12 嫌なことは見たくない、叶わないから夢でした

『嫌なことは見たくない』

 ある一体の竜はそう言い残したのち、人間の近づけない山の頂まで飛び、そこにある洞窟の奥深くで眠りについた。どれ位の時が経ったか知らないが、おそらくは竜の存在自体、伝説として語られるほどには長い間。

 彼らの平和の為を思って戦争に加担していたが、一向に終わらない争いに嫌気がさした為だ。

 ここでなら絶え間ない剣戟の音も兵士らの叫び声も、大砲の音も届かない。誰も竜の居場所を知らず、分かったとして来る事は不可能だ。危険な道程を越え、生きて辿り着く者はいないだろう。

 人間共よ、飽くまで殺し合え。私はもうお前達の行末など知りはしない。

 彼らが滅びるのが先か、自分の命が尽きるのが先かは分からないが、それまでの間、この静かな暗闇の中で眠ろう。そうして閉じ続けていた瞼を開かせたのは、一人の人間の少年だった。なぜここが分かったのか知らないが、確かに竜の鼻先に立っていた。彼のたてる足音で竜は目覚めてしまったのだ。

 どこかの国の王子だろうか。高貴な血筋を示すように美しい顔立ちに金髪碧眼、煌びやかな身なり。それが今は土埃だらけ。手には幾つかの管が巻かれた剣を握っている。竜が見た事のない武器だ。

 少年は瞬き一つせず、不気味なまでにこちらを凝視しており、竜と目が合うと口元を歪ませ、やっと見つけた。と、箍が外れたように腹を抱えて笑いだした。正気ではないのかも知れない。

「ほら見ろ、やっぱりいたじゃないか。皆おとぎ話だ、竜など探しても無駄だと俺を笑ったが」

 少年は他者を小馬鹿にする口調でそう言った後、笑う事を止めて竜へと命じてみせた。

「さっさと起きろ、竜。その力を俺に寄越せ。俺はお前を使って戦争を終わらせる、その為にここへ来た」

 またか、と竜は思う。根っからの善意や野心から、同じ台詞を言う人間を山程見てきたが、叶えた者はいなかった。この子供だって同じだ。

 竜は瞼を閉じようとした。だが、やむことなく続けられる少年の言葉は興味深いもので、彼の眠りを妨げた。

「俺は別に戦争が永遠に続いてもかまわないし、誰が死のうが知った事じゃない」

 でも妹が、悲しいと泣くから。

「その涙を止めたい、ただそれだけだ。だから起きて、その背中に俺を乗せろよ、竜。お前ほどの力を持つ者が何もせず、ただ眠っているだけなど許さない」

 妹だという者について語りだした時、少年の声音から嘲りは消えた。

 たった一人の為に戦争を止めたいという人間。その為に、いるかも分からない存在を探してここまで来たおかしな人間に、竜は初めて出会った。

 竜は薄目を開けて少年を見る。よくよく観察すると、こちらへ向かって大層な台詞を吐く癖に、小さな体は小刻みに震えていた。

 その気になれば軍隊一つを一瞬で焼き尽くし、一夜にして一国を焼け野原にする事ができる竜。

 それによって自分が今まさに、消し炭にされるかも知れない怯えからか。その強大な力を、自分が手に入れてしまうかも知れない事への恐れからか、もしくは武者震いなのか。あるいはそれら全てか。

 竜は興味を抱いた。この子供は面白い。とても正気には思えないのに、時折人間らしさが垣間見えるように思える事もあり、何を考え、どんな行動を起こすのか予想できない。今までの人間とは少しばかり気色が違う。果たして、どんな行末を辿るのか見てみたい。

『良いだろう。お前に力を貸してやる』

 竜が告げると、少年は掌を強く握り締める。震えは止まり、ほんの一瞬だけ後悔するように眉根を寄せたが、すぐに挑むように歯を見せてにっと笑ってみせた。

 竜はようやく重い体を持ち上げる。長い眠りを経て、長齢の自分もさすがに老いたのだろう。体に衰えを感じずにはいられなかった。

 洞窟の出口へと歩きだす竜を従えるよう、一歩前を進みながら、少年は朗々と語る。

「お前が寝てる間に、人間の数も大分減った。お察しの通り、終わる事のない戦争の為だ。最近は小競り合いばかりだが、また大きな戦いが起これば本当に滅びるかもな。そうそう、兵器も大分進化したぞ。寝たきりだった老いぼれ竜が、どれほど太刀打ちできるか見ものだな」

『よく喋る子供だな』

 竜は喉の奥で笑う。

 ならこれが、最後の戦いになるかも知れないという訳か。

 人間共と共倒れする事になるかも知れないが、最後にこの子供に賭けてやってみても良いだろう。どうせまた駄目でも、夢の続きだったのだと思う事にすれば良い。

 暗闇の先に一粒の眩い光が見え、外へ近づいているのが分かる。

 その中で竜を待つものは、決して美しいものではなく、彼がずっと遠ざけてきたもの。人間達の血みどろの殺し合いなのだ。

「『嫌なことは見たくない』、お前は昔そう言ったんだって?」

 前を歩く少年はふとこちらを振り返り、嫌味たっぷりに笑ってみせた。

「叶わないから夢でした」






*****

ツイッター 診断メーカーより

「嫌なことは見たくない」で始まり、「叶わないから夢でした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以内でお願いします。

#書き出しと終わり

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