第一章 悪魔ウラクと戦争

第一話 悪魔の王と事の始まり

 天使と悪魔。この世が生まれた時から対立していた二つの種族は、次元を超えて対立し、戦争をしていた。

 そして決着がつき、勝利は悪魔の手に渡った。次元の運営は悪魔が仕切る事となり、天使は自分たちの世界を隔離し、他次元とは隔絶かくぜつした。

 そして1000年の時が流れ……、天魔てんま戦争最大の功労者であり、全ての悪魔を統べる悪魔王サタンは、現在悪魔たちの中心となる次元パンデモニウムの王座に座って色々な次元を観察していたのだが。



「はぁ、退屈だな。天使たちがいなくなってからというもの、私達への脅威がないから全く刺激がない。最初はいろんな世界を見ているのも楽しかったが、今となっては……」



 サタンが王座で足をぶらぶらさせ、暇を持て余している。

 そんなサタンだが、顔立ちは端麗たんれいであり、白と黒の髪色をした長髪の幼い少女である。

 だが、どの悪魔たち……、どんな生物よりも圧倒的に強い。本気を出せば次元一つを一瞬で砕くほどの力を持っている。



「なーんか面白い事おきないかなぁ。こう、どかーんとまた戦争みたいな事したいなぁ」


 

 少女が、見た目とは似つかわしくない物騒な発言をしていた。

 その隣に控えている、背丈の高い高齢の男性が少女を宥める。



「サタン様、滅多なことを仰ってはいけませんよ。1000年前に終結した天魔戦争……それはそれは凄絶せいぜつな戦いでありました」

「アマイモン、私はその凄絶な戦いが見たいのだ」



 アマイモンと呼ばれた男は、サタンの返しに苦笑いを浮かべている。

 彼は、悪魔の中でも強大な力を持っている四人の中の一人で、悪魔たちの最古参でもある。

 見た目は高齢に見えるが、それ故に威厳と覇気が感じられる。

 更にそのアマイモンから少し離れて隣にいる、柄の悪い金髪の男が、唐突に発言する。



「なんなら、また彼奴等を狩りますか? 1000年経ってるんだ、それなりに力を蓄えているだろ」

「ベリアルさん、彼等とは戦後不可侵の契約を結んでいるではないですか。些か乱暴ですよ」

「お前に言ってねえよルシファー。テメー、新参者の癖に出しゃばるんじゃねえ」



 ベリアルの発言を嗜めるのは、対面に控えていたルシファーという悪魔。二人は堕天使だてんしで、元々天使側の者たちである。

 ベリアルは戦時中に堕天、ルシファーはここ数百年前に堕天し、どちらも望んでサタンの元へやってきた堕天使である。

 同じ天使の出身であるが、二人はどうにも相容れないようで、こうしていつも言い争いに発展する。

 二人の喧騒を、サタンはケラケラと笑っていた。

 アマイモンは、軽くため息を付き、二人を止めに入る。



「お二人とも、やめなさい。サタン様の御前ですよ」

「けっ、クソジジイが。俺に指図するな。それでどうでしょうサタン様。この際、彼奴等を皆殺しにして……」

「アッハッハ、まあまてベリアル。一応悪魔ってのは契約に従順でな。そこは我慢してくれよ」



 笑いながらも、はっきりと否定するサタン。

 楽観的だが、契約、ルールはきっちりと守る。サタンは今までもずっとそうしてきた。

 ベリアルは、出過ぎたと自覚し、一歩後ろへ下がり。頭を垂れる。



「サタン様が言うなら、俺は従いますよ」

「ベリアルさんもサタン様だけには従順ですね。……所で、ベルゼブさんがいらっしゃいませんが」



 本来パンデモニウムには、サタンしかいない。だが、現在は定期の報告(悪魔たちの間で異常が無いかを伝えるだけだが)を、四大悪魔達にさせている。

 だがこの場にいるのはアマイモン、ベリアル、ルシファーだけだ。

 そんなルシファーの疑問に、アマイモンが答える。



「ベルゼブ殿はご自身の世界を見て回っておいでですよ。私やサタン様には、既に一報頂いています」

「はっ、自分が創った次元の世界を眺めて何が楽しいんだか……小規模の戦争なんざ、暇つぶしにもならねえよ」



 ベリアルは、あーつまんねーと声を大きくして話している。

 そして何かを思いついたらしく、ニヤリと笑って口を開く。




「あっそうだ。俺も自分の世界を創り上げて、他次元に戦争を吹っかけるか! そしたらルシファー、てめえの故郷に嫌がらせしてやるよ」

「貴方の故郷でもありますよね……? それに、私は既に堕天した身。あの場所に未練はありませんのでどうぞご自由に。ですが、契約の範囲内でお願いしますよ」

「チッ、くそつまんねえ奴」



 ベリアルは悪態をついて、どかっと座った。

 次元単位で自分の国を創って、他次元と戦争……要は国盗りゲームか。どこかの世界で見たことがある。

 あれは電子世界のゲームだったが、実際の戦争でそこまで大規模な戦争は見たことがない。面白そうだ。

 サタンはそう思って、ベリアルの突拍子もない一言に興味を持った。



「おいベリアル。それ面白そうだな。と言っても天使の次元はダメだが。ただ、悪魔同士でやらせるのも面白いかもな」

「サタン様!?」


 

 サタンの思いがけない発言に、ルシファーは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 アマイモンは冷静だが、少し驚いたような顔でサタンを見る。



「それにさ、1000年経って悪魔の情勢も変わった。皆が好き勝手生物と契約したり、魂を狩ったり、次元を滅ぼしたり、ベルゼブみたいに次元を創ってる悪魔もいる。ルシファーみたいに強いやつが下でくすぶって暮らしてるかもしれないし、72柱の中には名前を引き継いだだけで何もしない悪魔もいるみたいだしな。一度ここで総括するのも悪くない」



 天魔大戦から1000年。悪魔も様変わりした。1000年より前から生きているものや、何らかの理由で殺害されたもの。

 悪魔の力を受け継いでいくものや、突如生まれた悪魔に、ベリアルやルシファーのように自ら堕ちてくるもの。

 元々悪魔は七大悪魔、72柱と呼ばれる悪魔から成っていたが、もはや序列や強さはめちゃくちゃ、新しい悪魔も生まれてくる始末で今では100人以上の悪魔がいる。

 サタンは基本快楽主義だが、同時にフェアでもある。実力がある者が虐げられ、無いものがのさばっているのは気分がいいものではなかった。自分で統率してもいいが、それでは面白くない。


 そんなサタンの考えに、まず反応したのはベリアルだった。

 これから楽しい事が始まる。ベリアルは上機嫌で笑い出す。



「ヒャハハハハ! 流石サタン様だぜ、やっぱアンタについてきて正解だったな!!」



 そんなベリアルとは裏腹に、対面にいるルシファーは怪訝そうな顔でサタンを見ている。

 そして静かに、そして問いただすようにサタンに聞く。



「サタン様、一体何をお考えで?」

「フフフ、詳細は後日伝える。お前たちは即刻この次元から去れ。私はルール作りに入る。期待して待ってろ!!」



 サタンは言い出したら聞かない。サタンがこの場を去れと言うならば、直ぐに去らねばならない。

 三人の悪魔は、各々別の表情でサタンの命令に答える。



「サタン様の身心のままに」

「……御意」

「期待してるぜ! サタン様!」



 アマイモンはいつも通り冷静に、ルシファーは疑念を抱き、そしてベリアルは期待と渇望を胸にパンデモニウムから姿を消した。

 そこには、ポツリと少女が佇んでいる。



「さて……忙しくなるぞぉ!!」



 少女は楽しげに、ゲームの準備に取り掛かった。

 それが、悪魔たちの運命を決める大戦争だということを、100人以上いる悪魔たちは知る由もなかった。







 ここは次元の狭間。どこの次元でもない場所。

 基本的にこの空間には悪魔と天使しか行き来できない。

 そこで、黒衣を纏った一人の美少女が剣を振るっていた。

 16歳ほどに見える外見の美少女は、黒色の髪を揺らしながら剣の鍛錬を行っている。



「ふっ! ハァっ! ふぅー、今日の鍛錬はこれくらいでいいかしら」



 私の名前はウラク。人間に見えるかもしれないけど、実は悪魔である。

 72柱と呼ばれる悪魔の中でも、62位に座する。

 位は直接強さや身分の高さに関係は無いが、私の立ち位置は決していいものではない。

 私は、最近先代ウラクの名前を襲名し、力を受け継いだばかりだ。そして、先代ウラクの頃から力が弱まり、他の悪魔には能無し悪魔とバカにされている。

 決して先代ウラクが能無しという事はない。だが、先代が契約のスキを突かれて、契約者に殺されかけた時からずっとそう呼ばれている。

 そして、私のアビリティ……大元となる起源アビリティが、更にそれを助長していた。



「おい、民がまた剣振ってるぞ!」

「契約者に殺されないように鍛錬してるのか? その前にまず悪魔学を勉強し直したらどうだ? 能無しのウラク!」 



 二人の悪魔が、私の方へと罵詈雑言を放つ。

 民。それが、私の起源アビリティだ。

 誰しも、生まれた時から自身の起源となるアビリティが存在する。

 他にも、後天的に付くアビリティは存在するが、基本的に一番重要なのは起源アビリティである。

 悪魔はどの次元からも、呼び出されて取引が出来る。いつの頃からか、その召喚者の位が高ければ高いほうが優れた悪魔だという風潮が生まれていた。

 どの悪魔が召喚されるか。それを参照するのが起源アビリティだ。つまり、私は民の契約者から優先して呼ばれる。

 決して民とは悪い意味ではないのだが、先代の失態も加えてバカにされているのだ。



「どっちが能無しよ……。先代の名前を受け継いでるだけで何もしてない癖に」



 私は口に出さず、そんな事を思ってその場を去った。

 悪魔同士の戦闘は禁止されていないが、基本は戦わないという暗黙のルールがある。

 私の力なら、二人相手に戦闘を仕掛けても倒せたかもしれないが、それはしなかった。

 こんな所で小競合って、強い悪魔に目をつけられたらそれこそ自身の名誉挽回がやりづらくなる。

 数少ない契約者の約束を守り、同時に剣の鍛錬を欠かさずし、地道に努力をしながら悪魔をやっていた。



「はぁ、一体どれだけ功を重ねれば認められるのかしら。と言うか、誰が認めてるのかしら……」



 私は500年ほど前に生まれた悪魔である。以前の戦争は知らず、先代も900年前に生まれた悪魔らしいので、これまた知らない。

 パンデモニウムには一度、悪魔継承の儀を受けに行ったきりで、悪魔の王と言われるサタン様はおろか、強大な四悪魔、七大悪魔にも会ったことがないのだ。

 そんな私が、なんのツテもなくひたすら努力し、果たして報われるのだろうか。

 ……いやいや、そんな事を考えてはダメだ。今はただ鍛錬をして来るべき時のために、剣を振る。

 そんな生活を続けていたのだが、その生活は突如終わりを迎える。




「あーあーてすてす。悪魔諸君。聞こえるかな? 私は悪魔王、サタン。君たちを束ねる悪魔の王だよ」




 私の頭の中で、いきなり声がした。

 しかも、自身を開く魔王サタンだと名乗っている、少女の声だ。



「ふあっ!? 一体何なのこれ? 新手の嫌がらせ?」



 テレパシーを送る悪魔もいないことはない。

 だが、私はそんな悪魔を見たことがないし、関わったこともない。



「いきなり念話をしてすまないな。今日は、君たちに大事な話があるんだ。1時間後、パンデモニウムの次元に集まって欲しい。来なくてもいいけど、どうなっても知らないよ」

「えっちょっ何それ」

「これは全悪魔に通達しているから、聞いてなかった、というのはナシだ。別に心配しなくても、いきなり取って食ったりはしないよ。では、待っているぞ」

「ええ、ちょっと、……えぇぇ……」



 いきなりサタン様から念話が届き、パンデモニウムへの集合指示。

 私は今迄こんな事は体験したことが無いので、戸惑っていた。

 


「行くしか無いわね……他の悪魔とは顔を合わせたくないけど」




 これが本当にサタン様の指示なら、無視するのはかなりマズい。

 私は不本意ながら、パンデモニウムの次元へと向かうのだった。

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