第5話 冒険者ブルート一行との出会い

16・ユージェと皇国との差異


 バスティンの予測通り、村の近くでは出稼ぎに遭遇することはなかった。ヘルダはこの近辺では最も規模が大きく、この村が損害を被れば近隣の村や集落も物資の売買などで悪影響を受けてしまうためだ。遠方からの出稼ぎには警戒が必要と思われたが、バスティンはその心配を一蹴した。


「わざわざ遠くから出てきて荷車1輌じゃあ、命を賭ける割に合わないってもんですよ。街道には荷車数輌とか、10輌を超すような連中だっておりやすから、連中もつるんで一獲千金を狙う訳でさぁ。」


(そういうものなのか。私が賊だったら小規模の隊商を襲い、速やかに立ち去ることで収奪の確実性を上げていくが……。しかし、命懸けか。街道に出てからというもの、他の隊商も見かけるようになったが、一様に重武装だ。この国の特性もあるのだろうけど、これが一般的だとすると私は貧弱に見えてしまうかもしれないな。)


 フレッドの装備は短槍と短弓、魔道具の短剣と武器面でもやや軽めだが、防具は騎乗の妨げにならないよう硬皮革の胸当てと、脛当てのみであった。もともとユージェのある大陸南西部は重鎧が使われにくい土地柄で、人も亜人種も革や金属製の胸当てや小手、脛当てでごく一部覆うのがせいぜいであり、皇国のように全身を鎖帷子や板金で覆う鎧は存在しなかった。それは皇国が国土の防衛を基本とし、対外侵攻を行う必要がないため機動性は度外視する戦略を長く採ってきたことの影響だが、この国では戦闘に携わるもの=重装兵というのが常識となっていた。


『それにしても他の護衛の皆さんは装備が重くて大変そうですね。まあ、私の場合はこの騎竜を買った時点で軍資金が底をつき、買いたくても買えませんでしたが。』


 どう聞いても羨ましさのかけらも感じない物言いをしながら、フレッドは周囲を警戒する。人の行き来が多い街道といっても、賊が襲ってこないという保証はどこにもないのだ。


「皇国軍にも騎兵隊はおりやすが、そこに配属されるのはごく少数って話でしてね。その点、先生はどうも乗りながら武器を扱うのも慣れてるようで……どこで覚えなさったんだか興味が尽きねえってモンですわ。」


 ご想像にお任せしますよ、と答えながらフレッドはある一団に守られた隊商に目を向ける。重装備の者が一人いる以外はフレッドと同じような胸当てと小手脛当ての者と、おそらく防具は着けていないであろうフードを被った者やローブの者など、この国の常識はもとより集団内の統一性もまるで感じられない。悪く言えば、寄せ集め集団という印象だった。しかもそのうちの一人はまだ子供と思しき背丈、しかも亜人種の子であったのだからさすがのフレッドも驚いた。


『あそこの隊商の護衛は変わっていますね。辺境州でも亜人種は肩身の狭い思いをすると聞きましたが、子供まで駆り出されるものなのでしょうか?』


 フレッドは皇国出身ではないことが露見しないよう、言葉に注意しながらバスティンに問うた。不要な詮索は身の破滅を招きかねないことくらい承知していたが、どうしても好奇心が勝ってしまったのだ。


「あれは冒険者の一団……ですかねぇ。見たところ遺跡や洞窟探索なんかを手掛けるのが主な商売の輩ですぜ。あの子は、おそらく罠の解除なんかを任されているんでしょう。身軽で器用、おまけに雇うのも安いからってんでよく使われてるんですよ、ファロールの連中は。」


 その言い回しからすると、おそらくバスティンはあの手の集団はあまり好かないらしい。だが、彼が経営する[酔いどれ羊亭]は冒険者なくして経営は成り立たないと思われるが、商売と個人的感情は別物ということなのだろうか……などと考えていると、荷車の奥から顔を出したリリアンがその疑問に答えてくれた。


「村に来るお客様は薬草採取や害獣退治なんかをお仕事にされる方が多くて、皆さんいい方なのだけど……宝探し専門の人たちって荒っぽい人ばかりだから、お父さんはあの手の皆さんが嫌いなんです。」


(なるほど。確かに商売する側にしてみれば、同じ金を落とすのなら問題を起こさないでくれるほうがありがたいのは当然だ。それに、こうまで嫌うのには理由があるのだろう。あの村でご厄介となる以上、私もあまり関わらないでおくほうが賢明か。)


 そう心に誓うフレッドだったが、すでに手遅れであった。距離的に考えて、こちらの会話が相手に聞こえたとは思えないが、例の冒険者のうちの数名がこちらに視線を向けていたのである。そして、集団のリーダー格と思われる男が悠然と近づいてきて、朗々と響く声で話し始めた。


「こちらはヘルダのバスティン殿が荷でよいのかな。我らの雇い主、メナスのローガンが確認を求めているゆえ、差支えなくばご返答いただきたい!」



17・ブルート=エルトリオとの邂逅


 その男はいかにも戦士という佇まいだが、皇国では比較的軽装といえる出で立ちだった。とはいえ金属製の胸当てや小手脛当ては身に着けており、フレッドに比べれば重装備ではあったが、全身を覆うような鎧は身に着けていなかった。肩には小ぶりの盾を背負い、腰にはやや長めの剣を佩いている。方々へ旅をする冒険者らしく、動きを制限され過ぎないよう装備品には気を使っていると感じられた。


『仰せのように、こちらはヘルダから参りましたバスティンの荷であります。メナスのローガン殿も、無事に合流地点へ到着されたようで何よりですな。』


 フレッドは竜から降り、相手と対峙しつつそう返答する。目の前に立ってみると、あらためて男の体格の良さを窺える。フレッドより頭一つほど背は高く、筋骨隆々のいかにも強者という感じで、年齢は25周期前後だろうか。実のところフレッドは、この男によく似た雰囲気の人物を幾人か知っている。そのうちの一人は彼の父、そして亡き彼の兄もそうだった。


(これは、父さんや兄さんの[系統]だろうな。軍関係の出身ではないかもしれないが、手練れであることは立ち居振る舞いで見て取れる。)


 彼の父や兄の[系統]とは、己の力を頼みに生きるタイプの人間であるということ。己の力に絶対の自信を持てる者は不必要に力を誇示しようとはせず、泰然自若とある中でいざとなればその本性を剝き出しにする。フレッドが対峙した相手のうちで強いと感じた者は、すべからくその系統であった。


「ご丁寧な挨拶、痛み入る。そちらも無事に到着できたようで何よりだ。俺はこちらの隊商を任されている者で、名はブルート=エルトリオという。これから道中、大して長くはないがよろしく頼む。」


 そう言いながら、ブルートは手を差し出す。わざわざ竜を降りて返答したところに好感を持たれたのか、それともこの男の気質なのか、丁寧な物腰にフレッドはこの男が荒くれ物であるという印象は感じなかった。


『こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。私はヘルダのフレッド。フレッド=アーヴィンです。これ以降よろしくお願いします。ところで隊の規模からして、道中はあなた方のほうで指揮をお取り下さるほうがよろしいと考えますが、お頼みしても構わないでしょうか?』


 ブルートの手を取りながらフレッドはそう返した。挨拶もそこそこに実務の話をするあたり、フレッドの真面目さがにじみ出ていたが、ブルートはそんなところも気に入ったのだろう。破顔一笑し快諾した。


「まったく仕事熱心な男だな、君は。提案のほうはそれが妥当だろうから承ろう。隊列の2番目が主の馬車ゆえ、そちらはその後ろにつけてくれ。」



18・フレッド=アーヴィンという男


 合流を果たし隊商の先頭の馬車に戻ったブルートは、改めて隊を出発させる。ブルート直属の4人は明らかに冒険者風だが、それ以外の護衛はメナスのローガンが雇った傭兵か、普段から抱えている私兵なのだろう。いずれも皇国の伝統に倣う重装兵で、そのために移動速度は遅く、隊商にはゆったりとした時間が流れている。


(それにしてもあのフレッドとかいう奴、ただの村人ってことはあるまい。冒険者のような感じはなかったから、あるとしたら軍関係だろう。しかしあの目つきは……気を張っているのをまるで隠そうとはしないんだな。一日中あんなんで、あいつは疲れないんだろうか?)


 ブルートが見て感じたフレッド=アーヴィンは、大柄ではないが引き締まった体をしており、顔は整っていても美男子と呼ぶにはあまりに目つきが鋭く、例えるなら獲物のスキを逃すまいと注意深く周囲を観察している、敏捷でしなやかな獣……というものだった。その意見を聞けばフレッド自身は否定しただろうが、彼の両親もヘルダ村の住人も賛同しただろう。


「あのヘルダ村のフレッドという男、ダウラスはどう思った?事あれば背中を預けることにもなると思うが。」


 ダウラス=プラヴァーはブルートのパーティで最前列を担う、パーティの盾とも呼べる立ち位置の男で、彼だけは探索に不向きな重装備を認められていた。かつて存在した4つの世界につながっている洞窟や遺跡には、その世界から異形のモノが出てきていることもあり、時にはそれらと戦わなければならないためだ。


「あのような軽装で、よく心許ないと感じないものだ……というのが第一印象ですね。武器は短槍と短弓、これは主に村人のものと思いますが、戦いに於いてはどうなのだか、と。」


 ダウラスはあまり好かなかったらしいな!と笑いながら、同じ質問を荷台のほうに問いかける。答えたのはブルートと大差ないほどの逞しい体格を持ちながら、それでいて武器も鎧も身に着けていないローブの男だった。


「ワタシはアラいい男!と思ったわねぇ。でも、カワイイ顔しててもア・レ・は獣よ~。絶対に牙なり爪を隠してる。ああ、突き立てられてみたいわぁ。」


 その外見からは想像もつかない話し方が物議を醸すこの大男は治療師で、名をマレッドという。遠い祖先に亜人種を持つ特殊な一族の出身であり、一族に伝わる思念術を用いて治療を行うため、神官のように奇跡に頼ることはないことを自慢にしている。多くの人に触れ、治療してきたゆえに人を見る目に長け、その性癖はともかく能力はブルートの信頼も厚い男だった。


(マレッドもあいつは獣だと、そう感じたか。俺の見る目も、捨てたもんじゃないかな。まあ、俺は突き立てられたくはないが。)


 ブルートがそんなことを考えている間に、別のメンバーが口を開く。フレッドが「子供まで駆り出すのか」と驚いたファロール・エイジスの少女、フォンティカだった。ファロールは第一界の因子が色濃く出た結果に誕生した、半人半獣の亜人種である。部分的な肉体能力は人を上回るものの、力が強ければ敏捷性や知性が劣るといった欠点を必ず内包しており、何かしらの点で人に付け込まれ使役される立場となっていた。力に長けるエストラ、頑丈さが自慢のバイトなど長所に合わせた種族分けがされており、エイジスは敏捷性に長けている。そんな彼女は調査面で活躍する、パーティの裏方的存在だ。


「あの……私はあの人ちょっと怖いですね。穏やかな感じはしますが、偽ってるというか、抑え込んでるというか。でも、怒らせなければ大丈夫なのかな……」


 赤く光る眼、腰から延びる尻尾、毛皮のブーツを履いたような脛から下の獣化部分以外は人とさほど変わらない感じの子が、消え入りそうな声でささやいた。やはり、フレッドの表面的な穏やかさをそのまま受け取ってはいないようだ。続いて発言したのも女性であったが、それは非常に冷めたものであった。


「わたくしのほうからは、特に何もありません……」


 そう呟いたっきり黙り込み、瞑想を始めてしまったこの女性はパーティ唯一の神霊術使いで、テア=ウルス=リムという。深くフードを被っているため顔は見えないが、それには理由がある。彼女は第二界の住人をルーツに持つ亜人種のエノーレ族で、第三界がルーツの人類とは異なる存在だからだ。人類に第一界の因子が色濃く出たファロール族とは、同じ亜人種というくくりではあっても全くの別物だった。そして、ユージェ統一連合のある大陸南西部にはエノーレ族も多く暮らすが、人類国家の皇国では扱いの悪さもあってほとんど姿を見せることがない。珍獣扱いや無用の混乱を避けるために、顔を隠しているのだ。


「まあ、これだけの集団にもなれば襲われることもないとは思うが、もし何かあれば奴ともうまくやってくれ。少なくとも今は敵じゃないんだからな。」


 結局のところ、隊商は州都ザイラスの到着するまでに出稼ぎの襲撃は受けずに済む。しかしそこへ到着する前に、とある騒動が持ち上がり巻き込まれてしまう。ブルートは後にこの話が出るたび、こう弁解した。


「俺は隊商が襲われることはないだろうとは言ったが、それ以外の問題が起こらないとは言っていない。そういう意味では、俺の予想通りさ!」

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