第十三話 魚と人と、悪魔と神と

 タラスクがレモラを引き受けている間に、私とタロウはすいすいと海底を歩いて、フォルネウスと王がいると思われる場所へ向かっている。

 タロウと手を繋いだ途端、私の体が妙に軽くなり陸上と同じような動きをすることが出来るようになった。

 これも、タロウが所持しているスキルのお陰なのだろうか。



「便利な術ねぇ……水中を仮定した戦いならとても有利になれるわ。」

「うーん、僕は陸から釣り糸を垂らしていた方が性に合ってるかな」

「貴方ね……」



 せっかく褒めてたのに、本当によくわからない子である。

 一体どんな次元からやってきたのだろうか……今度タラスクにタロウの事を聞いてみてもいいかもしれない。

 我ながら緊張感が無いなと思いつつ進んでいると、目の前に大きな洞窟が現れる。



「どうやらここのようだね。中から強めの気配が二つ出ているよ」

「うん、ここまで来れば私にもわかるわ、恐らくフォルネウスと召喚された王ね」



 私たちは、ついに相手の本陣へと辿り着いた。

 ここまで、そう苦戦せずにトントン拍子で来れたが、油断は禁物だ。

 相手の王次第ではこの戦況も簡単にひっくり返ることだってありえるのだ。

 国の戦争とは言うが、召喚された一人ひとりは一騎当千の強さを秘めている事も十分ありえる。

 テュポーンの様にとんでもない化物が出てくるかもしれない。

 私はその事を念頭に置いて、慎重に……タロウに引っ張られながら敵地へと進む。



「ちょいちょいちょい! 急いでるとはいえ、罠とかあるかもしれないでしょ!」

「大丈夫だよ。一通り確認はしてるからね」



 タロウは、いつの間にか取り出していた竿を背負う。

 どうやらそれで罠が無いか確認していたようだ。



「一体どうやって確認したの……釣り針で引っ掛けて解除でもするのかしら」

「うん、そんなところかな」



 相変わらず破茶目茶な理屈である。時間がないので、この事はスルーした。



「相手は魚、しかも始まってそうそう攻め込んできたのだから、罠も準備できなかったようだね」

「決めつけるのは良くないわ。相手の悪魔、王、召喚された者のスキル次第で幾らだって状況は変わるからね。タロウも油断や慢心は禁物よ?」

「はーい」



 私たちは洞窟の奥へと進む。

 暗く、殆ど何も見えない……。私は多少暗視が出来るけど、タロウは大丈夫だろうか。



「ウラクー! 何も見えないよう」

「やっぱり……自信満々だったのに、本当に大丈夫なの?」

「はっはっは、大丈夫さ。僕にはこれがあるからね!」



 タロウはゴソゴソと、懐から円状の、平べったい物を取り出した。

 よく見ると、それは反射して周りの景色を映し出している。つまり、鏡だ。



「鏡? それでどうするのかしら」

「ふっふっふ……よく見ててね……いくよ!」



 タロウはそう言って、鏡を掲げる。

 すると驚く事に、鏡が薄く光りだして洞窟を包んでいく。

 瞬く間に視界が広がって、洞窟全体が明るくなった。



「これぞ八咫鏡やたのかがみから映る天照大御神あまてらすおおみかみの光、日輪光壽にちりんこうじゅさ。この鏡があれば辺りを日光で長時間、照らす事ができる。」

「日輪光壽……凄い効果ね。無条件で洞窟全体を包むほどの光を発するなんて」



 タロウには驚かされてばかりだ。きっとこれからも驚かされてばかりなのかもしれない……。

 何はともあれ、これで視界を確保できた。私たちは、改めて洞窟内を進んだ。



 五分程歩くと海がそこで途切れ、陸に上がれる場所に辿り着いた。ここは深海だったはずだが……一体どういう理屈なのだろう。

 この奥から、異様な魔力が流れてくるのを感じる。



「間違いない、この先にいるわね」

「さてさて、どんな王様か楽しみだよ! じゃあ、行こうか」



 私とタロウは海から出て、大きな広間へと足を踏み入れた。

 入って正面、広場の奥には魚の様な顔をした人影。恐らくフォルネウスだろう。

 その人影が、私たちを見るなり大声を上げる。



「チッ、もう来やがったか! 能無し悪魔の癖にしゃしゃり出て来やがって……」

「フォルネウス、貴方から攻め込んできたのよ? もう少し頭を使うべきだったわね」

「ああ? 上から目線でモノ言ってんじゃねえよ! おいケートス! 出てきやがれ!」



 フォルネウスが声を張り上げると、洞窟に震動が起こる。そして、上の大きな穴から巨大な生物が降りてきた。

 体はシャチやクジラのような、しっとりとした青黒い肌に背びれや尾ひれがある。

 一方頭はと言うと、取ってつけたかのような犬の頭がくっついている。なんとも歪な生物である。

 


「どうだ? こいつは俺が召喚した王、ケートスだ。サタン様が呼んだテュポーンとも関係があるすげえ怪物だぜ?」

「フン、肩書や素性などどうでも良い……。私はケートス、この世界の王だ。小僧、貴様の名はなんと言う」



 ケートスは、タロウを見て問う。声が低く、腹に響くような荘厳とした声だ。

 タロウはにっこりと笑い、いつもの調子でケートスに答える。



「初めましてケートス。僕は浦島太郎、君と同じ皇様だよ。よろしくね!」

「浦島太郎……か。貴様か、我が配下を次々倒したのは」

「今まで見たお魚さん達を言ったのであればそうだよ。僕はまだ国民とお話すらまともにできてないから、まずは力をお見せしようと思ってね」

「フン、面妖な……」



 面妖な姿をした魚に面妖と言われるタロウ。

 まるで虫を相手にして話すかのように、ケートスは続ける。



「人間はは不便よな。倫理観や道義心に振り回され、不完全な歴史を繰り返す。私がいた世界もそうであった。国や文化が生まれては滅びる、それの繰り返しだ」

「いいじゃないか! 目まぐるしく揺く万物の沿革をずっと見られるなんて、羨ましいよ」

「フン、惰弱だな。無意味な流転に価値など無い。この世界では、私を縛っていた神はいない。即ち今後、私は奴らに変わって導けるのだ! 私の世界は過ちなど繰り返さない。完璧な世界を創り上げる。邪魔だてするならば……容赦はしない」

「それってさ、結局君も同じ俗世にまみれるということじゃないかい? 僕がいた世界と一緒さ。人も竜も神もおんなじで、怒ったり笑ったり、友情を育んだり嫉妬したり。あ、嫉妬は神々の独壇場だったかな?」



 タロウは饒舌に語る。

 相手を挑発する、と言うよりは本当に羨ましそうに、懐かしむように語っていた。

 二人が話している所に、フォルネウスが割り込む。



「おいてめえら! 何、好き勝手話してんだ! さっさと倒しちまえよケートス!」

「フォルネウス……貴様、時間の経過が我々に有利なのはさっき説明しただろう。少しは頭を使うが良い」

「なんだとてめえ……」


 

 どうやら、仲が良くないようだ。フォルネウスの性格じゃ、中々気の合うやつなんていないでしょうけど。

 出来れば、仲間割れしてくれると話が早いのだけれど。



「あら、もう仲間割れかしら? やってられないと言うなら降参してくれてもいいのよ?」

「……それはダメだよウラク」



 タロウは急に真面目な顔になり、言い放つ。

 彼のジト目が、殺気を帯びてケートスとフォルネウスに向けられる。



「彼等は、僕が倒す。魚さん達を無闇に操って傷つけた罪は取ってもらうよ」

「フン、やはり人とは不便だな。そのような感傷があるからこそ、何一つ進化できないのであろうな」



 ケートスが、更に下へと降りてくる。近づくと、魚という枠組みでは有り得ない程の大きさが実感できる。

 ビリビリと殺気が伝わる。だが私もタロウも、この程度では怖気づかない。

 タロウの正面まで来ると、再びケートスが口を開く。



「そもそも、仲間という認識が誤っているぞ小娘。奴と私にそんな意識はない。ただの協力者であり、どちらも利用するだけの関係だ」

「当たり前だろ、んな化物と仲間なわけあるか」

「そうかい? 顔だけ見れば君のほうが化物らしいけど」



 タロウは面と向かってフォルネウスに言った。

 ほんとにこの子は……悪気がなさそうなだけに質が悪い。

 フォルネウスは激怒し、地団駄を踏む。魚頭がやったところで可愛げがない。



「おいケートス! そのガキをさっさと殺せ! どうせウラクも大したことはないんだ、二人まとめて潰してやれ!!」

「フン、貴様の事情など知るか。おい、浦島太郎。貴様に決闘を申し込む。悪魔は元々干渉できないらしいが、万が一邪魔が入れば戦いの興が削がれる」


 

 これは予想外だ。まさか、ケートスの方から決闘を申し出てくるとは。

 このルールでは、どちらかが死ぬか、降参するまで他の者は手出しできない。

 現状ケートスが有利なのにも関わらず、決闘を申し出てくるという事は何か考えがあるか、余程自信があるのだろう。



「僕もそれには同意かな。ウラク、いいかな?」

「まぁ、この場で戦えるのは貴方とケートスだけだし、元々決闘状態の様なものよね。下手するとあっちの救援が来かねないわ。これ以上長引かせると本当に島が沈んでしまう。タロウ、お願いできるかしら?」

「うん! 任せておくれよ!」



 タロウは元気いっぱいに返事をすると勇み足で前に出る。

 白いモサモサとした髪を揺らし、意気揚々と戦に臨む。



「ケートス! 決闘を受けるよ! 此処から先は僕達だけの戦いだ。ちなみに、この間だけ海面上昇が止まることは無いかな?」

「それは私の常時発せられるスキル故な、他者への攻撃と認識されないようだ」



 流石にそこまで虫の良い話はなかった様だ。

 もしかしたら、決闘を長引かせて、国そのものを沈ませる気かも知れない。

 守るべき国自体がなくなってしまえば、幾ら個人の決闘で勝利しようとも国としては負けているようなものだ。早くケリを付けなければ。



「それに、そのような心配をしなくてもお前はすぐに死ぬことになる。元の世界へ帰りたくば、早々に降伏すると良い」

「君って、人間嫌いで冷たい印象だったけど、実は普通に優しくて熱しやすい性格だったりしないかい? 君のそういう勧告とか、戦いの興が削がれるとか、そう言った矛盾が人間よりも人間らしいと思うけど。あっ、降伏なんてしないからね」

「フン、元々神々をベースに作られたのが人間だからな。多少は似通うだろう。だがな、作られただけで根本は違うのだ。それを貴様に教えてやろう」



 この魚犬、神様だったのか……。

 やはり世界は……次元は広い。私自身も、もっと見聞を広めなくては。



 基本悪魔は、戦闘に干渉はできない。だが、戦争に干渉は出来るのだ。

 下手すれば、ルールの隙をついて私たちを殺す気で来るだろう。私自身が強くなっていく必要もある。

 今回は決闘だから、悪魔同士で戦闘はできないから、というだけで安全だとは思えない。

 ケートスという魚、恐らくフォルネウスと同等くらいには強いだろう。

 タロウは、この怪物相手にどのようにして戦うのか。私は純粋に、楽しみになってきた。油断や慢心はするなと言ったのは自分なのに、これじゃ示しがつかないな。

 


「よし、じゃあ戦おうか。今も上では戦闘が行われているからね。早く解放してあげないと」

「フン、では……往くぞ!!」




 タロウとケートスが衝突する。

 洞窟内には、異常なまでの殺気がぶつかり合っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る