第8話 個体名『ミレナ』

 そこには、ドラゴンの娘がいた。

 姿は人だが、その目は『千年龍』と全く同じだったのだ。


「やれ!お前を生かしてやってるんだからその恩に報いろ!」

盗賊のボスが少女に命じる。


「............!」

その言葉を聞いた途端、少女は、タイチに向かって駆け出してくる。

「(何だ!?速い!)」


 タイチは、対応が追いつかずただ、少女が目の前に現れるまで立ち尽くすだけだった。

 そして少女は、拳をタイチめがけて突き出した。


「(速すぎて、避けることが出来ない!)」


 タイチはやむを得ず、咄嗟にその拳を腕で受け止めようとした。少女の拳が物凄い速度でタイチへと迫る。

 そして遂に、タイチの腕と少女の拳が衝突した。


 バキ!!!!!


「ッっ!!!」

 タイチの腕に激痛がはしる。少女の拳がタイチの腕をへし折ったのだ。

痛くて意識を手放したくなってくる。

 そして少女は追撃として拳をタイチのお腹に打ち込んだ。

「うっ!!」


 体の中の空気が全て外に押し出される。

明らかに力の差があり過ぎる。

まして戦闘経験なんて無いタイチは、さっきまでの様な力のゴリ押しが通じない相手には全くの無力なのだ。


「いいぞ!!そのまま殺せ!」

「............」

少女はタイチの倒れている所へやって来るとそのまま手を首にかける。

そして少女はタイチを首を掴んて、持ち上げた。


もうどうしようもない。何か起きてくれないかと必死に願っていたタイチにまた、一つの呪文が浮かんできた。

「......古代魔法『大地の檻』!」

気付けば助かりたい一心でその言葉を口にしていた。


 すると、地面から大量の木が凄まじい勢いで地面を突き抜けて飛び出してきた。

その木はそのまま少女を拘束して、ギチギチと堅く少女を捕らえた。


「っ!...」


 少女はその拘束を破ろうとして、暴れ始める。


「何してる!使えない奴が!!」

 さっきから指示を飛ばしている男がそう言って近付いてくる。そして、タイチに向けて手を伸ばす。


「俺が殺してやるよ!『火球ファイアーボール!!』」


 男の手から火で出来た球体が迫って来る。


 タイチはその火球めがけて拳を振り下ろした。すると、火球は消滅してしまった。


「なんだと!?何故生身で受けて無事なんだ!?」


「(何だコイツ...偉そうにしてるのに、さっきの女の子の方が100倍ぐらい強いぞ...)」


「えっと、確か...古代魔法『殺戮の宴』!」

 タイチはさっき自分で口にしていた言葉を頼りに魔法を唱えてみる。

 すると、先程と同じように無数の手が出現し、その男に向けて襲い掛かる。


「お、おい!誰か止めろ!俺を助けろ!!」


 しかし、その場にいる連中は誰も手を出そうとはしなかった。

 そして、無数の手が包み込み辺りを動き回る。

 手が消えた時には、何も残らなかった。


「かしら!」

 男達は、リーダーを失って混乱しているようだ。


「(今がチャンスか?)」

 タイチはこの場を収めるべく、話し合いを試みる。

「俺は、無駄に戦う気はない!!降参してくれたら、危害を加えない!武器を捨てろ!!」


 その時だった。ミシミシッ!という音が聞こえた。その音のする方を見ると、少女を拘束しいる木が曲がっていた。

「(まずい!!拘束を破る気だ!俺の片腕は使えないから、戦えないってのに!)」


「止まれ!危害を加えるつもりは無い!」

 だが、まだ木が曲げられていく音は止まない。


 その時、頭の中に声が流れ込んでくる。

〈所有者が存在しない奴隷がいます。所有しますか?〉


「(奴隷を所有する?こんな時になんで!?いや、待て!これならいけるかもしれない!)」

 タイチは、これに希望を託した。


「イエス!イエスだ!」


 少女は遂に木の拘束を突破してしまった。

少女を拘束していた木々は木端微塵になり役目を終了した為か消滅してしまった。

少女は自分の体が傷だらけになっている事に一切気を止めていない。

まだ、タイチを殺せという命令が残っているのだろう。少女がタイチに向かって駆け出す。


〈所有意思を確認。コンタクトを試みます。......

 クリア。個体名『ミレナ』の主有権をタイチに移動します。〉


 その間も少女はタイチめがけて迫って来る。

少女の速度が速いせいでみるみる内にタイチとの距離が迫っていき、コンマ何秒か後にはもう手を伸ばせばそのままタイチに触れられる位置にいた。


「(間に合うか!?いや、そもそもこの子が『ミレナ』なのか!?)」


 今になって不安がタイチを襲う。これが失敗したら間違いなくタイチは死ぬだろう


「と、止まれ!!止まってくれ!」


〈命令を確認。ユニークスキル『奴隷王』の効果により、強制的に個体名『ミレナ』の活動を停止させます。〉


少女が俺を殺そうと拳を振り上げた瞬間、少女は電池が切れたかのようにぶっ倒れてしまった。

足元に倒れ込んできた少女をそっと見る。

「(助かったー!死ぬかと思った......)」


 なんとか、タイチの予測は成功したのだった。

 それは少女が奴隷である事から、新しい主人になれば少女は言う事を聞いてくれるだろうというものだった。


「(なんか、少しやりすぎな気がするけど......)」

 タイチが「止まれ!」という命令をしたら、少女は意識を失ってしまったのだ。確かに止まったが少しやり過ぎである。


「(さて、後はこいつらをどうするかだけだ...)」


 タイチの視線の先には、少しづつタイチに向かって近付いてくる男達の姿があった。手には、各々が使っているのだろう武器が握り締められている。


「何度も言うが、降参してくれたら危害は加えない。武器を捨ててくれ。」


 だが、男達は武器を捨てる様子は無い。

どんどんタイチとの距離を詰めていく。

「頼む!武器を捨てろ!」


 男達はそれでも近づくのを止めない。


「お前ら行くぞ!!盗賊団の魂を見せてやろうぜ!!」

 誰かがそう言った途端、男達が駆け出してくる。これを待っていれば数秒後には俺が殺されてしまうだろう


「(くそっ!やるしかないのか!)」

 タイチは、限界まで攻撃するのを躊躇っていた。使ったら恐らく、彼らは死んでしまうのだがら。だが、それも遂に限界を迎える。

 ここで使わなければタイチが殺されるのだ。

「...古代魔法!!『殺戮の宴』!!」


 無数の手が男達を飲み込んでいく。圧倒的な力が体に当たり、その部分が折れ曲がる。それが何度も連続し、皮膚が破け二つに別れる。それが何度も起きて肉片となっていく。


 そして、その場には人だった者の欠片が残るだけだった。

だがタイチはその光景を見て、何も思わなかった。

精神が極限状態にあった為か、自身を殺そうとしてきた人達だったからか、それはタイチ自身にも分からない。


「(終わった......)」

とにかく、タイチの初めての戦いは無事に勝利によって幕を閉じたのだ。


「(ああ...今になって腕が痛くなってきたな。あれ?何だ?頭がボーっとする...)」


 パタン!という音でタイチは自分の視界がおかしくなっている事に気がついた。


 タイチはその場に倒れてしまったのだった。

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