第14話 異界とつながる「道」

39・真理を求め探究する者たち


「くそっ!ありゃ協会の奴らだ。あいつらが出てくるってことは相当ヤバいところに繋がってる道のようだな。」


 魔導士ギルド協会[真理の探究者]は皇国の設立にも寄与した大司祭プラテーナが設立した、術を極めんとする者たちの集団である。彼女は突如として皇国を裏切り、いくつかの国宝と共に姿をくらました後に中央山脈の高山に本拠を構え術の研究に打ち込んだという。皇国は過去1000周期の間に討伐隊を派遣したことはあったが、高山という一般人にはなじまない地形や幻惑の魔術などの妨害でことごとく撃退されており、放っておいても大して害がないという実情からここ300周期ほどは討伐隊も派遣されていない。そのせいか、昔は人前に姿を現すことは稀だったギルド員もよく見られるようになっていた。


「連中は実害が出る術を高山以外で使うのは禁忌だそうだ。やり過ぎて皇国の大規模討伐なんかを招きたくはないんだろう。だがそんな奴がここにいるってことは、おそらくあの道を作った野郎の粛清に来たんだな。」


 道の入り口から中を窺っているのは3名。いずれも薄紫のローブを身に纏っており、協会のシンボルであろう模様が描かれた布を腕に巻いている。ユージェには協会の手が及んでいないため、フレッドが直に彼らを見るのはこれが初めてだが、次に見た際はすぐに協会の手の者であることは理解できるくらいには記憶に残る特徴的な姿だった。


「彼らに任せておけば道は塞いでくれるかもしれませんが、粛清対象に返り討ちにでもされてしまったらわたくしどもで塞がないといけませんわ。とりあえずは機を窺いますか?」


 そう尋ねるテアの顔にも緊張の色が浮かぶ。他のメンバーも普段の「お気楽ムード」が垣間見えないあたり、なかなかに厄介な相手なのだろうということはフレッドも察しがついた。しかし情報が少なすぎるがゆえブルートも判断に迷い即決しかねていると、道の奥から同じ協会員と思しきローブ姿の者が現れ、少しの会話の後に全員が道に入っていった。


「見張りまで呼びに来るなんざ、どうも面倒事があった感じだな。とりあえず俺たちも中に入るが、ひとつ確認しておく。道を閉じるって部分に関しちゃあ奴らと協力もできるだろうし、協会の奴らが仕掛けてこない限りこちらから手は出さなくていい。出来るだけ厄介は避けてくれ。」


 メンバー全員が方針を確認し、先頭からダウラスとブルート、二列目にマレッドとフォンティカとテア、フレッドはしんがりと地図記録を兼ね最後に続く。フレッドにとっては初めてとなる、異界への道だった。



40・異界との境界線


 道の内部は薄暗い森のようになっていたが、そこに生える植物は第5界では見かけないものであった。それよりも目を引くのは草木のサイズが全体的に大きく、外の草木やザイール火鳥が巨大化していたのはこの影響なのだろうということは想像に難くなかった。


「おそらく第1界の要素を多分に含んだ道なのだと思われます。力がすべてというこの世界の生物は基本的に大きく、意志あるものは押並べて好戦的なことが多いですわ。協会の方々に問題が起こったとすれば、何者かに襲撃を受けた可能性が高いでしょう。」


 テアがざっと道の状況から判断した所見を述べる。彼女の話によると、はっきりとした自我を持たない生物ほど第1界の気に中てられ易く、その代表は植物であるという。そして次に来るのは、言葉を持たない本能のままに生きる虫や小動物の類だというのだ。しかし、それらが巨大化した生物は元が攻撃性のあるものならば襲われる危険も高かった。勝てるから襲う、負けそうなら逃げるという判断も付かず、絶対に勝てないと本能に刻まれた相手以外は視界に入り次第に襲い掛かってくるからだ。


「どうやら虫どもなんかは協会の連中が始末したみたいだな。そこらじゅう消し炭にされてるのが散見される。察するになかなかの術師も来ているようだが、それでも一大事か。なんだか嫌な予感しかしねぇぞ……」


 ブルートがその言葉を終えた瞬間に物陰から巨大な羽虫が飛び出してきたものの、その顎はダウラスの盾で防がれ彼のハンマーによる逆撃を受けて地面に落ち、そこをブルートの長剣が貫き一瞬で片付いてしまう。多くの武人を知っているフレッドも思わず「お見事!」と言ってしまう手際だった。


「まぁこれくらいは朝飯前さ。しかしまずいことになってきた。俺たちの武器はデカい相手と戦うためのもんじゃねぇから、あまりにデカいのが出てきたらテアに任せるしかない。ったく、こんなことなら大物を持ってくるんだったぜ。」


 ブルートの言うように、武器の大きさと相手の大きさに差があり過ぎれば、攻撃は通用しにくくなる。仮にどれだけ優れた材質で作られた品でも、裁縫針をうっかり指に刺して死に至る人間などほとんどいないのと同じである。針で人を斃したいならせめて懐剣ほどの大きさは必要ということで、ブルートは愛用の長剣ではなく大型の武器を持ってくればよかったと考えたのだ。


『しかしこうなると分かっていたならともかく、そうではないのですから旅の重荷になるものを持たないのは適切な判断でありましょう。とにかくあとは手持ちの札で勝負するよりほかありませんね。武器でどうにかするなら、短めとはいえ槍を扱う私がもっとも適任でしょうから。』


 パーティの武器はブルートが長剣、ダウラスが片手で扱える大きさのハンマー兼マトック、フォンティカのダガー、マレッドとテアは武器を持っていない。槍を持つフレッドが大きな相手に最も攻撃が通用しやすいのは間違いなかった。


「なるべくそうならないようにしたいところだが、場合によっちゃ手を借りることになるかもしれん。記録員として連れてきたのにすまんな。」


 しかし結局、道の途中で出てきた敵対生物はすべてブルートに貫かれるか両断された。彼の剣は逸品で、しかもブルート自身が類まれな膂力を誇る男だったからである。常人が両手用の武器を振るうのと大差ない破壊力の攻撃を、片手用の武器で繰り出していたのだ。もし父や兄が冒険者として生きる運命にあったならこんな感じなのだろうか……と考えつつも、地形の記録を続けたフレッドはあることに気が付く。


『どうやら渦を巻くように外周から、徐々に中心にへ向かっているような形ですね。距離的に考えますと、そろそろ中心付近ということになると思います。ここまで協会員とは遭遇しておりませんし、何かあったならこの先でしょうか。』


 そう告げたフレッドの言葉に、メンバーも緊張の色が増す。そして中心部の開けた場所に差し掛かろうとしたとき、喧噪の音を聞くこととなった。ブルートは無言のまま停止の合図を送り、大木の陰から中心部を覗き見る。ほかのメンバーもそれに倣い覗き見ると、そこには現実とも思えぬ光景が広がっていた。



41・血濡れの捕食者


「あらヤダ。遠いご親戚がこんなところにいるなんて、考えてもいなかったワ」


 中心部には4名ほどの協会員と、それらに対峙する赤い巨体の人に近い形の生物がいた。ただ、その生物は人と呼ぶには腕が太く長く、足は太く短い。そして何より、体表を粘液のようなもので覆われている点が印象的だった。しかしマレッドが発した言葉はその生物の事ではなかった。


「マレッド殿に協会員のご親戚がいたとは初耳ですな。では、やはり彼らの手助けをするべきでありましょうか?」


 ダウラスの意見は至極まっとうなものだった。ローブに繋がったフードを被っている協会員のどこを見て親戚と分かったのかはともかく、身内がいるとなれば捨て置けるものでもないだろうと考えたからだ。しかしその意見に対するマレッドの返事はメンバーの誰もが予想だにしないものであった。


「違うわよォ。あの赤いの、ご親戚ってアレのコ・ト。もっとも、悪の道に堕ちた一族の恥さらしどもなんだけどネ。」


 その発言に、メンバー全員が思わずマレッドを凝視してしまう。マレッドは「そんなに見つめられたら恥ずかしい」とおどけて見せるが、メンバーの疑問を解消するべく説明を始める。ただ、最初の口調は普段のものと大きく違っていた。


「あれは第1界の住人レヴァス=マーダ。血肉を求め殺戮と捕食を繰り返し、獲物の血を浴びて喜ぶような穏健を尊ぶレヴァスの名を冠することすら不愉快な連中です。レヴァスは自己再生能力に長けていて、ご先祖がレヴァスの因子を持っていたワタシの一族もそういう素養があるってワケ。」


 説明を聞いてメンバーのそれぞれが「異界の怪物が化けた姿ではない」と知り安堵の表情を浮かべるが、その話を聞いて大きな問題が出てきたことを悟っていた男が二人いた。まず口火を切ったのはフレッドであった。


『マレッドさんのご親戚ということは、あの者も多少の傷など無効でしょうか?容易に致命傷を与えられる大きさではありませんし、厄介なことになりましたね。』


 容易に……どころか致命傷を与えること自体が不可能な大きさだろうとメンバーは思ったが、それには突っ込まず対応を話し合う。マレッドの話によるとレヴァス族は体表を覆う粘液が残っているうちは外傷がすぐに塞がり、まずはそれを除外しないことには倒すことは難しいという。それを聞き、ブルートは指示を下した。


「よし。では俺とダウラスとマレッド、それにフレッドで中心部に入り奴を抑える。フォンティカは火を熾し、テアは術の準備をしてくれ。火で粘液を焼いちまえば、打つ手も出てくるだろうからな。」


 ブルートらが作戦を練っている間も、一人また一人と捕食者の餌食になっている者が出ていることは悲鳴などから判断できた。しかし義憤に駆られ、勝算もないまま敵と対峙するわけにはいかない。協会員の命よりも、自身や仲間の命をより優先しなくてはならないのだ。


「では行くぞ!各自それぞれの役割を果たしてくれれば勝利も掴めるはず。くれぐれも抜かるなよ!」


 各自がそれに応答し、行動を開始する。フレッドも含めた前衛4人が中心部に突入した際、残る協会員は2名のみ。しかも一人は倒れており、気絶しているかあるいは死亡しているのかもしれない。入り口にいた見張りが3人、それを呼びに来た者が1人いてそれ以外の先発隊もいたと推測される以上、少なくとも3人以上はレヴァス=マーダの腹の中ということだろう。


「こいつの相手は俺たちでする。あんたらは道を塞ぐ準備に専念してくれ。」


 そう声を掛けられた協会員は感謝の意を述べ、倒れた残る1人に近づく。治療の術を始めた様子から、どうやら命を失ってはいないようだったが、いずれにしても彼らを戦力として当てにはできない。ここは自分たちの力でこの場面を切り抜けるしかないのだ。


『どうやら次の獲物を我らと認識したようですね。こちらに向かってきます!』


 レヴァスは2人より4人と、より数の多い集団のほうが食事のし甲斐があると考えたのだろう。襲えば簡単に始末できるだろう協会員たちより、フレッドらのほうに向き直る。それは自身が絶対的に優位な位置にあり、生殺与奪も思うがままという認識があるからだ。のちにその認識が誤りであることを悟ることとなるが、今はそうと気づかず欲にまみれた目を獲物に向ける。


「来いよ化け物。誰に呼ばれたかは知らんが、ここは俺たちの世界だ。テメーの好き勝手はさせねえからな!」


 ブルートは肩にかけていた小型の盾を取り出しつつ、ダウラスと最前列に進み出る。まずは受けに回りやすい盾持ちのブルートとダウラスで時間を稼ぐという作戦通りに隊列を組み、それは予定通りに事が運んでいたように見えていたものの、やはり守っているだけではどうにもならない。ブルートもダウラスもスキを見て反撃を加えるが、まるで手応えがない様子だった。


「私のほうは打撲を与えているはずですが、効き目があるのかさっぱり分かりません。いえ、おそらく効いておらぬでしょう。」


 ダウラスはハンマーや盾での殴打などを加えるが、レヴァスの血塗られた粘液もあって打撲傷の確認は難しかった。そしてブルートのほうも的確に攻撃を加えていくものの、たちどころに傷が癒えてしまい打つ手なしといったところだった。


「裂傷もダメそうだ。斬れはするがすぐに塞がっちまう。やはりあの粘液をどうにかしないことには打つ手がねえな。テアの準備が整うまでもう少し時間を稼がないといかんか。」


 前衛2人が悪戦苦闘するなか、フレッドとマレッドは少し下がったところで状況を見守っていた。2人が痛打を受けた場合にマレッドが治療を行い、フレッドが交代要員として代わる手筈だったからだ。そして今のところは2人でも十分に抑えきれており、万が一にでもマレッドが狙われることがあれば身を挺してでも守る役が必要だったことによる配置だが、これはフレッドにとっても相手を観察できる絶好の機会となった。


(あれは戦闘訓練などを受けた動きではない。力任せの勢い任せで、再生能力のおかげか相手の攻撃に警戒する素振りも見せない。攻撃の際は必ず左から踏み込み、脚や体、頭は使わず腕でしか攻撃しないようだ。動きはだいたい分かった。あとは……)


 フレッドは相手を観察し、ある程度の答えは導き出した。さらに考えたのは「どう致命傷を与えるか」だったのだが、その結論を導き出す前に状況が一変する。攻撃が無意味と悟ったブルートとダウラスはレヴァスから距離を取って攻撃を防ぐことに専念していたが、レヴァスが自身の右腕を左腕で引き抜き巨大な棍棒として振り回したのだ。これには異界の生物と戦った経験も豊富なブルートやダウラスも度肝を抜かれてしまう。そしてブルートは辛うじて避けたが、より装備が重いダウラスは避けきれなかった。大きく吹き飛ばされたダウラスの下にフレッドらが駆け寄り、マレッドが治療を開始する。


『引きちぎった腕は元に戻すのか……さすがに、切れた腕が勝手に生えてくるというわけではないようですね。』


 レヴァスが武器にした腕を本来ある場所に戻すとそれは繋がり、再び右腕として機能し始める。ブルートはレヴァスが腕の再生に専念していると見るや、ダウラスの状態を確認するために駆け寄ってきたがその息は荒く、傍から見ている以上に厳しい戦いを強いられていたことは想像に難くなかった。


『次は私が時間稼ぎをしましょうか。お二人のおかげでかの者の動きも拝見させてもらいましたし、何とかなると思いますよ。』


 あまりに普段と変わらぬ調子でそう告げつつ前に進み出るフレッドを見て、ブルートらはやや驚く。戦いを前にしての緊張感などは欠片も感じさせないことに違和感を持ったからだが、フレッドがレヴァスと対峙し放った言葉ですべてを理解する。


『ヘルダの住人フレッド=アーヴィンがお相手いたす。我らのうちいずれかはここで死す運命なれど、それらはすべて戦場でのことゆえ互いに怨嗟遺恨の類は無用。では……いざ参る!』


 怪物に対しても敵として認め名乗りを上げるあたりは、完全に武人としてのやり様だった。フレッドも異界の生物に言葉が通じているとは考えていなかったが、強敵との戦いに臨む際は必ず行う彼の作法だったのだ。こうしてフレッドは思いもしない場所で、思いもしない相手と久方ぶりの一騎打ちを行うこととなる。ユージェ統一戦争の最中に行った最後の一騎打ちから、およそ3周期ほどが過ぎていた。

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