7 大火
栄華を極めた都は今、炎に包まれていた。
木材を多く使い、粗悪に作られた居住区が密集したここでは火はあっという間に燃え広がった。
炎は人間の力で消し止められる威力をとうに超え、鎮められるとするならば、それは神の御業だけであると思われた。だが驕りを浄化するとでもいうように、その勢いは止まらない。
暴政を敷い続けてきた皇帝はすでに逃げおおせ、避難しようとする民を指揮するものは誰もいない。
学者らが記した書物も焼けて叡智は灰と化し、この都に残ったものはもはや、燃え盛る炎と、それにただ翻弄される者達しかいなかった。だが生き残りはもう残り少ない。
人気のなくなった大通りを、息を切らして走る一人の者が現れる。
金色の巻毛が美しい、若い娘だ。髪は焼けたのか、襟足で縮れ切れている。全身に煤を被ってはいたが、夜の闇に勝るほど明るい炎の色に塗られた娘の髪は、むしろ恐ろしいほど美しさを増していた。
瞳もそれは同じであり、そして、気狂いだけが持つ異様な光が見てとれた。
娘は炎から逃げるというより誰かを探しているようで、しきりに首を振って辺りを見回している。
やがて前方にある、焼け落ちた柱の合間から、こちらへ向かって来る人影が見えだす。
それは痩せた体つきの、短髪の青年。娘と彼は互いを見るとすぐさま走り寄り、大通りの広場に建てられた守護神像の前で、互いの存在を確かめるかのように強く抱きしめ合った。
勢いを増し続ける炎の熱さなど気にも留めず、そのまま溶けて一つになるのではと思われるほど長い間。
彼らは愛し合い、結婚を誓った恋人同士だった。
太鼓の響きのようにどうどうと轟く炎の音の中、出会えた喜びに泣きながら娘は言う。
「これで私達を引き裂くものは、みんな燃えてしまったね」
ああ、と青年も応じ、更に強く娘を引き寄せる。
「邪魔ものはどこにもいない」
都に火を点け広めたのはこの二人だった。
平民である青年と、貴族の娘。
その身分差から結婚は許されず、強い権力を持つ娘の親族の手により、都中の人々の誰も彼らを祝福などしなかった。
娘は他の男との縁談話を進められ、青年は覚えのない罪により投獄された。
好きでもない男と生涯を共にさせられる事に、娘は気も狂わんばかり。青年も、娘を諦め都から出て行くのなら釈放してやると言われたが、その条件をのむ気などなく、翌日には処刑される身となっていた。
このままでは二度と会えなくなる。
だから最後の手段をとり、事前に示し合わせた通りに、今宵、都を燃やし彼らに害なす者たちを根絶やしにしたのだった。
娘が密かに都中に油を撒いて火を放ち、青年はその混乱に乗じて脱獄する。そうして今や、都には他に誰もいなくなった。炎の激しい喝采をうけながら、彼らは幸福そのものだった。
「行こう」
そうどちらともなく語りかけ、二人は微笑み合って手に手を取り合い、都の外へ向かって軽やかに走り出す。
これで私達は自由だ。
ここから遠く、知る者が誰一人いない土地で、永遠に共に生きよう。
その間にも火の手は獲物を追う大蛇のように早急に回る。やがて二人のすぐ背後へと迫り、大口を開けて彼らを飲みこもうとしていた。
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