第十一話 魚の軍勢
遅れて、私とギュルギュアが海岸に着く。海水が届かない、少し離れた位置で前方を確認する。最初に見た海よりも、大きく波打っている気がする。
海の上で、タロウを乗せたタラスクがプカプカ浮いていた。そんなタロウたちに、声をかける。
「タロウ!! 一回こっちまで来て!!」
「ん、わかった、今戻るよ!」
タロウとタラスクは、海岸まで戻ってきた。
所々、返り血が付いている。一体、何があったのだろうか。
「タロウ、大丈夫? 血は……自分の血ではなさそうだけど、もう戦闘があったの?」
「うん、大きなお魚さんが襲ってきてね。捌いたんだけど、やりすぎてしまったようだね」
「ギュルルギュギュ」
「大丈夫だよぎーくん。全く攻撃は食らっていないさ」
タロウは、何があったかを簡潔に説明した。
巨大魚が襲ってきた事と、その攻撃方法。人の言葉を喋る事。
話を聞いていてどことなく、タロウの様子がおかしい。どうしたのだろう。
「タロウ、大丈夫? なにか、様子が変だけど。本当に何もなかったの?」
「うん? 特に傷も負ってないし平気だよ?」
「ギュルルル……」
ギュルギュアが。タロウを心配そうに見ている。
タロウは少女の様な、ゆるやかでおっとりとした目に戻り、ニコッと笑顔で返す。
「心配かけてごめんねぎーくん。もしかしたら、海を汚されて少し気分が悪くなったのかもしれないね」
「タロウ……そんなに、海が好きなのね」
「海だからってだけじゃないさ。これからは僕らの国の、象徴となるんだ。僕達の海に土足で入り込んだ罪は、償ってもらうさ」
「魚は足無いけどな」
「タラスクは黙ってて」
「ギュル……」
ギュルギュアは空気読めよ……と言った感じでタラスクを見る。
段々とギュルギュアの考えがわかるようになってきた。
「もう……私も、許さないわ。今まで辛酸を舐めさせられた分を、何倍にもして返してやるわ……!」
「ハハハ、怖いなぁ。思えば数百年相手をして来た分、ウラクの方が怒っているのかもね」
「フフッ、そんな気にしては無いけどね。でも、もう我慢する必要も無いわ……公然と戦える。ふふ、フフフフ」
「お嬢、本当に気にしてないのか? 凄い顔をしているぞ……」
「ギュ……ギュル……」
だが、相手が海の中にいるのではタロウが下まで潜れない。
タラスクは平気だろうけど……ギュルギュアも大丈夫なのだろうか。
「タロウ、相手は海の中にいるのよね? 一体どうやって戦えば良いのかしら……そして攻め込むにも、誰かが潜っていかなくてはダメだわ」
「心配いらないよ。僕とたーくんで潜ってくるから」
「でも、人間だと息が続かないし、下まで行くと水圧で潰されてしまうわよ?」
「僕なら大丈夫!」
「そう……もう突っ込まないわ」
しかし、相手はどうやって陸へ上がる気だろうか。
ただの魚なら飛んで来た所で意味はない。
もし魚が島に攻め込むのだとしたら、海の中から攻撃するしか無い。だけど、流石に村まで攻撃は届かないはずだが……。
そんな事を考えていると、足元に海水が押し寄せた。……もしかして津波でも起こすのだろうか。
ん? 海水? 私たちは水が届かない所まで離れてたはずだが……。嫌な予感がする。
私は、海岸の様子を見る。
すると、危惧していた通り海岸に違和感があった。
「海の水位が……上がっているわね。いつの間にか目の前まで水が来ているわ」
「うお、本当だ。どうやってるんだか知らねえが、さっき来たばかりなのにもうこんな……このままじゃ半日あれば街の方まで沈んじまいそうだぞ」
「恐らく、敵の能力だろうね。……やれやれ、時間がないのは僕達の方というわけか。島が沈む前に、相手の王を倒そう」
「それしか無いわね……海自体を弄られちゃどうしようも無いわ」
そして、私はタロウと一緒にタラスクに乗り、海底に潜る事にした。
実際戦っているところを確認するためだ。流れ玉は、私自身で防御できる。
ギュルギュアも連れていきたい所だが、その前に事が動いた。
海の中から、大きなウツボが次々出てきたのだ。
「エサ」
「エサ、エサ」
ウツボは同じ言葉を繰り返しながら、こちらではなく街の方へ向かっていく。
こいつら……、国民達を捕食する気らしい。
「おやおや、何処まで僕の感情を逆なですれば気が済むんだい?」
「魚で逆なでってか」
「ぎーくん。止めてきてもらってもいいかな? 一人で大丈夫?」
「ギュルルル」
タラスクの
ギュルギュアは答えるかのように、地を蹴り、空を蹴りながらウツボへと翔けていく。
黒く大きな影が、目にも留まらぬスピードでウツボへ向かう。
「はやっ、何あのスピード!
「天を翔ける竜だなんて、幻想的だなぁぎーくんは」
ギュルギュアがウツボの前へと到達する。
それと同時にギュルギュアの鋭利で尖った肘が横に薙げ、ウツボの首と体を二つに分かつ。
大きな
「ギュロロロロロロロロロロ!!!!!」
大きく腹に響くような唸り声を上げ、ギュルギュアは次の獲物へと向かう。
ウツボ達はギュルギュアから離れ、逃げるように散開する。
だが、さらにウツボは未だ増え続け、中には未だ街へ向かうウツボもいる。
ギュルギュアは、その方面に向かうウツボの方へ向かっていく。
「凄えなぁギーのやつ。ウツボを次々と一撃で刎ねて行くぞ」
「だけど、流石に数が多いわ。ギュルギュアだけに任せるのは……あの様子じゃ負けはしないだろうけど、討ち漏らしがあるかもしれない」
「うん、でもそろそろ……彼が来るはずだよ」
タロウがそう言うと、待ってましたと言わんばかりに海の中からシュトロムが姿を現す。
シュトロムは登場するやいなや、海に大きな渦を作り、ウツボたちの進軍を妨げる。
更には、渦に立ち往生しているウツボ達へ炎弾が降り注ぐ。
空を見ると、数体のドラゴン達がウツボ達を攻撃していた。
「王よ、開戦に間に合わず申し訳ありません。シュトロム、只今参上いたしました」
「ありがとうシュトロム! そのまま街へ向かうウツボを倒しておくれ! ぎーくんもこのままお願い!! 僕たちはその間に敵の親玉をやっつけてくるよ!」
「承知しました!」
「ギュロロロ!」
シュロトムはそのまま、ウツボの群れへと攻撃を開始する。
大いなる海竜が、ウツボとは比べ物にならない強靭な顎で次々と敵を噛み砕いていく。
ギュルギュアも、相変わらずとんでもないスピードで空を翔け、敵を駆逐していく。
私たちは、深海へ向かうためタラスクに乗った。どうやら多少の巨大化は無理せず出来るらしく、私とタロウの二人が乗れるくらいの大きさになった。
「ウラクは、海に潜っても平気なのかい?」
「これでも悪魔だからね、その程度は大丈夫よ。タラスク、乗せてくれてありがとう。案外、座り心地が良いわ」
「案外って酷いな! でも、久々に女の子を甲羅に乗せて気分が高揚してるから許しちゃう」
「よーし、じゃあ準備は良いかい? 魚達を懲らしめにしゅっぱーつ」
「緊張感がまるで無いわね……私も人の事言えないけれど」
タラスクは海に飛び込み、魚の出現点へ向かい泳ぎ進む。
どうやらタロウには、敵の位置に目星がついているようで、タラスクは一直線に進む。
「凄いねウラク。普段息してるのになんで水の中でも平気なの?」
「うーん……悪魔パワーよ。それよりも、人間なのに水中で会話してるタロウのほうが希少よね」
「はっはっは、悪魔パワーって! ウラクは時々面白いことを言うね!」
「お二人さん、お喋り中にすまないが敵がわんさかやって来るぜ!」
前方を見る。最初、私は巨大生物が接近しているように見えた。
大きな影は近づいてくると、ブワッと散って三方向に分かれる。
それは、統率された魚群であった。立体的に移動する魚群は、じわじわと私達を囲んでいく。
「タロウ、大丈夫? なんだか沢山いるけれど」
「竜宮城ではよくある事だよ」
「一緒にすんな! あっちのほうがえげつないわ!」
「物騒なのね……」
一匹一匹は小さいが、口には歯がついている。、あんな沢山の肉食魚の群れに巻き込まれたらひとたまりもないだろう。
タロウは釣り竿を手に取る。やっぱり釣り竿が武器なのね。
「貴方の強さ、見せてもらうわよ。期待しているわ」
「任せて、海中での釣りは慣れたものさ。さっさと王の元へ向かおう」
「お前のそれは釣りとは言わない」
「そうかなぁ、釣り竿で、相手を仕留めればそれは釣ったという事ではないかな?」
「お前の理屈はおかしい」
タラスクはスピードを落とさずに突き進む。魚群が左右、上からドンドンと近づいて来る。
タロウが釣り竿を構えると、横にシュッと一振りする。
振った瞬間、海に衝撃が走り、左にいた魚群が分断されて吹っ飛んだ。
霧散した魚群が元に戻ることはなく、二つの魚群が慌てて旋回している。
「タロウ、貴方……何をしたの? 竿を振るっただけでこんな衝撃……」
「この釣り竿は特別製だからね。竿は蓬莱山の竹から作り、糸は竜神さまの髭を拝借してつけたものさ」
「まぁ、それだけじゃあんな事はできねえがな。というか竜神様の髭抜いたのやっぱりお前だったのか……」
「はっはっは、細く靭やか、綺麗で長持ちだなんて釣り糸の為に在るようなものさ」
海に切れ目が入り、斬撃が視覚化されて相手に向かうような感じだった。
とても釣り竿で出来る芸当では無いと思うが……実際できているのだから何も言うまい。
「じゃあ、さっさと奥へ向かおうか。この分なら、滞りなく相手の元に行けそうだね。ぎーくんやシュロトムも、早く休ませてあげたいし。島も沈んじゃうしね」
「そうね、でも油断は禁物よ? 相手だって流石にもう警戒してくるはずだわ。気を引き締めて行きましょう!」
「相手さん、もう時既に遅いと思うがねぇ……」
私たちは魚群を追いかける様にして、相手の本陣へ向かった。
そこからはちょくちょく出てきたゴツい魚達を無難に追っ払うだけで、タロウの予想通りスムーズに進む事ができた。
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