前編 5

食後、神薙から電話が入った。無理難題を吹っかけてきた高校時代からの竹馬の友は、受話器の向こうでへらへら笑っていた。

「いやぁ、悪いと思ってるんだ本当に」

「嘘つけ。賭けてもいいぞ、悪びれてなんか一切ないだろうお前。一体俺にどうしろというんだ」

「とりあえずメールで、旧軍の資料と、各時代の侍文化に関する資料を送っておいた。適当に組み合わせてでっちあげてくれ」

「どこまでも滅茶苦茶を言いやがって」

「一月後に防衛省でちょっとしたお披露目会の予定がある。それまでに頼みたい。現物はなくても構わん」

「一月だと!たった一か月しか期間がないのか。草案を書き上げるだけでどれぐらいかかると思ってる。俺に死ねっていうのか」

思わず叫びだしてしまい、醤油せんべいをくわえた涼子が何事かと書斎に顔を突っ込んできた。どこかで見た光景である。だが、遠藤の血走った眼を見るや、何も言わず直ちに首を引っ込めた。出来た嫁は旦那の扱いなど心得ているものなのだ。

「そう喚くな。お前にとっては名をあげるいい機会になると思うんだが」

「だから、俺は洋服の方が好きなんだ」

「そんなら何故、着物のデザイナーなんざやっているんだ」

全くもって否定のしようがない事実を突きつけられ、遠藤は少し口ごもった。

「し、仕様がないだろうが。そういうブームなんだから。時勢なんだから」

「じゃあこれもその一環だと思えば良いだろう。上手くすればほら、儲かるぞ」

その通りなのだが、それでも納得できない自分がいる。憤懣やるかたない遠藤に、鬼の自衛軍一佐はしたり顔で更なる追い打ちをかけてきた。

「ああそれから、お披露目会にはお偉いさんと、あと同盟の代表もお見えになられるから。よろしくな」

「何だと」

「じゃあ、そういうことで」

根耳に水を垂らされた直後、有無を言わさず電話は切られた。リダイヤルしてやろうとボタンに指を伸ばしたが、どうせ大した回答も得られまいと即座に気が付いてやめた。

項垂れていると、いつの間にか涼子が書斎に入ってきていて、後ろ手に襖を閉めた。

「大口の契約って、また着物の仕事?」

 不本意ながらも遠藤は肯定した。

 「あなたそんなに着物が嫌いなの?」

 「嫌いなわけじゃない」

 「でも、今だってあなたシャツにスラックスじゃない。あなたぐらいの年でその恰好の人、今どき珍しいわ」

 遠藤は頭をかいた。かきながら感情が高ぶってきて、しまいにはかきむしっているのと変わらない勢いになった。

 「俺はね、洋服を着るのだって、充分日本人の伝統を護っていると思うんだよ」

 「そうなの?」

 「そうさ」

 モバイルを取り出して、遠藤は立体映像の地球儀を起動させた。涼子を招き寄せて、「御覧」とばかりに指で東欧から中近東、アジアを経て日本をなぞった。

 「これは遠い昔の絹の道、通称シルクロードだ。ここから地中海やインド洋も足すと、この道は更に巨大な交易網となる。このルートは、今からもう千年以上前には確立されていた。日本はその、終着点の一つだったんだ」

 また始まったとばかりに涼子は苦笑いする。こういう話を始めると、この夫は長いのだ。

「そ、すごく長い道のりなのね」

 「そうさ。長く、そして険しい。日本は島国だけど、こうした果てしない道のりを超えてやってきた文化を沢山取り入れて、そして成長した。これは素晴らしいことなんだ」

 涼子はこっくりと頷いた。

 「多様な文化を対立もさせず共存させ、洗練させ、後世に遺す。これが人類史にとってどれほど難しく、稀有なことか。独自性だとか起源だとか、どうだっていいんだ。大事なのは、今現実に生きている俺たちが、その文化を楽しめているかどうかなんだよ」

 涼子はまた、頷いた。それから懐に忍ばせていたせんべいを取り出した。

 「これだってお米で出来てる。お米も、外国から伝わったものだものね」

 「そうなんだ。他所のものの寄せ集めでできている。それは誇るべきことなんだ。なのに、その過去を否定する。昔ながらのあらゆるものを自分たちが作ったものだと称して、偉そうにふんぞり返る。そこにはもう、文化への敬意は消え失せて見栄とプライドだけが残っている。俺はね、何だかそれがとても気に食わないんだよ」

 歯噛みする夫に、涼子は冷静だった。

 「まあ、どんなに小理屈をこねても構わないけれども。仕事は仕事で割り切ってやった方がいいと思うわ」

 ぐうの音も出ない妻のお言葉に、遠藤は閉口して唇をひん曲げる。

 「洋服なら、私の服を作ってよ。ワンピースがいいかな。それを着て出かけましょう。それこそ、美味しいものでも食べに行きましょうよ」

 唸り声を上げる遠藤。涼子が、ほんのわずかに目を逸らす。

 「私は、貴方の洋服、好きだもの」

 ダメ?と、首を傾げられてしまえば。

 遠藤はそれこそ、何も言えない。

 ただただ俯いて、赤くなった頬を隠すばかりである。


 ※


 涼子は既に寝室で布団にくるまっている。

時刻はとうに深夜二時を過ぎた。

しかし遠藤は文机に両肘をついて、これから自分が作り上げようとしているモノたちに思いを馳せている。

 資料にはざっと目を通した。何となくのイメージも浮かんだ。しかし指が動かない。蟠りがあるというだけではなく、冷静に考えてみると改めて自分はとんでもない事を引き受けてしまったのではないかと尻込みしている。

 軍事関係のお偉いさんと同盟の代表がお披露目会にはやってくると、憎たらしい旧友は言った。高級軍人の方は神薙に任せるとして、問題は同盟の人間だ。

つまりは、中国人とインド人。

いわゆる、要人が来るのだろう。遠藤はため息をついた。日本人の御多分に漏れず、遠藤は外国人という奴が苦手だ。嫌いなのではない。苦手なのである。言葉の壁もさることながら、どうも考え方の違いばかり意識して、最終的に気ばっかり遣ってしまう。

 中国、インド。いずれも重要な同盟国である。それは理解している。かつてアメリカと結んでいた安全保障条約は、彼の国の路線転換により凍結された。一応、戦略的パートナーと謳ってはいるが、両国の外交ルートはここ数十年で極めてか細いものになっている。

 その代わり、軍事、経済面で強力なパートナーとなったのが中印、アジアの新興二ヶ国であった。どちらもここ数十年で凄まじい変貌を遂げた、成りたての先進国である。

 かつてこのアジアの大国たちは、ロシア連邦と強い繋がりを保ち、時には依存していた。中国は主義思想の接点で、インドは安全保障上の優位に立つが為である。しかしその関係性も日米関係同様薄れてしまった。ロシアは軍事独裁制を強め、これまでの友好国にすら強硬な姿勢をとるようになった。

既に地域大国としての地位を確固たるものとしていたアジア諸国は、超大国に依存するよりも有色人種同士寄り添い、世界の第一線でいかなる国家とも対等に渡り合える地位に立つ事を望んだ。

かくして日、中、印の同盟が成立する。

東亜三国同盟である。

 よくもまあ、このネーミングが通ったものだと思う。東亜という言葉の響きは、少なくとも日本人にとっては右曲がりのイメージがある。周辺諸国には良い印象を与えないように思える。しかし、この名称を提案してきたのは、中印の方だというから驚きだ。

それで良いのか。そもそもインドは南アジアだろうに。などという遠藤の突っ込みは、このご時世野暮になってしまうらしい。

 遠藤の戸惑いはともかく、歴史上、日本にとって中印の二国は繋がりが深い。

いずれの国からも数千年単位で数多の文物や宗教が流れ込んできた。封建時代にはこれら三ヵ国で三国世界を成すという概念すらあったと聞く。当時の日本にとっては、世界とは日、中、印の三国だった。

 その三国が力を結集し世界の超大国にあたるというのは、一見すると自然な流れにも見えたが、これが成立するまでの経緯は決して緩やかなものでは無かった。

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