第16話 『トンダム商会』のヴェル

「ご主人様、おはようございます。そろそろ起きた方がいいと思います。」


「うぅん......朝か。ありがとうミレナ。」


 この街に来てから3日目、日本にいた頃とは違う少し硬いベッドで目が覚める。日本にいた頃は目覚めが物凄く悪かったが如何せん、美少女に起こされると気分が良く起きれるというものだ。


 目が覚めると、支度を整え部屋を出る。


「おはようー。朝ごはんだねー。ちょっと待ってて、お父さんー。朝ごはん二人ー。」

 食堂にたどり着くとこの店の子供、クレハがやってきた。


「今日の朝はねー。セルタンがついてるのー。とっても美味しいの。」

 クレハは、飛び跳ねてどうにか表現をしようとしている。


「そうか、それは楽しみだな。」

 セルタンが何か知らないが子供でも好きな物なのだからきっと美味いに決まってる。


「実はね!盗賊が討伐されたらしいのー。だからこの街に来る美味しい物の量も増えたんだよ!」


 それをきっと、タイチが壊滅させた盗賊のことだろう。そのことを考えると自分のした事は正しかったのだと自信が持てた。


 盗賊を殺した時、何故かタイチは一切の罪悪感を持つことが出来なかったのだ。それはきっと向こうが悪人でそれに自分が殺されそうになったからだろう。......だが、どうしてだろう?少し胸に引っ掛かりを感じたのだった。


「待たせたな、猫まどろむ亭スペシャル朝食だ。宿泊客限定だぞ。」


 そんな考え事をしていた時に、ゴーウェンが料理を持ってきた。


「これは......もしかしてカニか!!」

 ゴーウェンの持ってきた皿にはパンと野菜スープ、そして赤く茹でられた殻と、まとまった繊維のような身それはとてもカニに似ていたのだった。


「おお!!俺、こう見えてカニは大好きなんだ!!」


「『かに』ってのが何かはしれねぇが気に入ってくれてよかった。セルタンは俺らも好きだからよ。」

 ゴーウェンはそこまで言うと、料理場へと戻って行った。


「よし、食べよう。『いただきます』」

 タイチは、この世界に来ても『いただきます』というようにしていた。日本ではずっとそうしてきたため、無言で食べ始めるのは気持ちが悪いのだ。


「はい、いただきます。」

 ミレナも真似をして両手を合わせてくれる。その心遣いがとても嬉しかった。


 そして、セルタンの殻を身から引き離して口に含む。するとぎっしりと身が詰まっているのを感じた。口の中で身が解けていく。


「美味い!!やっぱりカニだ!」

 タイチは物凄い早さで口に入れていった。


「確かに美味しいですね。初めて食べました。」

 ミレナも気に入ったようで表情が少し緩んでいた。


「だよな!美味しいよな!これでマヨネーズがあれば最高なのになー。」


「あの、良かったら残りのセルタンを食べますか?」

 ミレナがカニの残っている皿をこちらに持ってきた。


「いや、それはミレナが食べなよ。気に入ったんだろ?遠慮なんてしなくていいから好きな物は自分で食べた方がいい」


 ミレナには、どうも遠慮しがちな気がする。奴隷だからしょうがないかもそれないがせめて自分の前でくらい、遠慮しないで欲しい。


 その言葉を聞くとミレナは嬉しそうな顔をして、またセルタンを食べ始めた。


「美味しいです。ありがとうございます、ご主人様。」


「いや、俺は何もしてないし.........」

 何もしていないのに、お礼を言われるとか違和感極まりない。


「食べ終わったな。それじゃあ冒険者ギルドへといこう。」

 そんなこんなで、朝食を終えたタイチたちは冒険家ギルドへと向かって行った。



 ☆☆☆


 冒険者ギルドへと入ると、ギルドの職員に呼び止められた。


「タイチ様にミレナ様ですね?ギルドマスターがお待ちしています。どうぞこちらへ。」

 そうして、前回と同じようにギルドマスターの部屋へと案内された。


 部屋へ入ると、ギルドマスターが椅子に座っていた。

「やぁ、タイチ君にミレナちゃん。調子はどう?」


「そうだな......ぼちぼちだ。」

 タイチは社交辞令に一応の返事を返した。


「そうか、それは良かった。......それでミトリアを入手したって本当かい?」

 ミトリア.....昨日採取したアレだろう。


「あぁ、本当だ。ギルドじゃ買い取れないだろうからって持って帰らされたぞ。」


「まぁ、その通りだよ。ミトリアを買うには白金貨が必要だろうからね。うちではそこまで余裕は無いよ。」

 ギルドマスター、トルトンは手を振ってそう答える。


「でも、それを狙って近づいてくる人がいるかもしれない。気を付けてね。」


 どうやら、注意を促すためにこの話をしたらしい。

「分かった。そうさせてもらうよ。......で、話はそれだけか?」

 だとしたら、ギルドの職員にでも伝えてくれれば良かったのに。


「いや、本題は別にあるんだ。前に盗賊のアジトにあった遺品を預かっただろう?今日引き取りたいと言う人が来ているんだ。会ってくれるかい?」


 どうやら、あの遺品の引き取り手が現れたらしい。


「そうか、それでいつ来るんだ?」

「もう来るはずだよ。朝方に来るって言ってたからね。」


「あの、すみません。昨日ここに来るように伝えていたヴェルです。」


「おや、来たようだね。どうぞ入って。」

 トルトンは入ってきた男...歳は50過ぎだろうか?顔に皺が少し見られ中年の男性が入ってきた。


「紹介しよう。この子が盗賊を討伐したタイチ君とミレナちゃんだ。そして、この人はヴェルさんだ。『トンダム商会』の会長をしている人だよ。」


「君達が盗賊を倒してくれたんだね。まずは『トンダム商会』としてお礼を言わせて欲しい。君達のおかげで荷馬車が襲われることが無くなった。そして......あの馬鹿息子の親としてお礼を言わせてくれ。仇を討ってくれてありがとう。あの子は馬鹿だが、優しくてね......他の人を逃がすために囮なんかしちゃて......」

 そこで、ヴェルの話は止まってしまった。涙で言葉がつかえてしまっているのだ。


「あははは。こんなおっさんがみっともないよね。ごめんね、みっともないくて。」


「そんな事......」

 ないと言おうした時だった。ミレナが率先して声を出したのだ。


「そんな事はありません。人を思うっていうのはそれだけで美しい物のはずです。今のあなたは何よりも尊く感じます。」


 ミレナの目がしっかりとヴェルを捉えていた。


「そうか、ありがとう。少し落ち着いたよ。僕としたことがらしくないね。よし!それじゃあ商談をしよう。僕が欲しいのは遺品リストの中にあったブレスレットだ。銀貨5枚で売って欲しい。」


「銀貨5枚か......まぁいいよ。」

 タイチは、元々売れるとは持っていなかった物だったため、即答した。


「え?いいの!?相手が買い叩こうしてるとか思わないのかい!?」

 ヴェルは、自分が提案したにも関わらずそれが受け入れられて驚いている。


「あぁ、別にいくらでも構わないんだ。」


「そうか、そういえば盗賊討伐も報酬を期待して受けた訳じゃなさそうだしね。ありがとう、恩に着るよ。『トンダム商会』に用があったら言ってくれ、最大限の協力をさせてもらうよ。」


ヴェルは銀貨5枚をタイチに渡して、部屋から去っていった。


「ありがとうね、タイチ君にミレナちゃん。彼はああ見えて一時期本当に落ち込んでいてね。部屋から出てこないような時もあったんだ。だけどこれで彼は一区切りが出来る筈だよ。本当にありがとう。」


「そうか、それは良かった。じゃあ俺達はもう行くぞ。」


「ありがとうね。タイチ君、ミレナちゃん。」


タイチたちは、クエストを受ける為に部屋から出たのだった。

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