後編 10

蒼空とはまさにこのことを言うのだろう。高度一万kmを超え、透明感すら感じさせる小笠原諸島上空の大気。これを切り裂いて、三つの翼が舞踊っていた。

エフ52艦上無人戦闘機。ベアーの言葉を借りれば空の騎兵隊である。深海の生物を思わせる有機的なフォルムの主翼に、白塗りの星マーク刻み込んで合衆国の威信を知らしめている。そのステルス性、航続距離、積載荷重、どれを取っても一級品の制空戦闘ドローンであった。

そのエフ52のシリコン製電子脳へ、衛星軌道に浮かぶ早期警戒機ホークアイ4から、ボニンを占領する自衛軍戦闘機の情報が送られてくる。暗号名、ちどり。陸上自衛軍水陸機動団に配備された短距離無人戦闘機であり、エフ52に劣らぬ最新鋭機である。同盟派が叛乱を起こしてから習志野基地より自動発進し、現在はボニン滑走路の破壊されていない部分に着陸している筈だった。どうやら、叛乱が起きる遥か以前より、電子脳中枢プログラムを書き換えられていたらしい。

ちどりがボニンからスクランブル発進する映像を、ホークアイが通達してきた。完全自律無人機たるエフ52の作戦行動には、人間のオペレーターはほとんど関わらない。彼らは人為的な管制を必要とせず、ネットワークにより与えられた情報だけで完璧に任務をこなしてしまう。現にエフ52は、既にちどりを捕捉しいつでも撃墜できる態勢を執りつつある。

現代の空中戦において華々しいドッグファイトは起こり得ない。必要なのは、いかに敵に察知されず、いかに先に引き金を引くか、この二点のみである。そして、射程内に入るや否や、エフ52は急上昇してくるちどり目掛けて対空ミサイルを発射させた。

あやまたず、そのミサイルはちどりめがけて猪突していった。このミサイルにも矢張りステルス技術がふんだんに用いられ、一世代前の防空網では感知することすら不可能である。ミサイルは白煙の尾を引いて、ちどりへ食らいつきにかかる。

一方、出撃したばかりのちどりも敵の存在は心得ているようだった。ちどりも又、電子脳を搭載した完全自律型である。既にエフ52を電探に捉えてはいた。だが、敵に頭上をとらえ、極めて不利な状態にあった。

長射程を誇る合衆国製対空ミサイルは、ちどりへ真っ向から襲い掛かる。この距離、この速度で、逃れられる戦闘機などあるはずがない。アメリカの威信を背負って、ミサイルはちどりへ肉薄し。

ぶつかる前に、空中で四散した。

ちどりの機首が、怪しげに赤く輝いている。迎撃用の光学兵器、レーザーである。閃光が瞬き、お返しとばかりにちどりからも航空爆雷が放たれる。だがそれも、エフ52に迫る寸前で火を噴いた。当然、エフ52にも対空迎撃レーザーは搭載されている。

よくある事態であった。互いの性能が拮抗し、手詰まりになる。エフ52の電子脳は、人造シナプスに思考波を巡らせた。戦力が拮抗し膠着状態に陥った場合、自立無人機には敵に体当たりするプログラムがなされている。元来無人機とは開発史においてミサイルの延長線上にある存在であり、敵機撃墜の為自機を犠牲にするのは、当然織り込み済みだった。所詮ドローンは使い捨ての兵器なのだ。

五羽の千鳥へ、空の騎兵が切り込んでいく。それは無人機ゆえにできる戦法であり、自らの命を失う意味を知らぬ電子脳だからこそ実行できる戦術であった。三機対五機と頭数は少ないものの、ちどり達は密集して編隊を組んでいる。うまくぶつかれば全機巻き添えに出来る。次第に両編隊の距離は詰まり、ついに有視界で機影が判別できる距離となった。エフ52に備え付けられたカメラ・アイが稼働する。千鳥の群れを馬蹄にかけんと、騎兵隊が疾駆する。

急に、ちどり達が編隊を解いた。四方に散って、エフ52の特攻をかわしたのだ。だが騎兵隊の追撃は迅速だった。急旋回の後、千鳥の背後を取る。そのままエンジンの出力を上げる。あとは突っ込むだけだ。

そこへ今度は、千鳥が動いた。

風切り音を上げて、エフ52の頭上へ、ふわりと舞い上がったのだ。

エフ52の電子脳は、瞬間的にエラーを起こした。ちどりの質量と現在の速度では、有り得ない軌道だった。エフ52はちどりの腹の下をすり抜けていく。カメラ・アイを動かす。何故、如何様にして、敵機があんな機動が取れたのか、情報を手に入れようとする。高速で擦過したちどりは、やはり通常の航空機では異常ともいえる角度で宙返りし、またもやエフ52の後ろへ着いてきた。可動ノズルを使用したのか。だが、それで説明できる運動性ではないと、電子脳は判断していた。

ちどりは騎兵隊へ流線型の機首を無慈悲に突きつけ、光学兵器の照射口を煌めかせた。可視領域を超えた高音の熱線が、エフ52の主翼に上から降り注いだ。

瞬間的に塗装が剥離され、続けざま剝き出しになった下地が溶解し、主翼から火の手が上がる。更に、別のちどりを追いかけていたエフ52も、次々と炎上を始めていた。

そのままコントロールを失い、各個撃破された三機のエフ52は、弧を描き海原へ墜ちて行った。千鳥たちは、その様子を見送るように上空を旋回して、また再び編隊を組みにかかっていた。

主翼を、生物のように変形させながら。


 

 ベアーのこめかみに、青筋が浮いていた。

 ウィルソンが、ぽかんと口を開けて、それから胸の前で十字を切った。撃墜されたのが無人機だと、まだ気が付いていないのかもしれない。だが無人だろうが有人だろうが、褐色の副大統領にとって許しがたい現実だったのは間違いない。

 肩をわななかせ拳を握り締め、ベアーが向かった先には神薙がいた。神薙総理大臣は神妙な面持ちで、つかつかとこちらにやってきたベアーにまず頭を下げた。

 「副大統領、まずは遺憾の意を表明させて頂きたいのだが」

 「黙れ。これはどういうことだ」

 今にも掴みかからん勢いのベアー副大統領。神薙の警護役を務める警官たちは、重装歩兵に阻まれ職務を果たすことが出来ない。無防備なまま神薙が屈強なネイティブアメリカンに睨みつけられるのを、村上がせせら笑って傍観する。

見かねてウィルソンが声をかける。

 「よしたまえベアー閣下。私も失念していたが、あれは無人機だろう。それにたった三機で乗り込んだのは、威力偵察の意味合いもあったのだろうが。撃墜されるのも想定の範囲内だろう」

 「そういう問題じゃない!こちらに送信されてきた情報で丸わかりだ。並みの戦闘機があんな機動出来るものか、あれは可動翼機だな!人造筋肉を使った!」

 しばしの沈黙の末、神薙はこっくりと首を縦に振った。ベアーの褐色の肌に、血の色の赤みが差した。

 「私も良くは知らない。専門外だからな。ただあの『ちどり』が、人造の有機筋繊維を主翼に用いた、格闘戦に特化した機体だというのは聞いている。電子戦技術の発展により、ミサイルや誘導兵器の類はおいそれと当たらなくなった。そうなれば、二十世紀のような空中格闘戦が再び航空戦の主戦術になる。それを見越して研究がめられていた」

 可動翼とは、空中戦における運動性能、旋回能力や操縦性向上のために、翼を任意に柔らかく変形させる機構である。二十世紀から提唱され研究されてきた技術ではあるが、人工知能による制御、可動翼に適した素材製作技術が未発達であり、未だ実用化に至った国はいない。

いない、筈だった。

 「何であれ、人造生体部品を利用した兵器は国際条約違反だ!当然だろう、倫理上問題があり過ぎる。人が造ったいわば生き物を、戦争に利用しているんだぞ。神が許し給う筈が無い!よくも今まで隠し通せていたな」

 忌々し気に吐き捨てるベアーに、神薙は苦虫を何十匹も嚙み潰した思いでいた。

 「貴国の宗教観、倫理観は我々には関係ない。我が国の軍事方針でタブーなのは、大量破壊兵器の保有、これのみだ」

 「貴様らという奴は!これだから!」

 「その辺にして頂きたい、両閣下」

 愉快でたまらないといった風情で、ベアーを止めたのは村上だった。その眼は愉悦に歪んで、口は三日月形に歪んでいる。

 「…何がおかしい、貴様」

 「いかがでしょう、副大統領。これでも我が国の軍事力が矮小なものだと?」

 ベアーの目に淀んだ熱が漲る。それは明確な殺意である。だが、にやにや嗤う侍姿の男は、重装歩兵たちに護られている。

 小さく「ガッデム!」と吐き捨てて、ベアーは足踏みした。他の首脳陣らも、今現在何一つできることはなかった。黄は油断なく身構えるも表情は重苦しく、ウィルソンは帰国への道が遠のいた現実に絶望したのか、顔を伏せていた。

 「村上さん、東京より打電が入りました」

 不意に、通信オペレーターの席に着いていた歩兵が声を上げた。一斉に視線が通信席へ集中する。

 「映像か?音声か?」

 「教導団専用衛星回線による、電信文であります。読み上げますか」

 「頼むよ」

 軽く応じた村上だったが、その声色から期待の空気を隠すことは出来なかった。小さく答礼して、歩兵がつらつらとパネルに浮かび上がった文字を読み上げる。

 「本日1500、都内ニ於ケル決起成功セリ。宮城、官庁街確保。現在放送局ヲ征圧中。又、戦力トシテ巡洋艦ナガトヲ接収ス」

 首脳陣一同の顔から、血の気が引いた。

 ながとは、近年日本が建造した大型巡洋艦の四番艦であり、海上自衛軍の主力艦であった。極めて優れた隠密性能を有し、種々のミサイル、光学兵器を搭載している。だが、最も恐るべきは大口径の電磁力射出砲、即ちレールガンの存在であった。実体弾を用いた兵器では人類史上最強の威力を誇り、尚且つ、衛星誘導により砲弾の着弾位置を自由に設定できる。ながとは、そのレールガンを三門積んでいる。東アジアでは他に並び立つものがいない、強力な艦船である。

 それが叛乱軍の手に渡った。この報を受けて神薙らが慄かない筈がない。

 「ナガト、現在小笠原近海デ行動中ノ合衆国潜水航空母艦バラクヲ拿捕セント航行中。作戦行動終了次第、小笠原へ回航ス。以上であります」

 「これは、これは」

 心底愉快でたまらないとばかりに、村上は手を打って尚も嗤い続けた。とうとうベアーの堪忍袋の緒が切れた。憤怒の形相を浮かべるや否や床を蹴り。

 「いい加減にしろ!」

 と、ばかりに村上めがけ喰らいつかんという勢いで走り出した。だが、その行く手を重装歩兵二人に塞がれる。

 「どけ!お前、たち」

 いくら勇ましく雄たけびをあげようとしても、歩兵二人が硬質セラミックの銃刀を光らせていては、一旦口を閉ざす他なかった。歯ぎしりをしながら、やむを得ず立ち止まる。

 「分かっているのか。これは、この行為は全て合衆国に対する宣戦布告だぞ!東アジアに乗り出す前に、キサマら、アメリカを敵に回すつもりか!」

 咆哮は虚しく浮島に響き渡り、村上の忌々しい笑顔が揺らぐこともなかった。

 「ええ、ええ。それもいいですね」

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