第二話 アルプトラオム

 私はサタン様の召集を受けて、パンデモニウムへと足を運んだ。

 次元の移動はそれほど面倒ではない。ただ次元の狭間を歩いて向かうだけだ。

 パンデモニウムは数ある次元の中でも中央に位置する場所なので、わかりやすい。


 パンデモニウムの近くまで辿り着く。いつもは次元の周りを警備している悪魔がいるが、今はいない。

 その代わり、紳士的な中年の男性が一人そこに立っていた。

 私が近づくと、男性に話しかけられる。



「貴方は……72柱の62位、ウラク殿ですね?」

「あ……はい、ウラクです」

「よろしい、パンデモニウム内では粗相をしないように。もうしばらくお待ちなさい」

「わかりました」




 すんなりと中へ入れてもらえた。やはり、あの声はサタン本人の声だったようだ。

 まさか、あんな可愛い声だったとは……。是非一度、この目で見てみたいものだ。

 中に入ると、既に数十名の悪魔たちがパンデモニウム内にいる。

 広いホールのような場所で、悪魔たちが各々話をしたり、座っていたりする。

 私はホールの端へ向かい、壁にもたれ掛かって待つ事にする。すると、一人の悪魔が私を見つけて声をかけてくる。




「あ、ウラクちゃん!」

「グレモリー、流石に早いわね。私も早めに来たつもりだったんだけど、もうこんなにいるなんて」



 赤い長髪の少女が私に近づいてくる。

 彼女はグレモリー。72柱の56位に座する悪魔である。

 唯一無二の親友で、グレモリーだけが私と対等に話してくれた。

 そのグレモリーが、不安そうな面持ちで話しだした。



「私、不安になって声が聞こえた後直ぐにここへ来たの。そしたら、四大悪魔のアマイモン様が次元の前にいてここに連れてきてくれたわ。ウラクちゃんもそうでしょう?」

「あの人がアマイモン様だったのね。知らなかった……」



 私は基本、悪魔の情勢に疎い。いや、正確には情報が得にくかった。

 グレモリーが時々教えてくれるが、彼女とはもっと楽しい話がしたかったので、余りそういう事は話さない。

 成り上がるためには本来そういう情報収集はしなければいけないのだが……。



「いきなり呼び出すなんて初めての事よね? 一体何が始まるのかしら」

「ん……わからない。だけど、嫌な予感がするの」

「グレモリーは心配性ねぇ。貴方は私よりもずっと強いんだから自信持ちなさい!」

「そんな事はないわ。ウラクちゃんだってとっても強い。世間の評価がおかしいのよ」



 私はありがと。と、グレモリーに礼を言って微笑む。

 だが、実際私はグレモリーの強さを認めていた。彼女のスキルは、他の悪魔を逸脱しているのだ。

 


 悪魔という枠だけでなく、全ての生物にはスキルとアビリティが備わっている。

 スキルは自身が使える技術や、特殊な能力の事である。先天性のスキルも、後天性のスキルも同じ枠で見る。

 私が持っているのは剣術と、運営術。剣術は後天性のスキルだ。剣を只管に振っていたら会得していた。

 運営術は先天性のスキル。生まれた時から持っているスキルだが、今のところ利用する機会がない。

 他にも技術で収まりきらないような、極めて特殊なスキルがあるようだが、私は持っていないし、見たことがない。


 アビリティは自身の称号のようなものだ。

 主に召喚、儀式を参照する際に重要となるもので、戦闘や技術には関係がない……が、スキルを行使していると、関連したアビリティが習得されている事も多い。

 私のアビリティは民、悪魔、努力の三つ。民は生まれた時からついている起源アビリティ。そして悪魔はウラクの名を継承した時についたアビリティ。そして努力は、日々鍛錬に明け暮れていたらついたアビリティだ。

 

 上記の通り、私は目立ったスキルも、アビリティも無い。悲しいかな、現状では剣術一本でやっていかなくてはならないのだ。

 前に教えてもらったグレモリーのスキルは秀逸だ。うまく使えばいけばきっと高い地位を確立できるだろう。

 だが、グレモリーは気が弱く引っ込み思案だ。私も人前に出るのは好きじゃないので人の事は言えないが。

 彼女は優しいし、強い。私は親友として彼女が下で腐っていく所は見たくないのだ。



「そうねぇ。私もなんとかして評価して貰いたいけど、機会が無くてね。もういっその事サタン様の所へ乗り込んでしまおうかしら」

「う、ウラクちゃん……そんな事したら殺されちゃうわ!」

「ふふっ冗談よ。でも、そうでもしないと今の環境じゃ上に行けないわ……と言っても、バカにされたくないだけで、権威には興味ないけれど」

「ウラクちゃんならきっと皆を受け入れてくれるわ。私も協力するから!」

「グレモリー……貴方は本当に優しくて……可愛いわねっ」



 私はグレモリーの頭を撫でる。赤い髪の少女は照れくさそうに俯いている。

 親友というより、これでは姉と妹だ。だが、こんな関係も悪くないかも。



 そんな事をしていると、全員召集されたのか次元の前にいたアマイモンが姿を表す。

 空中で立つ中年の男性は、物静かで紳士な佇まいだが、どこか威厳に満ちている。



「悪魔諸君。今日はお集まり頂いて感謝する。サタン様がこの場にいらっしゃる。失礼のないようにお出迎えを」




 そしてアマイモンの隣に、大きな門が出現する。

 その扉が開かれると、中から一人の少女が歩いて出て来る。



「お疲れ様~、私がサタンだ。急だったけど今日は集まってくれてありがとね。きっちり全員来てくれて嬉しいよ」




 念話で聞いた声と同じだった。

 まさかサタン様がこんなフランクな感じだったとは……。しかも可愛い。

 サタン様は話を続ける。



「さて、今日皆を呼んだのは他でもない。前に勃発した天魔大戦の決着から、1000年の時が経った。あの頃から、悪魔は増え続けて序列や強さはめちゃくちゃだ。位の名にあぐらをかいて、何もしない悪魔までいる始末だ」




 周りが私を見てクスクスと笑っている。恐らく私の事を言っていると思っているのだろう。

 グレモリーは私を心配して見ている。私は大丈夫よ。と言ってグレモリーを宥めた。

 実際、悪魔らしい事はしていない。というよりも、悪魔らしいと言うのが何なのかわからない。

 契約して契約者に貢がせたりすればいいのか……。その程度の認識であった。




「それでだ、君たち悪魔には自分の次元を……国を持ってもらう。そして、自分の国を育てながら、他の悪魔たちと戦争し、優劣を競ってもらうぞ」



 凄いことを言い出した。悪魔同士で戦争とは、聞いたことが無い。

 周りもガヤガヤと話し始める。サタンはうんうんと予想通りだと言わんばかりの顔で頷いている。

 すると一人の男悪魔がサタンに問う。


「サタン様、一つよろしいでしょうか」

「うむ、なんだねベルゼブ」

「はい、その戦争なのですが、それはサタン様ご自身が考えた案でございますか?」



 ベルゼブ。72柱、1位の座にいる悪魔であり、同時に四大悪魔と呼ばれる大悪魔である。

 そのベルゼブが、サタンにそんな質問を問いかけた。


「ああ私が考えた! と言いたいところだが、原案はベリアルだ。そいつを改造し、私が独自にルールを考えたのだ。細かいルールは、今、紙に書いてある物を渡しておくぞ」

「なるほど、ベリアルでしたか。納得しました。ありがとうございます」



 ベルゼブが発言を終えると、遠くからどういう意味だコラ! と怒声が聞こえる。恐らくそのベリアルという悪魔だろう。

 何やらあっちでガヤガヤとしているが、興味が無いので無視する。


 そして唐突に、手元にパッと一枚の紙が出現する。

 両手に持てるほどのサイズで、黒い用紙に白い文字が書かれている。

 戦争のルールが記載された紙だ。私はその紙に目を通す。



 ~~~悪魔の国盗りゲーム《アルプトラオム》~~~


勝敗概要

 ・この戦争は悪魔の階級を定めるものである。最後まで生き残った悪魔は相応の階級に就く事を約束する。

 ・最後まで生き残ったものはサタンと同権限を持つ悪魔総帥、優秀な者は七大悪魔の地位へ指名する。

 ・敗者は階級を下げ、今後上級の悪魔の指示に従い、行動する。

 ・敗北し万が一死んだ場合、二度と生き返らず、魂を勝利者に引き渡す。


ルール説明

 ・各々、サタンから次元の欠片を受け取り、その欠片より国を興し、自身の本拠地とする。

 ・同時に特殊な召喚術のスキルを授ける。国を作る前にその術で召喚を行い、その者を国の王とする。

 ・悪魔は原則その世界で生活し、また、その国作りに大きく干渉してはいけない。王や、その後召喚する者が統治し、国を育てていく事。

 ・次元内では、悪魔同士で戦ってはいけない。悪魔から王への手出しも不可。

 ・ただし、次元内の生物が悪魔に手を出した場合のみ、防衛可能。

 ・戦争開始する前に宣戦布告を行う事。宣戦布告をしなかった場合、24時間以内に決着が付かなければ攻め込まれた側の勝利となる。

 ・戦争の勝利者……王は相手悪魔の起源を利用し、一度召喚が可能になる。そして悪魔は、サタンから褒美を受け取れる。

 ・戦争の敗者……王は負けた時点で元の世界へ戻る。殺された場合はそのまま死ぬ。悪魔は次元運営の権利を剥奪される。死んだ場合、勝利者に魂を吸収される。


勝利条件

 ・相手側の王、または悪魔の降伏宣言。

 ・相手側の王、または悪魔の死亡。

 ・宣戦布告をされずに攻め込まれ、24時間以内に決着が付かなかった場合。

 ・相手側の度重なるルール違反


一騎打ち

 ・戦争中、王同士距離が20メートルまで近づいている場合、一騎打ちを申し込む事ができる。

 ・一騎打ちを申し込まれた相手は拒否できず、どちらかが降伏、または死ぬまで一対一の戦闘を行う。

 ・その間も戦争は続き、両者王にだけは手を出す事はできない。

 ・一騎打ちで勝利した場合、無条件で戦争に勝利できる。



 これは……かなり厄介な事になった。

 私は文面を読み進める毎に、そう思った。

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