前編 9

その後も衣装の解説は続いた。

今回、遠藤が用意してきたデザインは二つあった。軍部において指揮を担当する士官用と、その指揮下で働く兵用の衣装である。実際には軍の階級というものはもっと細かく分けられているのだが、いかんせん自衛軍内部の事情に疎い遠藤は、いかようにも意匠に変更を加えられる基本型だけを作ってきた。 

そもそも遠藤は着物のデザイナーであって、軍服の専門家ではない。多種多様に渡る軍人の任務、その全てをカバーして制服を考案するなど不可能である。ならば、基本となる二つだけで勝負をかけて、あとは防衛省任せというのが遠藤の思惑であった。

士官用裃の解説をあらかた終えて、遠藤は次の一般兵用軍服を表示させた。

足軽の装束を参考にしたこの軍服は、士官用に比べると遥かに動きやすく、更に近代的な造りになっている。袂を合わせる、ベルトの代わりに帯を締めるといった和服の構造をしてはいるが、その他は一見すると現在の自衛軍歩兵たちの出で立ちと変わりはない。

しかしこれもまた、生体繊維やカーボンナノチューブといった、日本の得意とする最新鋭素材工学が使われている。特に手甲と脛あては自信作だった。

「足元がその、草鞋に見えますが」

「はい、草鞋です」

他ならぬ旧友神薙の質問に、遠藤は真顔で答えてみせた。脛あてと脚絆で絞り込まれた脚先には、重厚な革足袋と、高弾性ゴム製の草鞋があった。

「ブーツではなく、草鞋を履くのですか?強度に問題があるのでは?」

「脚部の保護は革足袋に任せます。草履本体も、藁などで作るわけではないのですから、早々切れることはありません。草鞋は本邦では昭和の中頃まで履かれていた、いわば運動履きです。西洋の靴に馴染んでしまった私たちにとっては、慣れるまで時間がかかるものですが、長距離歩行時の疲労を軽減し、滑り止めや足音を立てない効果があります」

「それは、兵士の歩き方からして変えなければならないということかね」

億劫そうな声色でお偉方の一人が口を挟んできた。でっぷりと肉のついた額に、恐らく常に浮かばせているのであろう汗を拭いつつ。

「それはどうだろうな。綿密な行軍のカリキュラムを、たかが軍服を変えるだけで一変させなければならないということか」

「確かに、現場からの不満が出るやもありませんな。別段、旧来通りのブーツで良いのではありませんか」

ぼそぼそとした語らいが始まってしまった。誰かが何かを言い出せば、別の誰かがそれを混ぜ返し、結局結論の出ぬ延々とした議論が展開される。しかも喋っている当人たちの地位が高い以上、遮ることも難しい。

「しかしねぇ、折角ここまで和風にしたんだから。足元だけ西洋風ってのもなぁ」

小田原評定、神薙が言っていた言葉の意味が分かった気がした。恐らくこの調子で、この会議はこれまでに幾度となく中断されているのであろう。

遠藤が大きく咳払いする。

「お言葉ですが、我が国の伝統に基づいた外見の軍装を、作れとご要求されたのは貴方がたです」

遠藤は階級に囚われているわけではない。囚われているのは、このまま上手くこの仕事を続けられるか否か、その一点に尽きる。

「日本は明治以降、その外見から西洋式に変化を遂げた国です。今更それを元に戻すというのですから、そういった問題が発生するのは想定内だったのではありませんか」

そこまで言ってから遠藤は、はたと自分の言動に気が付いた。我に返った頭で周囲を見渡せば、お偉方が意にそぐわぬ生意気な青二才を見る目で己を見ている。

やってしまった。

神薙が頭を抱えている。米中の代表がにやにや笑っている。唯一、安曇野だけが好意の視線をこちらにむけていた。

「まあ、この場は製作者の意見を聞く場ですから。そちらを優先させた方がよろしいでしょうな」

意外なところから助け船がやって来た。青いターバン、ハーマン大佐である。掴みどころのない顔立ちは無表情で、何を考えているかは分からなかったが、とりあえず遠藤はこの褐色の軍人に感謝せざるを得なかった。

ハーマンの言葉に不承不承頷いたお偉方により、説明会は再開された。

話が進むに連れ肝心の陸自を預かる沢尻陸将が、この兵用軍装を気に入ったようだった。これもまた意外なことに、特に気に入ったのは軍用革足袋と草鞋の組み合わせだった。強度に問題がなく、疲れず、足音もしないとくれば、歩兵にとっては良いことづくめである。更に、現在開発中の身体強化外骨格もこの軍装ならば容易に着用できそうだと、神薙が進言してくれたのも功を奏した。

何だかんだで悪くない友人である。

一通りの説明が終わり広大な会議室に照明が戻る。各々の面持ちは様々だ。だが、最も沈痛なのは間違いなく遠藤であろう。ため息を吐き出したいのをこらえて、まだ何も終わってはいないのだとただただ自分に言い聞かせている。

この後、正式な質疑応答の時間が訪れる。

自分に質問が集中するのは目に見えていた。それに対処しなければならないのだ。逃げ場など最初から無く、味方も少ない。この状況で海千山千の難物たちを相手に、立ち回らなければならない。遠藤は尚も言い聞かせる。

やるしかないのだ、こうなれば。

早速挙手したのは予想通りに安曇野だった。

「遠藤先生には素晴らしいものを見せて頂き、感謝の言葉に絶えません。まずは、お礼申し上げます」

やたら形式ばった丁寧な物言いが鼻につく。どうせこの先鋭的な若い将校が、それだけで話を澄ませる気もないであろうに。

「早速ですが先生、着物の専門家たる先生にとって、今回のような官公庁における和服の復興事業は喜ばしいものかと存じます。つきましては」

「お待ちください」

怜悧な声が、安曇野の発言を遮った。

この場にそぐわぬ見目麗しい女性、中華民国代表たる黄女史が、音もなく立ち上がり一同を睥睨していた。

「発言の途中で申し訳ないのですが、その前に中華民国を代表し遠藤大人にお尋ねしたいことがあります」

やおら安曇野の額に血管が走る。

そういえば待合で聞こえた大声も、中華民国代表への抗弁だったことを遠藤は思い出していた。

「今は自分が発言をしております。女史には申し訳ないが少々待っていただきたい」

「いいえ、とても重要なことなのです。是非最初に確認させていただきたい。これは遠藤大人に限らず、貴方への問いかけでもあるのですよ、安曇野大人」

顔を赤くした安曇野の口元が引きつる。またぞろドラ声を聞かされることになるのかと身構える遠藤だったが、次に発言したのは神薙であった。

「分かりました。安曇野、座れ」

友人には決して見せることのない粛然とした態度だった。苦虫を何十匹も口に突っ込まれた顔をして安曇野は黙り込み、着席する。そこまで見て取ると、女史は遠藤へと向き直った。

「確認したいのは、遠藤大人の思想です」

銀縁の眼鏡が幽かに光る。

「思想、ですか」

「そうです」

遠藤にとっては唐突過ぎる質問だった。

そんなものを聞いてどうするというのだろう。呆気にとられ、思ったままのことがそのまま、つらつら口から流れ出てしまった。

「私には明確な思想信条などというものは存在しません。多分、大半の日本人がそうだと思いますが」

女史の怜悧な瞳が半月型に歪んだ。

「やはり遠藤大人もそう仰いますか。日本の方は皆、判で押したように自分のことを無思想家だと言ってのけますね」

「そうとは、思われない?」

「思っているのであれば、日本人全体が自分たちのアイデンティティーを理解していない、ということですわ」

神薙がこちらを見ている。目の色が「馬鹿余計なこと言うな」と語っていたが既に遅い。

「では女史の目から見る、私を含めた日本人というのはどういった思想を抱えているのです?」

黄女史の返答は、極めて明朗だった。

「極めて国粋的、右翼的な思想の集合体に感じられます」

うよくてき。

脳内で幾度か反芻して、ようやく遠藤はその単語を飲み込んだ。

生まれてこのかた、他人からそのように評されたのは初めてのことだった。

「どのような点から?」

「この封建時代の服装、これを現代に蘇らせることに関して、抵抗を感じていないという点においてですわ」

「サムライの格好をすると右翼的なのでしょうか」

「そうとは、思われない?」

全く思わなかった。せいぜいが所、馬鹿々々しいとか、時代錯誤だとか、そういう感想を抱く程度だ。

「その無自覚こそ、貴方が右翼的思想に我知らず染まっている証明です。これは、この島国の社会全般に言えることでしょうね」

「日本社会が、うよくてき、ですか」

いよいよ持ってよく分からない。

お偉方は元より神薙も、安曇野ですらぽかんと口を開けてしまった。

しかし、黄女史は真剣そのものである。

「現在、我が中華民国とインド連邦共和国、そして、日本国は同盟関係にあります。それはこの三国が東アジアの民主主義の要であり、戦略的価値を共有する同胞だからです。しかし、貴国は明らかにこの同盟関係の中で浮いています」

「浮いて、いますか」

間抜けみたいな返事しか出来なくなっている遠藤修太郎。

「ええ、単一民族による、実質上の専制国家という点においてです」

たんいつみんぞく。せんせいこっか。

さあいい加減に遠藤の脳内はパンク寸前である。何とか、冷静に、自分は何をこうも責め立てられているのかと自問してみる。そして自答する。さっぱり意味が分からない。

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