第6話 流れ者の想い

18・ザイール辺境伯ゼニス=キーヴォ


 それはフレッドがブルートらと合流した翌日、ザイラスまであと2日ばかりという時に起こった。後方からもの凄い勢いで竜車が隊商を追い抜いて行ったのである。そして皆が何だったのだ、と顔を見合わせていたところで事件が発生する。もはや小さく見えるくらいに離れているが、どうやら先ほどの爆走竜車が襲われている様子なのだ。


『少し様子を見てきますよ。あそこで竜車を襲っている連中が、次はこちらを標的にするかもしれませんからね。』


 そう言うと同時に、フレッドは駆竜を前方に向かわせる。これから喧噪の場へ向かうというのに、まったく動じた様子がなかった。正体の発覚を恐れるならそのあたりにも気を使うべきなのだが、フレッドにとってはここ1周期ほどの平穏な日々のほうが非日常的であった。彼は戦闘狂という訳ではないものの、武人ゆえ戦いに臨む際の緊張感には昂りを感じずにはいられないのだ。


「俺たちもすぐに追いつく。もし巻き込まれて戦うことになっても無理はするなよ。まだ俺たちの仕事は終わってないからな!」


 フレッドは承知しております、とだけ答え前方に意識を集中する。程なくして怒号や剣戟音が響く争乱の場へ到着し、事態の把握に努めた。一見して分かったのは襲う側のほうが人数は多いこと、襲われる側のうち御者とその横にいたと思われる者はすでに討たれ、車内から出てきたと思われる兵士らしき姿の2名が4倍近い数の襲撃者と向かい合っていたことだった。


(しかし襲撃者は戦闘訓練を受けた者たちではない。体格は悪くないところから察するにおそらくは農夫あたり……これが出稼ぎというやつか。兵士2名のほうはいずれ救援があると考えているのか、身を守り時間を稼ぐことに重点を置いているようだ。さて、どちらの側にしても手助けするのは簡単だが、どうしたものだろう。)


 今ここで、こちらに気付いてもいない相手に射掛ければ確実に数人は葬れる。残りは近づいてくるなら短槍で、ひるんだり逃げるならさらに射てしまえばいい。敵か味方か、守るべきものや戦う相手がはっきりしていた戦場では迷うこともないが、この場合はどちらがどういった存在か分からないのだ。そうこうしているうちに、フレッドの気配を感じた襲撃者が向き直り、この場に現れた理由を詰問してきた。その場にいた者すべての目が、招かれざる闖入者に向けられる。


『私はこの後に来るであろう隊商の護衛をしている者です。もしや我らも襲われるかと考え様子を見に来ましたが、その心配はなくなりました。さあどうぞ、私に構わずお続けください。』


 10人ほどの集団では自分たちの隊商に挑む気など起こすはずはなく、その意味で「心配はなくなった」と言ったのだが、襲撃者たちは別の意味で受け取った。もうすぐ隊商からの援軍も到着し、そうなれば簡単に制圧可能だという意味に受け取ったのだ。それは確かに正しかったが、誤ってもいた。援軍がなくても、その気であればフレッド一人で十分だったのだから。


「余計な邪魔が入る前に片付けるぞ。こいつもやっちまえ!」


 兵士に対峙するもの4名を残し、残りの5名がフレッドに向かう。すでに奇襲できる状況ではないため弓は使わず、短槍

を鞍にかけてある袋から取り出す。そして最も近くにいた男に向け騎竜を突進させる。大人の背丈ほどもある生物に突進されて怯まないのは訓練された兵くらいのものであり、やはり襲撃者たちも怯んでしまった。そのスキを見逃さず、最初の男には肩口に、次の男には首筋、その次の男には二の腕と順に槍の柄で痛打を与えていく。兵士と4人の男がわずか数合打ち合う間に、フレッドへ向かった5人の男はたちまち戦闘不能状態になってしまったのだ。


『こちらの増援が来たようですね。さすがにもう退散したほうがいいんじゃないんですか?取り囲まれたら逃げられませんよ。』


 頭に血が上り気味だった男たちも、フレッドが「見逃すから早く逃げろ」と言っていることには気が付いた。この男がそうする理由に心当たりはなかったものの、その気であれば殺されていたことは分かる。事ここに至っては、その言葉を信じる以外にはなかった。


「これで終わりではないぞ、ゼニス=キーヴォ!次は必ずその命を頂く。これまでの悪行の数々を必ずや断罪してくれるからな、覚悟しておけ!」


 そう捨て台詞を吐き、フレッドを恨めしそうに睨みつけ男たちは退散していった。兵士は後を追おうとしたものの、フレッドはそれを制止する。「車内には守るべき方がいるのだろうに、それを放置するのですか」と言われれば、兵士たちはその場を離れるわけにもいかなくなったのだ。兵士たちとそんなやり取りをしていると、車内から一人の男が出てくる。その姿を目にした瞬間、フレッドは襲撃者の味方をしておくほうがよかったかもとの思いがよぎる。その男は、それほどまでに嫌悪感を持たせる風体だった。


「お主、よくぞ我の危急に参ったな。民に救われるとは、領主としてこれほどうれしいことはないぞ?」


 尊大かつ、まるで状況認識に欠いたその物言いを聞いたフレッドはしみじみ思った。あなたを殺そうとしたのも民で、私も事情を知っていたなら間違いなくあちらに与したろうに……と。



19・情けの理由


 その日は結局、襲撃現場付近で夜を明かすこととなった。領主の替えの竜車が到着するまで待つことになり、討たれた2名を丁重に埋葬する必要もあったが、隊商には神官がおらずそれの到着も待たなければならなかったためだ。人の遺体をぞんざいに扱ってはならないのは倫理的な面もあったが、それ以上にラスタリアならではの理由がある。第四界にて誕生した、知的生命の異常な繁栄を阻止する存在……通称「天敵」と呼ばれるそれは、知的生命の怨念が集まるモノに強く惹かれ、そこに具現化することが多い。無念のうちに死亡した者の遺体などは、格好の依り代となってしまうのだ。それゆえに、黄泉返ることのないよう死亡した場所の近くで丁重な埋葬をするのがこの世界では不文律化していた。


「しかしお前、なんだって出稼ぎ連中に手加減したんだ。その気ならば全員あっさりやれたんだろう?やはり、我らの偉大なる領主様が気に食わなかったのか?」


 その日の晩、ヘルダ村の荷車で夕食を取っているところにブルートがやってきて、昼間の件についての話を始めた。戦士である彼にしてみれば、手を抜いて戦うなどは愚か者のすることだ……ということなのだが、そうする理由があったなら聞いてみたいと思ったのだ。フレッドは説明するのも面倒だと思ったものの、今後いちいち同じような話になるのはさらに面倒と考え、説明することにした。


『あの襲撃者たちが戦闘訓練を受けていないことは一目瞭然でした。おそらく平時は農夫なのでしょう。開墾期が始まれば、普通の生活に戻るだろうと思いまして。』


 だが、ブルートは納得した様子はない。敵意を持って挑みかかってきた相手を返り討ちにするのは、この世界においていわば常識。それはここにいる、まだ若い娘にだって分かっていることだろう。ゆえに、覚悟もなしに他人に危害を加えたり、襲うようなことをしてはいけないと教えるのだから。


『ではなぜ、平時は普通に生活しているあの者たちが、休眠期には出稼ぎに走るのでしょう。多くの畑は休眠期に耕作をしないからですか?もしそうだとしても、自身が食いつなぐだけなら狩りでもして日々の糧食を得ることくらいは簡単にできるはずなのに、そうしないのはなぜなのでしょうか。』


 戦いとは無関係に思える唐突な話に、ブルートはもちろん火を囲んでいたバスティンやリリアンも目を丸くする。突然こいつは何を言い出すんだろう、などと思われているんだろうなと考えつつも、フレッドは話を続ける。


『私が思うに、彼らには養わなければならない存在があるのでしょう。家族なのか知人なのか、それは分かりません。ただ、狩りをした程度では賄えない何かのために、彼らは危険を承知で出稼ぎに走るのだと。』


 ここにいる者は出稼ぎの必要性に迫られたことはない者ばかりなので、そういったことは考えたこともなかった。出稼ぎ=無法者という認識しかもっていなかったが、こう言われてみれば確かに理由もなく危ない橋を渡るわけはないのだ。それにそういうことを生業にするのが当然なら、休眠期だけ出稼ぎが増えるはずもないのだから。


『そこでもし私が、殺そうと思えば簡単に殺せるからといって彼らを討てばどうなりますか。一家の稼ぎ手を失い、残された彼らの養うべき者らは、生きるつもりならより凶悪な、より手段を選ばぬ外道に落ちてでも生き延びようとするでしょう。そして生き残れなければ、天敵の依り代となりやはり害をもたらす。私が彼らを討った未来には、何一ついいことなどなかったんです。』


 ここまで話せば周囲の説得はできていたはずだが、フレッドは話を止めない。彼も元は軍政官、このような出稼ぎが増えてしまう状況を放置する政治の側には言いたいことが山ほどあったのだ。


『ただ、私が彼らを見逃したところで問題の解決には何ら寄与しません。せいぜい、長い目で見ればいくらかマシという程度のものでね。もし本気で問題を解決したいなら、この税金を納められる側が手を打てばいいんです。例えば税額を減らして、そのぶんを休眠期に備え村全体で分け合うための貯蓄に回すこと。そして村なり集落から無法者を出した場合は厳しく罰するゆえ、よく助け合うこと……という触れを出すだけでも改善されるはずなのに、そういったことも考えず取り締まるための兵に資金を回しています。取り締まるためにどうする、ではなく取り締まりをしなくてもいいようにする、という形に思考が向かない。まったく愚かなことだとは思いませんか?』


 そう話すフレッドの瞳には焚火の炎が揺らめく様子が映っていたが、それは怒りの炎を連想させる程度に語気は強かった。そしてフレッドが話し終えたときには、周囲に幾人か集まってきていた。つい熱くなって余計なことを言ってしまったと後悔したが、いまさらどうにもならない。せいぜい、おどけて見せるくらいしかなかった。


『これは、たかが一村人がとんだお耳汚しを。偉そうに何かを提案する資格なんて、ありはしませんのにね。この話はどうぞお忘れいただきたく……』


 そこでバスティンが「小難しい話は終わりにして、さっさと夕食を済ませてしまいやしょう」と割って入ったおかげで場の空気が変わり、集まりは自然に解散することとなる。しかしこの一件は話を聞いた幾人かには、フレッドの見識を知らしめる結果となってしまうのだった。



20・異境の地から来た者たち


「その口ぶりからすると、テアはあの男のことに心当たりがあるというのだな?」


 フレッドがつい本音を暴露してしまった日の夜、ブルート一行は自分たち用の野営用テントを広げ集まっていた。通常、一晩を明かすくらいならテントを組むことはないが、今日は領主の一件でまだ日も高いうちにこの付近での逗留が決まったため、テントを組む時間もあったのだ。


「わたくしは直接お会いしたことはなかったのですが、話に聞いていた背格好や容姿とは特徴が合致します。そして、先ほどの彼の話からそう結論づけました。」


 テアから話を切り出すこと自体かなり稀有なことであり、パーティメンバーも聞き漏らすまいと真剣な眼差しを向けている。ブルートも含め、誰一人テアの話を遮ろうとする者はいない。みな、話の続きに興味があったためだ。


「クロト=ハイディン。ユージェ統一連合の設立に多大な貢献を果たした重鎮。おそらくそれが彼の正体です。」


 冒険者はあまり政治に関与はしない。それは彼らがなにより自由を尊ぶからで、そこにこだわりがなければ正規兵なり官吏なりを選ぶ道もある。ただ、関与こそしないが無知というわけではなく、情報で明日の生き方を決める冒険者はむしろ知りすぎているほうだった。当然、国は違えど酒場で噂になったことも多いその男の名は全員が知っていた。


「わたくしが南西部を出たのは4周期ほど前。ちょうど彼が新当主になった頃です。当時まだ16周期の若者で[白銀童子]や[銀の乗り手]という異名は聞きました。あの御髪の色と、騎乗戦技にかけては叶う者なしということからそうなったと。」


 確かにその話と、騎竜を自在に操り襲撃者に手加減まで加えて蹴散らしたあの光景は合致する。しかしブルートらはもちろん、統一連合の設立前に地域を出てしまったテアにもどうして彼がフレッドという偽名を使い、こんな辺境州にいるのかは想像もつかなかった。


「ユージェの若大将は将来有望な一廉の男……というのは何度も聞いた。それも方々でな。実際、あいつが実戦に出て3周期も経たずに争乱は終わりを告げた。ユージェ王国が南西部随一の強勢を誇っていたとはいえ、そうなってから20周期は経っているのだからあいつの実力は本物なんだろう。だが……だからこそ分からん。なぜ、そんな男がこんなところにいるんだ?」


 メンバーの心情を代弁する形でブルートがそう告げると、各自がそれぞれの考えを述べ始めた。政争に敗れたのではないか、いや疲れ果ててしまったのではないか、皇国侵攻の初手として自ら視察しているのではないか等々、多くの意見が出たものの、なかなか意見がまとまらない。政治には関わらないのが冒険者の基本だが、議論はかなり白熱している。実は彼らには真の目的があり、それを果たすには彼の動向が非常に気になるところだったからだ。


「いっそあいつに直接、ここへ来た理由を聞いてみるか。その理由次第では協力できるかもしれん。無論その逆もあり得るがな。」


 答えが見えない議論に終止符を打つべく、ブルートが提案する。彼はパーティのリーダーだが、話し合いもなしに自身の意見を押し付けることはしない。もっとも、話し合える状況にはない逼迫した環境下においてはその限りではないが、それ以外ではメンバーの意見をよく聞いた。


「ではわたくしが、彼にお話を聞きましょう。同郷の誼があるとは思えませんが、少なくともフレッドと名乗る意味がないと理解してはいただけるでしょうから。帰路の際、わたくしと彼の二人で夜の見張りをする機会を設けていただければと。」


 見張りの人員はブルートが決めるため、その手配は問題ない。しかし気になるのは、やはり話が通じるかどうかだった。「何か策があるのか?」と尋ねるブルートにテアは「秘密です」とだけ答える。何かと制約が多い神霊術の使い手たる彼女は普段から「出来ないことはやりません」と断言しているので、やる価値もないほど目のないものではない……ということなのだろうとメンバーは理解した。

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