第6話 ドラゴンとの出会い

 あれからどれだけの時間が経っただろうか。火が登りそして暮れていく。未だに俺は川が見つけられなかった。手当り次第に草を食べてはいるがどれだけ効果があるかは分からない。


「(腹が減ったな......。)」


 もう2日は経った筈だ。その間俺は何も食べれていなかった。ずっとお腹はなり続け、お腹に痛みすら感じ始めていた。


「(なんか食べたい......)」


 頭の中で日本の料理が次々に浮かんでは消えていく。それらは恐らくもう二度と食べる事が出来ないだろうと感じると悲しい気持ちになっていく。


「(もう動きたくないな......)」


 次第に、進み続ける事が嫌になっていく。

這いずって進む度に草で手が切れていくのもかなり辛かった。


「(なんで俺はがこんな目に遭わなければならないんだ?)」


 そして、思考は遂に生きる為に最善を尽くす事を放棄する。歩みを止め、その場にうずくまってしまった。


「(俺が何をしたっていうんだ!)」


 元いた世界では、いじめを許容する事が出来ず、勇気を出し、行動に移した。

 その結果、俺は学校を辞めさせられる所だった。そして、急な異世界転移。ろくに剣術なんて習ったことも無いのに、剣の訓練なんてやらされた。


 しまいには、そこでリンチにあって足を失い、王国からも捨てられたのだ。


「(俺の人生詰んでるじゃねぇか)」


 もうどうしようともないくらいに全てが終わっていた。


 元の世界には帰れないだろうし、そもそもこの森から抜け出せるかも怪しい。


 抜け出せたとしても、この足で暮らしていく事はこの世界では不可能だろう。

 そう考えると、どうして今生きているのかが不思議にさえ思えてきた。


 きっと今死んだ方が幸せなんだろう。


 そんな時だった。風で木々が揺れた拍子に、木の向こう側に綺麗な白色を見つけたのだった。俺は躊躇わず、木の向こうまで進む。死ぬ前にどうしても見ておきたく思ったのだ。



 ☆☆☆


 そして、木の向こう側まで進むとその白色の正体が分かった。


 それは、ドラゴンだった。


「(綺麗だ......)」


 このドラゴンは、この世界には場違いな気さえする神々しさがあったのだ。体は純白に包まれていて、正義をその身で表しているかのようだ。しかし、その瞳は何処までも紅く、ここには何処かに思いを馳せているのだろう。


〈貴方、この世界の人間ではありませんね?〉


 頭の中に声が届く。

「(なんだ?どこから聞こえる!?)」


 俺はすぐにドラゴンからのメッセージだと気付く。


「(まずい!早く逃げないと!)」

 だが、地面に這いつくばっている俺には、逃げる事が出来なかった。


〈心配しないで下さい。貴方に危害を加えるつもりは有りません。それで貴方は、どこから来たんですか?〉


 どうやら、争うつもりは無いらしい。争うといっても一方的な捕食になるだろうけど。


「そうだ、俺は異世界から来た!この世界を救う為に!」


〈では、なぜ貴方の中に悲しみや怨みがあるのですか?〉


「それは......」


〈全てを話してくれませんか?〉

 ドラゴンの赤い瞳に見つめられて、俺には逆らう事が出来なかった。

 そして、俺は全てを話した。


 前にいた世界から嫌がらせを受けていた事。

 この世界に来て足を切られ、国からも捨てらた事。

 そして、死のうとしている事......


〈ではもし、ここから生きて抜け出して彼らを殺す力を手に入れたとしたら貴方は彼らを殺しますか?〉


「(俺があいつらを殺す?)」


 今までされてきた事を思い出す。確かに俺は彼らが憎い。憎くてしょうがない。だが、殺したいとは思う事が出来なかった。そんな事よりも平穏な暮らしがしたいのだ。


〈なるほど、やはり貴方は綺麗な人ですね。誰よりも正しくあろうとし、それ故に正しくない自分が許せない。〉

 俺が正しくあろうとしている?そんな事はない筈だ。正しいならこんな事にはならなかった。


 ドラゴンは話を続ける


〈貴方の中には、怨みがあっても復讐したいという気持ちは感じませんでした。絶望の中で悪に染まることよりも希望ある明日を選んだ。そんな貴方だからこそ、きっとこの力を継ぐにふさわしい。〉


「(力?何のことを言っているんだ?)」


〈私はもう長くはないでしょう。だから、この力の継承者を待っていました。何十年も前から。〉


「何十年!?一体どういうことだ!?」


〈私は『千年龍』と呼ばれる存在の成れの果てです。死ぬ前にこの力を正しい事に使える人に託したかった。だから貴方を信じます。〉


「なんで俺を信じれるんだ!」


〈貴方が善でも悪でもないからです。貴方は正義を求めているが、正義そのものを疑っている。その矛盾こそが『裁定者』にふさわしい。〉


 ドラゴンはそう言うと、その手で俺の心臓を突き刺したのだった。


〈貴方の好きなように生きなさい。〉


 不思議と痛みは感じなかった。だが、次第に意識が薄れていく。


〈それと、もし私の娘に会ったならよろしく頼みますね。貴方と歳はそんなに変わらないでしょうし。〉


 そして遂に俺は意識を失ってしまったのだった。


 ここからタイチの物語が始まる。

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