第9話 奴隷契約

小さい頃の時を思い出していた。

あの頃は本気でヒーローに憧れていたのだ。テレビ番組のヒーローの真似をして変身ポーズをしたら母が笑い、父が一緒になってやってくれた。


それが俺が持つ家族との思い出の中で最も幸せな思い出だった。


小学校の時だった、俺を祖母にあずけて両親は親戚の結婚式に参加しようとしていたらしい。

その時に乗った飛行機が、整備不良で墜落。

両親は帰って来なかった。


この記憶が俺を縛り付けている。

もう、大切な人を失いたくない。だから俺は人と関わらないようにしなければならないんだ。


☆☆☆


タイチは頭に揺れを感じて目が覚めた。

仄かに甘い様な不思議な香りが鼻腔をくすぐる。


「(何だ...この状況...)」

目を開けると、少女に膝枕をされていた。

より詳しくいうと少女のフトモモの上にタイチの頭がのっかっている

「気付きましたか?...ご主人様?」

優しく澄んだ声でタイチに向けてそう尋ねる。

銀色の長く綺麗な髪。真っ赤で宝石を連想させる、吸い込まれそうになる瞳。

それらには似つかわしくない首元にある首輪。

見間違えるはずも無い、タイチが戦っていた『ミレナ』という女の子だった。


「えっと、ここはどこ?それに、どうして君はそうしているの?」

タイチには自分の置かれた状況をすぐに理解することは出来なかった。


「あ!ご、ごめんなさい......。こうされた方がよく休めるかと思ってつい...。穢らわしいですよね...」

ミレナは、すぐにその場から離れようとする。


「いや!そんなことは無い!すごく嬉しいよ!だからそのままでいて!」


タイチは慌ててミレナを止めた。

どうやら、膝枕してくれているのは完全に気遣ってのことらしい。


「それで、ここはどこなの?」


辺りを見回すと、広いスペースにテーブルがあって本棚もある。まるで何処かの家の中のようだ。


「あの......ごめんなさい!私のせいでご主人様...倒れてしまって......私の目が覚めた時倒れてたから...盗賊のアジトに運んできました。ここなら魔物に襲われる心配はないです。」


ミレナはビクビクとこちらの様子を伺うようにしながら、つっかえつつもそう話した。


「そっか、ありがとう。もう盗賊はいないの?」

タイチはミレナに気を遣い怯えないようできる限り優しい声を意識しながらそう言った。

だが心配しているのも確かだ。

ここで、盗賊とばったり遭遇なんてなったら大変だ。ここら辺は盗賊の方が詳しいからもし襲われたら、逃げれないだろう。


「...えっと、その心配はないです。ご主人様を捕まえようとした時に皆、ここから出てました。その、ごめんなさい......」


そこでミレナは黙り込んでしまい、少し経つと顔に水滴が落ちるのを感じた。

ミレナの方を見ると、泣いているのだ。


「ど、どうしたの!?俺なんかしちゃった!?」

タイチは慌てて、ミレナに理由を尋ねる。

女心なんて全く分からないタイチにはミレナが急に泣き出したので、どうすればいいのか分からず慌てふためいた。


「ごめんなさい、ごめんなさい......虫のいい話なのは分かってるんです。でも、捨てないでください。お願いします...何でもしますから。きっとご主人様の役に立ちます...だから捨てないで...ひとりは嫌です...」


ミレナはそう、涙混じりに答えたのだった。


「(そうか...こいつも不安なんだよな。)」

しかし、だからといって、はいそうですか。とはならない。タイチとしてはミレナはさっきまで殺し合いをしていた相手なのだ。

故にタイチにはどうしても確認しなければならない事があったのだ。

タイチはミレナに尋ねた。

「ねぇ、一つだけ聞いていい?俺を襲ったのは、命令されたからだよね?だったらその命令は今も続いているの?」


そう、それが今最もタイチが懸念していた事だった。タイチのスキル『奴隷王』でミレナが攻撃を止めているのならば、もしこのスキルが発動しなくなった時、タイチを襲うのではないかという事だ。


「それは無いです......実は奴隷に対して、命令を強制させるなんて普通は出来ないんです。」


ミレナの話によると、どうやら奴隷に対しての命令は別にただの命令らしい。

というか少し考えれば当たり前だった。別にロボットじゃないんだから、抵抗だって出来るに決まっている。


「えっと、じゃあミレナは自分の意思で俺を襲ったって事?」


タイチには、だとしたらどうして自分が今生きているのか分からなかった。


「違います!!私達みたいな亜人奴隷は薬漬けにされて使い潰されるんです......」


ミレナは何かを思い出しているのだろう。時々感情的になりながらタイチに説明を行なった。


亜人とは、人と他の種族とのハーフの事だ。今では、ほとんどの国では差別は薄まっているが、それでも差別が根強く残っている国もあるようだ。

この国ではまだ差別が根強いらしい。その為、ミレナはそれが全てだと思い込んでしまっているのだ。


「そっか、今は大丈夫なの?」

薬漬けされているのなら、今も正気ではいられないはずだ。


「それが...倒れて目が覚めた時、急に意識がはっきりしたんです。今までは薬のせいで何も考えれていなかったのに。」


そういえば、とタイチは思う。ミレナと戦った時はガリガリに痩せていた。それが今は、体のいろんな部分の肉付きが良くなっているのだ。


「そっか、大変だったんだね。ごめんね、辛い事を思い出させて。」

すると、ミレナは驚いた顔でこちらを見る。

信じられないものをみたかのような様子たった。

「優しくされるなんて、初めてです......」

そして、ミレナは消えてなくなってしまいそうなか細い声でそう呟いていた。


よほど過酷な環境だったのだろう。人に優しくされた事が無いなんて。


タイチにはその姿が前の世界での自分自身と重なる。人との繋がりを恐れて、人付き合いを避けようとする自分と、傷付けられて人を恐れるミレナ。もしかしたら、分かり合えるのかもしれない。


「これからは、今よりも幸せになろう。幸せになって、君に酷い事をしていた人を見返してやろう。俺にもそれを手伝わせて欲しい。」

タイチはミレナの目を膝枕ごしにしっかりと見つめた。これが運命の分かれ道だと直感的に理解していた。


「え...それじゃあ......」

ミレナの顔に喜びの色が表れ始める。


「うん。今日から俺が君の主になろうと思う。なんて、こんな状況じゃあ締まらないね。」


そう言ってタイチは笑った。

実際、膝枕されながら奴隷との契約を結ぶ奴なんてそうそういないだろう。


でもそれでいい。別に支配をしたい訳じゃ無い。

一緒に旅をする仲間が欲しいだけなんだ。

仲間同士なら別にこんな事をしてたって別におかしくは無いだろう。


ミレナは、目に少しの涙を浮かべながら新しい主であるタイチの言葉に返事をした。


「はい!!どうかよろしくお願いします!ご主人様!」


その時のミレナの鈴のような綺麗な声は、それからもタイチの記憶に残り続けるのだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る