第13話 叛乱軍、ときどき冒険者

36・来たるべき日に向けて


 いずれ起こるユージェの侵攻に向け、まずフレッドが取り掛かったのはヘルダ村の防衛力強化である。もともと治安が悪い辺境州で、盗賊や大型害獣の襲来に頭を悩ませる機会も多いのだが、対策としては村を柵で囲う程度のものだった。村人たちも村を堅固な壁で囲うことができれば申し分ないと分かっていても、それを建設する人手も知識もなかったからだ。


『まずは村の外周で人の目が届きにくい場所に幅のある穴を掘って空堀にし、掘った土石を村側に積み立てて土手にしましょう。空堀の深さと土手の高さ、合わせればそこそこの高さです。これを広げていき、いずれは村を囲えれば。とはいえいきなりそこまではできないでしょうから、脆弱な部分から補強するのがいいと思います。』


 村人たちにはユージェの蠢動のことを話してはいないが、いずれ皇国とユージェの戦争になる日が来るであろうことは気が付いているのだろう。穴を掘って積み上げるだけ、という単純な作業ということも手伝い村人の賛同を得ることは難しくなかった。そして今、村の外では工事に携わる男たちの威勢がいい声で満たされている。


「やっぱハゼルさんはすげぇなぁ。あんな岩を一人で運んじまうんだからよぉ。いったいどうやったらあんなことが出来んだ?」


 村の若い衆が驚嘆の声を上げているのを聞き流しながら、フレッドはふと思い出す。あの日、家に戻りブルートらとの協議の結果を伝え村の防衛についても話した後、父は土塁作りに参加することを快諾した。安寧を得るために叛乱軍に加わると話した時、両親はまったく反対しないどころか喜んでいるようにも見えた。彼らはフレッドがユージェにいたクロトの頃の、目的に向かって邁進する姿を取り戻したことが嬉しかったのだ。


「クラッサス様……いえ、今はハゼル様でしたわね。あのお方は相変わらずの膂力をお持ちなのですね。」


 そうフレッドに声を掛けてきたのはエノーレ族のテア。フレッドと同じくユージェの出身で、やはり同じく偽名を名乗っている。彼女は神霊術の一種、万物に宿る霊に働きかける精霊術に長けていたため、土の精霊に働きかけ「土を人形にして勝手に土手まで歩かせる」ことで工事を手伝っていたのだが、神霊術は長く使い続けられる類のものではなく、今は休憩時間ということだった。


『そういえば父さんも、以前に貴女と会ったことがあると言っていました。私が物心ついたときすでにユージェとウルスは疎遠になっていましたし、それより前のことでしょうか?』


 フレッドは今期で21周期、それに対しテアは27周期とそこまでの差はない。しかしエノーレ族は幼少期の成長が早く、壮年期以降は成長が衰えるため、子供の頃の差は実数より大きいものがあった。


「フレッドさんは今期21だそうですから、20周期前の[パヴァンの厄災]は資料でしかご存知ないのですね。あの大厄災では南西部の諸国・諸勢力が団結して天敵たちと戦いました。その時に、わたくしどもウルスとあの方とはご縁があった……ということですわ。」


 あの戦いの折、ウルスは天敵たちに押し潰されようとしていた。そこに援軍として駆けつけたのが、ユージェ最強のハイディン一門衆とクラッサス=ハイディンだった。彼はユージェ防衛戦に勝利した後、休むことなく苦戦が伝えられるウルスの森に向かい、見事に戦況を覆す。そうして命を救われた者の中にティルアリアがいて、後にクラッサスの長子クロヴィスと刺し違えたティルエレオもいた。その結果だけを見ればウルスの一族は恩を仇で返したも同然であり、ゆえに初めてフレッドと会った時も自分への復讐に来たと考えたのだ。しかしあの夜のフレッドも、今はハゼルとなったかつての恩人も彼女に非難の言葉を浴びせることはなかった。


「あの時ウルスを助けなければ息子を殺されることもなかったろうに、と申す者は確かにおった。だが、息子が死んだのはウルスを救ったからではない。救った後に双方が歩む道を違えたのがその理由なのだ。今の結果を見て過去の行いを批判することは誰にでもできるが、そのようなものには何の意味もなかろうよ。何せあの時ワシに「ウルスを助けたらいずれ息子が殺されるぞ」と忠告した者は、一人としておらなんだからな。もし未来を予見した上でそう忠告してくれたなら、ワシもさぞ頭を悩ませたろう。ウルスを救った後、どうすればクロヴィスとあの子が殺し合わずに済む世にできるのか……と。」


 だからお主も、過去に起こったあのことで今も苦しむのはもう止すのだ……そう告げたハゼルの顔は、ウルスの者が恐怖と憎しみを込めて「人喰い羅刹」と呼んだ武人のものではなく、ウルスの森を救いに来た救世主のものだった。そして彼女も、フレッドと同じくこの夫妻の安寧を強く願うこととなった。命を救ってもらった恩と、許された情けの両方に報いねばならないのだから。


「力も戻ってきましたから、工事の手伝いに戻りますわ。土塁建設はハゼル様のおかげで予想以上の進展を見せておりますし、結果報告を楽しみにしていてください。」



37・異界に通ずる道


 空堀と土塁の建設に並行し、フレッドはヘルダの発展にも力を貸すようになる。まずは周辺に村の防衛力強化計画を知らせ、村での商売が安全に行えると宣伝し行商人などの往来を盛んにさせた。土塁建設のための日雇い労働者から農業に興味があるものを集い、新たに村へ迎え入れることも提唱する。こうして村が日ごと賑わいを増す中、開墾期の終わりも近いL1025開墾期98日に問題が起こった。


「そうか、近くに[道]が開いたか。どこに繋がっているかは調べてみなけりゃ分からんが、どのみち放っておくわけにはいかんな。」


 報せを受けたブルートは、手で髪をかき回しながらそう返事する。ここでいう[道]とは、ラステリアがある第5界とは違う界に通ずる歪みのことだ。それはかつて存在し、神に捨てられた1界~4界のいずれかに繋がっていると言われているが、何かがあちら側へ行けたことを確認した者や、行って戻ったという者は存在していない。ただ一つ確実なのは、この道が自然発生的に出現するというのは極めて稀ということ。道の大半が「異界の力が欲しい」という望みを抱いた神霊術の使い手と、その望みを面白半分に叶えた神的存在の合作なのだ。


「どこのどいつか知らんが、まったく傍迷惑な話さ。道を残した野郎は、だいたい望むものを得られず中でくたばってやがるってのが本当にどうしようもねえ。」


 力があり望む結果を得られたものは、別の誰かに流用されることを恐れ道は消していく。つまり道が残っていて発見されるということは、消すことができない理由があるのだ。その理由の大半が異界の力に屈したか、協力者であるはずの神的存在に裏切られたかであり、結果は十中八九が死かそれに等しい有様である。そして残ったままの道からは、異界の存在が出現してしまうこともあるのだ。害獣ヴェラタスクもそういった存在が年月をかけ現地化し繁殖したもので、そのような被害を防ぐためにも道を塞ぐことはこの世界に生きる者の急務であった。


「中がどうなっているか分からない以上、最初から大人数で押しかける意味はないからな。まずは下調べが必要で、それが俺たち探索冒険者の主な仕事って訳だ。もし軍隊規模が必要となれば州軍に報告書を出さなきゃいかんから、その担当という意味でもお前には同行してもらうからな。前に頼んだ奴は襲われてうっかり死んじまったが、戦いの心得があるお前ならその心配も必要あるまい?」


 こうしてフレッドは半ば強制的に、しかも面倒を押し付けられる形で初めて異界への道に触れることとなった。しかし術者の無法者も闊歩するこの地に於いてはさして珍しくもないこの事件が、叛乱を加速させる要因になろうとは誰一人として考えてはいなかったのである。



38・異変の森とブルート一行


『ここだけの話、私は地に足を付けているより何かに騎乗しているほうがよほど上手く戦えるんですよね。』


 そう言いながら、フレッドはブルートのパーティメンバーとして徒歩で道の出現地点に向かっている。崖や狭い洞窟などを踏破する必要に迫られることがあり、何より騎竜のぶんの水や食料を持ち歩くことが難しいため、冒険者が乗り物を使うのは目的地付近の村などまでである。今回はヘルダ村から直接その場所に向かっており、報告によれば途中で一晩を明かせば翌日の早い段階で発見できる程度の場所……ということであった。


「まあ、まだ何かと戦うとは決まったわけじゃないからな。もしそうなっても、とりあえずは俺たちだけでやるさ。俺たちのやり方なんかを見ながら、余裕があれば射かけてくれりゃいい。」


 ブルートはそう言うが、フレッドもさすがに元は武門の者ゆえ「ではそうします」というわけにもいかないとは思ったものの、彼らの連携を乱すようなことがあっては逆に足手纏いとなる。それだけは避けなければいけないな……と考えつつ周囲の景色に違和感を感じていた。


『この森、なにかおかしくないですか?私はそこまで大柄ではありませんが、ここの草木が……妙に成長著しいというか、有体に申して大きすぎませんかね。』


 自分の背丈と変わらぬほどの草と自身を比べながら、フレッドがそう告げる。冒険者としての経験が浅いフレッドすら気づいたのだから、ブルートらも異変には気が付いていた。しかし道から漏れ出た異界の気に中てられ、こちらの世界にあるものが何かしらの形で変異を来たすことは珍しくない。どうやら道は開きっぱなしで、そう遠くない場所にあることは確実だった。


「草木だけならまだいいんだがな。動物の類まで巨大化していたら、話は一気に面倒くさくなる。とりあえず周囲の警戒を怠るなよ!」


 最悪のケースを想定し、ブルートがメンバーに指示を出す。そしてこういった時、こういうことを口にすると得てしてよろしくないことが起こるものである。脅威となり得る存在をいち早く察知したのは、知覚力に優れるフォンティカだった。


「ブルート様。前方やや右手側に大きな音を出す生き物がいますです。毛のこすれる音、甲高い感じの鳴き声も出しているんですね。」


 普段は量の多い長髪に隠れていて気付かなかったが、フレッドは彼女の耳も獣化していることに気付く。彼女はこうして耳を立て、人では気づきにくい音も感知できるのだ。探索冒険者のパーティには欠かせない、重要な役割を担っているのだった。


「無理に戦う必要はないが、放置すると周辺に多大な被害を及ぼすような奴なら戦うことにもなろう。すまんが見てきてくれ。」


 そう言われるやフォンティカは木を蹴って枝に駆け上がり、奥の木の枝へ飛び移り瞬く間に姿を消した。ユージェの斥候隊にもファロール・エイジス出身の者はいるが、それと比べても見劣りしない身のこなしだった。パーティメンバーには彼女についていける者はおらず、付いて行ったところで隠密行動を阻害することになるため、他のメンバーは彼女が戻るまで待機ということになる。このあたりの役割分担は完全に決まっていた。そして程なく彼女が戻ってくる。


「とても大きい、騎竜より大きなザイール火鳥がいたんです。あんなのは今まで見たことがないですね。」


 ザイール火鳥といえばヘルダ村の名物料理に使われる、二足歩行型の鳥である。記憶にあるザイール火鳥は丸焼きにしても食卓に上がる大きさだったはずだが、あれは生まれたての雛だったのか……とつい口走ってしまうが、即座に否定された。


「そんな訳ないじゃないのよォ。たぶん記憶にあるやつが普通の成鳥よ。でもそこまで大きくなるなんて、今回の道はやっかいだわねェ……。」


 マレッドがそう言いつつ、フォンティカの上腕などについた創傷の手当てを始める。巨大化し硬質化した葉で傷ついたのだろう、軽くだが出血も見られる。しかしマレッドが傷に手を当てると、フォンティカの傷は消えた。それだけでも奇跡の御業に等しいのだが、神官のように神に祈ったりはしていない。どのような手段を用いたのかとフレッドが興味津々に眺めていると、マレッドが一瞬だが奇声を上げた。そして、フォンティカにあった傷と同じものがマレッドの腕についていたのだ。


「マレッドさんは相手の傷を自身に転移させ、自身の健康な部分と入れ替える思念術を使えるのですわ。そして自身に移った傷は一族の特性ですぐに回復するという、亜人種の多いユージェでも見かけることがほぼない念治療師なのですよ。さすがのフレッドさんも驚かれたでしょう?」


 理解に苦しむフレッドに答えを教えてくれたのはテアだった。彼女も初めてこのことを知った際は「出鱈目すぎる」と思ったそうだが、もちろんこれも完全無欠の治療術というわけではなかった。


「神官の使う御業のように、奇跡で治癒するわけではないからな。祈りと違い失敗はなくすぐに治るという長所もあるが、マレッド殿の体が耐えきれぬような傷はどうにもならん。フレッド殿も戦いの際には、致命傷だけは避けるように立ち回られよ。それ以外であれば、どうにかしてくれると思われるゆえ。ただ、あのやり様がな……」


 そう話すのは、戦闘時には最前列に立つダウラス。その役割からして、マレッドの世話になる機会が最も多いのは彼だ。しかし「やり様」というのはいったいなんのことだろう……と首をかしげるフレッドに、ブルートが話しかける。


「お前、いくらそれができると言っても他人の傷をわざわざ負いたくなんてないだろ?マレッドはそれができる慈愛の心の持ち主……というわけではないんだなこれが。見ろ、あいつの顔を。あいつはな、痛みに快感を覚える性質なのさ。だから率先して傷を移したがるって訳だ。まぁなるべく世話にならないようにしたほうがいいだろうよ。何というか心の平穏のためにな。」


(なるほど、あの奇声は快楽を得た際に発せられるものなのか。しかしごく軽い創傷でああだとすると、深手の治療などはどうなってしまうのだ。あまり想像したくはないが、ブルートさんがこう言うからには大変なことになりそうな気もするし、心の平穏のためにも手を煩わせるようなことはできるだけ避けよう……)


 フレッドがそう心に誓った頃には治療も終わり、一行は慎重に移動を再開する。そして巨大化生物が闊歩する危険な森を抜け、一行はついに道へとたどり着いた。しかしそこにはすでに先客がいたのである。

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