第37話 個体名『ルル』
その後、しばらく経過して前の方にミレナとルルが歩いているのに気が付いた。
「お、いた。おーい、こっちだ。」
すると、声に気がついたミレナとルルはタイチたちのいる場所へと足早にやって来た。
「ご主人様。申し訳有りません。姉の方を見失ってしまいました。」
ミレナの言葉の端々から焦りを感じる。きっとさっきまでも必死に探していたのだろう。
「あ、リルならちょっと前に戻ってきたぞ。」
今もリルは、少し離れた場所でぼんやりとしている。
「そうですか...。それは良かったです。申し訳ありません。服を買う所までは一緒にいたのですが、その後直ぐにひとりでどこかに行ってしまって......」
「そうか、それでひとりで帰ってきたのか。」
つまり迷子になったから戻ってきたという事だ。
と、そこでタイチは自分の手に肉刺しが有るのを思い出した。
「あ、そうだ。これさっき買ったんだ。お腹減っただろう?ほら。」
そして、ミレナとルルに一本ずつ渡した。
「え、私達にですか?...ご主人様の分が見当たりませんが。」
「あぁ、悪いな俺は先に食べてしまった。だから遠慮なんてしないで食べなよ。」
ミレナは、自分達だけが食べるのに抵抗があったのか食べづらそうにしていた。
だが、そんなミレナの様子などお構い無しに食べ始める存在があった。......ルルである。
「えへへ、美味しいな。ありがとう!えーっと......」
ルルは食べると直ぐにお礼を言ってきた。しかし、なんて呼べばいいのか分からなかったのだろう。そのまま下を向いてしまった。
「別になんて呼んでも構わない。」
ルルを気遣う為にそう言ったが、ルルはどうしてか気を落としたままだった。
「......それじゃあ、今日は帰ろうか。」
「はい。」「......」「うん...」
三者三様の反応を見せて、タイチ達四人は宿へと帰って行った。
☆☆☆
その日の夜。タイチ、そしてリルが寝てしまった夜の事だった。
「......ねぇ。ミレナさん。ちょっといい?」
ミレナが起きているのに気が付いたルルはひっそりとそう言った。
「......はい。なんですか?」
ミレナもタイチやリルを起こさない為にひっそりとした声で返す。
「ミレナさんは今、幸せ?」
それは、ルルが今日街でふと考え、それからずっと頭から離れなかった事だった。
「?急にどうしたんですか?」
ミレナがそう尋ねると、ルルはぽつりぽつりと話を始めた。
「うん。あのね、今日思ったんだ。何でこの人はこんなに優しくしてくれるんだろうって。」
「私達、奴隷でしょ?普通奴隷に屋台で売られてる物をあげないもん。それに、私達を買って、それで真っ先に服を買ってくれたり......何でこんな事をするの?あの人は本当に良い人なの?」
それは、奴隷として今まで圧倒的に辛い環境にいたからこそ抱く疑問だった。疑問であり恐怖だった。
この人は信用が出来るのか。何が目的なのか。
私達に何を求めているのか。
......私達は幸せになれるのか。
あれだけ優しいと希望を持ってしまう。
もし、この希望が裏切られたらもう心を維持出来なくなるのが分かるくらいに。
「幸せですよ。」
ミレナは静かに、しかしはっきりとそう答える。
「......少なくとも私は幸せです。あの人に私は救われました。奴隷として地獄の様な場所にいた私を助けてくれました。それからもあの人は私に心の安らぎをくれているんです。あの人は他の人とは違いますよ。それだけは信じて下さい。......ちょっと頼り無かったりしますけど。」
ミレナがそう言うと、クスッと二人の間に小さな笑いが起こった。
「うん。分かった。それじゃあルルも、ますたーの為に頑張る。」
ますたー。ルルが決めたタイチの呼び名たった。
そして、それこそがルルがタイチの事を信じようと思った事の表れでもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます