第十二話 タラスクの実力
海の中に入って、二十分程が過ぎた。
魚群は姿を消してしまったものの、タロウが気配を感じ取り、敵国の本陣へ向かっている。
青々とした海は陽の光が届かなくなりつつ、だんだんと薄暗くなっていく。
私たちが海の底へついた時、正面に強い気配を感じた。
「今までとは違う、強力な気配を感じるね。どんどんこっちに近づいている」
「ええ、それも早いわね。恐らく敵国の王に召喚された者でしょうね」
その気配は直ぐに姿を表した。
前方から二メートル程の青白い鮫が、地面を這いこっちに向かってくる。
私たちの前方百メートル程まで来た所でピタッと停止し、私達を見ている。
すると、その大きな口から言葉が放たれた。
「おいウラク! てめぇ、よくも俺の配下をやってくれたな?」
「ん? この声はさっきの……」
「フォルネウスね。この鮫自体は違うけど、どうやら思念を飛ばして会話させているようね」
「便利だなぁ悪魔」
そんな事できる悪魔、そうそういないけどね……。
フォルネウスは魚限定でそういった事が出来るとか、そんなところであろう。
「フォルネウス。貴方から手を出してきたのにそれはないんじゃない?」
「ああ? 大人しく負けてりゃいいものを、余計な事しやがって……命だけは助けてやろうと思ったがもう容赦しねえ。このレモラで痛ぶり殺してやる!!」
フォルネウスは典型的な小物の台詞を並べてくる。よくまぁそんなチンピラみたいな台詞がスラスラ出てくるものだ。
タロウも、一息ついてやれやれと呆れている。
「この悪魔さんは、人の話を聞かないタイプなんだね」
「黙ってろこのクソガキ! 今すぐその喉笛を噛み切ってやる! 後は任せたぞレモラ!」
フォルネウスが操っていた大鮫、レモラが動き出す。どうやら、念話を切ったようだ。結局文句言いに来ただけなのね……。
レモラは泳ぐというより、地を這うように突進してきた。先程よりも早い。土煙が上がり、猛スピードで此方に向かってきた。
「おいおい、戦術ってのはねえのか? これ戦争だろ一応」
「まだ戦争というよりは村同士の小競り合いって所だし、この辺が妥当じゃないかしら? それに一応、
「電撃戦! 格好良いね。僕たちの
「却下よ」
意味、わかっているのかしらこの子は……。
自分でああ言ったが、そんな大層なものではない。単純に時間が無いから突っ込んでいるだけである。
まだ国が出来てから一日も経ってないのだ……軍もなければ兵士もない。戦術はおろか戦闘教義すら無い。やる事も決め事も沢山あるのだ……。
おっと、また余計なことを考えてしまった。まずはこの戦いに勝たなくては……。
「タラスク!」
「へいへい、とりあえず避けるぞ。きっちり捕まってな」
タラスクはレモラを避けるように旋回する。亀とは思えないようなスピードで、弧を描く様に泳いでいる。まぁドラゴンなのだけど。
だが、レモラはタラスクの下に潜ると、いきなり直角に上へと向きを変えた。
発射台から飛び出したロケットのように、レモラはタラスクへと突進する。
「うおっ!? コイツは予想外、ぶつかるぞ! 上手く受けを取りな!」
「魚の動きとは思えないわね……くぅっ!」
タラスクとレモラが衝突する。激しい衝撃が私たちを襲った。
下からの直撃をくらい、タラスクがふっ飛ばされる。
私とタロウは直前で避け、タラスクは接触の衝撃でそのまま岩壁に激突する。
「タラスク! 大丈夫!?」
「あのサメさん、かなり早いねー。しかも、いきなり直角に曲がるのは初めてみたよ。腹に足でも生えてるのかな」
「タロウ、タラスクの心配をしてあげて? 結構強めにいってたわよ?」
「たーくんはあれくらいじゃ傷すらつかないよ。それよりも、あまり時間がないんだ。このまま時間稼ぎをされてはまずい。あのサメさんはたーくんに任せて、僕たちは先に行こう」
タロウは海の底にストンと降りると、スタスタと前に進み始める。
水中でどうやってあんなスムーズに歩いているんだろうか……。不思議だ。
私はタロウを泳いで追いかけていく。
すると、岩がドゴーンと爆発して砕け、土煙が水中に蔓延する。その中から、タラスクが叫んでいた。
「ってコラーーーー!!! 扱い方がぞんざいすぎるだろ!! お嬢も普通に納得すんなよ!?」
「たーくん! 後は任せた! 僕たち先に行くからー!」
「あはは、ごめんタラスク! 頑張ってね!!」
「えぇ……」
タラスクは唖然としている。
仕方ないのだ……今も水位は上昇し続けている。
手遅れになる前に、フォルネウスと決着を付けなければならない。
ここはタラスクに任せよう。私はそう割り切るのだった。
「うおお、あいつらマジで行きやがった畜生……。お嬢には後でとびきりのご褒美を要求してやる。」
「シャアアアアアア」
「はいはい、相手してやるから落ち着けって」
タラスクは、レモラと対峙する。あの衝撃にも関わらず、レモラは傷一つついていなかった。
レモラはまたも這うようにタラスクへ近づく。
「コイツ、タロウ達を追いかけないんだなぁ。そこまで考えが及ばないのか。だから悪魔に乗っ取られたりするんだろうな」
「シャアアアアア!!!」
「お前も災難だなぁ。あんな悪魔に呼ばれて。お互い巻き込まれて同じ境遇だしよ、ここは一つ仲良く大将の決着を見届けるなんて……」
「ゴアアアアア!!!」
――ズオオオオオオオオ
レモラの上げている土煙から、砂の針が飛び出した。
サンドストライク。土を鋭利な針に変え射出する魔法だ。その魔法が、タラスクに向けて勢い良く発射される。
「どわああ! いきなりなんだチキショオーー!!」
タラスクは間一髪、針を避ける。直後、後ろの岩が大きな音を立てて崩れた。
本来であれば、針程度避ける事無く全て受け止める事ができる。しかし、タラスクは正面から針が飛んできたため、咄嗟に避けた。
甲羅は硬いが急所……主に頭部に当たると流石にまずい。流石のタラスクでもあの威力ではただではすまないだろう。
「あっぶねー!! ……よーしわかった、お前は擦り潰……どわぁ!」
「シャアアアアアア!!!!」
レモラはサンドストライクを撃ち続ける。タラスクの周りを這いながら、的確にタラスクの方へと飛ばしている。
タラスクは器用に避け続けている。だが、このままではジリ貧だ。
「面倒になってきた……。あれで行くか」
タラスクは手足と顔を引っ込めた。更に、甲羅が回転を始める。どんどん回転は加速して、レモラのサンドストライクを弾いていく。
そしてタラスクはそのままレモラに向かった。レモラが幾ら針を飛ばそうとも、全て弾き返している。
「ハッハッハー! 無駄無駄ァ! そのまま行くぜェ!」
「シャアアアア!!」
タラスクがそのまま突撃すると、レモラはまたもや飛び上がった。
更に、飛び上がった衝撃からサンドストライクよりも大きな針を、タラスクへと飛ばした。
「チィィ! またあれかよ! しかもでけー針まで飛ばしてきやがって!」
その巨大針は回転し、宛らドリルのようだ。幾らサンドストライクを回転して弾いているとはいえ、これを体で受け止めるのは下策だ。
タラスクは、針を出来る限り惹きつけた。そして目の前に来た瞬間、タラスクは魔法を放つ。
「――バースト」
タラスクの目の前に、突如爆発が起きた。タラスクは火属性の魔法を扱える。その火魔法で、一気に水を蒸発させたのだ。瞬時に一定量の水を蒸発させると、水蒸気爆発が発生する。
その威力を利用して、タラスクは目の前まで来ていた巨大針を破壊した。
しかしこの方法では、自身もダメージを負ってしまう。だが、タラスクは甲羅が少し焦げる程度でそこまでダメージを負わない。
タラスクは爆発の衝撃で吹き飛ぶが、瞬時に回転を止めて手足をニョキッと出し、地面を踏みしめながら勢いを殺し、停止した。
「やれやれ、久々に魔法使ったぜ……。腕は鈍ってねえようだが海の中じゃ攻撃手段になんねえな。飛ばせねえし」
「ゴアアアアアアア!!!」
「はいはい、元気なこって」
レモラは上に曲がった後、円を描くように地に戻り、再度タラスクへ向かって突進する。
タラスクはその場にじっとしている。避けるのをやめて、反撃に移った。
「――チャージ! 突進するのがテメーだけだと思うなよ鮫野郎!」
タラスクは勢い良くレモラへと突進する。
頭を引っ込め、硬い甲羅をむき出しにしてレモラへと急接近する。
レモラはまたも直角に上へと曲がった。本能でタラスクを危険と感じたのかもしれない。
「二回目が通用すると思うなーーーーー!!!」
「!!」
タラスクが回転し始める。どんどんと回転が加速し、
なお加速しながらレモラのいた海底へ到達すると、タラスクが魔法を放った。
「――バースト・アップ!!!」
タラスクの下で強烈な爆発が起こる。その衝撃で、タラスクはレモラと同じ方向へと吹き飛ばされた。
回転は更に加速し、海流を無視してレモラの方へ迫っていく。
レモラは想定していなかったのか、または地の上でないと曲がれないのか、水中で軌道を変えようとするも先程のように直角に曲げられず、弧を描く様に進むだけであった。
タラスクがどんどん追いついて、ついにレモラへと到達する。
「タラスクシューーーーート!!!」
「ゴギャッ」
タラスクはレモラに勢い良く突撃する。
レモラはタラスクの甲羅にガリガリと体を轢かれる。そしてそのまま撥ねられ、真下から突撃されたにも関わらず下方向に吹っ飛んで地に激突してしまう。
高速回転していたタラスクは動きを止めて、レモラの方に構える。
「よし、続いて行くぞ! ドラゴンの実力、今ここで見せてやるぜ……!」
タラスクなりに格好良くキメて、更なる魔法の詠唱を始める。
辺りが異常なまでの気迫で満ち、タラスクの後方へ魔力が集まっていく。
「――イラプション……あり?」
しかし、タラスクは魔法を使おうとしたが、レモラは地面に刺さりピクピクしている。どう見ても戦闘を続行出来る状態ではない。
つまり……これで終わり? と、タラスク構えを解き、不満を独りごちる。
「よわ……。時間稼ぎにしてもこれはないわー。初撃を避けられて、やるじゃねえか! じゃあ俺も少しだけ力を見せてやる……って感じの展開がよかったのに。これじゃすぐタロウ達に追いついちまうよ」
たった一撃で決着がついてしまったのでタラスクは消化不良気味だった。
召喚された強い奴だと聞いたからどんなものかと思ったら、タラスクには赤子同然の相手であった。
別に戦闘が好きなわけでも無いが……これはこれで拍子抜けだ。
どっこいしょと地に足をつき、足と手を引っ込めて座る。
「だがまぁ、久々に戦ったからちかれたな……。これからもっと戦が増えるだろうし、慣れていかないといかんが……いかんせん戦争というもんがわからん。名乗らずにいきなり攻撃してくるし、矢合わせはしないし。俺たちがいた世界とは勝手が違いすぎるぞ」
タラスクは自分の世界で起こった戦争しか知らない。長寿ではあるが、次元を繋げて戦争だなんてぶっとんだ事は初めてだった。
知り合いの竜に次元を行き来するやつがいた気がするが……。タラスク自体乙姫の我が儘に振り回されて、中々友達と話せずにいた為、何百年と会っていないので記憶があやふやだ。
あいつら、元気にしてるかなぁ……とタラスクはふと思う。
「でも気分転換には悪くないか。タロウの奴もノリノリだしな。それに、戦争ばかりじゃない。美味いもん沢山食って、可愛い女の子と遊んで、自由気ままに遊びに行ける。あれ、元の世界より暮らしやすいんじゃ? 俺、この国に永住しようかな……」
今の戦いなど戦闘の内に入らない。
こんな楽な戦いなら、幾らだって働いてやる。それと引き換えに、他の時間はほとんど自由時間である。
うん、いいな。最初はどうなるかと思ったけど悪くないかも。
タラスクはそんな事を思っていたが、意識を切り替えてタロウ達が向かった方へ向く。
「まぁまずは、この戦に勝たなきゃな。俺が勝った所で島が沈んじゃ意味がねぇ。タロウの奴、ちゃんとやってるだろうな? 負ける事はねえだろうが時間が無いしな。そこだけが不安だ……」
タラスクは再び泳ぎだす。どこの世界に行っても、邪魔するやつは全員撥ね飛ばして突き進む。
それが数千年を生きる甲殻竜タラスクのやり方であり、誇りであった。
だけど、乙姫様だけは勘弁な。
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