6 嘘

「あーあぁ、指が痛い」

高校の帰り道。私は、並んで歩くクラスメイトの男子に聞こえよがしに呟いた。

彼は持っている自転車には乗らず、手で押しながら歩く。野球部でもないのに坊主頭で、その下にある細い眉毛はぴくりとも動かず、大きな目は地面を凝視していて、私を絶対に見ようとしない。

「ごめん」

抑揚のない、けれど男子らしい太くよく通る声で彼は言う。

謝られても、と、左手に巻いた包帯が少し捲れているのを直しつつ、私は嘆息した。

3ヶ月前の朝、登校時に転んだ私は、偶然にも前から走って来ていた彼の乗る自転車に左手を轢かれ、甲と中指を骨折したのだった。

それからずっと登校時と下校時、片手を使えないのは危ないと言って、私と並んで黙々と歩いてくれている。償いのつもりなのだろう。

そんな彼を、私は今日も詰る。

「これじゃあ私、いつまで経ってもピアノが弾けない。指が疼くの」

「ごめん」

「才能あるって言われてたのに、音大を受けるなら、今が一番大事な時なのに」

「ごめん」

いつまでも謝り続ける彼に、私はずっと手の怪我について愚痴を零す。

けれど唇の端に上る笑みは隠しようがない。地面を見ている彼の目に映る事はないけれど。

本当は全部嘘だ。

もう怪我は治っていてどこも痛くないし、ピアノの才能なんてない。練習は元々サボっていた。

ただ怪我が治らないフリを続ければ、高校に入学してから、ずっと好きだった彼と一緒にいられるから。怪我をする前は話した事もなかったけれど、今では毎日言葉を交わせる。たとえどんな形であれ。

いつバレるか分からない、危うい嘘だけれど。

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