第36話 個体名『リル』

「それでは、確かに。」


支払いを終え、タイチたちは遊戯場を後にした。


2人の姉妹をよく観察してみる。

髪は綺麗な赤色で体は姉の方がやはり発達が良く、妹の方は何処か幼い感じがする。二人とも街を歩いている中一言も喋ろうとしない。


まぁ、それも無理はないだろう。姉の方が明らかに精神の方に傷を負っていて、妹はついさっきそんな姉に殺されかけたのだから。


「さて、これからどうしようか?」

まずはこの子達の服を買わなければならない。今来ている服はすっかりボロボロになってしまっていて、服としての役割を果たす事が出来ているかが不安になる。


「ご主人様。私がこの子達を連れて服屋へと行ってきます。」

どうやらミレナには、今からしようとした事が分かっていたようだ。


この街では奴隷の活動にある程度寛容的だ。その為、奴隷がお使いなどもよくするらしい。きっとこの街の奴隷文化に関係があるのだろう。

普通の一般的な店なら、服もしっかりとしたものを売ってくれるだろう。


「そうか、ありがとう。助かるよ。」


正直、少女の服を買いに店に行くのは遠慮したかった所だった。


「それでは行ってきます。」

ミレナは、2人の手をしっかりと握ってタイチの元から離れて行った。



☆☆☆


彼女達を見送った後、その場にはナッシュとタイチが残された。


「なぁ、タイチ。お前何であんな事をしたんだ?別にあの奴隷達と知り合いだった訳じゃ無いだろう?」


ナッシュは、不思議そうにこちらを見てくる。

やはり、ナッシュから見ても俺の行動の方が異常らしかった。


「......あの妹の方とは以前会ったことが有る。とても明るい子だなと思ってた。」


だからこそ今の暗い雰囲気は余計に痛ましく感じた。


「?それだけで助けたのか?」

ナッシュは訳の分からないものにあったかの様な顔をこちらに向ける。


「......そういう事だよ。別に単なる気まぐれだ。」

「まぁ、タイチ達の金だから俺が何かを言うことは無粋だな。悪かった。」


パンっと弾みの良い音を立てて重ねた手をこちらに向けてくる。


「いいって。普通に怪しい行動してたからな。詮索するのもしょうがない。」


......そう。怪しい行動だ。単なる気まぐれだ。


そうでなければ、彼女達を助けた事を自分の中で整理出来ない。あの時見捨てていれば、人としてなにか大切な物を失ってしまっていた様な気がする。

だが、全員を救うことなんて出来ない。自分が助けられる範囲の中でしか助けられない。だとしたらそれは偽善的な気まぐれに過ぎない。


「それじゃあ、今日はこれで失礼するぜ。」

ナッシュは、そのまま人混みの中に溶け込んでいった。


☆☆☆


「おう、らっしゃい!肉焼き刺し1本銅貨3 枚だ。」

「......それじゃあそれ4個くれ。」


袋の中から、銀貨を取り出して渡す。

「へー。兄ちゃん4本も食うのか。じゃあこれもオマケだ。」


そしてさらにもう1本こちらに渡してきた。


「ありがとう。」

「いいって。これからも贔屓にな!」


そしてタイチは、ブラブラと街の中を歩いて行く。


やはり、街の中は舗装されている分歩きやすい。現代みたいにアスファルトで無く石での舗装だが、森の中を歩くのに比べると遥かに楽だ。


そんな事をぼんやりと考えていると不意に服を掴まれる感覚がした。


「何だ?......リルか。どうした?」


「......」

リルは無言でタイチの服を掴み続けていた。

さっきと変わらず完全に無表情だが、どこか赤みを帯び、恍惚とした雰囲気がある。


リルの年齢は、恐らくミレナと同じ位だろう。赤い髪をした綺麗な少女が発する妖艶な気配に思わず飲み込まれそうになる。


「......」

少女は変わらず無言のままだ。


「そ、そうだ。ほら肉刺しだ。食べなよ。」


そして、リルに肉を差し出すとモグモグと食べ切ってしまった。


「ミレナ達はどうしたんだ?」

リルの服装は、さっきと変わっていない。という事は行く途中ではぐれてしまったのだろうか?


「......」

じーっとリルは肉刺しを持っている手を見詰めてきた。


「......食うか?」

さっき、屋台でオマケとして貰ったもう1本の肉刺しを渡す。

するとリルはさっと食べ終わってしまった。


「......」

それでも、まだ肉刺しを持った手を見てくる。どうやらまだ食べたりないようだ。


「......じゃあ、俺のもやるよ。残りは他のやつのだから我慢してくれ。」


タイチは自分の分の肉をリルに渡した。

リルは、それを受け取ると不思議そうに首をかしげた。

その後、恐る恐るひとくち食べる。そして、思い切ったかのようにさっきまでのようにさっと食べ終わった。


リルは、何かを考え込んでいた。精神が壊れてしまっていても、それでも何かを考え込んでいた。






......だが、の存在をリルが分かる筈がなかった。



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