4 顔のない

ある一つの存在が、己が何者であるか分からず、広い草むらを這う姿で嘆き悲しんでいた。

それの体は白く柔らかい陶器のよう。四肢を持ち、顔と呼べる部分には何もない。

何も見えず何も聞こえず、声を発する事も出来ない。

ここがどこかも分からない。

やがてそれの横を、杖をついた老人が通りかかる。嘆くそれを見ると、不思議そうに首を傾げ尋ねて来た。

「なにを悲しむのか」

声は聞こえないが何かが傍に来た気配を感じ、それが下を向いていた顔を上向けると、老人は驚いて肩を揺する。そして少しして、指で杖を叩きながら言った。

「何者でもないとは不便な。どれ一つ、私が作ってやろう」

言うや否や老人は手元に生えていた草をちぎり、それの口元であろう部分にあてがう。

すると草は渦巻きながら体内に吸いこまれ、再び浮かび上がった時には上唇と下唇を持つ、引締まった口となっていた。それは出来た口の間からふっと息を吐く。

次に老人は、顔の左右横と真中にそれぞれ葉を当てる。先程と同様に吸いこまれてから現れ、耳と、高く美しい鼻となる。それは草が擦れささやく音を聞き、鼻いっぱいに息を吸い、土の匂いを嗅いだ。

そして老人は赤い実を二つ取り、鼻の左右上に嵌めこむ。実は瞼を閉じた目となった。

顔のなかったそれが、瞼を開く。すると視界には果てなく続く草むらの海が広がり、自分はその中心に立っていた。

空から降り注ぐ光に照らされた、自分の体。いつの間にか悲しみは消え、代わりに強い好奇心がそれの胸中に満ちていた。

真横には、杖をつく腰の曲がった老人が笑いながら立っている。

やがて老人は何か思い出したよう、顔が出来たものの足の間を見る。そして土を一つ握り取り、足の間に押し当てた。土は男の印となった。

老人はその者の背を叩く。するとかれの体はそこから瞬時に引締まり、見る間に逞しい姿をした浅黒い男の体となった。

「お前を最初の人にしてみよう。歩き、その足元から種を蒔くように」

天啓めいた老人の言葉を受け、かれは出来上がった自らの体をまじまじと見つめる。

人間。私は最初の人間というものなのか。

そしてかれは大地を一歩踏みしめ、確かな足取りで草原を歩き始めた。

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