道程――FAMILY――


 数時間前。

 真夏の公園の昼下がり。


 俺は陽射しで焼け付く受話器を掴み、ニックの連絡先へとプッシュボタンを押した。


「ニック……久しぶりだな、ブラッドだ」

「……」

「今回のこと、迷惑をかけたな。……手紙は読んだか?」

「ああ、読んだよ兄弟、……あまり楽しい内容じゃあ、なかったけどな」

「……結論は出たか?」

「さあな、それは俺がすることじゃない。上には挙げてある。あとは上の判断だ」

「それで十分だ」


 俺は組織にかかわったことのすべてに記録を付けていた。

 一つは生き残るためだ。何があって、どうなったのか? こうした因果は次に役立つ。

 できたこと、できなかったこと、しておいた方が良い事、○○は信用できるのか、○○のクセ……。

 組織の身内だとしても、足を引っ張るヤツ、クセのあるヤツ、様々なヤツがいる。


 組織の人間関係など信用できないし、何かあれば切り捨てられるのは実行役だ。

 どこで誰と会ったか? 何を依頼されたか? 誰を殺ったか? その方法、凶器、手順……。

 関わったものにしか知り得ない情報が間違いなくそこにあった。

 それを清書し、ニックに送っておいたのだ。


「なあ兄弟、これからどうするんだ?」

「――俺は、自首する」

「どういうことだ?」


 ニックの声に強い警戒と疑問がにじむ。


「依頼についてはニックのことは話さん、安心しろ。話しちまったらメアリーを生き残らせる切り札が無くなっちまうからな。それじゃ自首する意味がない。それほど俺はバカじゃないよ」


「俺は今まで、目の前の仕事については徹底してきた。段取り、道具、場所から、第一の方法、保険としての第二第三の方法。状況から予想される失敗例、失敗から逆算したリスク管理……。

 だからこそ、ここまで生き残ってこれた。返り討ちにされず、大きな失敗で粛清されることもなく……」

「ああ、その通りだ」

「今回のことで気づいたのさ、ニック。俺は依頼されたことについて、細部までこだわって考えてきた。けど、全体を長い目で考えることを避けているとね。俺は自分について、そう、俺自身の人生については、まったく無関心だったし、まるで他人事だった」


 空を見上げると、青いキャンバスのような広い大空に、二筋の白い線がスーッと横に描かれている。

 まっすぐ伸びる雲の先、飛んでいる飛行機が見えた。

 飛行機雲のように誇らしげに真っ直ぐな人生ではなかったなと、自分語りをしながら自嘲する。


「そこへ今回のことだ。自分の恋人を殺させようとさせられたことで、嫌でも考えなければならなくなった。何が大事でどうしたいのかと。組織から身を隠し――これからどうなるかという未来について――、考えない日など一日もなかった。事ここに至って、はじめて真剣に考えたよ」

「……その結果が組織を恫喝し、自首するということか?」

「手厳しいな……。

 だが、その通りだ。いままでクズを始末してきたが、自分が処分されるというクズの立場になると、クズにも大事なものがあることに気づいたよ。本当に大事なものとは何なのか? それを守るために俺にできることとは? その答えが、ニックの言う恫喝と自首になるな」


 組織の追っ手を止めるためには、くさびを打ち込む必要がある。そのためには俺がメアリーと共に暮らして生きることは、土台無理があるのだ。


「そして大事なもの、メアリーを守るためには、組織に俺が本気であることを示す必要がある。俺の人生を擲ってまで、洗いざらいすべてをいつでもぶちまけられる環境に身を置くことで、それを示す」

「その覚悟を……俺から上にあげろということか……。わかった、報告しておこう」


「ニック、俺はお前に会えて良かったと思っている。もし違う関係だったらとも思うよ」

「……そういう湿っぽさが俺に似合わないってことも、わかるよな?」

「ああ、そうだったな、謝るよ。いまのは独り言として聞かなかったことにしてくれ」


「最後に、言うまでもないことだが……メアリーがこのネタを持ち歩いている訳じゃない。俺もメアリーも居なくなったとしたら、第三者から各所に流れるようにしてある。安否の確認の取れないとき、実行しろとな」

「それも必ず伝えよう。……いつ自首を?」

「娑婆(しゃば)の空気もあと数時間……、そんなところだ。悪いがそろそろ行かなきゃならん」

「……いずれまた会おう、ブラッド」

「ん、地獄か、来世か……、じゃあな、ニック」




 続けてもう1本、連絡しなければならない。



「1年前の会社役員の殺害事件について、捜査協力したい」

「……そうだ。……ああ、……つまり端的に言えば実行犯だよ、俺は」

「嘘か真か、16時にここへ来ればわかる。場所は……」


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