第十四話 日輪と海神
初撃はケートスから始まった。
その大きな背びれから、幾つもの棘が放たれる。
「毒針……かい? うんうん、神といってもやっぱり魚だね!」
タロウは海の生物に詳しいため、魚の知識は豊富だ。
魚には、外敵から身を守るために毒を備えた者もいる。
ケートスにもその機能が備わっているのだろう。あれは掠ってもダメだ。
「よっ、ほっ、そーれ!」
タロウは、華麗にステップで避けていく。
そして最後に大きくジャンプすると、そのままヒュンと竿を横薙ぎする。
海をも裂く衝撃波がケートスに向かうが、ケートスは胸びれを大きく開き、衝撃を出してそれを相殺する。
「はっはっは、凄いね。まさかヒレを開いただけで相殺されるなんて」
「ふん、相殺ではなくそのまま攻撃したつもりだったのだがな。貴様、小童の成をして中味は妖魔か物の怪か、はたまた怪異の化身か……」
「失礼しちゃうなぁ。僕は人間だよ」
「まぁ、なんであろうと関係ない。そのまま沈め――グランツ」
ケートスの口がガバッと開く。そこから、光が凝縮されていくのがわかる。
とてつもないエネルギーが辺りを包んでいく。あれは危険だ。
「オオオオオオオッッ!!!」
大きな唸り声を上げた直後、強烈な光線が放たれる。
「それは流石に……ねッ!!」
タロウはある程度予測できていたのか、既に釣り針を洞窟の壁に引っ掛けていた。
釣り竿を思い切り引っ張り、高速で横移動をして光線を回避した。
後ろで強烈な爆音と共に、強い衝撃が洞窟を襲った。
「ふぅ、あっぶないなぁ。洞窟は君の根城だろう? 崩れたらどうするんだい?」
「この戦いが終わった後、貴様の城を頂けば問題なかろう」
「生憎、僕たちの城は犬小屋みたいに単純な作りじゃないんだ。君が住むには些か不便だろうね」
「フン、言うではないか小童。二度と減らず口が叩けぬよう直ぐに消滅させてやる」
ケートスは光線を次々に放つ。タロウも避けながら攻撃を試みるが、全て無効化されてしまう。
戦いは、ますます激しさを増していった。
「エサ、エサ」
「ギュロロロロロロ!!」
「グギョッ!」
海上ではギュルギュアが巨大ウツボを次々に撃退していく。
だが、ウツボの群れは留まる事を知らず街へと向かっていく。
シュトロムと一緒に付いてきた一匹の飛竜が、シュトロムと話している。
「シュトロム様! 奴ら、一向に数が減りません! このままでは、海から川をつたって街に侵入されてしまいます!」
「ヴィント、落ち着くのです。水位が上がっているとはいえ、川の水はまだそこまで上がってはいないでしょう。街の者たちには既に避難するよう伝えてあります。今は一匹でも多く討ち取るのです」
上空にいる飛竜達は次々に火魔法、風魔法を撃ちウツボの動きを止める。
ウツボがたまらず下に潜った所を、シュトロムが次々に倒していく。
先程の飛竜、ヴィントがさらにシュトロムに聞く。
「ここまで物量で押してくるとは……もしかすると奴ら、本陣にはほぼ残していないのかもしれませんね」
「ええ、完全に此方を乗っ取ることだけ考えています。余りに数が多い……地形を変えるほどの大魔法は使用したくありませんが、いざという時にはやむを得ません。その時はヴィント、貴方が仲間を纏めて退避をして下さい」
「承知しました。ですが我ら飛竜隊、魚如きに遅れは取りませんとも!」
そう言いきると同時にヴィントは風魔法――サイクロンを放ち、ウツボたちを吹き飛ばしていく。
他の飛竜たちも、ヴィントに負けじと応戦する。
「貴方も私も、他の者も。色々な世界から集まった、生まれたばかりの未熟な竜ですが……竜として気高く、強く在る事を心に刻まれているようですね。私たちも負けていられませんね、ギュルギュア殿」
「ギュルルル」
いつの間にかシュトロムの上に立っていたギュルギュアが頷く。
そして、海に映るシュトロムの影に潜り、ウツボたちの影から這い出て次々に駆逐していく。
「――我々の民は新進気鋭の
シュトロムは天を仰ぎ、そこにタロウがいるかのように話す。
海上の戦いは、物量による猛烈な攻めで苛烈を極めていた。
タロウとケートスの戦いは未だ決着がつかない。
またもケートスの口が開かれる。この隙に攻撃が入れば良いのだが、口とは別に腹ビレ、胸ビレが常に振動をしており、衝撃波が届かない。
そのまま釣り糸を掛けて、引っ張るのも悪くはないが……ただでさえドカドカ光線を撃つのに、あまり洞窟内で暴れると本当に崩れてしまう。
「いつまで逃げるつもりだ。このままでは貴様がジリ貧であろう?」
「そうかもしれないね。君が派手なことばかりするから洞窟が崩れないか心配で、気が気でないよ」
「フン、未だその減らず口は健在なようだな……ん?」
タロウは急に、ゴソゴソと胸の辺りをを漁る。
そしてタロウは服の中から、先程周囲を明るくした鏡を取り出した。
「少し暴れ過ぎだね。これからはここも僕達の領地になるんだ。余り壊されても困るから、保護してもらおう」
タロウがそう言うと、鏡がぐんぐんと大きくなっていく。タロウが上に投げると、鏡は下を向くように空中で静止した。
そして、鏡が白く光りだす。
「何をする気か知らんが遅い、もう避けられぬぞ! ――グランツ!」
ケートスが強烈な光を放つ。
それと同時にタロウも目をつぶり、詠唱を始める。
「天岩戸より神を降ろせ、八咫烏鏡。おいで――
その瞬間、タロウは竿を上に振り釣り針を鏡にぶつける。すると鏡には当たらず、するりと鏡の中に入ってしまった。
そしてタロウが目を開くと、何かを引っ張るかのように下に振る。すると、鏡から釣り針と一緒に何かが落ちてきた。
「ふぎゃあ!!」
それは……十二単衣を着た小さい少女であった。
一体鏡の中はどうなっているのか。少女は痛そうに尻をさすっている。
「いたたた、タロウお主、乱暴に呼び出すでない!!!」
「アマテラス、まえまえ」
タロウはちょいちょいと前を指差す。
アマテラスと言う少女が、なんなのじゃ……と前を向いた。光線は既に、目の前まで迫っていた。
「ぶぎゃああああああなんじゃありゃああああああ!! ――
少女が奇声を上げながら手を翳す。するとケートスが放った光よりも強く、深海には届かないはずの強烈な太陽光が辺りを照らす。
その光はケートスの光線をかき消し、静かに、穏やかに光は消えて辺りは元の世界へと戻っていく。
「……なんだあの光は。私の魔法を掻き消しただと?」
「なんでまたガキが増えてるんだ! 召喚術はもう使えないはずだろ!!」
ケートスとフォルネウスは、驚きと厭いの表情を浮かべている。
タロウが行ったのはなんなのか。召喚術は既に使用できない状態だ。
そんな考えもいざしらず、少女が洞窟の中央でぎゃいぎゃいと騒いでいる。
「ばかもの! あほう! うつけ! チビ! おとこおんな! いきなり呼び出した挙句、妾にこのような仕打ちをするとは何事じゃ!」
「君の方がチビだろう。しかも僕は男女じゃなくて、どちらかと言えば女男だよ」
正直どちらも変わらない……。
「どうでも良いわ! ……で、いきなり引き釣りだして何の用じゃ」
「そこに犬がいるんだけど、暴れまわって危険だから、この洞窟が壊れないように結界を張っといてほしいんだけど」
「はぁ? 犬如きでお主が手こずるわけ……ふぎゃあああああ!! なんじゃあの化物は!?!?」
ケートスを視認するなり、またも奇声を上げている。騒がしい少女である。
アマテラスは凄いダッシュで私の方までやってきた。あの服装でどうやってこんなスピードが……。
「ぜえぜえ……ここが安全地帯じゃな!!? はぁぁ……毎度毎度酷い状況下で呼ばれてはいたが、今回はダントツじゃな」
「こっちの都合で呼んじゃってごめんなさいね。私はウラク。タロウの主人みたいなものよ」
「主人んん~?? 奴が何故魔の物の下について働いておる……」
魔物じゃなくて悪魔ですけど。
少女は怪訝そうな顔で私を見る。少しすると、パッパッと服を払い、口を開く。
「……まぁ、挨拶をするくらいの良識はあるようだし問題なかろう。妾は
「ええ、よろしくアマテラス。詳しい話は彼奴等を倒してからするとして、貴方はなんでタロウに呼ばれたの?」
「なんじゃあやつ……主人と意思疎通すら図っておらぬのか。やれやれ……」
十二単衣の少女は手を上にあげてやれやれのポーズを取る。
その手振りは幼さと老成が入り混じった、不思議な雰囲気であった。
「この
「確かに洞窟が崩れたら大変ね。と言うか、タロウは召喚術まで扱っていたのね……本当にあの子がわからないわ」
「ふむ、召喚とは些と違うのじゃが……ふうぅぅぅ~~~落ち着いた。まぁ今は、奴からの
アマテラスは、何かを優しく持つかのように手を前に出すと、そこから光の球体が出てくる。
その光は段々と大きくなって、辺りを明るく照らしていく。
その間もタロウは、ケートスに衝撃波を放って応戦している。
「小童共……何を企んでいる」
「何も企んでなんていないさ、そもそも、一対一の決闘だしね。あの子には、やりやすい戦場を用意してもらうだけさ」
「フン、小賢しい真似を……」
ケートスは体から幾つものヒレを展開する。先程から見えていたヒレだけではなく、折りたたんでいたヒレを沢山広げて、数十本のヒレが体から覗く。
そして、ケートスはタロウに向かって勢い良く突進する。
恐らく、一本一本が強力な毒を帯びている。形も凶悪で、相手を斬ると同時に毒を体内に入れる事が出来るだろう。
タロウは牽制で衝撃波を放っているが、ケートスはその状態でもヒレを震わせて相殺しながら突っ込んでくる。
「アマテラス!」
「わかっておるわ! ゆくぞ――
アマテラスの掌から、光が解き放たれる。球状に広がっていく光は、直ぐに洞窟を包み込んだ。
すると、洞窟に生えていた海草がどんどん伸びていく。更に洞窟の壁も光を帯びて、全体を覆っていく。
タロウは光が広まりきった事を確認すると、釣り糸を垂らすような構えを取る。
「終わりにしようか、ケートス!」
「それは此方の台詞だ! このまま切り刻んでくれるわ!!」
ケートスはすぐ目の前まで迫っている。
この距離では避けても間に合わない、必ずヒレに当たって毒を受けてしまう。
タロウはすうっと息を吐くと、静かに、突くように竿を振る。
「――
竿を振った瞬間、今までとは比べ物にならないほどの衝撃が洞窟内を襲う。
タロウの正面から一直線に放たれた小さい衝撃波は、ケートスの体を容易く貫いた。
「ぐふぅっ!!……なぁっ!!」
最初の一撃で前に垂らした釣り針をそのままケートスの口に引っ掛ける。
驚く暇も与えず、タロウはそのまま釣り糸を横に薙いでケートスを壁に思い切り叩きつけた。
ケートス自身のスピードも加算されており、大きな振動と轟音が鳴り響く。だが、叩きつけられた壁は何一つ傷がなかった。
少しだけ、タロウの攻撃で壁が抉られているが洞窟内は無事だった。
「ふむ、確かにあんなものを壁に叩きつけていたらそのうち崩れるであろうな。まぁ妾の力があればこの程度じゃ傷一つつかぬが。ほほほ」
「タロウ……あそこまで強いとは思わなかったわ」
「えっ!? 妾は無視!?」
最初はただの釣り好きな少年だと思っていたけど、こんなものを見せられては考えを改めなければならないだろう。
タロウは強い。それも神を相手に出来るほどの腕と胆力がある。
しかも、洞窟内とあって今まで力を加減していたのである。今の攻撃も恐らく抑えているのだろう、未だ底知れぬ力を秘めている。
「ケートス、まだ生きているだろう? 脳天を貫かれたぐらいじゃ死なないよね。早くおいでよ」
「いや、普通脳天を貫かれたら死ぬじゃろう……いくら神でも」
「そうなの? 頭を飛ばされようと心臓を握りつぶされようと死なないと思っていたわ……」
「お主も可愛く見えて、中々いい度胸じゃな……」
タロウが話しかけると、ケートスがふらふらと壁から起き上がる。
後ろから、フォルネウスが声を荒げている。顔には苛立ちと、負ける事への恐れが浮かんでいる。
「ケートス!! てめえ偉そうなこと言っときながら何やってやがんだ! さっさと起きて、そいつら全員ぶっ殺せ!!そんな能無し共に負けることは許さねえ! 絶対に許さねえぞ!!」
「フン、勝手なことを言ってくれるわ……だがまだ負けるつもりは……」
ケートスは頭に穴が開いているが、そのまま起き上がってそのまま中央へ戻る。
数本のヒレが
「ケートス、悪いけどもう時間がないんだ。
「もう勝った気でいるとは、やはり人間とは……いや、貴様自身が傲慢なだけか」
「失礼だなぁ。僕はただ……」
タロウがそう言いかけた時、二人の間に突如次元が開く。
そこから――小さな金髪の少女がまた一人、姿を表した。
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