第25話領主ホール・コトランダ子爵
ミレナ達は、今領主の城内部にいた。本来ならこの城にはたくさんの使用人がいて、それに城を守る兵士もいるはずだった。しかし今はいない。その役目を負う人達は別の所で寝てしまっている。
では何故そんなことになっているのか。それはこの老人の仕業だった。
「......お久しぶりです。師匠。こんな事に巻き込んですみません。」
ゴーヴェンさんが頭を下げる。
「いや、構わないよ。これが君にしてあげる手向けだ。それにミレナちゃんも関わってるらしいからね。ただしこれはギルドマスターとしてではなくトルトン個人としての行動だ。君達が捕まっても私にはどうすることも出来ない。......猫まどろむ亭は残念だったね。サキと結婚した君はあの場所で一緒に暮らしていたと聞いたが、サキはどうしたのかな?」
「死にました。魔物に遭遇して逃げ切れなかった。ランクはおそらくSS以上でした。俺もその時に足をやられてもう冒険者はやってません。」
「そうか、すまないね。辛い事を思い出させてしまった。」
「いえ、大丈夫です。俺にはクレハがいる。あの子の成長が俺の生き甲斐ですから。」
「そうかい......まぁ可愛い弟子が頼んできたんだ。今回の事について口出しはしないよ。ただ...」
その時、
「おい!誰だお前らは!!」
城の中を巡回していた兵士がミレナ達に気が付いてこちらに走ってきた。
「おやおや、まだ魔法が効いてなかったか......聖級精神魔法『失われし聖王の鉄槌』」
するとその兵士は目の色を失い、フラフラと何処かへと去っていってしまった。
「これであの兵士も皆がいる部屋にたどり着いたら、静かに眠ってくれるだろう。......本当はこの魔法は眠らせるなんていう軽いものじゃないんだけど僕は今日は人を殺さない。あくまで弟子の頼み事だからね。」
その魔法を見たミレナはトルトンに尋ねた。
「あの、トルトンさん。今のって私にも使えますか?」
あの魔法を使うことが出来たら、こんなに遠回りをしなくても良かったかも知れない。
「うーん。そうだね。君が魔法の練習をし続ければできるかもしれないね。」
この世界の魔法にはランクが存在する。
初級、中級、上級、超級、王級、聖級、そしてこの世の理を変えると言われる神話級、通称ラグナロクコード。
しかしラグナロクコードは伝説上でしか存在せず事実上最高ランクは聖級だ。
つまり聖級が使えるこの人は世界有数の魔道士という事だ。
「あの、トルトンさんは何者なんですか?」
ラウラさんも聖級の魔法と知ってそう尋ねる。
「この人は大賢者の一人だ。今は道楽でギルドマスターなんてしているが昔は『ナイトメア』って呼ばれて魔王でさえ恐れていたぐらいだ。」
ゴーヴェンさんがそう答える。
「昔の話だ。今の僕はギルドマスターに過ぎない。」
トルトンさんはそう言うと、持っていた杖を高く挙げた。
「......これでこの城にいる人は全員眠っているはずだ。これで僕は失礼するよ。今夜起きる事に僕は一切の関知をしないからね。」
そう言うと、トルトンさんは城の出口へと去っていってしまった。
「行ってしまいましたね。トルトンさん。」
「そうだな、師匠には本当に世話になりっぱなしだ。」
ゴーヴェンさんは、拳を握りしめてそう言った。
「だけど後悔はしていない。師匠を頼ることになっても、それでもあの場所を壊された事は許せない。」
人には大切な物がある。人であったり物であったり。それは誰もが共感出来るものもあれば、本人にしか分からないようなものもある。ゴーヴェンさんにとってはあの場所こそが宝物だったのだ。
そうミレナは思った。
「行きましょう。この先に領主がいるはずです。」
煌びやかに装飾された廊下を歩いていくと、大きく開けた場所へとたどり着いた。ここに領主はいるはずだ。この城に入る前に使用人に尋ねたから間違いはない。
部屋へと入ると領主らしき着飾った中年くらいの男と、娼婦だろうか?薄い布を羽織っている女が寝ていた。トルトンさんの魔法が効いているらしい。
「......こいつらをどうする?」
この作戦はミレナによって考えられている為、ゴーヴェンはミレナに尋ねた。
「取り敢えず、この女の人は別の場所に移動させましょう。戦いに巻き込まれたらいけませんから。」
ラウラさんに女の人を頼んで、ミレナは領主の側へと近寄った。
「どうするんだ?こいつは寝てるが......」
「まだ、魔狼の牙の人たちが来るまでには時間が有りますから......」
そう言って、ミレナは『仮想の苦痛槍』を取り出した。そしてそれを領主へと突き刺した。
「ぐはっ!痛い!!何をするか!」
領主の人を傷みで無理矢理起こした。
そこでミレナは魔力を流すのを止め、槍を指輪に戻した。
「......初級回復魔法『ヒール』」
領主の傷が無くなっていく。
「こんにちは、ホール・コトランダ子爵様?」
ミレナは初めて領主を名前で呼んだ。名前を呼ぶ価値が無い為領主で統一されていたが、こいつについては既に調べていた。
「な、何だお前達!俺は貴族だぞ!下民共が何をする!」
「......盗賊団『銀弾の龍鬼』について何か知ってますよね?」
ミレナは領主を睨みつけながら尋ねる。
「し、知らん!俺は何も知らん!」
「そうですか......それでは私のご主人様である冒険者タイチについてはどうですか?」
その言葉を聞いた途端、領主の顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「貴様が裏切り者の奴隷か!!この亜人めが!よくも生き恥を晒せるものだ!!」
この言葉はほとんど認めているものだ。
「......冒険者タイチ。知ってますね?」
ミレナはあくまで冷静にそう尋ねた。そういなければこのまま殺してしまいそうだったから、
「ふん!あぁ知ってるぞ!ウチの馬鹿息子を殺した奴だからな。」
そう、領主について調べたらどうして領主と盗賊団に繋がりが有るのかなんてすぐに分かった。
なにせ長い間苦しめられてきた人にそっくりだったのだから。
「......貴方には今から私の言う事を聞いてもらいます。」
「はっ!誰が貴様みたいな下等生物の言う事なんか聞くか。ここにはたくさんの兵士がいるんだ!やれ!」
しかし何も起きない。当たり前だ、皆眠ってしまっているのだから。
「そんな人がいるなら私達がここに来れるわけないでしょう。」
ため息をしながらミレナはそう言った。
「取り敢えず、あなたが余計な事を考えずにこちらに従って貰えるまで精神を壊しときましょう。」
もはや、ミレナにはこの『仮想の苦痛槍』を使う事に抵抗が無くなっていた。
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