事件の始まりは薄紅色3

終業のチャイムが鳴り響き、授業の終わりを告げる。多くの生徒がそのチャイムが鳴り止まないうちに、ワイワイと席を立ち、騒ぎながら下校の準備をする。


「あのさーこれからカラオケでも行かない?」

「いいねー行こう行こう!」

「直子たちも誘おうか?」

「もちろん!人数多い方が楽しいっしょ」


和気藹々とみんな楽しそうに放課後の予定を話をしている。

私、天城天と書いて『あまぎそら』は誰からも誘われない。もちろんそれは友達がいないからである。私は周りから変な子だと思われている。まーそれは仕方ないことではあるんだけどね。なぜなら私は【天使】だからである。


やはり人の子とうまく付き合うのは難しい。そんな私もみんなと仲良くなるために、一応の努力とやらはしてみた。いつも一緒にいて、仲良しに見えた恵と早苗。しかしその一方に、いつも嫌悪の色の灰色が出ていたので、こんな偽りの関係は良くないと思い。二人にそれを教えてあげた。しかしなぜか二人ともに怒られた。


学級委員長の篠原さんは、いつもニコニコとみんなの嫌がることを率先してやっていた。しかしそんな彼女には、怒りの色の赤と、悲しみの色である青が渦巻き、マーブル状になっていた。


こんなに無理していては体に悪いと、みんなの前で篠原さんに教えてあげた。そうするとなぜか変な沈黙が、その場を包み込んだ。


この周りの反応が私には理解できない。そして周りも私のことを理解してはくれなかった。そして・・・いつの間にか私は一人ぼっちになっていた。


放課後、いつものように、いつもの場所へと私は急ぐ。これが楽しみで学校に来ているようなもんである。多くの生徒が帰宅のために正門方向へと行くのを横目に、体育館の裏の花壇へとやってきた。


そこには色とりどりの花が咲いている。驚くなかれ、これは私が精魂込めて育てたのだ。その花々に水をやったり、雑草を取ったりと世話した後に、私はカバンからスケッチブックと愛用のソフトパステルのケースを取り出す。そして育てた我が子たちを、愛でるようにそこに書き留めていった。


「くぅーやっぱり30色じゃ色が全然足らない。お小遣い貯めて90色セット買おうかな・・・」

多彩な花々に、私の持っているソフトパステル30色セットじゃ、色が表現しきれない。


花の命は短い。そんな短い花の一生で、一番輝いているこの瞬間の姿を、私はどうにか残したいと思った。写真だと何か物足りなく感じたので、自分の手でそれを描くことにした。


花の種を植え、水をやり育て、そして描く。そのサイクルが私の一つのライフワークなのである。


「あまり上手くないわね」


いきなり私のライフワークを否定するような一言が、後ろから聞こえて来る。


くしゃっと泣きだしそうな顔で、私はゆっくりと振り向いた。


そこに立っていたのは、20歳くらいのお姉さんで、モデルさんか女優さんと言われてもおかしくない、整った顔立ちをしている。長い黒髪は、CMからそのままで出てきたように綺麗で美しい。


しかしなぜだかそのお姉さんは、私と同じ制服を着ている。しかも同じデザインの校章を付けている。我が校、並木女子高校は学年により校章のデザインが違う。


「デッサンがダメね、でも色使いはなかなかいいかもね」


「は・・はあ」


「ちょっと他のも見せて」


そう言うと彼女は私からスケッチブックを取り上げた。

「あっ・・ダメ・・」


私の声を無視してペラペラと私の絵を見ていく。一通り見終わるとスケッチブックを返しながらこう言ってきた。


「画力は無いけど、味があって私は好きかも。いつもここで書いてるの?」

「は・・はい」

「私は2組の蔵原女神くらはらあてな。女神と書いてアテナよ。よろしくね」

「わ・・私は天城天あまぎそら天と書いてソラです」

「人のこと言えないけど、あなたもなかなかキラキラした名前ね」

「はははっ・・」

「それじゃーまた見にくるわね」


清々しく華々しく、そして優雅に蔵原さんは去っていた。彼女の去った後に、私は思わず呟く。


「黄金色なんて初めて見たよ」

初めて見る偉大な色に、私は緊張しまくりだった。


そろそろ暗くなってきたこともあり、帰る準備を始める。

私は画材をしまうと、花々に挨拶をしたら正門に向かい歩き始めた。


正門を出てすぐの出来事だった。唐突に声をかけられ、素直に驚く。


「あーやっと出てきた天使ちゃん!」

ビクビクしながら声をかけてきたその方向を見ると、そこに居たのは今朝、蔵橋で出会った青年だった。

「あっ!ピンクの人!」

「それはやめろ!」

「じゃー何と呼べばいいの?」

「あっちょっと待って」

青年はゴソゴソと上着の内ポケットを探ると、名刺入れを取り出した。そこから一枚を取り出すと、差し出してきた。


私はそれを見て音読する。

「何々、翼見新聞編集部 記者 小平祐樹こだいらゆうきさんですね」


「記者さんなんですね」

「そうだよ。小さい新聞社だけどね」

ここで天は、周りの人たちが、私たちに向ける色が気になり始めた。紫色・・灰色とちょっと良くない色が見えたのだ。

「祐樹さん。何か私に話があるんだよね?ちょっと場所を変えましょう」

「あっうんわかった。近くに俺がよく行く喫茶店があるからそこに行こう」


二人はそのまま喫茶店に移動する。そこは歩いて5分ほどの距離で確かに近かった。その喫茶店だけど天は何度か見かけていた。しかし一度も入ったことはない。正直女子高生が一人で入るよな・・・と言うか入りたくなるような外見ではなかった。


【喫茶ドラゴン】名前からして品がない。そして趣味の悪い古びた看板。入り口には幾つかのサボテンが置かれ、その脇には狸の置物と大きい招き猫。方向性の見えないまとまりのない店構えである。


天の反応が悪いのを感じた祐樹は、苦笑いを浮かべながら弁解する。


「いや・・コーヒーの味はピカ一なんだよここ」

「まーとりあえず入ろうか」

二人はカランコロンと鳴り響く、古びた扉を開けて店内へと入る。

「いらっしゃい」

山男風のマスターが渋い声で挨拶してくる。

一番奥の席に着くと、祐樹は早速注文をしようとする。

「ブレンド一つとえーと君は?」


天はメニューをじっと見つめ本気で悩む。その悩んでいる姿を見たマスターが話しかけてくる。

「悩んでるんならオススメがあるよ」

それを聞いた天はマスターを見て勢いよく。

「じゃーそのオススメにします!」


注文した後に天は祐樹の方を見て笑みを浮かべる。そして内緒話のように小声で話してくる。


「あのマスターさん。白と緑の色が出ていました。平穏と優しさの色です。そんな人のオススメなら間違い無く美味しいはずです!」


祐樹はそれを聞いて少し悲しい笑顔で答えてくる。


「そうか・・そうだ天使ちゃん、君の名前を教えてくれるかい?」

「いつまでも天使ちゃんとは呼んでいられないからね」

「私は天使と呼んでいただいていいんですけどね。私の名前は天城天です。天と書いてソラと読みます。

「天ちゃんかよろしくね」

「ちゃん付けで呼ばれるのは好きではないので、天と呼んでいただいて大丈夫です」

「わかったよ天」


そこで姿勢を正して天は祐樹に、少し真剣な顔で話しをしだす。

「ところで祐樹さん。あなたには悲しみの青色が出ています。何かありましたね、それが話の内容だと思いますけど」


「やっぱり天、君は本当に何か見えるんだね・・今日、君が亡くなるって言っていた人が本当に亡くなったよ。心筋梗塞だった。」


天は悲しい顔をしておし黙る。そして絞るようにして話し出す。


「そうですか・・死の色を見るのは私も辛いです」

「そうか・・」

少しの沈黙の後、注文したブレンドコーヒーと、マスターオススメの一品が運ばれてくる。


オススメの一品はどうやらミックスジュースのようだ。しかしカラフルすぎて、見た目の感じではどうも美味しそうには見えない。天はそれを一通り眺めた後、恐る恐る口にした。


目をまん丸にして叫ぶくらいの勢いで、天はオススメの一品の感想を体全てで表現する。

「うわーーーすんごい美味しい!」

「マスター!オススメ最高だよ!」

その反応にマスターは嬉しそうに微笑んでいる。

祐樹はブレンドを飲みながら、天の嬉しそうな顔を見て笑みをこぼす。


そんな祐樹の姿を見て、天は話の続きを催促する。

「祐樹さん、今日はまだ話しがありますよね?」

「天に隠し事は出来ないな。そう、実はもう一つ聞きたいことがあるんだ」


天はそんな祐樹の言葉に、必要以上に明るく返してくる。

「なんだい言ってごらん!」

「あの蔵橋の・・死亡現場の話しなんだが・・天はそこで何かを見たんだよね?その話しを聞きたいんだ」


「薄紅色。私があそこで見た色です」

聞きなれない色の名前に、祐樹はピンとこない様子である。

「薄紅色・・それはどんな意味があるんだい?」

「怒りと恨みの色・・そう・・その表現が近いかな。どんな意味があるかは私にもわからないけど・・少なくてもそんな感情の人間が、自殺や事故で死んだとは思えない」


「そうなのかい?」


「自殺者の色は意外に平穏の緑色が多いの。やっと自由になれる安堵感からそうなるのかな。逆に事故だと驚きの銀色や、恐怖の茶色がよく出てるの」

そして天は確信を持って断言する。

「今回の件は、間違いなく殺人事件だと思う」

その言葉に祐樹は小さい沈黙の後、大きい決心をしたのか、覚悟を決めた男の顔で、天を見つめて宣言する。


「決めた。俺はこの事件を記事にする。取材をして真実を見極めるよ」

その祐樹の言葉と表情に、珍しく天の心は熱く火照ってくる。感情は豊かな方だと思っている。しかし、他人の感情に影響されることは今までなかった。

「私も手伝う!手伝わせて!」


それは何かを考えての発言ではなかった。天自身も意外な反応であった。気が付いたら言葉が出ていたのだ。


祐樹はその天の申し入れに少し考えてしまった。事件の真実を見るのに天の眼は役に立つんじゃないかと思う一方。そんなことに女子高生を巻き込んでいいものかと。しかし悩みはしない。答えは出ている。


「天。俺は君に力を貸して欲しいと思っている。何か危ないことになっても俺が守るから・・手伝ってくれるか?」


天は満面の笑みを浮かべ。大きなリアクションで喜びを表現すると祐樹の想像しない答えを返してくる。


「バイト代が出るとすごく嬉しいです!」


祐樹は、人生で最大級の苦笑いにより顔が引きつる。しかし気を取り直して、絞るような声で返答する。


「前向きに検討します・・・」

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