第7話 品定めする者たち

21・州都での一時


 州都ザイラスに到着した段階で、護衛の仕事の大半は完了する。復路では税金を積んでいないこともあって襲撃の可能性は下がり、重い荷がないため振り切って逃げやすくなるためだ。フレッドの冒険者としての初仕事は、上場の滑り出しといえた。


『せっかく遥々こんな遠くまで来たのですから、少し都を見てきます。昼は外で済ませますが、夕食までには戻ります。ご令嬢のことはお任せ下さい。』


 ザイラスに到着した翌日、バスティンは使用人らと納税の手続きに向かった。本来であれば1日の余裕があったのだが、領主襲撃の一件で時間を取られてしまったことで明日にはザイラスを発つ予定になっていた。今日を逃せば都見物の時間はなくなるため、バスティンは娘の社会見学を手が空いているフレッドに押し付けたのだ。もっとも、フレッド自身も最初から都を見て回る予定だったので、同行者が出たことは不審な目を向けられる可能性を下げられる意味において願ったりだった。



「この街で有名なものといえば、やっぱり領主様のお館かしら。とても広くて豪華なお住まいだとお父さんが言っていました。」


 フレッドに行きたい場所を尋ねられ、リリアンが答える。ただ、彼女もここへ来たのは初めてで、事前に何があるかの下調べをしてきたわけでもない。行きたい場所というよりは、知識にある場所を挙げたに過ぎなかった。


『う~ん、そんなもの見てもあまり意味はない気もするね。商店が多く集まっている場所とか、行政府のある場所とかに行ってみようか。』


 あの派手に着飾り、肥え太った領主のことだから見るに堪えないものであるに違いない……と、本音を言うわけにもいかないのでやんわりと別の場所を示唆するフレッド。リリアンも行きたい場所があるわけではなかったので、あっさりと了承した。


『なかなか栄えているなあ。さすがは北方辺境州でも有数の都市だ。ヘルダ村では買えないような商品も見受けられるし、どこかの店に寄ってみるかい?』


 フレッドの目的は商品の価格や物価の変遷を知ることだったが、やはり年頃の女の子に掛ける声としては思慮が欠けていた。リリアンは顔を赤くして遠慮がちに「持ち合わせがないですし」「お時間を取らせたら悪いですし」というようなことを囁くように言っていた。それを聞いたフレッドは、彼自身は心の底から彼女を思ってある言葉を告げる。ただしそれは思慮に欠けるどころか、無思慮なものだったが。


『子供がお金のことなんかを気にしなくてもいいですよ。バスティンさんから資金もいただいてますから、遠慮なさらずに好きなものを選んでくださいね。』


 それからというもの、リリアンの機嫌は加速度的に悪化していった。しかしフレッドはその理由にまったく気が付かない。そのためリリアンの機嫌を回復するフォローもしないまま社会見学を続け、事あるごとに彼女へ話しかけるも、つっけんどんな返事をされるばかりであった。そしてろくな会話もないままそろそろ昼食の時間、というところに救いの主が現れる。


「まさかこんなところでまた会うとはな。これから昼飯か?俺たちもそうしようかと考えていたところだし、一緒にどうだ?」


 往路で出会ったブルート=エルトリオとその仲間たちに声を掛けられたのは偶然だったが、気まずい雰囲気にあったフレッドたちにとってはありがたかった。どうも二人の間に何かあったらしいということを目ざとく察知したブルートの案により、フレッドはブルートやダウラスの男性陣に、リリアンはテアとフォンティカ、それにマレッドの女性陣+aに分けられ別に食事をすることとなった。


「レディはレディ同士でなきゃ話しにくいこともあろう。こっちにもそれはあるしな。マレッド?あいつのことは気にするな。奴曰く、自分はそんな常識には囚われない存在らしい。」


(あの少女からはさほど有益な情報を引き出せるとは思えんが、何の情報もなしに当たるよりはマシか。それより、こちらで下手を打たないように注意せんとな……)


 ブルートはここでたまたまフレッドらに会い、二人の間の空気が微妙になっていることを感じた瞬間、いずれフレッドの真意を確かめるべく会話を持ち掛けるテアの手助けになると思い、情報入手の機会を作り出したのだった。このあたりの抜け目のなさは、冒険者として世を渡ってきた男だけに申し分なかった。もっとも、フレッドがこの策を看破し得たとしても、リリアンの不機嫌の理由は看破し得なかったため、一呼吸を入れたいがため策には乗ったことだろう。



22・心身の機微


「するとお前は、なぜあの子の機嫌が悪くなったか思いもつかないということか?」


 男性陣は手近なところで済ませてしまおうと、商店街から少し外れた広場沿いにある料理店に入った。そこで二人のそれまでの経緯を聞いたブルートは半ばあきれ気味にそういったものの、どうやら彼が信頼するパーティメンバーもよく分かってはいなかったらしい。


「裕福な家庭の子に金の心配はするな、などと言おうものなら腹を立てて当然ではないか。甘く見られたと考えたのだろう。」


 そのダウラスの発言もまた、かなり的外れな意見だったがフレッドは妙に納得している。女の扱い一つも分からぬこいつが本当にあの、一大勢力を支えた大物なのかと真剣に悩みつつも、ブルートは答えを示唆する。


「お前ら……そうじゃないだろう。あの子はおそらく、子ども扱いされたのが不満だったに違いないさ。14周期といえばもう立派なレディなんだからな?」


 フレッドとダウラスは顔を見合わせ、互いに「成人は16周期から」「14はまだ子供と言えるのでは」などと言い合っている。これは当人らが痛い目を見て覚えなければどうにもならない、とブルートが諦めの境地に達したその時、近くの給仕が皿を落とすというミスを犯した。一瞬が長く感じるも、動くことはままならず呆然と見送るだけ……ということがよくあるこの刹那に、フレッドは飛び掛かり3枚ほどの皿を地面すれすれで捕らえる。それはまさに、獲物に飛び掛かる獣そのものの動きだった。


『なかなかいいお皿ですからね。割れたら損失も大きかったでしょう。欠けたりしてないと思いますが、ご確認を。』


 給仕はフレッドに感謝し、周囲の客はその身のこなしに喝采を送っている。今の動きだけを見れば間違いなく只者ではないのだが、先ほどまでの会話内容を含めるとなかなかに判断が難しかった。


「しかしお前さん、体ほどに心は俊敏じゃなさそうだな。まあとにかく、あの子には髪留めやブローチなんかの、普段から使えそうなものを詫びとして渡しておけ。お前の金で買えよ?バスティン殿からの支給金ではなくな。」


 そう言い終わるや否や、くしゃみをするブルート。体調を心配する二人に対し「女性陣が俺の話で持ち切りなのかもな!」と軽口で返すが、実はその通りであった。ただし、彼の考えたような話ではなかったが。



23・悪い大人


 一方の女性陣+aは、食後のデザートも考慮に入れた店選びをしていた。実家の宿屋では食事を出しているリリアンも学ぶことは多かったようで、何より不機嫌の発生源が遠ざかったことから機嫌もすっかり良くなっている。もっとも、フレッドの話題になると「鈍感!にぶちん!」と悪口雑言が出てしまうのだった。


「では、そのフレッドさんの鈍さをどうにかするための対策を練りましょう。といってもわたくしたちは彼のことをよく知りませんし、少しお話を聞かせてもらってもよろしいかしら。もしかしたらそこからいい案が浮かぶかもしれませんからね。」


 そうテアが告げると、リリアンは知り得ることを話し始める。およそ1周期前に両親とヘルダ村へ流れてきたこと、父親はすごく体格のいい力持ちな人であること、かつては大きい都市にいたこともあってそれなりに知識はあるつもりと話していたこと等々、テアたちが思いもしなかったほどの貴重な情報を伝えてしまった。しかしこのことで彼女を責めるのは酷だろう。純粋に、テアらは協力者であるとしか考えられなかったのだから。


「なるほどね、ありがとう。彼の周辺についてはだいたい分かりましたわ。次は貴女の、彼に対する印象を聞いてもいいかしら。彼ってどんな人だと思う?」


 マレッドもフォンティカも話を聞く側に回り、質問はテアが行う。この3人ではテアが最も機知に富んでいたこともあるが、マレッドも話は上手いが何しろあの性癖のため相手に誤解や警戒心を与えやすく、フォンティカは話術が苦手だったからだ。


「先生が村に来てから、怒声を上げているのを見たことはありません。誰かと口論になったのも見たことがないです。本当に物静かな、川のせせらぎみたいな印象の人だと思っていました。」


 思っていました……ということは、今は違うのだろう。三人は続きがあることを悟り、口を挟もうとはしない。リリアンは水を一口だけ飲んだ後、さらに話を続ける。


「でもある日、村にあの害獣……ヴェラタスクが出たとき、村の男衆が巻狩りに向かって留守の時にヴェラタスクが村に入ってきてしまったことがあって、まだこの地に不慣れな先生とハゼルさんだけが残っていたのだけれど、獣を前にしてもお二人はまるで動じることもなく討ち果たしたんです。しかも実際に手を下したのは先生お一人でした。」


 ヴェラタスクは雑食性の四足歩行生物で、巨大な牙を使い獲物を串刺しにするラスタリアの至る所にいる獣だ。通常は複数人数で追い立て、落とし穴に仕掛けた杭で串刺しにして退治することの多い獣である。それは肉厚で人の攻撃が致命傷にはなりにくく、自重で太い杭に刺さる落とし穴が効率的な方法だったからだが、あの男はそれを一人で討ったという。少なくとも、腕のほうはやはり間違いないようだ。


「そのとき、みんなはヴェラタスクを見ていました。でも私だけは先生を見ていたんです。そして一瞬ですが、ものすごい闘志をむき出しにされたんです。ああ、この人はこんな顔もするんだなって。川はせせらぐだけじゃなく、溢れて暴れ狂うこともあるんだって感じたんです。」


 それ以来、彼女の視線はフレッドに向けられてきた。始めのうちは興味本位のものだったが、フレッドと関わるうちにそれは熱を帯びるものとなった。しかし当のフレッドときたらまったくそれには気付かず、先の「子供~」発言で気付かないフリでもなかったことがはっきりと分かり、それゆえの「鈍感!」ということなのだ。


「確かに貴女くらいの歳だと5周期違いって大きいものねぇ。だけど勝負はこ・れ・から。彼のほうから言い寄ってくるような素敵な女性になっちゃいましょうよォ!」


 純真な少女を騙して情報を引き出すことにいたたまれなさを感じたのか、マレッドが励ましの言葉をかける。ただこれは蛇足だったかもしれない。なにしろ「あれ、私って先生のお歳のこと言ったかな?」と疑問を抱かれてしまったのだ。だがそこはさすがに世慣れした冒険者、すぐにフォローが入る。


「それはですね、初めてご挨拶したときに、教わったんです。ファロール・エイジスはですね、群れの年長者の命令には従うって掟があってですね、年齢はとっても重要なことなんですね。」


 過剰すぎる丁寧語でそう話すのは、ファロール・エイジスの少女フォンティカ。彼女は親しい相手以外にはこのような話し方になってしまうのだった。リリアンがファロール・エイジスの掟など知る由もなく、このフォローは功を奏した。ちょうど料理が届けられたこともあり、話は中断となる幸運も重なったが、いずれにしてもマレッドが戦犯となることは避けられたのである。



「ブルートさんには気を付けたほうがいい……のですか。どうしてでしょう?」


 食事が終わり、お待ちかねのデザートもしっかり完食した後は、この場にいない男性陣の話題になっていた。すでにフレッドの話は終わり、ダウラスの話も早々に終わりを迎え、今はブルートの番ということである。そしてリリアンは、ブルートのパーティメンバーから「彼には気を付けろ」と言われたのだった。


「ブルート様はですね、皇国の大都市には一人ずつ愛人がいると言われているくらいにですね、手が早いお方なんです。だからリリアンさんも、いつか狙われてしまうかもしれないんですね。」


 聞けばフォンティカもテアも、ブルートが声を掛けたことがきっかけでパーティメンバーになったという。それがいわゆる男女のものだったか、それとも仕事的なものだったかは別にしても、とにかく気軽に声を掛けていく性質ではあるというのだ。その話を聞いたリリアンはふと疑問に思ったことがあり、恐る恐るマレッドのほうを見る。


「アラ、アタシだって熱烈なアタックを受けたわよ。お前の(特殊な能力の)全てを俺(たち)のために(貸して)くれ!ってネ。」


 ブルート本人がいれば意図的に抜かれた部分があることを指摘しただろうが、不幸なことに彼はこの場に居合わせなかった。フォンティカもテアも聞くに聞けなかった話を初めて聞き、真の女性陣はブルートの趣向について語りだす。そういう意味において、確かに「女性陣は彼の話で持ち切り」だったのである。

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