第15話 異界の脅威と現界の驚異

42・連ねる刃~連刃一対の法~


 レヴァスと向かい合ったフレッドは、まず得物の長さを生かし牽制の攻撃を加える。ブルートの斬撃よりも軽いそれは、刃がレヴァスの肉体を通り抜けた後にはすぐに治癒してしまう。効果的なダメージを与えるには、さらなる上乗せが必要なことは明白だった。そこでフレッドは攻撃後にすぐさま追撃を加える技を使う。槍で突いたなら肉を引き裂くように引き戻し、振り下ろしたなら斬り上げる。これを武芸者でもなければ気付けないほどの速度で行う。かつてまきを槍で簡単に両断していたのも、一撃に見えて複数の攻撃を加えていたのだ。


(しかしこの者の回復速度は凄まじい。二連くらいでは到底それを凌駕することは叶わないな。動きが止まればさらに重ねることはできるが……)


 フレッドはそんなことを考えつつレヴァスの攻撃を避けては連刃を重ね、その都度レヴァスの体には創傷が量産されては治癒を繰り返す。かなり不毛な作業に見えるこの一連の流れだが、フレッドには狙いがあった。レヴァスに、フレッドの攻撃は弱く無意味なものだと思わせること。そして自分がこの敵に負ける要素などはなく、絶対的優位にあると確信させることだ。


「人間相手ならあれで十分かもしれませんが、あの化け物を相手にかような戦い方ではどうにもなりますまい。止めさせたほうがよろしいのでは……」


 治療を受けながら、ダウラスがそうブルートに進言する。ブルートも最初はそう思わないでもなかったが、フレッドの攻撃には何か違和感を感じていた。なぜなら、自分の攻撃が通用しないことはフレッド自身が最初の牽制で十分に理解しているはずで、それでも手を止めないというのは別の目的があるとしか考えられないからだ。そして、そのような観点でフレッドの戦いを観察していると、あることに気が付いた。


「少しずつだが、レヴァスの完治が遅れていってるな。あいつの槍は攻撃の度に、どうも威力を増してるらしい。いったいどうやってんだ?」


 そうブルートも悩んだが、フレッドの槍がレヴァスの左大腿部に3回目の創傷を与えたとき、そのからくりに気が付く。フレッドが攻撃した場所は、1回目も2回目も3回目とまったく変わらぬ場所だったのだ。すぐに再生すると言っても斬られた部分の粘液はわずかに吹き飛ばされ、まったく同じ場所を攻められ続ければ徐々にだが治癒の速度も下がる。とは言え再生能力を失うまで戦い続けることは体力的にも不可能に等しく、フレッドの落としどころは見極められずにいた。


(刃を連ねれば治癒が遅れることは分かった。しかし時間をかけて重ね続けても、完治までの速度を上回るには一日かかるかもしれない。やはり連刃対を成し、一つとするしかないだろうか……)


 弓を扱う際にも効果を発揮したフレッドの優れた集中力が生み出す技が、同一の箇所に攻撃を重ねる[連刃一対の法]である。特にレヴァスのような動きの鈍い相手には有効打を重ねやすいという特徴があるものの、やはり無条件に成立するものではない。特に問題となるのは、どのように動いて攻撃を重ねるかという完全なイメージを作り上げておかなければ攻撃はズレてしまうことだった。


(そのためにも、かの者には分かりやすい動きをしてもらおう。動作を意識しての戦いなどしてきたわけではないのだろうから仕方ないが、奥の手を早い段階で見せたのは失敗だったな!)


 そうして先ほどまでは猛攻を仕掛けていたフレッドは攻撃の手を止め、レヴァスの腕がギリギリ届かない位置で攻撃を防ぐようになる。これはブルートとダウラスが使った戦術と同様で、無意味な攻撃による体力の消耗を抑えつつ時間を稼ぐものである……と、マレッドや後方で術の準備をしながら戦況を窺っているテアらにはそう思えた。しかしそれまでは右足を引き左足を前に出し槍の穂先をレヴァスに向ける右半身の構えだったフレッドが、左足を引き右足を前に出して槍の穂先はレヴァスと反対方向にある左半身の構えになっており、武の心得があるブルートやダウラスにはフレッドが何かを仕掛けるつもりであることを悟る。


「どうやらあいつ、何かやらかすつもりらしいな。刃を遠ざけたのは威力を高めるためだろうが、全力を叩き込んだところでどうにもならねぇことくらいは分かってるはずだ。それでもなお、ああするからには目算があるのだろう。ここは一つ、ユージェの武を拝見させてもらおうか。」


 ブルートはすでに息も整い、フレッドの手助けをしようと思えば戦線復帰できたが、この発言で暗に手を出すなとメンバーに伝える。単純に何をするかを見てみたかったこともあるが、まだフレッドとの共闘には慣れていないため槍を振るう邪魔になってはいけないという思いもあったからだ。こうして場の状況は整い、一同が見守る中フレッドとレヴァスの一騎打ちが大きく動く瞬間がやってくるのである。



43・想い重ねて~人器同心の理~


 レヴァスはやや苛立ちを覚えていた。目の前の人間の攻撃などは痛くも痒くもなかったが、攻撃を受けたという感覚はある。それが一方的に続き、自分の攻撃はといえば空を切るばかり。自分は狩る側で相手は狩られる側のはずだが、手を伸ばしてもなかなか捕らえられない。もっと早く、もっと長い、そして決定的な一打となる攻撃を加え、潰れた相手を貪るとしよう。先ほどの獲物は身を固めていたゆえ潰し損ねたが、この人間なら柔らかそうだし、さっきから動きも鈍くなってきている。アレを使って決めてしまおう……


「あの動きは……フレッド殿はお疲れなのか動きが鈍くなっておりますゆえ、危険ですぞ!」


 まだ治療中のダウラスが思わずそう口走る。レヴァスが左腕で自身の右腕を掴む姿には見覚えがあったからだ。腕の範囲外に出ている相手に向け、自身の腕を引き抜き豪快に振りぬく。普通に殴り掛かるよりも遠心力で勢いを増したそれは確かに早く、長かった。そして動きの鈍った獲物はこれで潰れ、お楽しみの食事が始まる。レヴァスはそうなると確信していたが、実際はそうならなかった。


(長物を扱う場合、もっとも留意すべきは接近戦時さ。それを知らずに扱うこと、そして何よりその動きをすでに見せたことがこの結果を招く……哀れなことよ。)


 レヴァスが腕を引き抜いて振り回し始めた瞬間に、フレッドはレヴァスの左脇のあたりに潜り込む。左腕で右腕を振り回すことはすでに知っており、あの使い方では左の脇の下あたりは完全に攻撃範囲外だということも分かっていたからである。レヴァスに武器を扱う心得があれば脇をしめ、武器で言えば柄にあたる持ち手部分で左脇の下付近を攻撃することもできたろうが、本能のままに振り回すだけのレヴァスにそういった行動は不可能だった。その確信があればこそ、フレッドは攻撃を誘ったのだ。


(幾千のいくさ場に於いても出会うことなき異界の者がここにいる。敵は強大で、これを打ち破るには君の力も必要だ。使い手の力不足を補わせるようで申し訳ないが、兄さんが手にしていた時のような輝きを今……ここに!)


 かつてクロヴィスが愛用していた二振りの豪短槍のうちの一振り[光輝の装い・龍ノ煌キ]にとっても、フレッドの願いに否はなかった。強敵と対峙することは名高き武人たるかつての主も好んだことであり、何より主が抱いた最後の願いは残された家族の幸福だったからだ。せめてその願いを叶えることが、愛用してもらいながらむざむざと主を死なせてしまった龍ノ煌キ自体が望むことだった。


(まずは脇の下を通り左大腿部を斬り抜ける。次にその勢いのまま回転しつつ二撃目の右払いを一撃目に重ねる。これでは足りないだろうから逆回転しながら左払いの三撃目を加え、最後に四撃目で断ち切る……大丈夫。動作の意識は完全にまとまり、かの者の動きも止まる。すべては予定通りだ!)


 こうしてレヴァスが自身の右腕を武器としてフレッドに叩きつけようとした直後、それまで緩慢に見えていたフレッドが猛然とレヴァスに突進し、途中で回転しながらレヴァスの左後ろに突き抜けた……ように見えた。しかしそこではフレッドが固めた動作のイメージ通り計四撃の、しかも短槍の能力を限界以上に引き出した攻撃が加えられていたのである。かつてヘルダ村で子供たちに見せた、物品に宿る心と自身を一にする[人器同心の理]は、力では父や兄に及ばないフレッドが自分なりの力を求めた結果にたどり着いた答えの一つ。そしてもう一つの答えである[連刃一対の法]と組み合わせたその結果は、レヴァスの左大腿部切断というものだった。ブルートらは予測もし得ない事態にやや呆然としてしまうが、フレッドの言葉で気を取り直す。


『ブルートさん!お手数ですがその脚を遠くに弾き飛ばして下さい。それなくば再生も不可能でしょうから……』


 フレッドは四撃目を繰り出した後、いつも通り右半身の構えになったままブルートに声を掛ける。片脚を失うという経験したことのない事態、しかも右腕を引き抜き振り回したという不安定な状態で軸足を切断されたレヴァスは豪快に転倒しており、構えのまま警戒する必要はないはずなのだが、フレッドは動かなかった。というより、厳密にいえば動くことができなかった。一連の動作は予想通りの満足できる結果をもたらせたが、一つだけ予想が外れた。訓練でも試したことのないここまでの連撃は、一気にフレッドの息を上げてしまったのである。もし別の敵がいたなら絶体絶命のピンチとなるところだった。


「おう、任せておけ!いいモン拝ませてもらったし、次は俺がお前の息を整える時間を稼いでやるさ。もっとも、その必要はなさそうだがな。」


 そう言うなり、ブルートは人くらいの重さはあるであろうレヴァスの斬られた脚を盾で殴りつけ広間の奥へ弾き飛ばした。そこに治療を終えたダウラスも戦列に加わり、戦況はもはやフレッドらの優位と思われたが、一同はここで信じられない光景を目にする。


「これは、右腕を左脚の代わりに着けようとしている……のか?信じられん、まったく何という怪物だ!」


 ダウラスは思わずそう漏らしたが、他のメンバーも思うところに大差はなかっただろう。しかも着けられた右腕は徐々にだが左脚のような形に変容しており、その様はまさしく化け物じみていたのだから。だがこのことで、やはり切断なり欠損した部位が自動的に再発することがないことは確実となった。首なり胴なりを両断すれば或いは……と相談する前衛3人組に、後方から声が掛けられたのはその時だった。


「皆さん、準備ができたんですね。テアさんがそこは危ないからすぐに離れろって言ってますですね!」


 3人がその声を聞き後ろを振り返れば、巨大な炎の塊が3つほど宙に漂っているのが目に入る。マレッドはより後衛に近かったからか術の発動に気付いて射線上からすでに退避しており、残る自分たちが退避すれば発動可能ということは明白である。ブルートはすぐに退避を命じた。


「ヤベーぞ逃げろ!一緒に炙られるなんざまっぴらごめん被るってモンだぜ!俺は奴の左に行く。お前たちは右に回り込め!」


 退避するといってもその後のことを考え包囲しておくこと、そして自身が率先してより危険度の高い腕が残る側に向かうあたりにパーティメンバーの信頼が厚い理由があるのだろうな……と考えつつフレッドは指示通りレヴァスの右側に移動する。そして他の2人も退避が完了した段階で、テアの術が発動するのだった。



44・風火の共演


(耀馬ディリエスにお頼み申し上げます。ご眷属がたの力ここに結集せしめ、我らに仇なす異界の存在を打ち払う剛き閃光とならんことを……!)


 神霊術は神的もしくは霊的存在の力を借りる術であるため、その存在と縁が強いほど力も得やすくなる。そしてテアの場合は最も縁があるのは風の精霊であり、森を焼くこともある火はどちらかといえば縁遠い存在である。それゆえに力を借りるところまで話を纏めることに手間取ってしまったが、火の精霊の一族は接し方さえ間違わなければ人にも協力的であり、今回も力を貸してもらえることになったのだ。


「耀馬駆け抜けし道にあるもの、悉く炎に巻かれ劫火の中に焼け落ちよ!グラウ・ライ・ラ・ディリエス!」


 テアの詠唱完了と同時に3つの炎はそれぞれ2つの長大な矢に変化する。計6本の炎の矢となったそれは、テアの左手が指し示したレヴァスに向かって伸びていき、その巨大な体に刺さり激しく炎上した。矢の通り道になった地面は焼け焦げており、退避しなければ3人も炎に巻かれていたことだろう。


『これは凄まじい……。しかし、徐々に鎮火していくように見受けられますね。少し火力が足りなかったのでしょうか?』


 フレッドの見立て通り、徐々にではあるが炎の勢いに翳りが見られてきていた。テア自身が火の精霊とそこまで懇意ではなく、何より火の発生源が探索用の松明1本からという、お世辞にも有力とはいえない状態だったからだ。そこからこれだけの炎を呼び出したことは十分評価に値するものの、レヴァスを完全に燃やし尽くすには燃え盛る暖炉くらいの火は必要だった。しかし、今ここでそれを求めたところでどうにもならない。そこで彼女は、火を増強する道を選ぶことにする。


「盟友フェリオスの力にて、炎を巻き上げ天をも焼かんと欲す……リーセ・カルム・ラ・フェリオス!」


 テアにとって風の精霊から力を借りることは日常的に行っていることのため、特別な集中や懇願などは必要としない。風が流れる余地のある場所であれば、すぐにでも力を行使することができた。そこで彼女は風の柱をレヴァスの周囲に呼び出し、炎の勢いを促進させるという手段に出たのだった。レヴァスを包む炎はより激しく燃え上がり、もがき苦しむレヴァスは膝をつき首を垂れる形にまで崩れ落ちたが、ここでついに炎が風に巻き上げられる形で消滅してしまう。しかし焼け残った形のレヴァスの表面は黒く炭化し、すでに粘液を失っていた。


「合図を送ったら、俺がまず首に一撃を加える!フレッドはその後、首が落ちてなかったら俺の攻撃に重ねろ。ダウラスは落ちた首を叩き潰せ。これで決めるぞ!!」


 ブルートはすでに盾を肩に戻し両手で長剣を構えており、フレッドやダウラスが準備を整えるのを待っている。フレッドらも配置につき、あとは合図を待つばかりというところでフレッドはその合図が何であるかを聞いていないことに思い至る。説明がなかったということは一目瞭然なもの……ということなのだろうかと考えていると、それが起こる。


「ヌゥオオオオオォォッ!!!」


 とても一人の人間から発せられているとは思えない、それは怒号を超えた咆哮と呼べる代物だった。耳をつんざくその叫びはフレッドも、そしてレヴァスの意識をも引き寄せるほどに心の奥底から揺さぶるものがあった。ブルートは冒険者界隈では[勝利の戦哮]の異名で呼ばれることもあり、その理由はもちろんこの大喝一声によるものだ。パーティメンバーは合図がコレであろうということは予測していたらしく、各自しっかりと耳を塞いでいた。


「アノ方が雄叫びを上げたら、戦いもいよいよ大詰めだわネ。さあ、きれいさっぱり決めちゃって頂戴!」


 マレッドの言うように、ブルートは決着をつける際にこの大喝を行うことが多かった。縁起担ぎの一面はあったが、何より雄叫びが自身の力を最大限に発揮するための儀式として位置づけられていたからである。彼が得意としていたのは[大剛大力]という一種の自己暗示で、それは「大喝の次の一撃は勝利を掴む決定打になるものとする」という己自身の取り決め。その一撃は申し分ないものになると信じて疑わない、強力な思念術だった。


「お前は在るがままに在っただけでそこに罪はなく、すべては道を開いた者が悪いのだろう。だが俺たちは、この世界の人間に手を掛けたお前を見逃すわけにはいかん。せめてもの詫びだ……いま楽にしてやるよ。」


 すでに力の集中は終わり、闘気に満ち満ちた状態のブルートが静かに言い放つ。その静かながら身を切り裂かれるような気迫は、戦場で多くの勇士を目の当たりにしたフレッドも思わず息を呑むものだった。そして初手を担うブルートが動き出し、この戦いも最終局面を迎えた。

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