5 桜
私は飼い犬と共に、桜の咲く公園を散歩していた。
桜は盛りを少しばかり過ぎ、今は散り始めている。暫く歩いていると木々の合間から、高校生らしき茶髪の少女が一人、制服姿で立っているのが見えた。彼女は花を毟っては口に含み、そのまま蜜を吸っている。
珍しい光景もあるものだ、と私は思った。小さな子供でもあるまいに。今の学校では蜜を吸うのが流行っているのだろうか。
私の横を歩く犬も、心なしか不思議そうに首を傾げている。
少女は無邪気に笑いながらやむ事なく蜜を吸い続けており、その様子を見ているうち、桜の蜜はそんなにも美味いのだろうか、と私は興味を持ち始めた。サルビアや躑躅の蜜なら私も吸った事はあるが。
「桜の蜜は、そんなにおいしいのですね」
思わず言うと、少女は話しかけられた事に驚いたふうに、こちらへと勢いよく振り向いた。
やがて強い風が吹き、桜の花びらが滝の様に流れ落ちた。それに視界を遮られ、思わずよろめく。
花びらの隙間から再び少女が見えた時、彼女は私に向かい一度微笑み、そして上を向いたーーと思った次の瞬間、瞬きする間に彼女の姿は一羽の鳥へと姿を変え、声高く鳴きながら、桜吹雪の中を飛び立って行った。
ああ、と私はひとりごちた。
「なんだ、雀だったか」
桜を摘み取って蜜を吸うのは、彼らの習性だ。
どうやら私も犬も、春の眠気に誘われ、桜の花びらの影に幻を見ていたようだ。
それで納得してしまうくらいには、今日は心地良い日だった。
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