第3話

 トカゲ人間、という言葉が適切かは分からない。

 けれど私の語彙能力ではそう説明するしかなかった。

 二本の足で立つ、全身を鱗に覆われた身体。

 衣服の類はつけておらず、お尻辺りからはにょろりと尻尾が伸びている。

 人とは違う、爬虫類の目が私へと注がれる。

 蛇に睨まれた蛙の感覚を、身をもって感じているところだった。

 あー、こりゃ動けないや。

 殺されるって分かっているのに、なんで逃げないのかって思ってたけど、確かに無理だ。

 限界を超えた恐怖を目の当たりにすると、身体は言う事をきかない。

 すくみ上がる、腰が抜ける、そういったものに似ている。

 蛙も怯えたりするんだなー、人間みたいだなー。

 ……、

 ……、

 ……、

 今日も天気が良いなー。

「なあ、アンタ」

「は、はいぃぃ!」

 喋った! トカゲなのに! 

 現実から目を背けようとしていたのに。

 しまった。耳を塞いでおくべきだった。あ、身体動かないんだった。

 聞いてしまったものはもう遅い。

 トカゲ人間は言葉を続けない。

 というよりどう続けたらよいか分からない様子。

 すると別のトカゲ人間が私の前に進み出てきた。

 顔に入った傷が、威圧感を増している。

「あんた、ヨソのもんだろ。ウチへ何の用だ?」

「え、えと、あの……」

「どこのアホがやらかしたか知らんが、とっとと帰れ」

「あ、会いたい方がいるんです!」

 やっとのことで私はそう答えた。

 身体も自由に動く。

 傷の入ったトカゲ人間が目を細める。

「会いたい奴だ? 誰だ? 理由は?」

 やたらドスの聞いた声に思わず生唾を飲み込む。

 既に常識は地平線の彼方にあり、私は一刻も早い気絶を求めていた。

 しかし幸か不幸か、失神する気配は無い。

 諦めて私は恐る恐るポケットに手を入れる。

「こ、これを返したくて……」

 そう言って私はポケットから切れた尻尾を取り出す。

 途端、周囲のトカゲ人間が目を見開き後ずさりした。

「し、尻尾切りだー!」

 その一言を皮切りに、辺りは悲鳴に覆われた。

「えっ? ちょっと?」

 私が驚いている間にも、パニックになったトカゲ人間が我先にと逃げ出していく。

「くそっ! 誰だ、こいつを入れたのは!」

「逃げろ! 俺らも食われるぞ!」

「し、死にたくない!」

 トカゲ人間はどんどん居なくなっていき、やがて誰もいなくなってしまった。

「た、助かった?」

 へなへな、ぺたんとその場に尻をつくとわたしは呟いた。

 さっきは生きた心地がしなかった。

 なにせあんなにたくさんのトカゲが立って歩き、人の言葉を話していたのだ。

 悪夢としか言いようが無い。

 しかし冷静になって考えると、先ほどは失敗してしまったかもしれない。

 せっかくの人探し、じゃなかった。トカゲ探しの手がかりになりそうだったのに。

 いやいや、初めてトカゲ人間と相対して、あれだけ立ち振る舞えたなら上出来だ。

 ひとまずどこかへ行くとしよう。

 もしかしたら何か手がかりがつかめるかもしれない。

 そう思い、わたしは何処かへと続く道へと足を進めた。

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