前編 3

神聖イスラム圏の成立宣言から数か月後。欧州はこれまでの緩やかな連帯を取りやめた。単一国家のごとき統率力でもってアブアルファドルに対抗せねばならないと、法の整備を開始した。

音頭を取ったのはドイツ、フランス、イタリア、そして北アフリカと最も近いスペイン。

外交、経済圧力とアメリカの取りなしで、イギリスを欧州連合に再び引き入れ、彼らは従来の欧州合同軍を拡大しようと図った。もともとドイツを中心とした、欧州の小国六か国の集まりであったこの軍事組織を、全ヨーロッパの軍隊が参陣する一大勢力に変えようとしたのだ。海軍はイギリスが、空軍はフランスが、陸軍はドイツが主力を受け持ち、各国の得意分野を活かした巨大軍事組織が瞬く間に創りあげられていった。

 NATO軍を維持したままこの強大な戦力を構築するのは、経済的にも物量的にも不可能であった。欧州連合はアメリカ、トルコとの新たな軍事条約を取り決めたのちにNATOを解体。新たなヨーロッパのための軍隊、欧州統合軍が完成した。この現代における十字軍は強大で、その戦力はアメリカ、ロシア軍にもひけをとらなかった。

必然的に欧州理事会議長の権限は拡大され、ドイツ人フリデリック・ノイエンドルフがその地位におさまった。

 これまでの緩やかな体制から一極集中体制へ欧州を変貌させたこの一連の事業を、ある種の革命と見る意見もある。何せ、変貌を遂げたのは軍事体系のみではなかった。ヨーロッパに生きる人々の意識が、保守的なものに変貌していた。王室やキリスト教の伝統や古き権威に固執するようになり、その教条的な精神はいささか狂信的ですらあった。

 更にこの時期から、アメリカとの離反が表立って取り沙汰され始める。共同でイスラエルを守れなかった事実が、合衆国への不信感を与えてしまった。アメリカは己が利益のために、あの自称継承者の動きを黙認していたのではないかという疑惑すら持ち上がった。それを裏付けるかのように、神聖イスラム圏からアメリカの一部商社へ石油利権が不正に売買されたという情報がまことしやかに流れた。

 ヨーロッパは、ヨーロッパ。我々は自らで自らの安全と、伝統と、血を守る。これが欧州の信条になってしまった。自らの生存権は勿論、世界の覇権を握ったアングロ・サクソンとしての誇りを脅かされてなるものか。ヒステリックな反応の裏には、欧州人の、心の奥底にある澱んだ意志が籠っていたのかもしれない。

 結果として、大量にいた中東移民たちは神聖イスラム圏やトルコへ逃れた。当然の流れではあったが、欧州各地で外国人排斥運動が極めて盛んになってしまったのだ。それは、かつて率先して移民を受け入れてきたドイツなどで最も顕著だった。これまでドイツでは、多文化社会の否定はすぐさま国家主義と結び付けられ、糾弾されてきた。しかし今、目前に現実的な脅威、軍事的成功により産まれた超大国が出現したとなっては、そんな悠長なことを言ってもいられなかった。自省などというものは、心に余裕があるからこそ出来る行いなのだ。

欧州の各マスコミは、神聖イスラム圏の発生を、フン族の襲来になぞらえて日々脅威を煽り立てた。フン族は、ローマ帝国崩壊後に欧州に押し寄せたアジアの騎馬民族たちである。ヨーロッパ人は昔からことあるごとに欧州全体に対する外敵を、このフン族に例えてきた。ナチ党政権下のドイツをフン族と擬えたこともある。それ程までに、アブアルファドルの一派は危険視されていたのである。そして、これらの行為が人種差別だなどと最早誰一人として指摘することはなかった。

それはこれまで欧州が推し進めてきたグローバリズムに対する反発でもあった。世界は同じ、世界は一つ、人類皆兄弟仲良く。そのような戯言は、資本家たちが金儲けのために使ってきた方便に過ぎない。もともと個人主義の強かったヨーロッパは、これ以上他の文化と混じり合うことを過剰に恐れるようになった。

しかし、彼らが相変わらずアメリカ渡りのヒップホップを聞き、日本の漫画やアニメを視聴し、アラビア数字を使うことに対する矛盾を、指摘するものも誰一人いなかった。

そしてこの後、ヨーロッパとアメリカの関係に、いや、アメリカと世界との関係に、徹底的に亀裂を起こす出来事が起こる。

これが、遠藤が十歳頃の出来事である。



ようやく遠藤の自宅が見えてきた。新築であるということしか取り柄のない、木造平屋の質素な日本住宅だ。クラシックな外観だが、内部には現代のインフラが施されており、流行りのコンセントレス家電も難なく利用することが出来る。

「ただいま」

引き戸の玄関を開けると、割烹着を着た妻の涼子が、三つ指をついて出迎えた。

「お帰りなさい、あなた。ごはんにする?お風呂にする?」

涼子は、甲斐甲斐しい妻の表情で、頬を赤色に染めた。

「そ、それとも、わたし?」

「似合わない」

遠藤は断言する。それを聞いた途端に貞淑な妻の顔は一変、いつもの気が強そうな鋭い目つきになる。

「やっぱり?」

「普段通りの方が良い。もっと言えば、涼子はエプロン姿の方が似合うと俺は思う」

「あのフリル付きの?タンスにしまっちゃったわよ。着替えてこようか」

「いや、いいよ。ほら、リンドウ屋の苺クリーム大福、買ってきた」

「やった!」

立ち上がりドタドタ足音を立てて涼子はこちらへやってくると、大福の入った袋をひったくった。これでこそ我が妻であると遠藤はほっとする。

「あ、でも、お風呂が沸いてるのは本当。どうする?先に入る?」

「いや、メシにしよう」

「うーい」

その返事の仕方は妻云々以前に女性としてどうなんだと遠藤は思ったが言わないでおく。下手なこと言って口げんかになると、この妻の戦闘力は遠藤なぞ足元にも及ばぬほど跳ね上がるのである。

そして上機嫌になって両手を水平に広げ移動する涼子。妻よ、何なんだその動きは。飛行機でも模しているのか。

早速夕食と相成った。ホロテレビ(娯楽用空中立体モニター)の番組を楽しみながら、天ぷらに舌鼓を打つ。実に美味だった。さくさくとした食感と、ぷりっとしたエビの歯ごたえ、そして甘味。大口の契約が取れたことで涼子もほくほく顔である。

一時、乱獲が報じられ品薄となったエビは、ここ数年で供給がかなり安定した。エビに限った話ではない。アメリカが孤立主義を強固にしてから、殊に魚肉類の確保が日本の命題になってしまった。物流を長い間輸出に頼っていた日本にとって、食料不足は大きな痛手である。新たな同盟の締結、国内生産の大増産や、効率的な養殖プラントの開発で、それらの問題はゆるやかに解決されつつある。

「ああ、いいわねコレ」

ホロテレビでは、料理番組を上映中だった。アメリカ産の高級赤身肉が、アップで映し出されている。

「チキンにクジラも悪くないけど、やっぱりたまには牛が食べたいわよね」

「今度どっか喰いに行くか。焼肉かステーキでも」

「断然ステーキよ。食べ応えがあってこその肉料理だもの」

割烹着を脱ぎ、薄桃色の紬を着こなした涼子がよだれを垂らす。慎みとかはしたなさとか無縁の表情である。まあ、それでいいのだが。いやさ、むしろ、遠藤にとってはそこがいいのだが。

しかし、アメリカ産の牛肉とは。値段がつりあがったといえ、一時期に比べればアメリカの外交は軟化した。アメリカは果たして過去と変わったのかそれとも変わっていないのか。遠藤は時折不思議に思う。

あの国は、確かに今でも世界最強だ。

しかしそれは、本当に彼らが成りたがっていた、アメリカという国の姿なのだろうか。

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