第38話 魔法の実践

「そっち行ったぞ。任せた!タイチ!」

ナッシュがそう伝えたのと同時にタイチはコアトンに向けて腕を構える。


「火魔法『火球』!!」

するとタイチの手のひらから人間大の火の塊が放出される。

コアトンはそれを受けて、一瞬で丸焦げになってしまった。


「やった!!。ますたー!すごい、すごい!!」

それを見て、側にいたルルがはしゃいでいる。


......本当はルルは宿に居て欲しかったのだが、どうしてもついて行くと言い張った為仕方なく連れて来てしまった。この辺りに手に負えない魔物が出てくる事は無いので側にいれば安全だが......

ちなみにリルは宿でぼーっとしている。一緒に来るか尋ねたが返事が無かった。1人にするのは少し不安だが宿には食べ物もあるし、大丈夫だろう。


「凄いな......。触媒アイテムがあると魔法がこんなにも簡単に使えるのか。」

タイチはミレナの見よう見まねで覚えた魔法が使えた事にとても感動していた。触媒があるお陰でちゃんとした魔法が使えるのだ。心が踊らないわけがなかった。


「......なぁ、タイチ。別に俺は魔石が手に入れば良いんだけどさ...丸焦げじゃあ多分金にならねぇと思うぞ。」


ナッシュは、手際よくコアトンの中から魔石を取り出しながらそう言った。


「あぁ、そうだな。悪いな。初めてしっかりとした魔法が使えたからさ。それにしても凄いな。今まではあんなに苦労していたのに一瞬で倒せた。」


前回までは、剣で少しずつ傷を負わせていたので、たった1回の魔法で蹴りがついた事にとても感動した。


「まぁ、魔法が使えるかどうかで人生が左右したりするからな。」

それは本当の事なのだろう。こんなに凄い力ならば持っているのと持たないのとでは雲泥の差だ。


「ありがとう。全部ナッシュのお陰だよ。」

ナッシュが魔法に詳しいお陰でなんとかしろ力の使い方を理解する事が出来た。


「いいって。別に俺は何もしてねぇよ。......それにあの子がいたら、無くても問題が無い気さえするよ。」

ナッシュの目線の先には、既にこちらの倍以上のコアトンを狩っているミレナが映っていた。


「魔法どころか素手で倒してるんだもんな。俺達は2人なのに、1人であれだけ......。」


こちらの様子に気が付いたのか、ミレナがこちらへとやって来た。そして来てすぐに焦げたコアトンに目がいっている。


「どうかしましたか?......随分焦げてしまってますね。」

「あぁ、悪い。魔法の調整が効かなくってな。」

「ミレナさん!凄いよ!ますたー、魔法が使えるの!!」

「そうですか、おめでとうございます。」

「ありがとう。」


ニコリとした微笑みをこちらに向けながらの言葉に、そう返すのが精一杯だった。


☆☆☆


それからしばらく森の中でコアトン狩りを続けていた時だった。

ふと、体に冷たい水滴が付くのを感じた。


「雨だな。今日は、これで終わりにしよう。」

「そうですね。それが良さそうです。」


タイチの言葉に賛成したミレナは、置いていた荷物を片付け始めた。

だが、ナッシュだけは森の奥を凝視していた。


「?どうしたんだ?ナッシュ。」

そう問いかけるが、ナッシュからの返事が無い。

そして、次の瞬間ナッシュは森の奥に向けて声を張り上げた。


「そこにいるのは誰だ!?」

だが、どこからも返事が無い。


「誰かいるのか?誰も居なさそうだが...」

「いや、居る。俺は人に敏感なんだ。だから分かる。絶対に誰か居る。」


そういえば、ナッシュは人見知りが強いと言っていた。だとしたら人が居るかどうかについて敏感でも不思議では無いだろう。


そしてついに、森の奥から人影が現れた。


「って何だ。タイチのとこの子か......」


赤く長い髪にスラリとした長身。紛れも無くリルだった。リルは、ぼーっとしながらもこちらにゆっくりと近付いてきた。

きっとなんかの拍子に追いかけようとでも考えたのだろう。



「お姉ちゃん!!」

「......」

ルルが姉であるリルの方へと走って行った。


その時、リルの様子に嫌な予感がした。

この感じは前とそっくりだ。街で1人で帰って来た時の恍惚としている顔と。


......待て、


「行くな!!ルル!」

急いで、ルルを止めようと手を掴んだ。

そこへリルは小さく、しっかりと魔法を詠唱するのが分かった。


「...風魔法『烈風の剣』」

急いで、ルルを覆うようにしてその場にしゃがみ込む。

その瞬間、背中に鋭い痛みが走るのを感じた。


「ご主人様!!」「タイチ!」「ますたー?」

2人がこちらへと走ってくる。

しかし、その途中で笑い声が聞こえその場に立ち止まった。


「ハハハハッ。ヤベーマジウケる!仲間に裏切られてんの!頑張った甲斐あったわ。」


そこにいた、黒髪の少年。名前は『桜野 和也』。この街でタイチが見かけた人であり、紛れも無く勇者の1人だった。

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