第30話 魔物『コアトン』

「おはようございます。ご主人様。」

 朝、いつものようにミレナの声で目が覚める。


「ああ、おはようミレナ。」

「はい、おはようございます。」

 ミレナはいつもタイチが起きるよりも早く起きているのだ。


「ミレナはいつも朝早いな。」

「まぁ、前の奴隷の時は早く起きないと鞭打ちされてたりしましたからね。」

「・・・・・・・」


 絶句である。最早何も言えなかった。突然そんな暗い事を言われてもどうすればいいのかわからない。


「そんな時は、そっと抱きしめてくれればいいんですよ。」

 そういいながらミレナはタイチが寝ているベットに入り、タイチに密着する。


「あ、ああ。」


 タイチはそっとミレナを抱き締める。

「(......なんでこんな状況になってるんだ?)」


 タイチは、朝が弱いのだった。その為ミレナの言葉を完全に鵜呑みにしてしまっているのだ。

 無論、ミレナはその事を分かっていた。そして寝ほけている時の記憶はすぐに忘れる事も。

 何故なら、これは毎朝繰り広げられている出来事なのだから。


 そのままタイチは二度寝をしてしまった。



☆☆☆


この日、タイチたちはギルドにいた。

「......本当にミレナ、Bランクになってたんだな。」

「はい。」


ミレナのランクが上がっていた事は聞いていたが、どこか半信半疑だったタイチはギルドでBランクを受ける事が出来る状況に驚いていた。


「じゃあ、俺とランク差が相当あるじゃないか......」

圧倒的差にどんどん気分が沈んでいく。


「でもこれでご主人様のランク上げが出来ますから。」

ミレナはそう言って微笑んだ。


「まぁ、そうだな。それじゃあさっさと今日受けるクエストを決めようか。」

そして、受付の所まで行く。


「はい、こちらギルド受付になります。」


「クエストを受けたい。Bランクで何か良さそうなのはないか?」


「Bランクですか......それでしたら丁度今の時期『コアトン』狩りが解禁されていますのでそれを受けたら良いと思います。」


「......『コアトン』ってなんだ?」

すると、受付の人が資料を持って来てくれた。


「『コアトン』はここら辺に生息している羊型のモンスターです。こちらが危害を加えない限りは攻撃をして来ません。『コアトン』の毛は柔らかく綺麗なので高級素材としてとても需要が有るんです。ただ、乱獲を避ける為に1年に1度この月にだけ狩猟が認められています。」


つまり、取り過ぎて全滅するのを避ける為だという事らしい。なんて良いタイミングでこの街に着たのだろう。


「分かった。このクエストを受けるよ。」

「......そちらのミレナ様がBランクとなっていますね。失礼ですが、ミレナ様はタイチ様の奴隷でしょうか?」

恐る恐ると言った感じで、そう尋ねてきた。


「はい、この方が私のご主人様です。」


「そうでしたか、大変失礼しました。なにせ奴隷が冒険者になっているのは珍しいもので。」

その言葉に引っかかりを覚えた。


「珍しいのか?確かに奴隷の方がランクが高いのはそんなにある事じゃないけど、前の街でも奴隷が主人と冒険者になっているのを見たぞ。」


前の街、『ノストック』でも冒険者ギルドの中に多くの奴隷を見かけた。中には奴隷、十数人を連れてクエストに向かって行った人達だって居たのだ。


「すみません、伝え方が悪かったですね。この街ではとても珍しい事なんです。この街では奴隷は二種類に分けられます。使い捨ての奴隷との奴隷に。」


どういう事だろう?いまいち話が飲み込めない。


「......1度、この街の『遊戯場』に行ってみるといいでしょう。きっと分かっていただけると思います。」


『遊戯場』か......今度行ってみるか。


「分かった。今度行ってみるよ。」

受付の人には、そう言っておいた。この人が何の為にタイチたちにこの街の事を知らせたいのかは分からないが、人の考えている事が分かる訳も無いので考えるのをやめておく。


取り敢えず、今日のクエストが決まったのでタイチたちはギルドを出た。


☆☆☆


一言で言うなら迂闊だった。

狩猟期間が決められているからといってクエストを甘く見ていたのだ。このクエスト自体Bランクだという事は分かっていたのに。


「ご主人様!来ます!」

ミレナの言葉を聞いて咄嗟にその場から前方に飛び出す。


するとその場に、1匹の羊が現れたのだった。

姿は日本にもいたような羊だ。体中がふわふわの毛で覆われていて、可愛らしい顔をしている。

ただ、問題は大きさだった。大きいのだ。普通の何倍も。約5メートルぐらいあるだろう。


そしてその巨体を活かして、攻撃してくる者に力任せに衝突するのだ。鑑定魔法にはこう書いてあった。


ーーーーーー


『コアトン』

脅威度B 気性は大人しく、危害を加えない限り攻撃しない。しかし1度攻撃状態に入るといつまでも対象を攻撃し続ける。毛は高級素材であり、体はとても硬い。


ーーーーーー


つまり巨大な弾丸がいつまでも追いかけてくるような物なのだ。


「メエエエエエエ!!!」

その声で辺りが震えるのが分かる。最早、これが羊とか思いたくは無かった。


「くそっ!喰らえ!!」

タイチは、コアトン目掛けて剣を振り下ろす。

すると、剣がコアトンの体に沈んでいく。


「やったか!?」

「違います!!逃げて!!」

ミレナがそう叫んだのを聞き、咄嗟に剣を離した時だった。


スッと滑らかに、本当に一切の抵抗無く剣がコアトンの体の中に入っていったのだ。


「固有魔法です!恐らく捕らえられたらそのまま吸収されてしまいます。」


固有魔法、それは魔物が使う事が出来る魔法の事だ。確かに魔法を使う魔物は多い。だとしたらこの魔物が使えても全くおかしくはない。


しかしそうなると余計に対処出来なくなる。

触れる事が出来ない魔物を相手に戦う方法なんて知らない。まだタイチには冒険者としての経験はあまり無い。その為、この様な場面に遭遇したことが無かった。


「(どうする!?古代魔法はデメリットが怖い。だけど、魔法以外に戦う方法が無い!)」


だけど、タイチは忘れていた。

ここにいるのが誰だったかを。一緒に来ていた人が、どれだけの強さを誇っているのかを。


ドスッ!!という音と共に、コアトンが隣の木にぶち当たる。その体は無惨に変型している。

そして、その原因こそが......


「あの......申し訳ありません。ご主人様の獲物かと思いましたが、手こずっていらっしゃったので、つい......」


ミレナによる、たったの一蹴りの攻撃だった。

たったの一撃で、あの硬い皮膚を蹴り抜いたのだ。


















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