第14話 猫まどろむ亭

「これからどうしましょうか?」

 ミレナが、町娘風の服の端をいじりながらそう尋ねる。意外と気に入っているのかもしれない。


「そうだな......もう暗くなり始めたから泊まる場所を探そう。」

 辺りはもう、夕焼けで赤く色付いていた。通りゆく人々もきっと家へと帰るのだろう...手に食材や、酒瓶等を持っている人の数が増えていく。

 そんな中を歩いていくと、猫が寝ている絵の看板があった。

「あれでしょうか?可愛い絵ですね。」

「中に入ってみよう。」

 タイチたちは、店の中へと入っていった。


「いらっしゃませ!ようこそ『猫まどろむ亭』へ!」

 店の奥から茶色の髪をした少女が、飛び出てきた。この店の子供なのかもしれない。


「ここは、宿屋なのか?」

 店の雰囲気からして恐らくそうだろうが念のため聞いておく。

「うんそうだよ!ここは『猫まどろむ亭』。朝食、夕食付きで1日大銅貨4枚!とってもお得だよ!」


 少女は今にも飛びかかって来そうなぐらいに興奮した様子で店の情報を教えてくれる。


「そうか、それじゃあしばらくの間頼む。」

 そう言って、今日の分の宿代である大銅貨8枚を支払う。

「ん?このお姉ちゃんは別の部屋に泊まるの?」

「あぁ、そのつもりだけど問題あるかな?」


 すると、少女は申し訳なさそうに下を向いて......

「ごめんねー。奴隷を1人で泊まらせる事は決まりで出来ないことになってるのー。逃亡奴隷防止の為なんだってー。」

 そう言って、頭をペコリと下げた。

 確かに奴隷が一人で宿に泊まる状況なんてそれ以外に思い付かない。だとするとその決まりは正しいのだろう。


「そうか......どうしよう? 」

 恐らく、他の宿を探しても結果は同じだろう。

「ご主人様、私は別に同じ部屋でもいいかと思います。......もし、嫌でしたら私は野宿が出来るのでお気になさらないでください。」

 そう言って、そっとタイチの服の端を掴んだ。

 ここでミレナに野宿をさせる様な人でなしのつもりはタイチには無い。


「分かった。ミレナがいいなら......部屋を一つと食事を2人分で頼めるかな?」


「いい人なんですねー。分かりました。えっと泊まり一人に食事一人だから......大銅貨6枚です!」


「大銅貨6枚だね......はいどうぞ。」

 タイチは、小さい袋からお金を取り出して少女に渡した。

「はーい。これでお兄さん達はお客さんだねー。部屋案内するね!来て!」


 少女に案内されるままに店の中を進んで行くと、いくつもの部屋がある場所へとたどり着いた。


「ここがお兄さん達のお部屋だよー。食事は食堂に来てくれたら渡すよー。お父さんのご飯は美味しいよ!じゃあごゆっくりー。なんかあったら言ってねー。」

 そして、少女は部屋から去っていった。


「ふぅ、なんとか一段落できたな。」

 思えば、この数日間波乱の連続だった。異世界召喚され、捨てられ、ドラゴンに会って、盗賊を倒して、そして......ミレナに出会った。ミレナのおかげでなんとか今生き延びることが出来たのだ。


「あの、ご主人様。これからはどうしますか?」

荷物の整理をしている時に突然ミレナがこちらを向き、手をお腹の部分で組んでどこか申し訳なさそうにそう尋ねた。

「えっと、これからっていうのは?」

 もう、暗くなっているからご飯を食べて寝るだけだと思っていたのだが......


「はい、これからの事です。冒険者になってここで暮らすんですか?」

 ミレナは、タイチの目を見てそう尋ねた。


「そうか......それもいいかもしれない。俺達の能力ならきっと冒険者として暮らしていけると思う。」

「本当にそれでいいんですか?」

 だが、それでもミレナは尋ね続ける。タイチは誤魔化そうとしていたがミレナの目がそれを許してくれなかった。


「ごめん......実は俺には何をすればいいのか分からないんだ。俺がここに来た本当の意味さえ分からない。だから取り敢えず何をするかをここで探していきたいんだ。それじゃあダメかな?」


 今までのタイチは生きる事で精一杯だった。そんな中でこれからの事に目を向けるなんて到底出来ることではなかったのだ。街という安全な場所に来たばかりで何をしたいのかなんて検討もつかないのだ。


「すみません......本当は分かってました。ご主人様が今何をすればいいのか分からない状態だということ。でも、分からないからこそ未来があるんです。きっとご主人様らしい道を見つける事が出来ます。それを考えて欲しくて尋ねてしまいました。本当にごめんなさい!」


ミレナは、深く頭を下げた。


「いや、いいよ。ミレナのおかげでこれからの事を考えようと思えた。ありがとう。」


そう言って、ミレナの頭を撫でる。銀色の髪を撫でると、彼女の白を黒で塗っていくような、はたまた自分が白く浄化されていく様な気持ちがするのはどうしてだろう。

そんなこんなで、荷物の整理も終わった。


「そろそろ、食堂に行こうか。」

「はい。」


食堂には、他にも色んな客がいた。きっと宿泊する人以外も食べに来ているんだろう。


「あ!お兄さん達来たんだ!えっとねー。メニューはあそこに書いてあるの!お酒は別料金だから気を付けてね!」

少女が、指を指す方向には、様々なメニューが書かれた木の板が吊るされていた。

だが、なんて書かれているのかが分からない。


「ミレナ。俺の分も選んでくれるか?」

ミレナには読めるらしいのでミレナに任せる。

「あの、私もここで食べていいんですか?」

ミレナが周囲を見ながらそう言った。

奴隷という立場を気にしているのだろう。


「大丈夫だ。そんなに周りを気にしなくていい。」

「そうですか......ではお言葉に甘えさせて頂きます。この『サイホォン炒め』なんてどうですか?」


......サイホォンって何なんだろう。聞いたことが無い。......少し楽しみだ。


「そうだな、それにしよう。サイホォン炒めをくれ。二つだ。」


「分かったー。直ぐに持ってくるねー。」

そう言って、少女は走って言ってしまった。


「あんなに小さいのに、店の手伝いをしているのかな?」


「あれぐらいの年齢になったら、家族の手伝いをするのが普通じゃ無いですか?」

ミレナが不思議そうな目でこちらを見てくる。


彼女は、異世界から来たことは言っていない。きっとこれを言うと色んな人が態度を変えるだろう。ミレナが変わってしまうのが怖いのだ。


「お!可愛い子いんじゃん!って奴隷か......まぁ可愛いからいいや!」

店の中に、ガラの悪そうな人が数人入って来た。


「なぁ、そこの奴隷。こっち来いよ。酒注いでくれ。」

その中の、一人がミレナに話し掛けてくる。しかしミレナはさっきから話を無視している。


「おーい!聞こえてんのか?こっち来いって言ってんだけどー。」

ミレナは一切答えない。


「俺さー、ここらじゃ有名な『魔狼の牙』っていうパーティに入ってんだ。あまり怒らせない方がいいぜ?」

男は、自分の髪をさっきから弄りながらそう言っている。

誰なんだこの男は......


タイチはそっと『鑑定魔法』を男にかけた。



ーーーーーー


【名前】ルサン

【種族】人

【性別】男

【状態】平常

【筋力】D

【防御】E

【魔力】F

【俊敏】D

【スキル】

『剣術Lv.3』『棒術Lv.2』


ーーーーーー


......なんていうか、きっとこれが普通なんだろう。

タイチ自身には『龍神の加護』が付いているし、ミレナは元々龍人で能力が高く、『奴隷王の寵愛』で限界まで高められている。

自分たちのステータスが異常なのだ。


男...ルサンは話を続けていた。


「別に、今夜1日付き合ってくれればいいんだ。明日には返してやるからさ。俺ここの近くの宿に泊まってるから、来いよ。」


要するにミレナに夜伽をやれとこの男は言ってるのだ。

その時、初めてミレナが喋った。


「貴方達は、何を下らない話をしているんですか?私はご主人様に仕えています。貴方達に従うつもりなんてありません。」


その言葉を聞いた途端、ルサンは武器を取り出した。


「この女っ!人が優しくしてやってるのに!『魔狼の牙』を舐めやがって!!」


そのまま、ミレナの元へ走っていく時だった。


「おい、人の店で何やってんだ?」

後ろから凄い迫力の声が店の中を支配した。


そっと後ろを見ると中年ぐらいの男が料理を持ったままルサンや男達を睨み付けていた。

タイチはそっと『鑑定魔法』をかけた。


ーーーーーー


【名前】ゴーウェン

【種族】人

【性別】男

【状態】足を欠損

【筋力】A+

【防御】S+

【魔力】D

【俊敏】D+

【スキル】

『盾操作Lv.7』『威圧』『感応』『瞬間回復(小)』『衝撃盾』『毒耐性』『麻痺耐性』


ーーーーーー


このおっさん......強い!こんなの食堂やってるような人のステータスじゃない......この衝撃盾って何なんだろう?


ーーーーーー

『衝撃盾』

盾に攻撃属性を持たせる。相手の攻撃を受け止めた時相手にその衝撃を与える。


ーーーーーー

そんなスキルがあるのか......これを覚える為には一体どれだけの訓練が必要だったのだろう。これが偶然の産物ではない事が男の雰囲気から充分感じられた。


「ここは、食堂だ。夜伽なら娼館にでも行け」

ルサン達は、すっかり怯えてしまっている。


「は、はい。どうもすめません......」

そう言って、足早に去っていったのだった。


「......すまんな迷惑をかけた。あんたらの事は娘のクレハから聞いてる。この店の主のゴーウェンだ。なんかあったら気兼ねなく言ってくれ。」


そう言って、ゴーウェンは料理の皿を置いて消えていった。

どうやら、この店にも色々なエピソードがあるのかもしれない。


タイチは改めて強く生きようと心に決心したのだった。


.....ちなみにこのサイホォン炒めは、野菜炒めは、野菜炒めとほとんど同じだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る