第21話 人の可能性が放つ光
61・人智を超えた力
「あの巨鳥を地に落とす手段はいくつか考え付きますが、どれも少なくないリスクがありますね。手短にご説明しますから、どの手段を使うか選んでいただけますか?」
そう言うと、テアはメンバーに説明を始める。一つは地の精霊の力で土の形を変え、グア=ロークを直接つかむなり壁を立て衝突させるというもの。しかしこれは、グア=ロークが疲れていないと捕縛なり衝突による墜落はなかなか難しいという欠点があった。次に東の湖から水を水弾にして放つというもので、これはいくらか当てやすいが間違いなく村じゅうが水浸しになるとのことだった。そして最後は上空から地表に向けて突風を吹かせ、グア=ロークを地に叩きつけるというもの。当然これは、叩きつける付近のものはグア=ローク以外も吹き飛ぶのである。
「死んだ奴は生き返らないが、建物はまた作りゃいいだろ。最も速く済みそうだし、死人が増える前に叩きつける方法でいくとしよう。まぁ、なるべく広い場所でやれば吹っ飛んでも被害は少ないだろうさ。」
ブルート一行がフェルミ団長からの報せを受け、行動を開始したのは[野鶲の傭兵団]が一羽を仕留めた頃だった。ブルートらが守る北門は万が一にも突破されれば村内部に簡単に入り込まれ、もう収拾がつかなくなる。戦闘の最中ともなれば、どのような理由があっても兵を動かせなかった。ましてやこのグア=ローク襲撃がユージェの策だとすれば、北門の防衛隊を動かす目的で仕掛けている可能性もあるのだ。
「鳥のほうは俺たちで当たる。ウォルツァー団長と夜明けの星傭兵団、それに射撃隊は門を頼む。ここを抜かれたらこちらの負けだ。村のことが心配かもしれんが、門の守りは抜かりなく当たってくれ!」
そして一行が作戦の場所に選んだのは、村の中心部から北北西にある小高い丘にある広場だった。ここも人口増加に伴い住居なり店舗なりが建設される予定で、所々に材木や土台の石が置かれていたが、戦闘中ということもあり作業員の姿はなかった。
「では術を始めます。みなさんは広場の中央あたりでグア=ロークの目を引き、その上空に誘い出して下されば叩き落として御覧に入れますわ。ただ、空から風が吹き下ろしてくるのを感じましたら、窪地に身を潜め風をやり過ごして下さいますよう。」
そう言って精霊への祈祷を始めたテアから離れ、他の4人は広場の中央に向かう。グア=ロークは残り二羽で、同じ場所の高空を旋回し甲高い鳴き声を上げている。ブルートらには知る由もなかったが、若い個体の一羽が討たれ二羽が弔いの声を上げているところであった。
「作戦を確認しておくぞ?テアが奴を叩き落としたら、マレッドとフォンティカで先手を取る。次にダウラス最後に俺だ。俺が必ずトドメを刺すゆえ、皆は奴を空に逃がさないことだけを考えてくれ。」
全員がうなずいたのを確かめ、ブルートらは広場に進み出た。フォンティカが空に向け一瞬だけ懐剣を抜くと、晴天の下であっても鋭い閃光が放たれる。光で気を引こうというその案は、ブルートらが少人数だったこともあり成功する。若い個体のもう一羽は兄弟が多数の人間に群がられて無残に殺されたことに恐怖を抱き、人の多い所には近寄らないとの決意を固めていたが、少ない人間であれば兄弟の恨みを晴らすのに適当だと考えたのだ。
「どうやらこちらを見つけたわねェ。やっぱり鳥は光り物が好きってあの話はホントなのかしら?」
マレッドが呟いたその説は、今回に関して言えば当たっていなかったが、光がきっかけで誘い出せたという意味では当たっていた。メンバーがグア=ロークに視線を集中し、距離を測っていると頭上からにわかにそよ風が吹き始める。しかしグア=ロークはまだ広場の上空には至っておらず、ここで逃げるわけにはいかない。人と獣の我慢くらべが始まったのだ。
「天には宝珠、空には九輪。地には請花、底に露盤。万象一切を相輪とし、宝珠より露盤へ天地震鳴の一撃を賜らんことを欲す……空に在り、九輪の覇者を自認せし傲慢なる者に戒めを……いま、ここに!」
霊馬よりも格が高い存在への願いは、事前に取り決めた合言葉ともいえる省略呪文では受け入れてもらえないため、発動の準備も長くなってしまう。それでもテアの願いを聞き入れた風精の有力者は、抱いたイメージ通り天から地の底にも届かんとする全力の一撃を放つ。空は自分たちの領域で、自分たちこそが空の王者であると考えていたグア=ロークはより高みから放たれた突風に打ち付けられ、地面に向かって真っ逆さまに墜落し轟音と共に叩きつけられた。ブルートらはそよ風が強まるのを感じて退避したが、もし退避が遅れていたら離れた場所にまで飛ばされていただろう。一瞬とはいえ、それほどまでに凄まじい打ち下ろしの風だった。
「フォンティカちゃん、行くわよォ!」
「はい!よろしくお願いします!」
そう言いながらマレッドはしゃがみこんだフォンティカを軽々とつかみ上げ、訳も分からず地に打ち付けられ半ば意識を失っていたグア=ロークの上空に向け放り投げる。投げられたフォンティカはグア=ロークの上に到達すると体を回転させながら向きを変え、落下の勢いを借りつつグア=ロークの後頭部に短剣の刃を突き立てた。普通の場所なら木の上や建物の上などを使いこうした視界外からの攻撃を行うが、何もない広場ではこうしてマレッドに投げてもらうこともあったのだ。グア=ロークにとっては自身が当たり前のように行う獲物の頭上からの攻撃を、そのままやり返された形となった。
「ここは人が住まう地である。いかなる理由があろうと足を踏み入れ狼藉を働いた以上、私たちはお前に裁きを下す!」
戦闘用の板金鎧に愛用の大楯、そしてこちらも戦闘用の斧槍を持ち猛然と突進してきたダウラスが、身を翻して勢いを付けながら斧をグア=ロークの体に打ち付けた。しかしこの二人の攻撃だけでは致命傷には至らず、首筋にしがみ付いて短剣を突き刺し続けていたフォンティカも振りほどかれる。痛みによって気を確かにしたのか、意識を戻しまずはとにかく空へ逃れようとするグア=ロークに異様な雄叫びが聞こえたのはその時だった。
「ダウラス!準備しろ!」
「お任せ下さい、ブルート様!」
ダウラスは片膝をつき盾を斜めにしながらブルートに向ける。ブルートはダウラスに駆け寄ると盾を足場にして跳び上がり、渾身の力を込めた戦闘のために準備した両手用大剣の一撃をグア=ロークの脳天に叩き込んだ。剣は頭を垂直に通り過ぎ、地面に突き立てられようやく止まる。彼は宣言通り、グア=ロークの顔を真っ二つに切り裂きトドメを刺したのだった。
「ふぅ……皆、よくやってくれた。しかしまだ一羽残っているが、テアの力が戻るまでこの手は使えん。どうしたものかな?」
合流してきたテアも含め、マレッド以外の全員が息を整えることに専念していることもあり、代案を思いつく者はいなかった。もっとも、仮に何かしらの案が出たとしてもそれを実践することはなかったが。
62・人の子のうちの、剛き者たち
若い個体の二羽が討たれた際、群れの長である大型個体は竜に跨る人間に狙いを定めていた。この人間は群れの幼子を無残に殺し、羽までもいで辱めた人間の一人である。革袋からグア=ロークの雛を引っ張り出した一団にいたフレッドのことを、大型個体はそのように認識していたのだ。しかしこの人間は、死角から攻撃を掛けてもこちらを振り返ることなく避けてしまう。しかも、大した痛手ではないが爪や脚に反撃まで加えてくるのだ。
『己の影で攻撃タイミングが丸分かりということには気づかないようですね。とはいえ、こちらの攻撃も当たりはしますがどうにも手応えが……』
フレッドは音もなく忍び寄るグア=ロークの視界外から急接近を、影の大きさで判断し回避していた。来ると分かっている単調な攻撃を避け、反撃を加えることくらいは造作もないことだが、飛行する相手の末端に攻撃を加えても力が流され痛打にはなり得なかった。
(それにしても、私たちの初陣相手がまさか鳥とはね。まぁ仇なす存在とあらば、人もそれ以外も関係なく……ただ討つのみですが。)
騎竜を走らせながら、フレッドは様々な手段を試した。影に合わせて騎竜に家の屋根を走らせ、攻撃を避けた直後に風切り羽を斬り落とすことなども狙ってみたが、相手が大型だったこともありなかなか成功しない。互いが決定打を欠く中でけん制が繰り返される戦いを、道中にいた者はただ見送るしかなかった。
『さすがに疲れてきたでしょうけど、もう少し頑張ってくださいね。何かしらの手を打ちますから。』
走る速度にやや衰えを見せつつある騎竜にそう声を掛けるが、フレッド自身も打つ手をはっきりと決め切れてはいない。フェルミ団長のほうに誘い出せば罠に掛かるか、ブルートさんのほうに誘い出せばテアさんの術で打開できるかもしれない……と考えはしたものの、あちらにはあちらの都合というものがある。誘導してくれと頼まれたならともかく、勝手にグア=ロークを引き連れて行くわけにはいかなかった。
「クロト様!西門へ向かってください!御父上の準備がそろそろ整います!」
道すがらでそう声を掛けてきたのは、父のところにいるはずのグラートだった。準備とはなんのことだ……と疑問に思ったものの、他に有効な手立てもなかったフレッドはその言に従い西門へ向かう。しかし日は西から照っており、西へ向かうと死角からの攻撃で影が映らない。西門への移動はフレッドの神経をすり減らしたが、その苦労も西門に近づくと吹き飛んだ。ハゼルが西門の外に掛ける予定のつり橋に使う鎖を龍ノ嘆キに巻き付けていたのを見て、何をするつもりかを悟ったからである。
「ワシが奴を地に縛り付けようぞ。だが、トドメまでは行けんじゃろうて。そちらはお前に任せるからの!」
鎖を巻き付けた龍ノ嘆キをグア=ロークに撃ち込み、引き摺り下ろすというのがハゼルの案である。魔術を用いて討ち果たした[野鶲の傭兵団]と、神霊術を用いて討ち果たしたブルートらに対し、自らの力を信じる思念術を用いて討ち果たそうというのは見事な対比であるとも言えたが、まともな人間であれば考え付くような手段でないことは明らかである。それは、混乱に乗じ部下数名と密かに潜入したペルゼも同様であった。
「よし、運が向いてきた。あんなもの上手くいくはずはないが、あれほどの事をすればクラッサス殿はいつものごとく休まれるに相違ない。我らはそこを狙うのだ!」
(さてクロヴィスや……済まんがもう一働きじゃ。この村はワシも母さんも、クロトも気に入っておってな。ここにお前もいてくれたら、どれほど楽しかったことだろうか。じゃが、それは願っても叶わぬ望み。ゆえにいま叶えたいのは、ワシと同じ想いをする者を減らしたいということよ。そのためにお前の力も貸しておくれ……!)
ハゼルの思念が乗ったその槍は彼の剛腕から放たれ、攻撃を終えいったん上空に戻ろうとしたグア=ロークへ一直線に向かう。それを遠くから見ていたフェルミ団長の言い方を借りるなら、この攻撃は「地面から鎖が凄い勢いで伸びて行ってグア=ロークに刺さった」ということになる。実際、魔道具[鋼糸の格子]と同じような魔道具で、鎖を放つ新たな道具を使ったと言えば大半の者はそうと信じたろう。しかし、ここからが本番だった。
「そぉれ!気合を入れて引っ張らんか!奴を地面に叩きつけてやるのじゃ!」
鎖を地面に固定するための杭を抑えるだけで手一杯のイーグとカルヴァに無理難題を吹っ掛けつつ、自身でも鎖を両手で引き、遠心力を利用する軌道でグア=ロークを地面に叩きつける。それを目にしたものはあまりの力強さに悉くが呆然としてしまい、それはペルゼも例外ではなく彼は絶好の襲撃機会を失ってしまったが、致し方のないことであった。そしてここにもう一人、その光景に見入った者がいる。
「あれがあいつの中の「強者」ってわけか。俺はあいつが自嘲気味に「戦いは苦手だ」というのがどうにも気に食わなかったが、あいつにとっての強さがこれだというなら、そう言いたくなるのも……」
ブルートはそう言って唇を噛み締める。テアはまだ回復していないが、とりあえず最後の一羽の動向を確認して対応を考えようと西門に来たところで、この衝撃的な光景を目にしたのだった。どことなく誇らしげなテアを除けば、メンバー全員が度肝を抜かれ言葉を失ってしまっている。この戦いの後、常日頃「俺の戦技はもう変わらんさ。変える余地もない。」と言っていたブルートが次々と新たな試みに挑むようこととなるが、それはハゼルに触発されたのか、それともフレッドが認める「強者」のうちの一人で在りたかったのか……その答えを彼が見出すのはしばらく先であった。
『さあ、このどうしようもない戦いに幕を引こう。龍ノ稲光よ、その名の如く雷光と見紛う連刃を以って……悲しみしか生まぬ怨嗟の鎖を、ここに断ち切らん!』
叩きつけられたグア=ロークに騎竜を突進させ、フレッドは龍ノ稲光を小脇に抱える。グア=ロークは上体こそ起こしてはいたが衝撃により痙攣状態で、言うなればスキだらけの状態であり、フレッドが攻撃を連ねるイメージを思い浮かべるのは簡単なことだった。
(なるべく苦しまぬよう、心の蔵に狙いを絞る。駆け抜けざまの一撃で胸郭を開き、そのまま竜を回頭させ穂先を突き入れ……終わりにしよう。)
かくして最後のグア=ロークは、心臓を貫かれ即死する。グア=ロークの今わの際に頭をよぎったのは、かつて人との争いを避け極圏に移ることを決めた種族の始祖の言葉であった。始祖は「人の子を恐れはしないが、人の子のうちの剛き者はげに恐ろしい。敵対することはもちろん、遊びのつもりであっても絶対に関わってはならぬ。」と言い世を去った。血気盛んな若い時分には言葉の意味を理解できなかったが、今なら分かる。そして理解と同時に事切れ、命と引き換えに先達の教えを体感したのだった。
「やったぞ、俺たちの勝ちだ!」
見守っていた兵たちは歓声を上げるが、フレッドは眉一つ動かさなかった。フレッドも勝利に喜びを感じてはいるが、なぜ戦うことになってしまったのか、どうして殺さなければならなかったかが先に立ち、自身が選んだ道が本当に正しかったのかを考えてしまうため、その生涯に於いて戦闘後に喜びを表すことは一度もなかったのだ。
「相も変らぬ技の冴えよ。どうしてワシらからあのような才を持つ子が生まれたのか、人が生まれ育つというのは不思議なものじゃのう……」
戦いが終わり、革袋ではなくもっと容量の多い酒瓶を数本持ちハゼルは一人で酒宴を始める。グア=ロークを叩きつけることで多くの力を使い、すぐにでも休憩したかったということもあるが、ハゼルは息子と違い勝利の喜びを素直に表す性格だったのである。
「クラッサス=ハイディン!その首、義父の命により頂戴いたす。覚悟召されよ!」
隠れ潜んでいたペルゼが飛び出してきたのはその時だった。一度は気を緩めるであろう瞬間を逃したが、再度の機会が訪れることを信じて潜み続けたのである。こうしてヘルダ村を巡る攻防は、最終局面を迎えることとなった。
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