第29話 奴隷の少女『ルル』

 タイチたちは商談を終え、荷馬車を停められる場所を探していた。


「うーん。どこに荷馬車を停めようか?」


「でしたら、宿に行きませんか?宿なら大抵馬小屋を貸してくれるはずです。」

 さっき買ってきた屋台の焼肉をちびりちびりと食べながらミレナは言った。


「そうか、確かにそうだな。俺達みたいに馬車を連れて街に来る人だって多い筈だもんな。」

 タイチ自身も焼肉を食べながら答える。だが、ちびりちびりと食べているミレナよりも更に食べるのが遅かった。何故なら......


「......なあ、ミレナ。この肉美味しいのか?」

 ......この肉はタイチが嫌いなレバーにとても似ていたのだ。


「はい、美味しいですよ。」

 ミレナは普通そうに食べている。

 どうにもタイチにはこの肉を好きにはなれそうに無かった。


「そうか......」

 タイチはこれを食べるのを諦めて、適当な所で捨ててしまおうと思い、手に待ったままにしておく事にした。


「ご主人様、危ない!」

「え?」


 ドンッと前から衝撃がきて後ろに倒れ込んでしまった。

 前を見ずに歩いてしまっていた為、大きな荷物を持ちあげていた少女にぶつかってしまったのだ。


「悪い!!大丈夫か!?」

 タイチは急いで、ぶつかってしまった少女の方へと走った。ぶつかってしまったせいで、少女も転ばせてしまった。この少女は水を運びをしていたのだろう。辺りには水が散らばってしまっていた。


「あうう、お水が......」

 少女は辺りに散乱している水をずっと見ていた。


「悪い。弁償するよ。」

「ひっ!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!?」


 少女はタイチに気づいた途端、青ざめた顔で地面に頭を擦って謝り出してしまった。


「お、おい。どうしたんだ!?」


「ごめんなさい、ごめんなさい!どうか殴らないで下さい!いや!もう痛いのはいや!」


 タイチが少女に声をかけても謝り続けるだけだったのだ。


「......ご主人様、この子は奴隷です。私に任せてくれませんか?」


 そう言うとミレナは少女の側によって少女を抱きしめたのだった。


「大丈夫ですよ。大丈夫。ご主人様は貴方の事を傷付けません。貴方は痛い思いはしません。大丈夫。大丈夫。」

 そのまま少女を抱きしめ続けるのだった。


 こんな時に言うことではないが、赤い髪の少女と銀髪のミレナが抱き合っている姿はとても綺麗な光景な気がした。




 それからしばらくして、次第に少女は落ち着きを取り戻していったのだった。


「......ごめんなさいです。ご迷惑お掛けましましたです。」


 敬語を使い慣れてはいないのだろう。『しました』の部分が『ましました』になっている。


「いや、全部こっちが悪いんだ。本当に済まなかった。」

 そう言ってタイチは頭を下げる。さっき少女がした様に頭を地面につけながら。


「な!?何をしてるです!?やめるです!」

 その少女は驚いて声を上げた。


「......本当に済まない。折角の水が。」


 そう、この少女が運んできた水が全て散らばってしまったのだ。これではもうどうすることも出来ない。


「あうう......これはどうしようです。困りましましです。」

 少女は自身の赤い髪を撫でながらそう言ったのだった。

「......俺が何とかするよ。」

 そう言うとタイチは、走ってどこかに行ってしまった。そしてその場に少女とミレナが残る。


 ☆☆☆



「あうう......行ってしまったです。」

 少女は、呼び止めようとしたのだが、その前にタイチが走ってどこかに行ってしまったのだった。


「まぁ、ご主人様は責任感が強いですから。」

 ミレナはどこか誇らしげな顔をしていた。


「......貴方は、あの人の奴隷です?」

「ええ、そうですね。あの人が私のご主人様です。」

 ミレナははっきりとした口調でそう言った。

「あの人優しそうです。......羨ましい。」

 少女の手にはタイチが持っていた焼肉があった。焼肉を見ていた少女にタイチがあげたのだ。


「ええ、ご主人様に会えたことは私の中で一番の幸運です。」


 ミレナの言葉には迷いなど無かった。本気でそう思っているからこそ、はっきりとした口調で言う事が出来るのだった。


「私にもそんなご主人様が欲しかったです。......もう痛いのは嫌です。」

 少女の顔がどんどん沈んでいく。


「......きっと貴方も優しい人に巡り会う事が出来ますよ。」

 ミレナは奴隷の厳しさを良く知っていた。だからこそ気休めを言う事しか出来なかったのだった。


 ☆☆☆


「おーい、持ってきたぞ!」

 そこにタイチが大きな器を持ってやって来た。


「凄いです!これどうしたです!?」

 少女はタイチが持ってきた器を覗き込んだ。すると少女の赤い髪がしっかり水に反射して映る。


「近くの店に水を売ってくれって言って売ってもらったんだ。」

 タイチは、作戦が上手くいって喜び自然と笑顔になっていた。


「お詫びに運んで行くよ。どこに持っていったらいい?」


 タイチは器を持ち上げ、頭の上に乗せた。をした。


「そんな、悪いですます。」

 少女はタイチの持っている器を受け取ろうとしてタイチに近づく。しかし身長がタイチの方が大きかった為タイチが頭の上に器に乗せると少女にはどうする事も出来なかった。


「うむむ、届かないです......」

「いやいいって俺が持っていくよ。どこに行けばいいんだ?」


「ううう......あっちです。」

 少女が道案内を始めたので、タイチは少女を荷馬車に乗せて


 ☆☆☆


 そして長い距離を歩いていき、辺りは次第に暗くなってしまっていた。


「ここです。ありがとうございましました。」

 と、そこに怒声が響く。


「おい!!おせぇぞルル!......ってそちらの方はどうしたんだ?」


 この男がさっきの怒声の人の様だ。無視を、してもいいがさっきの少女......ルルが自分達のせいで怒られるのはあんまりなので、怒らないようにしてもらう事にした。


「いや、悪い。この子に迷惑をかけてしまったから、この子の時間を取ってしまった。すまない。」

 すると、その男は急に態度が柔らかくなった。


「そうでしたか......そうとは知らず申し訳ありません。ですがこいつは当店の商品ですので、それの時間を取ったというのはちょっと......」

 男はわざとらしく悩んでいるフリをする。

 その様子を見れば、いやでも何が言いたいのか理解が出来た。


「もちろん、あんたらにも迷惑をかけたからな、これはお詫びだ。」

 そう言って、大銀貨1枚を男に渡した。正直に言って普通の人がポンと出せる様な金額では無い。威圧の意味も込めているのだ。


「っ!いえいえ私達と旦那様の仲ですから。勿論ルルを咎めるような事は致しませんとも、ええ。どうでしょう。当店では今流行の猫人族も数多く取り揃えております。ご覧になりませんか?」

 男はわざとらし過ぎる笑顔でそう言った。


「いや、いい。それよりもここら辺に宿はないか?」

 タイチは男に若干嫌悪感を抱きながらも、そう聞いた。今の所、今日泊まる宿が見つかっていないのだ。


「でしたら少し先にーーーー。」


 男から宿の場所を聞き、タイチたちは宿へと向かったのだった。






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