。その為にも、積極的に戦力は増やすつもりだよ。守るためのものさ、強くなければ楽しく暮らせないからね。それが僕がいる理由と、僕が掲げるこの國の方針さ」



 私も別に偉くなりたいわけじゃない。ただ皆に、私のことを認めて欲しかっただけだ。

 だから、タロウの方針には賛成だ。別に他の悪魔を叩き落とすことが目的ではない。

 だけど、叩き落されるのも嫌だ。もしこの次元を襲ってくるようなら、誰であろうと倒す。

 それに……私もこの国が気に入った。国というよりは、国民や仲間たちの事だが。

 悪魔なのに仲間と一緒にここで暮らしていたいだなんて、私は甘いだろうか。

 いや、それが間違っていない事を、この子達と一緒に証明していけば良い。



「僕はね、以前は色々な所へと旅に出ていたんだけど、新しく足を踏み入れる場所はどこだって新鮮で楽しかった。見たこともないような玩具や食べ物がいっぱいさ。ここもそんな楽しい場所の一つに出来ればな、と思うよ。ここだけじゃない、他の楽しそうな次元があれば、そこへ自由に行けるようにしてあげたい。皆がもっと楽しく、笑って暮らせる様な國にするためなら努力は惜しまないさ。だから、この國を皆で盛り上げて行こう!」



 国民達はおお! と歓声を上げ、タロウに喝采を送る。

 そうだな……どうせなら、楽しんでいけたらいいな。


「この國の名前を考えていたんだけど、ルスト、って言うのはどうかな? これは僕がいた次元の言葉で、僕は自分の生まれ育った言語以外には疎いんだけど、知り合いに少し習っていたんだ。楽しい、わくわくするって意味さ。どうかなぁ?」

「ええ、貴方らしい名前ね。ルスト。語感も悪くないわ」

「お前にしては中々良いじゃねえか!」



 タロウも名前の事を考えていてくれたようだ。相談してくれればいいのに……こう先走ってしまう所は子供っぽくある。

 だが、国民たちも気に入ってくれたようだ。

 ルスト。言いやすいし覚えやすい。意味もポジティブで、底抜けに明るい国民たちにはぴったりだ。



「気に入ってくれて嬉しいよ! では、後の細かい話はまた後日やるとして……宴を始めようか!さあさ、皆盃を持って! 乾杯するよー!」

「急じゃな! 脈絡のない奴よのう」

「良いじゃないの、タロウらしい演説だわ。はい、ギーもコップ持って。」

「ギュルル」



 今までどうやってやっていこう、負けたらどうしようと不安でいっぱいだった。

 タロウの陽気さと朗らかさ、そして強さのお陰かその心配は吹き飛んだ。

 タラスクやギュルギュア、シュトロムにアマテラス、それに国民達だっている。

 私は、この仲間たちと……もっと沢山の仲間たちと一緒にやっていきたい。

 その為には、もっと強くならなくては……。私は、タロウが言ったことを忘れないように、この戦争を勝ち残ると決意した。



「こういう時は栄光あれ! とか言うのかな? でも栄光は求めてないから普通に乾杯するよ! それじゃあ……ルストの繁栄と発展を祈念して、乾杯!」

「かんぱーい!」

「カンベイじゃ、ほほほ」

「なんと華々しい……このシュトロム、この地に生まれ清福せいふくでございます」

「記念に祈念ってか!」

「ギュルル……」



 初日から大騒動であったが、無事に一日を終えることができた。

 いきなりの戦闘だったが、得るものは多く結果的に素晴らしい成果だった。

 明日からは更に忙しくなる。街や土地、生活水準の確認や、城の整備に戦力の確認と、その他色々優先してやらなければならない。

 だが、今の私に不安はない。タロウたちと共に、この国を発展させていこう。

 喧々たる宴の音と共に、私はこの国の未来を想っていた。

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