第十六話 決着と悪魔ウラクの実力

「やれやれ、私がタロウたちの観戦に熱中して目を離した隙に何やってるんだテュポーン。君には風紀委員という役職をつけたはずだぞ?風紀委員が風紀を乱さないでくれ」

「ぐ……サタン。しかしコイツは……」

「テュポーン……余り私の手を煩わせないで欲しいが――」

「うぐぐ……わかった……」



 テュポーンが殺気を収める。

 タロウも、ふぅっと一息つくと竿を背負う。

 ケートスはホッとしてヒレを畳んでいる。



「なななな、なんじゃあの化物は……あの扉から出てきた者、力の差が有りすぎるぞ。妾、実家に帰ります」

「あの方がサタン様よ。私達悪魔の王様ね。この世で一番強いと言ってもいいんじゃないかしら」

「相変わらず露出多くていいな……もうちょっと見た目が育っていれば!!」

「聞こえたら殺されるからやめてね……」



 私は急いでサタン様の元へ向かう。

 流石にサタン様がいらっしゃったとなれば、挨拶しないわけには行かない。

 フォルネウスも、いそいそとサタン様の元へと向かっている。

 すると、サタン様の方から切り出してきた。



「君たち、本当に済まなかったね。私の監督不届きだ。まさかテュポーンが決闘の邪魔をするなんて思わなかった。というより、あんな子供っぽいなんて知らなかった……」

「……子供っぽいって言うな」



 私も驚きましたよ。完全に子供の口喧嘩だったからね……。

 それよりも、早く決闘を続行させたい所だが。



「それで決闘の話だが……、まだ決着はついていないんだな?」

「うん、そこのチビ神が邪魔したせいでね」

「ぐぎぎぎぎぎぎ……」

「ケートス! 続きをやろうじゃないか!」



 テュポーンが歯をぎりぎりやりながらタロウを睨みつけている。

 相当嫌っているな……それはタロウも同じことだけど。

 タロウから呼ばれたケートスは前に出る。そして、その口からは予想外の発言が飛び出た。



「私は……降伏する。タロウ、貴様の勝ちだ」

「え?」

「んなっ!?」



 タロウは首を傾げる。まさかあれだけプライドが高いケートスから白旗が上がるとは思わなかった。

 フォルネウスはどういう事だとケートスを問いただしている。



「おい! まだ勝負は終わってねえだろ!!?」

「今の殺意を感じて、理解した。私では到底太刀打ちできぬのだ。もっと戦力を整え準備してから出向くべきであったな」

「くそったれ……ふざけんじゃねえぞ! こんな能無しに負けるだなんて絶対許さねえぞ!」



 フォルネウスは腕から鋭利なヒレを立たせる。

 そして、フォルネウスは私に向かって斬りかかってきた。



「ちょいちょい……思いっきりルール違反じゃないの。わ、危なっ」

「知るかっ! テメエがここで死んじまえばそれで終わりだ!」


 

 謎理論を掲げてフォルネウスは攻撃を続けてくる。

 大振りでスキだらけだ。私は淡々と避けつつサタン様の様子を伺う。

 すると、サタン様が苦笑いをして頷いた。

 そう、良いのね。


 私は腰に在る刀の鞘をよしよしと指で撫でる。最近は色々忙しかったから、この子には随分お預けをさせてしまった。

 フォルネウスが横にヒレを振るった。私はそのまま下に回避、座る姿勢に入る。

 そのままフォルネウスは、下に叩きつけるように手を上から振りかざす。



「テメエ如きにこの俺が負けるはずがねえ!!! 死ねェェェェェェ!!!」



 フォルネウスの鋭利なヒレが振り下ろされる。それを許せば私の首が飛ぶだろう。

 私は刀の柄を握る。こんなもの、本当なら斬りたくもないが――



流刀るとう――」

 


 刀を抜く。フォルネウスの腕を内側から掠らせるように刀を振り上げる。

 フォルネウスのヒレに重なった瞬間、左側へとヒレを刀で受け流す。


 キィンと金属音がなった後、ブゥンと空気が切れる音が響く。

 ブチリ。受け流した瞬間に肉の音がした。

 受け流した勢いでフォルネウスの腕を引きちぎってしまった。必要以上に力を入れすぎたようだ……。



霹靂へきれき


 

 フォルネウスが驚く暇も無く私は左を向き刀を構え、フォルネウスの腹部を斬る。

 本来であれば真っ二つだが、流石に殺したらペナルティが来るかもしれないので抑えめにしておく。



「おっほ、早い!」

「ッ! ……フン」


 

 サタン様が食い入るように見ている。今の一瞬すら見えているのか。流石悪魔王と言った所だ。

 テュポーンにも見えていたようだ。やはりどちらも規格外だな。私もまだまだ修行が足りない。



「ウギャアアアア!!! うっ腕がァ!! 腹がァァァァァァ!!」


 

 同時に二箇所へ攻撃を受けたフォルネウスが絶叫を上げてのたうち回る。


 

 うんうん、切れ味は衰えてないわね。海水に浸かったから少し心配していた。

 まぁ刀には保護の魔法を何重にもかけてあるから絶対錆びつかないけど。

 それでも心配なものは心配なのである。私に取って刀はかけがえのない物なのだから。

 

 私は血振りをして刀を鞘に戻すと、鞘の上から刀を頬ずりする。

 久々の戦いだったのだ。労うのは当然だろう。



「フフフ、よしよし、よく頑張ったね【黒姫くろひめ】。久々の獲物があんなのでごめんね。よしよし、すりすり」



 私は座り込んで打刀うちがたな――【黒姫】に頬ずりし、フォルネウスは千切れた腕を抑えながら転がりまわる。

 その光景を見ていたサタン様が吹き出した。



「ぶはははは! どんな状況だこれ! ぶはははははは!」

「少なくとも笑える状況じゃ無いと思うがのう……。あやつ、最初はまともな女子おんなごじゃと思ったのにのう……。妾、ツッコミが追いつかない」

「はっはっは、流石僕のご主人様だ。見事な居合だったね!」


 

 アマテラスが引き笑いをし、タロウは相変わらず屈託ない笑顔を浮かべている。

 【黒姫】を労い終わったので、私はサタン様に話しかける。



「サタン様、フォルネウスにどの様な罰を与えるのでしょうか?」

「うーん、そうだねぇ……私が目の前にいるにも関わらずルールを破るなんていい度胸だねフォルネウス」

「ヒッ、ヒィィィィィィィィ!!!」



 サタン様に睨みつけられ、フォルネウスは腕を押さえるのも忘れて後ずさっている。

 元々凄い形相なのがもの凄い形相になっている。



「まぁ、ルールが不備だらけな所もあるし、腕一本で許してあげよう。一応君もテュポーンの被害を受けているしね」

「なんだかんだサタン様も優しいんだね。そこのチビ神も見習って……ぎゃん!」

「まったくもう! 挑発しないの!」



 私はタロウの頭上にチョップを入れる。

 どうもこのテュポーンとは相性が悪いらしい。普段はそこそこ悪い子なのが、今はもっと悪い子になっている。



「うう、そんな気合を入れて手刀をキメないでおくれ」

「ほほほ、タロウ。どうやらその娘には弱いようじゃな。妾はこの娘に匿ってもらうぞ」

「私、今度からタロウと一緒に住むんだけどね」

「なん……じゃと……。やはり信じられるのは天岩戸だけじゃ」



 タロウたちの漫才を見て、サタンがくすくすと笑っている。

 テュポーンもタロウが叱られるのを見て、あっはっはと大声で笑っていた。



「ははは! バカちび怒られてやんの! 反省しろばーかばーか!」

「テュポーン……これ以上拗らせると面倒だから君は先に帰っていなさい」

「ちょ、待てサタン! 話はまだっ……あっ!!」



 サタンがパチンと指を鳴らすと、下に穴が空きテュポーンが下にボッシュートされる。

 そして直ぐに穴が塞がってしまった。恐らく、高位の転移術だろう。

 


「というわけで、この戦争はウラクの勝利だ。フォルネウス、君から次元の管理権限を剥奪させてもらう」

「ぐぅっ……くそったれが……」



 サタンが手を翳すと、フォルネウスが一瞬で消えてしまった。

 恐らく、この次元から弾かれてしまったのだろう。だが、あれだけ狼藉を重ねて生きているのだから幸運ですらある。

 そして、ケートスも体から光を発して消えかかっている。



「浦島太郎よ。テュポーン様にも屈しないその胆力と豪勇、見事であった」

「ありがとうケートス。君から賞賛されるなんて思わなかったよ」

「私も、賞賛するなんて思わなかったぞ。思えば人間とまともに会話など、したことがなかった。井の中の蛙とは、私の事を言うのだな……。時既に遅し、であるな」

「ううん、そんな事はないよ。きっとまた機会があるさ。今度会ったなら、次はちゃんと話を聞いておくれよ?」

「フン……、考えておいてやる。ではな」



 ケートスはそう言うと、光となって姿を消した。

 なんだかんだで、最後は素直になったようだ。

 タロウは手を振って見送っていた。



「うんうん、ウラク、タロウ。見事であったよ! まっさか開始早々戦争が見れるとは思わなかった! あの強烈な突き。あれ最高だったよ、タイミングもばっちしだったね。クライマックスの持って行き方がわかってる!」

「はっはっは、お気に召したようで何よりだよ」



 タロウは胸を張って答える。



「お前、あれ使ったのか……。それでアマテラスの結界が張られていたのね。納得~」

「全力じゃないけどね。結構疲れるしあれ」

「あれで全力じゃなかったのね……底が知れないわ」

「君もそうだろうウラク。実は結構……いや、かなり強いでしょ?」



 サタン様は私にそう尋ねる。

 かなり強いと言われても……そこまで経験の無い私ではその判断もできない。



「サタン様、お恥ずかしい話ですが私は若輩の身で経験も少ないのです。強いか弱いかの判断は……」

「さっきのでわかるよ。君は強いね。経験を重ねればきっと強大な悪魔になる。精進したまえよ」

「ありがとうございます」



 サタン様が直々に褒めてくれるなんて……これだけでも今までの自分からすれば凄いことだ。

 正直、かなり嬉しい……。認められるってこんな嬉しい事だったのね。

 サタン様は引き続き、説明を続ける。



「ああ、それで勝利者の特権なんだけど……とりあえず、タロウに与えた召喚権を一度補充するよ。加えて、フォルネウスの起源……魚のアビリティで召喚出来るようにしてある」

「ありがとうサタン様。後は、ウラクにもご褒美があるんだっけ?」

「ああ、だが恥ずかしい事に正直まだ決めてなかった……。こんなに早く戦争が起こるとは想定外だったよ。それは後日改めて渡したいのだけどそれでいいかな?」

「はい、お願いします」

「うん、ありがとう。後は……」



 その後も、サタン様は戦後処理やゲームのルールを改める事を話した。余りにルールが雑だったと、サタン様はたははと笑って反省していた。

 今までの行動と言動から、ノリと勢いで動く御方なのはわかっていたので特に何も追求しなかった。



 あまり話が長引いて国民を待たせるのも悪いから帰る。とサタン様は再び扉からパンデモニウムへと戻った。

 少しゴタゴタしたが、終わってみれば結果は完勝である。いいスタートを切り出せた。

 その上、領地と召喚権を誰よりも早く貰える。他の悪魔よりも優位に立てるだろう。 

 私たちは、意気揚々としてギュルギュアとシュトロムがいる海上へと戻った。



「ギュルルルル」

「ただいまぎーくん。シュトロムもお疲れ様」

「よくぞご無事で。王よ、我々の被害は何一つございません。無事水位も落ち、国民たちも怪我一つありません」



 ギュルギュアとシュトロムは無事だ。

 特に怪我もなさそうでよかった。



「ありがとう! ぎーくんとシュトロムたちが頑張ってくれたお陰だね!」

「まぁ、あの様子じゃまず負けないと思うがな……」


 

 私も、あれだけ圧倒してたから戦闘面での被害は考えていなかった。

 だが、海面の上昇は幾ら強くても止められないのでそれだけが心配だった。

 ケートスを倒して水が引いたようだ。そのまま上昇したままだったらまずかったが、ちゃんと元に戻っている。




「では、街に戻りましょう? ずっと海の中にいたから水浴びしたいわ……塩水は体に張り付く感じがして嫌ね」

「そうだね。戻って夜までに宴を行う準備しないと」

「よっしゃ! 今度こそ美女リサーチに行かなくては……」

「ふぎゃああああ!! なんじゃあの黒いのは!! この世界怖い!! 妾にははあどすぎる!!」




 アマテラスの叫びと共に、私たちは海を後にする。

 街へ戻ると国民たちに勝利を祝われて、私たちは城へと凱旋した。

 予めシュトロムが準備していてくれた事もあり、夕暮れ時には既に宴の準備が終わっていた。

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